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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ30

わたくしは後悔なぞしておりませんから、そのことでどうかあなたが苦しみませんように。

すがやは自分の最期を予測していたのか、幸丸に一筆を残していた。いざ遺品を整理しようと持ち物を探るとわずかばかりの化粧道具と質素な着物の何枚か、そんなものが大事そうに櫃にしまわれているだけだった。そのなかに錦糸で小花の縫い止められている小さな巾着袋があり、それは昔すがやのために幸丸が町で求めてきたものだった。そのなかには、それまで幸丸がすがやにあげてきたいろいろなものが入っていた。それは綺麗な飾り紐であったりよい匂いのする香り袋であったり桃の木でつくられた櫛だったりした。すがやは幸丸に髪を結わせるのが好きで、幸丸は、すがやに贅沢のさせられないことをたびたび詫びたが、そのたびに彼女は幸丸に髪結いを強請って、「あなたがわたしの髪を美しく結い上げてくれるかぎりは、わたしはほかに、なにも要らないわ」と微笑んで言った。幸丸は、その巾着をすべてタカ丸にやった。タカ丸は美しい綾紐に頬を上気させて、「うれしい」と微笑んだ。その様子がひどくすがやに似ていて、幸丸は目が眩んだような心地がした。
タカ丸はすがやによく似ていた。
不思議なことに、成長して男としての特徴が顕著になればなるほど、すがやの持っていた雰囲気を色濃く纏うようになるのだった。そのことを気も狂わんばかりに恐れたのは、タカ丸の母親だった。彼女はタカ丸が成長してすがやの面影と重なり始めているのを認めると、ひどく絶望し、狼狽した。もともと丈夫でなかった彼女は、ついに死の床についた。彼女は床のなかで、繰り返し繰り返し、タカ丸をどこにもやらないで頂戴と幸隆に頼んだ。あなた、タカ丸を連れて行かないで頂戴、どうかあなたと同じものにはさせないで頂戴。それから、青白いほっそりした手で強くタカ丸を抱き寄せては、タカ丸、私の可愛いこ、あなたは夜の暗さなんて知らなくていいからね、月の光に怯えなくてもいいからね、闇の冷たさになれなくてもいいからね・・・。タカ丸、どうか、あなたはなにも知らずに明るい道だけを歩んで頂戴ね。
幸隆は、タカ丸の母親を哀しませぬために忍びの道を捨てた。タカ丸が成長したら忍術学園に入れる手はずだったが、それもしないと決めた。タカ丸には何一つ知らせないつもりだった。幸丸は、時がたてばタカ丸を城に帰そうとしていたようだった。それが、城からすがやを奪ったせめてもの罪滅ぼしのつもりだったのだろう。だが、幸隆はそれらの約束をすべて反故にすると決めた。城を敵に回して、抜け人として命を狙われても、タカ丸だけは手放さぬと決めたのだった。


「あ、そうか」
ふいに小平太が呟いた。紫陽花寺を目指して長次と駆けている最中だった。長次が、視線だけで後の続く小平太を振り返った。
「あの巻物のお姫さん、どっかで見たことあると思った。×××城のすがやっていうお姫さんだ。」

ねむいので続きは後日。

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