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083:雨垂れ

土砂降りの夜だった。
雨でナイフが滑ってしまわぬように、手のひらとナイフを紐で結わえた。後ろから近づいて刺すだけで、それは終わった。あっけない最後だった。近づいて、声を掛ける。振り返ったところを、首を狙って切りかかれ。首は血がたくさん噴き出すから、雨の日の、夜にしろ。場所は海の近くがいい。血の匂いがまだしも紛れる。それが、どこぞの小悪党から教えてもらった、“ひとごろし”の方法だった。
「敵討ちだなんて、古風だなあ」と、その男には笑われた。
「どこかの時代劇みてえだ」
「家族を殺された」
「理由は?」
「理由?」
久々知は顔をあげて男を見上げた。男はまばらに髭の生えた冴えない風体をしていた。痩せぎすで、黒光りする硬そうな皮膚が、彼の歳が見た目よりずっと老けていることを教えていた。けちけちしくちびた煙草を咥えて、男はナイフを研いでいた。
「人が殺されるにゃあ、それなりの理由があるもんじゃないかねえ」
「知らない。警察があいつを追わないと言ったから、理由はわからない」
「警察が追わない理由は?」
「教えてもらえなかった」
久々知は、男の手から、研いだばかりのナイフを受け取った。それは初めて持つのに、妙に久々知の手になじんだ。男は、久々知の手のひらを上から包み込んで、それの握り方を教えた。
「仇を見つけたら理由を聞くかい」
「・・・聞かない」
久々知の手のひらがぎゅっと強くナイフを握った。ぞっとするほど冷たい目で、虚空を睨んでいた。おっかないねえ、と男は茶化して笑ったが、久々知は自分のことだとは思わなかったから聞き流した。
「どうせ殺すんだから、そんなものを聞いても仕方がない」
 
 
***
 
 
「ふつう、親が殺されたって悲しい悔しいって思うだけで、反対に殺し返してやろうとは思わないんじゃないかな」
「そうかな」
「もし思ったとしても、実行には移さないと思う」
そうか、と久々知は思った。もう名前も忘れた、昔の友達との会話だ。まだ久々知が忍術学園に通う前の学校で、束の間知り合った。そう、友達というよりは、あれは知り合いだ。久々知は竹谷に出会うまで、「友達」というものを必要としなかったし、そのため、つくらなかった。そもそも友達というものがどういう関係のものを指すのかも、よくわからなかった。
久々知は物静かで、口数の少ない子どもだった。預けられた先でも、施設でも、学校でも、必要以上に人と交わることをしなかった。それでも疎まれたり苛められたりしなかったのは、彼が成績も運動も非常によくできた少年だったからだ。彼は周囲の平凡な才能の子どもたちから、羨望と尊敬の眼差しで容認された。彼はそういう状況を是とも否ともしなかった。ただ、自分は関係ないような素振りで、誰の世界においても存在感のない端っこの登場人物でいようとした。
それを彼は努力によって為しえようとはしなかった。呼吸をするように、当然のこととしてそういう存在を目指した。その頃からすでに忍者としての才能を発揮していた。目立たぬように、誰の目にも留まらぬように、しかし並外れた知識と技術をもって、ひっそりと目的を遂行する。
そんな彼がどうして“知り合い”とこんな会話をするに至ったかというと、兵助はもう忘れているが、少年から、
「君のことをもっとよくわかりたい」
といわれたからだった。兵助は問答のように、返事の代わりにある例え話をした。
「もし君の親が殺されたら、君はなんて思う?仕返しをしたいと思う?」
それから、兵助は言葉を続けた。「俺は、仕返しをしたいと思う。そういう人間なんだ。変かなあ」
兵助が、どうも自分と周囲は思考の在り方に崩しようのない断絶があるらしいと自覚したのはそのときだ。そのときから兵助は、努めて自分の思考を隠すことを考えた。本当の自分というのを気取らせないように心を砕いた。どうも、自分は変わり者らしい。変わりものだと知られたら、目立ってしまう。目立っては、いつか実行する敵討ちに支障が出る。
 
 
***
 
 
土砂降りの夜だった。あの夜と同じだと思うだけで、身体が震えた。目の前に倒れているのは、でっかい狼だ。学園の周囲にしばしばあらわれていたやつで、誰かが餌付けしているに違いないって噂がたっていた。その死骸に取り縋って、同級生が泣いている。こっそり餌付けをしていたのは、そうか、こいつだったのか。名前をなんといったっけ、隣のクラスの、ええと、
「はち!」
別の生徒が、名前を呼んで雨の中走り寄ってきた。
兵助は、ああ、そうだった、と思い出す。竹谷八左ヱ門。動物好きの同級生。目がくりくりとでっかくて、よく笑う。明るくてみんなに優しいから、同級生に好かれている。世界がまるで違うなあと思って、兵助のほうでずっと避けてきた少年だった。理解ができないものは、馴れ合うのが難しい。必要なとき以外、関わり合わないのに限る。
「どうして殺したんだよ」
死骸を抱いたまま、静かに竹谷が問うた。黒ずんだ血が竹谷の服を濡らしても、彼はいっこうに気にしない様子で、まっすぐ久々知を見ている。久々知は、竹谷の静けさは烈しい怒りによるものかと思っていた。しかしその瞳には、怒りの炎はなかった。ただ真実を見極めようとするひたむきな誠実さだけがあった。久々知はこのとき、竹谷を恐ろしいと思った。彼は、相手に嘘をつかせない。
「邪魔だ、から」
久々知の言葉には、決定的に言葉が足りなかった。彼は、彼の今までの生き方のおかげで、哀しいまでに弁明が苦手だった。
「そんな理由ではちの狼を」
責めるように言ったのは、竹谷の名を呼んだもうひとりの同級生だった。久々知は顔をあげて、その少年を睨みつけた。
「“そんな理由”じゃない。野良を手懐けると、仲間を呼んでくる。通う動物が多くなると、怪しまれる。学園の所在が余所にばれる」
「馬鹿な!この狼を手懐けることは、学園長様の許可があってのことだ。何も知らないくせに、勝手なことをする。お前、この狼を躾けるまでにはちがどれだけの苦労をしたか、」
「いいんだ」
竹谷は、彼のために久々知を責める友の言葉を打ち切った。
「いいんだ。およその事情はわかった。お前のいうことももっともだ」
竹谷は狼の死骸を抱いて立ち上がる。久々知の切った腹から、内臓がこぼれていた。
「だけど、それは殺さなくてはいけないことだったのか。他に方法はなかったのか」
竹谷のまっすぐな瞳に見つめられて、久々知はしばらく逡巡したあと、力なく項垂れた。
「それは、その通りだと思う。殺すのがてっとり早いと思ったのは、俺の短慮の表れだ」
弱弱しい言葉に、驚いたのはむしろ久々知を責め立てていた少年のほうだった。この優等生ならば、屁理屈をこねて自分を正当化してくるものだろうと思いこんでいた。どうする、と困惑したように竹谷を振り返ると、彼は死骸を愛おしそうに抱き寄せたまま、久々知に向かって微笑んでいた。
「なあ、いのちは、ひとつだ。そして一度失えば決して帰ってこない。それは人間だって、動物だって、虫だって、みんないっしょだ。俺は、殺すのは、いちばん最後の手段だと思う。ほんとうにもうどうしようもなく他の方法がなくなってから、はじめて、覚悟を決めて、奪うべきものだと思うんだ」
久々知は天を仰いだ。大粒の雨の一滴一滴が、鉄砲のように降り注いで久々知を痛めつけた。久々知の凛とした瞳からは、いつしか涙があふれていた。ひどく辛い、と久々知は思った。けれど、心は不思議と潤っていた。なにものも恨む気持ちにはならなかった。ただ広い荒涼感と静かな充足があった。
「竹谷、ごめん。お前の、大切ないのちを奪ってしまって」
竹谷は力強く一度、頷いた。それから、久々知に向かって、「帰ろう」と言った。
「今夜はひどい雨だ。ここは、よく冷える」
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