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よいこわるいこふつうのこ

にんじゃなんじゃもんじゃ
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091:サイレン

現代版忍術学園です。


兵助の器用な手先が、りんごの皮さえも大根のかつらむきを思わせる薄さで剥いてゆく。するするとベッドテーブルの上の皿に下りてくるそれを、三郎がつまみ上げて、窓辺の光に透かした。「おお~世界が赤く見える」などといってはしゃいでいるのを、雷蔵が「やめなよ」と呆れ口調で窘めた。
「ハチ、」
と声を掛けると、竹谷八左ヱ門がベッドに横たわったまま、あんぐりと大きな口を開けた。そこへ、久々知兵助が剥いたばかりのりんごでひとくち大に切ったのを、落とした。しゃりしゃりと黙ってりんごを嚥下する竹谷に、「美味いか」と訊ねる。竹谷が「ふぉう」と頬をふくらましたまま返事をした。
「それはよかった。今朝とれたばかりのりんごだそうだ。食堂のおばちゃんが食べさせてやれってもたせてくれた」
「悪いな、面倒かけちまって」
「気にするな」
「そうそう、俺たち、お前の見舞いって口実で街に降りてこれて役得よん♪」
三郎らしい物言いに、竹谷は笑った。生真面目な久々知は当然癇に障ったらしく、言い返すことこそしないものの、三郎が「俺にもりんご」と腕を差し出すのに、わざと剥いていないままのりんごを手渡した。三郎は気にしないふうに、差し出されたりんごのまるごとに、しゃりりとかぶりつく。
「退院は三週間後だそうだから、それまではここでゆっくりしてろって。俺たちも週末ごとに見舞いに来るつもりだ。明日は学園長が見舞いに来られるそうだから」
「なんだか大事になっちまったなあ」
「じゅうぶん大事だろう」
久々知は剥いたりんごを皿に並べて、これは雷蔵に手渡した。雷蔵は礼を言って、近くのパイプ椅子を持ち出して、腰かけた。枕元に近いベッドサイドの特等席は、久々知に占領されたままだ。彼は無意識にも、竹谷のそばを他に譲る気を持たないらしい。雷蔵は苦笑して、素直にその位置を久々知に譲った。指摘するのもやぶへびだろう。
竹谷はベッドに横たわったまま、顔動かすのがせいぜいだ。全身打撲。肋骨のひびに、右手首、左大腿骨の骨折。病院で支給される簡易寝間着の下からは、全身に巻かれた痛々しいまでに真っ白な包帯がのぞいている。それでも、ショッピングモールの3階吹き抜けからふいに突き落とされて、これだけの怪我ですんでいることが幸運といえた。もちろん、実際は幸運でもなんでもなく、ひとえに竹谷が普段から訓練で身体と技術を鍛えていたことのたまものというだけの話なのだが。
「びっくりしたよ。日曜午後のショッピングモールだぜ?信じられないくらいの人混みの中で、えらい恥かいちまったぜ。目立っただろうなあ」
「おうよ、ばっちり。これ、今日の朝刊。見るか?」
三郎が手渡した新聞は五紙。全国版から地元紙まで多様だったが、どれもそれなりの大きさで、“男子高校生ショッピングモール落下事故”を取り上げていた。記事によると、地元高校に通う男子学生が吹き抜けの柵にふざけて腰かけていたところ、誤って転倒したということになっているらしい。三郎がテレビをつけると、ちょうど昼のニュースにも取り上げられていて、「店側の安全管理のずさんさ」と「マナーを守らない若者による事故」をコメンテイターたちが口々に嘆いていた。
「これじゃ俺があほみたいだな」
情けない顔で呟く竹谷に、雷蔵が苦笑いしてフォローを入れた。
「学園長先生が直々に手をまわしてくださったんだ。誰かに突き飛ばされて落下、ってほうがより大騒ぎになるだろう。理不尽だろうけどさ、ハチがこんな馬鹿なことするやつじゃないって、学園のみんなはちゃんとわかってるよ」
久々知は相変わらずの無表情でりんごを剥き続けている。三郎が竹谷の横たわるベッドサイドに腰を下ろした。三郎の体重を受け止めたスプリングがわずかに揺れて、その振動に竹谷が顔を歪める。久々知が顔もあげずに「三郎、降りろ」と言った。
「仕方ないだろ。お前がずっとそこを退かないから」
久々知は初めて顔をあげて、不思議そうに首を傾げる。三郎はうんざりした表情で、雷蔵に視線を送った。
「見たあ?無意識だよこいつ」
雷蔵は苦笑を返すだけにとどめた。どうせ、久々知はどれだけ言ったってよく理解できないだろう。三郎が、竹谷のために剥かれたりんごをひとくち摘む。咀嚼しながら、言葉を発した。
「ハチを突き飛ばしたやつの顔は見なかったのか」
「見なかった。周囲にいたやつの顔はある程度覚えているけどさ、本当にたくさんいたんだ。俺を突き飛ばせるぐらいだから、ある程度力のある男だろう。それでも、家族連れだろ、カップルに、男ばっかり四、五人でつるんで動いていたやつもいるし・・・。俺も目の前で赤ん坊が落っこちると思ってそっちにばかり意識を集中してたからさ、隙をつかれたよ」
「赤ん坊は罠だね。赤ん坊は落ちなかったっていうしさ。ハチの気を逸らせるためにやったことだろうね」
「不逞ことしやがる」
三郎は息巻いたが、竹谷は、「ああ、そう」と嬉しそうに頷いた。「よかった、じゃあ赤ん坊は無事だったんだな。びっくりしたぜ。俺ならともかく、赤ん坊が落ちたんだったら絶対助からないしさ」
竹谷は、吹き抜けから赤ん坊を落とそうとしている母親の姿を見たのだという。それが自分に対するおとりであったと聞いて、心の底から安堵した。その姿を、3人の同級生たちは、「竹谷らしい」と思って苦笑した。
「ハチ、りんご」
久々知が、3個目のりんごを皿に並べて竹谷に差し出す。「おう」と受け取った竹谷は、見舞いの果物籠から4個目を取り上げた久々知を見て、「俺、もう食えないかも」とストップを出した。久々知は例の無表情で、「剥かせてくれよ」と返す。
「剥いてでもいないと、平静を保てそうにないんだ」
「おう?」
雷蔵が立ち上がった。「りんごばっかりも飽きるんじゃないかな。兵助、下行ってなんか買ってこようよ。ハチ、なんかリクエストある?」
「あっ、じゃあ、ジャンプ買ってきて」
「その身体で読めるのかよ」
「俺をなめんな?見舞いに来てくれた奴らに朗読してもらうんだよ」
ぎゃははっ、と三郎と竹谷が笑い合う。三郎が振り返って、明るく「俺、コーラ」と声をあげた。それから、立ち上がった久々知に、軽い口調のまま「兵助、それ置いてけ。善良な市民のみなさんがびっくりするだろうが」と注意した。久々知が気付かなかった、とばかりに己の手元を見た。右手には、しっかり果物ナイフが握られている。雷蔵がにっこり微笑んだまま、久々知の手からそれを取り上げてベッドボードに置いた。
「じゃあ、行ってくる。兵助、行こう」
久々知の右手をぎゅっと握り、引っ張るように病室から連れ出していく。三郎が、久々知の座っていた場所に腰かけると、声をあげて笑った。茶化すように竹谷を見る。そういう、三郎特有の笑顔を浮かべると、彼は何者に変装していても、酷薄な狐のように見える。
「あいつ、表情こそ変わらないものの、ブチギレてる。学園でもあいつ押さえるの苦労してんだぜ、俺たち」
「ううん」
竹谷は喉の奥で唸るばかりだった。久々知は、大切なものをあまりつくらない代わりに、一度心を許すと何処までも深入りする。命に代えても大切にしようとする。その数少ない相手が竹谷だった。
「お前を狙った相手の捕縛を、学園長から仰せつかっている」
「久々知も?」
「いや、あいつは暴走するだろうからって、おあずけ。だけど勝手に動くだろ。あいつより先に見つけてとっつかまえないと、相手の命がないよ。だから、結構気張らないとって、焦ってんのよ、俺も。犯人の手がかりは?」
「・・・ある」
竹谷は低声で囁くように言った。三郎がそっと竹谷の口もとに耳を寄せる。
「はっちゃんを使ってマーキングしてある。孫兵なら扱えると思う。学園に帰ったらはっちゃんを渡してくれ」
「ん」
三郎は頷き、それから、「で、はっちゃんっつーのはなんなんだい?」と竹谷を見た。竹谷は自分の寝間着のあわせをそっと開いた。ブウゥンと嫌な羽音を出して一匹の蜂が、三郎の頭上を旋回した。
「蜂かよッ。刺したりしないだろうな」
「大丈夫。はっちゃんは卵寄生蜂だから、芋虫の体内に卵を産み付けるだけで、あとはいたって温厚な蜂だ」
「なんだかぞっとしねえんですけど、その説明」


病院の1階にある購買までは、わざと階段で行った。
「落ち着いて、兵助」
久々知よりも一歩先を行く雷蔵が、彼に背中を向けたまま静かに声を出した。
「うん」
久々知の返事は、端から聞く限りでは、ずいぶんと落ち着いているようである。けれど、彼の右手が小刻みに震えていることは、それを握っている雷蔵にしかわからなかった。
「自分を制御しきれない。理性では、理解しているつもりなんだ。感情の整理もできている、つもりだ。だけど、震えが止まらない。今犯人を見つけたら、たぶん、殺してしまうと思う」
「忍者と暗殺者は違うよ、兵助」
「わかってる。わかってる、つもり、だ・・・」
兵助の言葉はずいぶんと弱々しかった。大切なものなんか、つくるんじゃなかった。心のよりどころなんて、やっぱり持つものじゃなかった。そんな久々知の慟哭と間違った後悔が聞こえてきそうで、雷蔵は、振り返って久々知の頬を両手の平でバシンと打った。
「勝手をして、お前が怪我をしたら、はちが悲しむ。はちを悲しませるのは兵助の本意じゃないだろう」
兵助がしょんぼりとした様子で肩を落とし、大きく頷いた。これは兵助が乗り越えるべき心の弱さで、仇を討っても何をしても、解消されるものではない。兵助自身が飲み込んで成長しないといけない類のものだ。そこに介入できない自分を、雷蔵はもどかしく感じる。だけど、己を成長させるのはいつだって、最後には自分自身だ。そこには誰も踏み入れない。周囲はただ見守るだけだ。
「俺は弱いな。早く強くなりたいよ」
五年のなかでも抜きんでた成績を保持する優等生徒が、悲嘆に暮れたように長く息を吐いた。雷蔵は息を吐いて、「あせりなさんな、みんなそうだよ」と笑った。
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