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伊賀崎孫兵はなびかない

ありえない忍者シリーズその2。
竹谷と孫兵の虫獣遁。


追っ手を撒きながらようよう逃げ込んだ廃寺は、山の湿気にやられて木が腐りかけた粗末な場所だった。竹谷を先頭に中に入れば、彼が用心して強く踏み叩いた床板が音もなく抜け落ちる有様。背中から後に続く孫兵が覗き込んだ。
「腐ってやがる」
「この湿気では仕方ないですね。先輩、階段で休みますか」
「それがいいな」
ふたりは頷くとお堂へ続く石造りの階段に腰を下ろした。少し離れた場所でふたりの様子を伺っていた金売り吉佐が、悲壮な表情で「これからどうするんです!?」と呟いた。追っ手の数は、ざっと100余名。いくらふたりが優秀な忍者のたまごだからといって、戦える数ではない。とにかく、村人全員が彼らの敵なのだ。女子どもとて油断は出来ない。この山も、村の管轄だろう。あちらのほうが地理から気候からすべて心得ているはずだ。
階段に腰を下ろして、雨にぐっしょりと濡れた装束の上着を脱いで絞りながら、
「逃げる」
と竹谷は呟いた。
「に、にに逃げる!?どうやって!ふもとはあいつらの村です、かといってこんな夜中に山を越えるなんて無茶だ。自棄になってるんじゃないでしょうね!」
「黙れ下郎!もとはといえばお前が招いた事態だろう。私たちを勝手に清水の屋敷に売りおって!お前なぞここで捨てて帰ってもいいのだぞ」
怒鳴りつけたのは孫兵だった。彼の首に巻かれた赤い鱗の毒蛇が、威嚇するようにこちらを見て大きな口を開ける。その鋭い牙を認めて、吉佐はううん、と唸ったきり押し黙った。
竹谷は欄干に絞った上着を干すと、手ぬぐいで身体を拭った。引き締まった筋肉を纏った上半身に、懐から取り出した塗り薬を全身に擦り付けていく。吉佐は、はてこの男は一体怪我をしたわけでもないのに何をするつもりなのかと訝しげに竹谷を見つめている。孫兵は心得た様子で竹谷から薬を受け取ると、彼の背中に塗りつけていった。
「山に追い詰めてくれたのは幸運だった」
「ええ、そうですね」
「ここは、生き物たちの宝庫だ」
金売り吉佐は、周囲にはたはたと羽虫たちが集まっているのを見た。蝶やら、蛾やら、大きいものから小さいものまで、それらは竹谷の周りに集うようにして飛び回っている。ひい、と吉佐が身を竦めると、竹谷は残りの塗り薬を彼に放って寄越した。
「それを塗れ。全身に塗っておけ。そいつらは、服の上からでも刺すからな。燐粉に触れただけでひとく爛れるものもあるぞ」
「こいつらはなんなんです」
「何って、虫さ」
さて、と竹谷が立ち上がった。ぴい、と指笛を鳴らすと、どこからともなく、大きな野犬やら鹿やらが木々の間から現れ出て、吉佐は今度こそ腰が抜けた。周囲を見渡せば、いつの間にやら色んな動物やら昆虫たちやらが竹谷のもとに集まり始めているのである。ぐるり、と獣たちに取り囲まれて、吉佐は泣きながら薬を塗りつける。ツンと鼻につく何かの植物の匂いが、ひどく目に染みる。これが虫の毒に効くのだろうか。使い切ってから、孫兵を見上げると、
「私はいい」
と落ち着いた声音で返された。吉佐を見る目が虫を見るようなものなのに、ひどく屈辱を覚える。
「なぜです」
「なぜ?・・・耐性があるからさ、可愛いこの子達の毒に」
孫兵が手を伸ばす。そこに、しゅるしゅると毒蛇が巻き付いて行く。毒蜘蛛が身体を這う。人にしては随分と白く体温の低い膚は、危険な虫たちをはべらせてなお、不思議に美しかった。

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不破雷蔵はふたりいる

ときどきすごく少年漫画みたいな忍たまが読みたくなります。戦闘シーンだけで何ページ使ってるん?その技名自分で考えたん?みたいなやつ。

下はその系統なんで注意してください。(「それはもう忍者じゃねーよ」とかは言わないお約束)
あ、カタカナ名のやつが敵ってことで!


はあっ、はあっ。
激しい息遣いで雷蔵はどうにかこうにか立ち上がった。大きく肉を抉り取られた肩からは、鮮血が噴出している。こちらを睨みつける眼光の鋭さだけは揺るがないものの、身体を支えている両足は大きく震え、立っているのがやっとという有様であった。放っておけば、そのうち死ぬ。そう判断したトビマロは、「諦めよ」と一言重い口を開いた。
「諦めよ。お前はよく頑張った。私に対峙してにここまで生き延びていられること、褒めてやろう。しかしな、お前はもうすぐ死ぬ。お前は負けるのだ。無駄な悪あがきはこの世で最も醜い行為といっていい。さあ、諦めて私の前に首を差し出せ。さすれば楽に逝かせてやろうぞ」
「不破様ッ!」
傍らでつばきが叫んだ。悲痛な表情で首を何度も横に振った。
「いいです、もういいです。もうそれ以上戦わないで!もともと、私と城との問題なんです。私が城に帰れば片のつくこと。私も覚悟は出来ました。もう十分です。不破様、どうかもう私のために傷つかないで」
少女の涙に、だがトビマロは冷たい視線を放った。好い敵との死合いに無粋なことをいう女だと腹立たしささえ覚えた。トビマロは本来の任務を忘れ、雷蔵との死合いに酔っていたといっていい。トビマロの目にはとうに雷蔵しか見えてはいなかった。叩いても叩いても不屈の眼光でトビマロを射抜きながら立ち上がってくる雷蔵に、トビマロは不思議な高揚さえ感じていた。たいていの相手は、最期のほうは死の恐怖でトビマロを見ていなかった。そんな相手に止めをさすことを、彼はもうずっと長い間味気ないものと感じていたのだった。この男ならばきっと、断末魔の叫びも、それはそれは美しいに違いない。トビマロは雷蔵に降伏を勧めながらも、心の底では、彼が最期まで自分に抗いながら死んでくれることを願っていた。
「つばきさん、大丈夫。以前言ったでしょう、あなたを城には帰らせない。何があろうと絶対に」
雷蔵は低く腰を落とした。右肩は壊されたが、まだ足がある。後一度くらいなら大技も放てる。集中を高めるために雷蔵が長く低く息を吐き出すと、トビマロは大きく身体を震わせて、高い笑い声を上げた。
「そうか、まだやるのか。まだやる気なのか、お前は。まだ私を楽しませてくれるというのかあああ!」
嬉々とした表情で、トビマロがこちらに走り来る。雷蔵はじり、とつま先をわずかに動かして間合いをつめると、一瞬で距離を掴み、彼の必殺技のひとつである”とんび”を仕掛けた。くるん、と軽業師のように体が宙で一回転し、間合いが限りなく近くなったところを、相手の咽喉めがけて思いっきり蹴り上げるのだ。技のタイミングは完璧だったが、トビマロは自分の咽喉を雷蔵の爪先が叩くその一瞬を計って、たくましい両腕で雷蔵の足を掴んだ。
「これを折ってやればもう立てまい」
「・・・ッ!」
「さらばだ、不破雷ぞオ・・・ッ」
トビマロの言葉がすべて言い切られるより先に、彼の巨体は横の岩に叩きつけられた。彼を受け止めた衝撃で、岩はばらばらに砕け散った。
「おのれ、何者ッ!?」
口から零れでた血を拳でぬぐい、自分を飛ばして相手を見遣ると、そのままトビマロは固まった。そこにいたのは、傷ひとつ負っていない雷蔵だった。慌てて横を見ると、確かに息も絶え絶えの雷蔵がこちらを睨んでいる。
「どういうからくりだあ!?」
叫んだトビマロに、今来たばかりの雷蔵は、ぽきぽきと首を鳴らして不適に微笑んだ。
「どうだ、”さかさとんび”の味は。これはな、回転を逆にかけてお前の脳髄に思いっきり蹴りをぶち込んでやる技でな、うまく入ったら二刻は動けん」
にたり、と微笑むさまは、同じ雷蔵の表情でもどこかふてぶてしく見える。トビマロが立ち上がって無粋な輩に鉄槌を下してやろうと立ち上がった。しかし、身体が己のものではないように動きが利かないのだった。
「なんだと?!」
慌てふためくトビマロを、ふたりの雷蔵が見下ろした。
「これはどういうことだ」
「すまないが、お前にはここで脱落してもらうよ」
血だらけの雷蔵が、構える。その横で、鏡写しに同じ構えを取りながら、もうひとりの雷蔵が不適に笑った。
「あんたの敗因を教えてやろうか、トビマロ。不破雷蔵をひとりしかいないと思い込んだことだよ」


よくわかんないけど楽しかったらそれでいいよね!

風下にエンドをとれ

竹谷・タカ丸・久々知・雷蔵女体化でテニスもの。
途中で始まり途中で終わる。ただの萌え散らかし。

*五年と四年はそれぞれ違う学校の女子テニス部員です。
*こへたけ風味もあり?


何が楽しいのか、と聞かれても今はもうよくわからない。練習は辛いし、負ければ悔しいは情けないわで堪えきれないくらいだし、勝ったら勝ったでまた次の試合を思って戦慄する。試合は闘いだから、そこには常に緊張感がある。緊張し続ける心はいつだって不安と恐怖がない交ぜで、そこに安穏はない。だから、何が楽しいのかと考えてみてもすぐに答えは出せない。
けれど、やっぱり、自分のところにボールが打ち込まれてくると、ハチは言いようのない高揚を覚える。仕留めて見せる、と思う。速い球が、難しい角度で迫ってくるほど、面白い、と思う。勝敗を忘れ去った先に、ただ自分の技術と運命をフルに発揮して迫りくるものに臨む、その瞬間にたぶん、ハチをひきつける一番の”悦び”がある。
タカ丸の打ち込んできた球は、速かった。球自体に回転がかかっているのに、軌道がぶれない。これが地面に突っ込むと、途端に思わぬ軌道にはねっかえるのだと久々知は言った。ハチは息を呑んで、タカ丸の球がネットを越え、地面に叩き込まれるのを見届ける。ラケットを球を救うようなかたちで握った。タカ丸の球は、必ず高くバウンドする。軌道を外しても、高く上がっている時間のロスが、ハチにチャンスをくれる。瞬発力と脚力だけ見れば、久々知よりハチのほうがその能力に優れている。必ず返す、とハチは球を睨んだ。これでおしまいでもいい。一生勝てなくてもいい。夢が夢のまま終わったっていい。久々知の返せない球を、おれが返す!それがハチの自慢にもならないちっぽけな意地とプライドだった。
球が跳ねた。
球は軌道を変え、ハチの懐に飛び込んできた。ハチは慌てて身体を退けると、そのまま身体を捻るようにして球を拾い上げた。ガッ、とラケットを握る腕に重い衝撃が伝わった。想像以上に球が重い。一度跳ねたくせに、回転数がほとんど減っていない。さすが、久々知がてこずるプレイヤーなだけある。白くて細い身体をしているくせに、想像以上のパワープレイヤーだった。
「・・・ッ、くそッ・・・!」
ハチは肩に鋭い痛みを覚えた。ぶれる腕に慌てて左手を添える。両腕でラケットを握り返して、思いっきり相手コートへ球を叩き返した。低い位置で打ち返してしまってひやひやしたが、ネットに引っかかることなく向こうのコートに打ち込むことが出来て、ハチは思わず溜息をついた。タカ丸の必殺技が打ち返されたというんで、観客席からは大歓声と怒号が聞こえる。だがそのすべてはハチの耳には届いていなかった。ハチは九々知はどんな表情をしているのだろう、とそれを知りたくなったが、まさか強敵から視線を外すわけにもいかずタカ丸に向き直った。ハチの返した球は悪球だったが、タカ丸はなんとかそれを掬い上げると、ハチに返した。それは決して取れない球ではなかったが、先ほどの返球で完璧に肩を壊してしまったハチにはもう打ち返すことは叶わなかった。タカ丸の球を受けとめきれず、ハチの腕からラケットが飛んだ。ラケットがコートを叩く音がやけに大きく響いて、ハチは肩を押さえてその場に膝を着いた。審判の吹くホイッスルの音が甲高く空に吸い込まれる。
終わった、とハチは思った。ああ、おれのテニスは終わってしまった。
(今度無理したら、それが最後だぞ)
食満の辛い宣告が脳裏に響いた。
(一度壊れた肩はもう元には戻らない。テニスで食ってくのは、お前ではムリだ)
大好きなテニスが一生できればいいと思った。中学に上がって、九々知と出会って、天才は確かにいるのだと絶望のなかで認識した。だったらせめて努力で九々知に並ぶんだと、がむしゃらに練習に打ち込んだ。九々知のがんばりのその二倍三倍の努力を己に科した。そうしてようやく立てた全国大会のコートなのに、こんなところで選手生命をたたれるなんて。しかもそれが、肩の使いすぎが原因というのだから、笑ってしまうではないか。練習し過ぎたんだ、と食満に言われたとき、ハチはどんな表情でそれを聞けばいいか分からなかった。泣き笑いの顔になってしまった。悪い冗談だと思った。最初ッから、全国で負けることが自分の最高のゴールだったなんて。試合終了のホイッスルが鳴った。
タカ丸がネット越しに歩み寄ってきた。ハチは立ち上がると、自分もネットに近づいた。タカ丸の美しい形をした指が、ハチのなんどもマメを潰した手のひらをそっと握った。
「ありがとうございました」
と深く頭を下げられて、ハチもにっこりと微笑んで、「楽しかったです、ありがとうございました」と頭を下げた。
それで、ハチの最後の試合は終わった。
コートをでると出口に九々知が立っていて、ハチを睨んでいた。隣で雷蔵が「いい試合だったね」と笑いかけると、九々知が一言「悔しい」と言った。ハチにとってはそれがなにより嬉しい一言だった。
「斉藤は私のライバルだぞ!ハチにはやらん!」
「すげー相手だった。兵助、負けるなよ」
「おう」
控え室に戻るために長いコンクリートの階段を下りていく途中に、壁にもたれるようにして鉢屋が立ってた。
「なんだよ、愛しの雷蔵の試合がはじまちゃうぞ」
茶化して笑うと、鉢屋は無言でハチの肩に自分の上着を羽織らせた。それから、ハチの左手首をぎゅっと掴んで、無言で医務室まで引っ張っろうとした。ハチは慌てて身体を引く。
「ちょッ・・・三郎、いい!自分で行くからッ・・・」
「お前、馬鹿か!肩壊れかけてるのにどうしてあんな球打ち返した!無理して打ち返さなくたって、点は稼げたろ!別の方法で、勝つ方法を探ることだってできただろ!」
「だって、それで、自分の方誤魔化しながら試合続けたって、意味がないじゃんか。どうせいつかは俺の肩は壊れる。カウントダウンをじわじわ伸ばしてるだけだって、そんなのちっとも救いにならない。だったらいっそ、ちッさなことでいい、兵助に勝ってみたかったんだよ。見たか、三郎、おれ、兵助より先にタカ丸の殺人レシーブを返したんだぜ!すごいだろ!」
にかっ、と子どものように無邪気な笑みを向けるハチに、三郎はなおも何か言いたげな表情をしたが、結局はその言葉を飲み込んだ。それをハチに与えるのは三郎ではなく別の男の役目だった。
「控え室に食満さん呼んであるから、肩見てもらえ。すぐ見てもらえ」
「留兄を?サンキュ、三郎」
ハチは笑顔で手を振って控え室に向かって階段を駆け下りていく。その背中を見送って、鉢屋は飲み込んでいた溜息を長く吐き出した。
控え室のベンチには食満が座っていた。
「留兄、これないつってたのに。大学のテストはよかったの?」
「ああ」
「おれ、負けちゃったよ。せっかく練習付き合ってくれたのに、ごめんな」
「ああ」
「肩もだめんなっちゃった」
「・・・」
ハチはやっぱり笑顔だった。食満に向かい合うようにベンチに腰掛けると、三郎のかけた長袖の上着を脱いだ。右肩は紫色に変色し、腫れ上がっていた。食満は「医務室と女子更衣室どっちがいい、」と尋ねた。ハチは更衣室、と短く答える。「じゃ、行くぞ」と立ち上がってすたすたと女子更衣室へ歩き始めてしまう。ハチはその後を追った。控え室から出たら、ちょうど試合を終えたばかりの七松が待ち構えていた。
「あ、七松先輩、お疲れさまです」
「お前もな。いい試合だったか、」
ハチはにこにこと微笑んだまま、はい、と元気よく頷く。七松も満足そうに頷いた。
「そりゃよかったな!」
「先輩、勝ちました?」
「ああ」
「じゃあ、決勝進出決定ですね、おめでとうございます」
「ああ」
ハチが女子更衣室をあけると、なかには誰もいなかった。「いいのかなあ」と苦笑しながら、ハチはなかに食満を招き入れる。七松のほうに視線を向けると、彼は、「俺は飲み物でも買ってきてやるよ」と更衣室には入らなかった。更衣室のベンチに腰掛けて、腫れた肩に蒸しタオルを載せると、食満は二の腕の辺りから、丁寧にマッサージし始めた。
「留兄、おれのさっきの試合、いい試合だったと思う?」
「ああ。今までで最高の試合だった」
「あは、嬉しー」
なおも笑顔を浮かべるハチに、食満は静かに名前を呼んでつぶやいた。
「ハチ、ここにはもう誰もいないぞ。だから笑わなくていい」
はた、とハチの表情が凍った。へたくそな笑顔はもう消えていた。
「がんばったな、」
と食満があやすように頭をぽんぽんと優しく叩いた。それで、ハチはもう耐え切れないと思って子どものように声をあげて号泣した。何十年ぶりの号泣だった。わあわあ、と泣いている間、ずっと食満にしがみ付いていた。悔しさやふがいなさや安堵や怒りや悲しみや絶望や空虚や。もろもろの強い感情に、なにかにしがみついていないと体がばらばらにでもなってしまいそうだった。ハチの人生は本当に、テニスばっかりだったのだな、とハチは泣きながらしみじみ思った。明日から、何のために生きていけばいいのだろう。新しい希望が見つかるのだろうか。見つかったらいいな。それで、また、駄目でも、いけるとこまでがんばりたいな。
更衣室の外では、誰も入ってこないようドアにもたれて、七松がハチの泣き声を背中で聞いていた。悲しみを共有させてくれない少女の強さを、寂しく思いながら。
ホイッスルの音が鳴った。コートの上ではまた、新しい戦いが始まっている。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ30

わたくしは後悔なぞしておりませんから、そのことでどうかあなたが苦しみませんように。

すがやは自分の最期を予測していたのか、幸丸に一筆を残していた。いざ遺品を整理しようと持ち物を探るとわずかばかりの化粧道具と質素な着物の何枚か、そんなものが大事そうに櫃にしまわれているだけだった。そのなかに錦糸で小花の縫い止められている小さな巾着袋があり、それは昔すがやのために幸丸が町で求めてきたものだった。そのなかには、それまで幸丸がすがやにあげてきたいろいろなものが入っていた。それは綺麗な飾り紐であったりよい匂いのする香り袋であったり桃の木でつくられた櫛だったりした。すがやは幸丸に髪を結わせるのが好きで、幸丸は、すがやに贅沢のさせられないことをたびたび詫びたが、そのたびに彼女は幸丸に髪結いを強請って、「あなたがわたしの髪を美しく結い上げてくれるかぎりは、わたしはほかに、なにも要らないわ」と微笑んで言った。幸丸は、その巾着をすべてタカ丸にやった。タカ丸は美しい綾紐に頬を上気させて、「うれしい」と微笑んだ。その様子がひどくすがやに似ていて、幸丸は目が眩んだような心地がした。
タカ丸はすがやによく似ていた。
不思議なことに、成長して男としての特徴が顕著になればなるほど、すがやの持っていた雰囲気を色濃く纏うようになるのだった。そのことを気も狂わんばかりに恐れたのは、タカ丸の母親だった。彼女はタカ丸が成長してすがやの面影と重なり始めているのを認めると、ひどく絶望し、狼狽した。もともと丈夫でなかった彼女は、ついに死の床についた。彼女は床のなかで、繰り返し繰り返し、タカ丸をどこにもやらないで頂戴と幸隆に頼んだ。あなた、タカ丸を連れて行かないで頂戴、どうかあなたと同じものにはさせないで頂戴。それから、青白いほっそりした手で強くタカ丸を抱き寄せては、タカ丸、私の可愛いこ、あなたは夜の暗さなんて知らなくていいからね、月の光に怯えなくてもいいからね、闇の冷たさになれなくてもいいからね・・・。タカ丸、どうか、あなたはなにも知らずに明るい道だけを歩んで頂戴ね。
幸隆は、タカ丸の母親を哀しませぬために忍びの道を捨てた。タカ丸が成長したら忍術学園に入れる手はずだったが、それもしないと決めた。タカ丸には何一つ知らせないつもりだった。幸丸は、時がたてばタカ丸を城に帰そうとしていたようだった。それが、城からすがやを奪ったせめてもの罪滅ぼしのつもりだったのだろう。だが、幸隆はそれらの約束をすべて反故にすると決めた。城を敵に回して、抜け人として命を狙われても、タカ丸だけは手放さぬと決めたのだった。


「あ、そうか」
ふいに小平太が呟いた。紫陽花寺を目指して長次と駆けている最中だった。長次が、視線だけで後の続く小平太を振り返った。
「あの巻物のお姫さん、どっかで見たことあると思った。×××城のすがやっていうお姫さんだ。」

ねむいので続きは後日。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ29

「・・・長、歌を手に入れたぞ。これが暗号を解く鍵だろう、」
黒装束に身を包んだ年かさの男が、燃え尽きた廃寺の奥、小さな土蔵に胡坐をかいて座っている老人と対峙している。その老人は随分と小さな体を漆喰の壁にもたれかけさせていた。ひどく衰弱しているのだろう、息は荒く、ひゅうひゅうと咽喉から秋風のような息が漏れている。まもなく事切れるのだと、誰も疑いようのない姿だった。瀕死の老人は細い目をして、「間違いないか」としわがれた声で問うた。
「ああ、間違いない。すがや様の孫から直接聞いた」
「孫!ああ・・・孫、それは男か女か」
「男だ。すがや様によく似ている」
「ああ・・・」
老人は長く息を吐くと、歌を、と言った。男はタカ丸から聞き出した和歌を諳んじる。

こいしくばたずねきてみよ いずみなるしのだのもりのうらみくずのは

「・・・うん、なるほど」
老人が頷く。なるほど、なるほど、と何度も頷いて、それから、「大川平次渦正が忍術を学ばせる学校を開いたとか。そこに、すがや様の孫はおるのか」とおもむろに尋ねた。対峙する男は、調査の末それを突き止めていたから、ああ、と頷いた。年かさの男には和歌に隠された意味は読み解けない。そんなことまで書いてあるのかと、少し驚いた様子で眉を上げる。老人は、小さくふっ、ふっ、と短い息を吐いた。それが笑っているのだと、男はしばらく気づけなかった。気づいたのは、老人がそのまま長く息を吐いて万感の篭った様子で、「我が悲願はようやく成る」としみじみ呟いたからだった。


タカ丸はずいぶんと幼かったが、祖母の死を覚えていた。一度見たら到底忘れられぬ、美しく、あまりに禍々しい死に様だった。まだ踏み固められてしまう前の、さらさらと柔らかい雪の上に、たおやかな妙齢の女が身体を丸めて倒れこんでいた。流れる血が、あたりの純白を真っ赤に染め上げていた。女を中心にあたり一面真っ赤に染め上げられたその姿は、まるで椿のようだった。女の身体には無数の矢が突き刺さっていた。タカ丸を抱いた母が甲高い声を上げて絶叫した。父親が、見てはいけないよ、と鋭く言い置いて戸を閉めてしまった。タカ丸は、あの綺麗で優しい祖母がどうしてあんなふうな目に遭わなければならなかったのか、今見たものが理解できず、母親に問い質したかったが、彼女は突っ伏して泣き喚くばかりだった。タカ丸は母親の腕から抜け出すと、立ち上がって、窓の傍に立った。少し爪先立てば、外の様子は見えた。父と祖父が、傘も差さず絶命した祖母を見下ろしていた。祖父がしゃがみ込んで、ゆっくりと祖母を抱き起こした。魂を失ってぐったりした様子の身体は、重たく祖父の腕に圧し掛かっている。タカ丸は「あ、」と小さく息を漏らした。途端に、涙が出た。タカ丸の小さな悲鳴に気がついて、母親が気が狂ったような激しい様子で、タカ丸を窓辺から攫った。何も見せぬよう深く胸元に抱きしめながら、「なりません!」と叱り付けた。「見てはなりません!」その身体はひどく震え、熱かった。タカ丸を抱く母の腕の強さは、彼を抱き潰してしまわんばかりに強く、タカ丸は「かあさま、苦しい」とか細い声で抗議した。母は我を忘れたようにタカ丸を抱きしめながら、何度も、「お前はどこにも行かないで頂戴ね。どこにも言っては駄目。勝手に表に出てはなりませんよ。あいつらに見つかったら、お前はきっと、遠くに攫われてしまうからね、」と繰り返した。母の言う”あいつら”が誰のことなのかタカ丸には分からなかったが、おそらく、祖母を殺してしまった人たちと同じなのだろうと理解した。
翌日から、母の意向で、タカ丸は表に出してもらえなくなった。祖父や父や母が遊んでくれたので、軟禁されていてもそれほど辛くはなかったが、同い年の友達がいないのはどうにも寂しかった。その頃に扇子の配達の手伝いで家に訪ねてきた小松田屋の兄弟が、彼の唯一の友達だった。
ある日、タカ丸は祖父から一枚の掛け軸を貰った。それは、美しいお姫様がこちらを向いて座っているもので、着物も紅もみんな真っ赤に装ったそのお姫様を、タカ丸はとても綺麗だと思って一目で気に入った。
「ほんとにもらってもいいの、じいちゃん!」
「ああ、いいよ。綺麗なお姫様だろう」
「うん。真っ赤でとてもきれいだ。ねえ、じいちゃん、この人はじいちゃんの知っている人なの?」
「ああ、そうだ、とてもよく知っている人だよ。そうだ、タカ丸、お前にひとつ歌を教えてやろうな」
「歌?」
「お前だけに教える歌だよ。いいかい、誰にも言ってはいけないよ。大人になるまで覚えていてごらん、きっとお前にいいことがあるから」
 

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