ボーナスでたので、日頃のストレス発散に友達と散財しまくってたら思いついた話。
仙様女体化で文次郎といい感じ。・・・なのか?
ひらりと目の前で赤いワンピースの裾が翻った。シンプルな形のサマードレスだが、真っ赤な花のテキスタイルが目に眩しい。それは、仙蔵の背中に流した艶やかな黒髪と相まって、よく映えた。
「どうだ、文次郞」
試着室のカーテンを開けた仙蔵は、ひらりとワンピースの裾を揺らしてみせると、開口一番そういった。美しい顔には、余裕ぶった笑みが見える。「どうだ、似合うだろう?」とでも言いたげなその表情は、質問というよりは確認だ。仙蔵は、己が美しいことをよく知っている。そして、美しい己しか他人に見せない。だから、ただの試着であろうと、仙蔵が試着する商品を選び取ったときから、それは仙蔵によく似合っているに決まっているのだ。似合わないものを、仙蔵は絶対に試着して見せようとはしない。文次郎は、仙蔵のそういう隙のなさが苦手だ。大嫌いだといっていい。仙蔵は、世の中の何もかも、己の掌の上で転がそうとする。仙蔵は自分の意にそぐわないものや、自分の予想の範囲外のものが大嫌いなのだ。(だから、仙蔵にいつも斜め上のとんでもないトラブルを運んでくる厳禁コンビは、仙蔵にとってもはやアレルゲンといっていい。仙蔵が彼らを見つけたときの拒否反応といったら凄い。文次郎はいつも、それを見るたび胸が空くような思いがする)
文次郎は、絶対にこいつの恋人にはなりたくねえな、と思う。いつも思っている。仙蔵の恋人になるということは、仙蔵に首輪をつけられるのと同義だ。つまり、この陰険サディストの飼い犬になるということだ。それはよほどのマゾヒスト以外堪えられるまい。
「ああ、いいんじゃないか」
「さっきの青いワンピースとどっちがいい」
「んなもん、どっちでもいいさ」
お前の好きにしたらいいよ。文次郞は興味なさげに言い捨てる。お愛想笑いというよりは、仙蔵の美貌にすっかり夢中になっているらしい若い店員が、「お客様、どっちも本当にお似合いですっ!!」と横から妙に力説する。仙蔵は文次郞の脚を、パンプスを履いた脚でぐりぐりと踏みつける。
「どちらがよい、文次郞」
「あ・・・青のほうが・・・っましだった・・・!」
「なるほど。よかろう、それでは赤いほうをいただこうかな」
仙蔵は笑顔で店員を振り返る。ならきくんじゃねえよ、と文次郎は思うが、口に出すとまたパンプスが襲ってくるのだろう、黙って表情だけで悪態をついている。
仙蔵とショッピングというのも薄ら寒い話だ。買い物なんて女友達と行けよ、と文次郎は思う。実際、仙蔵が「お前、今日一日私の荷物持ちをしろ」という最低な誘い方で文次郞に声をかけてきたとき、そうやって断った。ところが仙蔵は、「うるさい、黙って付き合え」と高飛車な返事を返すばかり。文次郎が、いやだいやだとごねていると、仕舞いには拳やら蹴りやらが飛んでくる始末で、結局、暴力に負けて文次郎は荷物持ちをしている。
「やはりお前のアドバイスは参考になるな」
「なにがだ、ことごとく俺が指したのとは逆のものを選んでいくくせに」
文次郎のもっともな苦情を、仙蔵は妖艶な笑みで交わす。
「文次郞、私はきれいだと思うか」
「思うかもなにも、綺麗なんだろ。自分でそうしてるくせに、俺に聞くな」
「ふむ、質問を変えよう。では、お前の好みのタイプはなんだ」
「少なくともお前みたいなやつじゃない」
「はて、それはどういうやつだろう。・・・例えば、小平太」
「なんだと、馬鹿をいうんじゃねえ!恐ろしいやつと俺を組ませるなっ!」
ロマンチストのきらいがある文次郎は、部活帰りに牛丼3杯を平らげ、制服のスカートの下にジャージをはいてがはがはと大口開けて笑う小平太を、女として認めていない。だが、仙蔵は知っている。小平太が、彼女と恋仲にある長次の前では、はにかみやでしゅんと大人しくなることを。文次郎が鈍感でどうしようもない単純な男のだけなのだ。文次郎はことごとくセンスがなくて趣味が悪い。それは、彼は人に似合うものではなく、自分の好きなもので服を考えているからだ。
仙蔵は自分が青いドレスを着たときの姿を思い出して、ぞっとする。ただでさえ色の白い仙蔵が、真っ青なドレスを合わせるなど、顔色が悪く見えて仕方がない。最悪の組み合わせだ。青が似合うのは、本当は、
「お前が選んだあの青いドレス、伊作に似合いそうだったな。なあ、そうはおもわんか」
「知るか!そんなことなぜ俺にきく!」
文次郞は真っ赤になり、口から泡をふかんとばかりあわてふためく。滑稽なものだ。仙蔵は微笑む。
「知らん、何となくだ」
「何となくでそんなこというな」
「せっかく似合うのだし、買っていってやろうかな。なあ、文次郞、どう思う」
「知らん、好きにしろ」
「では、さきほどの店へ戻るぞ」
「面倒くさいものだ。服一着に行ったり来たりと」
「文次郎、あの青いドレス・・・お前が金を出せよ」
「はあっ!?お前が買おうといったのだろうが!」
「伊作に似合うと言ったのはお前だ」
「俺じゃねえお前だ!お前が勝手に言ったんだろうが!!」
通り過ぎる人たちが賑わしい男女連れを振り返っていく。
「恥ずかしいやつだな、文次郎、少しは黙れないのか」
「怒らせてるのはおまえだっ!」
ずんずんと元来た道を、店のほうへと引き返す文次郞の背中に、仙蔵は苦笑を向ける。お前の趣味を私に合わせるなよ、似合うわけなかろうが。お前はいつだってなんだって伊作に会うものばかり見わけようとする。
「だから、私からしたらお前のセンスが最悪なのは仕方のないことだな、文次郞?」
このサイトCPとかあんまり決まってません。申し訳ないです。
は組大人版 死にネタシリーズ(嫌なシリーズ)
きり丸
庄左衛門が死んだ。任務の最中に負った矢傷が化膿したのだ。あのしっかりものの庄左衛門が消毒をしなかったとは思えないけれど、と僕が首を捻ると、きり丸は齧りかけの餅を皿に戻してしまってぼんやりした面持ちで「庄ちゃんはいいやつだったからなあ」と言った。
庄ちゃん、という呼び方が酷く懐かしくて、僕は伊助を思い出した。
は組の仲間を「ちゃん」づけで呼びあうのは、2年の途中頃まで続いた。クラスがそれぞれに分かれても会う度に「ちゃん」をつけていた。それを見て他のクラスメイトは皆笑った。先生は仲がいいなァ、お前らと苦笑しておられた。それでも、少年期特有の照れくささでいつからかだんだんと「ちゃん」づけで呼ぶことはなくなった。それから少しずつ、合う回数も減っていった。
僕らは自然な流れで、道を違えていったのだ。
庄左衛門の死について伊助と少し話をした。
そのとき伊助は、ぼろぼろと涙を流して何度も庄左衛門を呼んだ。そのとき、伊助は「庄ちゃん」と呼んでいたのだ。庄左衛門、じゃなく、庄ちゃんと。子ども帰りしたみたいに。
「任務が終わって引き上げる最中に、焼け出された子どもがいたんだ。酷い火傷を負っててな、俺がぼうっと見てたら、薬をやれっていうんだ。俺と戦災孤児を見て、何か思ったのかもしれない。庄ちゃんはそういう、当たり前のやさしさを持ってるだろ。それでも俺はほっとけって言った。薬は残り少なかったし、戦災孤児なんて、中途半端にちょっと優しくしたってほとんど無意味なんだよ。生きるやつはずるしてでもなんでも勝手に生きてくし、そうじゃないやつは死ぬ。でも庄ちゃんは、くれてやれってさ。俺は結局薬を塗ってやった。名前を聞くから、礼ならあすこの男の顔をよーく覚えててやんなっつって放ってやった。庄左衛門には帰ってきてから薬を塗ったけど、もう遅かったんだな。晩には高熱がでて唸り声を上げて苦しがった。」
きり丸は僕の手の甲を撫でながら言った。
きり丸は僕を抱いたりしない。
「乱太郎は俺にとってそういうんじゃないんだ」
そういってきり丸は僕の身体の色んなところをべたべた触る。それは情欲を掻き立てるふうでもなくて、子どもが自分とは肌さわりの違う両親の手を、好奇心でずっと撫でているのに似ていた。きり丸は僕の肌の感触や、肉の丸みや骨の太さや、血の温みや、そういうものを正しく記憶しようと躍起になっているように思えた。
庄ちゃんが死んだことを告げに来た夜は、とくにきり丸はしつこく僕に触れたがった。
「ほんとはもっと早くここへ来たかった」
きり丸は庄ちゃんが死んでしまうまで、ずっと庄ちゃんの傍にいたのだ。
「独りで死ぬのって寂しいだろ」
「そうだろうね」
「俺、何度か死ぬかもって思ったことあるんだ。忍術学園に入る前の話だぜ。飢えの苦しみとかさ、怪我の痛みとかじゃなくって、独りで死んでいくってことは凄く嫌なことだとそのとき思った。俺のことをだれも知らないんだと思ったら、俺がどうして生まれたのかもよく分からなくなって。なんか心臓がひやひやしてさ、俺はこの世で一番おっかないものはこういうことじゃないかと思ったね」
庄左衛門は朦朧とした意識の中で、しきりにきり丸の手をぎゅうと握っていたのだという。そうして、
「いーちゃん、伊助、僕なら大丈夫だよ、すぐに治るからね。泣いたらだめだよ」
と何度も言い聞かせるみたいにして呟いたというのだ。きり丸は、(彼がそんなことを思う必要はちっともないのだけれど)伊助が傍にいないことを庄左衛門に対してとても申し訳なく思って、必死で伊助に成り代わろうと伊助のことを思い出していたらしい。でもそのたびに僕のことが思い出されて大変だった、ときり丸は言った。
「庄ちゃんは、なんだかんだで幸せに死んでいったと思うんだよ。庄ちゃんに伊助と間違えられて手を握られながら、その腕の強さになんでだか涙が出た。そんで、乱太郎のこと思い出しながら、俺も死ぬときは幸せに死ねそうだなって思った。俺、たぶん、もうひとりで死ぬときになっても辛くないと思うんだよな。乱太郎のこと思い出してりゃさ、あほみたいにへらへら笑って死ねそうだ」
人が生まれてきた意味、ときり丸はいったけれど、僕もきり丸も本当はそこに意味なんてないことを分かっていた。人が生まれるのに意味なんてない。本当は。勝手に、何かの偶然が重なって、生れ落ちてしまっただけ。そこから必死に生きて、足掻いて、がむしゃらに暴れて、意味を掴み取ってゆくだけだ。
「乱太郎、俺は、自分が死ぬことになっても絶対にお前に会いに来ない」
きり丸は以前からそういっていた。
「俺が死んだことも、お前には絶対に伝わらないようにしておく。だから、お前、安心していつでも楽しい気持ちで俺を思い出すんだぞ。お前の生きている限り、俺もどこかで生きていると思え。お前の死ぬときが俺の死ぬときだとそう思え」
「それなら私が死ぬときもきっと寂しくはないね」
僕は本当はきり丸の弔いだってちゃんとしたかった。だけど、きり丸の望みは違うのだからしょうがない。僕の言葉にきり丸はまるっきり子どものように微笑んで、頷いた。
それから暫く。きり丸はいつものように仕事が終わるたびに私のもとへ通ってくれたけれど、3年前の夏を最後に会いに来なくなった。何処ぞで果てたか。そう思ったけれど、きり丸の言葉通り何処ぞで生きていることにして消息を知ろうとは思わなかった。
一度、団蔵がうちへ来た。土井先生がきり丸の消息を知りたがっておられるのだという。
「乱太郎なら知っているのかと思ってさ」
「いや、私は知らないよ」
「死んだかな」
「そうかも知れない」
「土井先生はたぶん、死んだのだろうって仰ってる。それで、死体を捜しているんだ。家族としてちゃんと葬ってやるってきり丸と約束したんだってさ」
「そりゃきり丸は嬉しかっただろうね」
「きり丸は嫌ですよ、先生に俺の死骸見せるのって嫌な顔をしたらしいけどね」
僕と団蔵は顔を見合わせて苦笑した。きり丸の照れ隠しの減らず口が、あんまり”らしく”て嬉しかったのだ。
そのときの表情まで思い浮かぶ。そうだ、僕らはいつだってずっと一緒だった。
突き抜けるように高く青い空に、もこもこと入道雲が浮かんでいる。団蔵は汗をかいた額を乱暴に腕で拭って、
「あっちいな、きり丸のやつ、死んだにしても日陰にいてくれりゃいいけど」
と言った。その言い方があんまり頭を使ってないから、僕は思わず声に出して笑った。
庄伊、なのか・・・?
死にネタです、苦手な方は回避してください。
***
思い返せば子どものときからえらそーなことばかり言ってた。伊助はもっと勉強しないと、いつか絶対命を落とすぞってせつせつと説教くらわせてくれたこともあったぐらいだった。それなのに、ばっかでー、結局自分のほうが先に死んでやがんの。ばっかじゃないのって笑ってやりたかった。えらそうに、生き残ることの知恵ばかり押し付けてくれたくせに、結局先に死んでしまって。ほんと、ばっかじゃないの、って。
「死んだ」
ときり丸が短くいって、それっきり慰みの言葉もなかったので、僕も「そう、」としか言わなかった。後は黙って俯いて、先日できたばかりの左手の親指のところのささくれを、痛い痛いと思いながら触れるのを止められず、右の人差し指でずっと弄ってた。
どんなふうに殺されたかとか、聞きたいか、といったので、僕は「えぐい感じなら要らないよ」と笑って見せた。頬の辺りが少し引き攣って、だから、たぶん変な顔だったと思う。きり丸はべつに笑わなかったけれど、代わりに最期まで庄左ヱ門の最期を教えてくれなかった。そうか、えぐい感じに死んだんだな、と思って、それならいっそうどんな最期だったか考えるのは止めようと思った。死ぬ覚悟というやつは僕も庄左ヱ門も忍術学園時代に叩き込まれていたので、たぶん、最期まで庄左ヱ門に恐怖だとか後悔だとかいった心の揺れはなかったと思う(それを祈りたい)。だけど、死ぬ瞬間は痛かったろう、どんなふうに死んでしまったかはわからないけれど、きっと、痛かったろう。そのときに一体僕は何をしていたんだろう。もし、あったかい布団に包まってぬくぬく眠っていたり、家族と笑っていたり、美味しいご飯を食べていたんだったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
その夜は布団に包まって、庄ちゃんの最期についてずっと考えていて、そうしたら変に興奮して、涙は出なかったけれど、眠れもしなかった。足指が凍るように冷たいのだけを感じて、何度も擦ろうかと思ったけれど、庄ちゃんの最期を思うたびに、そんな小さな痛みすら堪えなければいけないような気がして、わざとずっと放っておいたりした。
次の日は納品が迫ったブツがあったので店棚に出たけれど、誰が聞いていたんだかみんなが僕を気遣って「今日はゆっくりしてください」と仕事を取り上げてしまった。その日は冬だというのにポカポカした小春日和で、庄ちゃんがいないのにこんなに幸せで穏やかなのは良くないと悔しいような思いがした。することがないから洗濯をして、冷たい井戸水に指を曝して、ぴりぴりした痛みをまるで免罪符か何かのように感じながら、洗ったばかりのものでも関係無しに、手当たり次第目に付いたものを全部洗った。庭に、洗濯物群がふわりふわりとさやいでいるのをみて少し気分は爽快になったが、ぼんやりしていると嫌なことを考えそうだったので、慌てて家中の掃除をした。藁御座をどけて埃を掃いていたら、ふいに目の前を十かそこらの庄左ヱ門が走り抜けて、頭がくらくらした。
(伊助、掃除が終わったら、遊ぼう)
幻聴に耳を塞いで、何も考えないようにひたすら雑巾掛けをしていたら、そのうち何も聴こえなくなったのでほっとした。何かに追われているみたいに胸がどきどきして、何かがとても不安だった。庄ちゃん、駄目だ、僕、いつまでこのままだろ。庄ちゃんがこの先死ぬまでどこにもいないって、耐え切らないような気がする、気狂いになってしまうよ。掃除が終わったら本当にすることがなくなって、当方に暮れていたら、母ちゃんが「あんた、向こうの奥さんに挨拶に行かなくていいのかい」といってくれたので、ああそうだったと思い出して、荷物をつくった。ふいに思いついて、最近染めたばかりの布地でも反物にして持っていってあげようかと思った。庄ちゃんはうちで染める茜色がとても好きだといった。
母親に相談したら「でも、茜ってめでたかないかい」と首を傾げられて、それもそうだと拡げた反物を再び巻き取った。結局当たり障りのないものをいくつか包んで、持っていくことに決めた。
町をとぼとぼと歩いていたらふんわり柔らかな色合いの萌黄の布地を見つけて、これはひなちゃんに似合うなあと思って我慢できずに買った。庄ちゃんが死んだのに、こんな優しい明るい色はなあ、と思ったけれどまだ幼いひなちゃんに喪失の痛みを分かちても仕方がないような気がした。ひなちゃんは庄ちゃんに愛された子だから、いつだって笑っているのが一番いい。
庄ちゃんの奥さんはひとえさんと言って、聡明な女性だった。思いつきのような僕の手土産にも丁寧に頭を下げて喜んでくれ、「あのひとはずっと、僕はこういう仕事をしている身だから、いつかは死ぬ。でも、きちんと聞き分けなさい、覚悟をしておくんだよといつもいつも仰っていたので、平気です。覚悟はしておりました」と淡々と語った。その眼は泣き腫らした跡でぼてっと腫れていて、僕は、愛おしいような人だなあと思った。覚悟なら、自覚はなくても、僕の中にもあったんだろうか、それともどこかが冷え切っておかしくなっているだけか。庄ちゃんが死んだときかされてから、そういえば一度も泣いていない。
もう平気かと思って、僕は庄ちゃんの家からの帰り道、乱太郎の家によって、「庄ちゃんが死んだよ」と伝えた。乱太郎はとっくにきり丸から聞き及んでいたらしく、疲れたような気持ちでいる僕の前でわんわんと泣いてくれ、あったかい雑炊をご馳走してくれた。「庄ちゃんは最期苦しまなかったそうだよ」と慰みのように言ってくれたので僕はびっくりして瞳をぱちりと一回瞬かせて、乱太郎に向き合った。
「きり丸は、僕には、庄ちゃんの最期はえぐいと言ったよ」
「庄ちゃんは矢傷が元で死んだんだって、途中何とかもち返したんだけれどもね、傷口から禁が入ってしまって」
「そう、苦しかったろうねえ」
「傷口から菌が入ると高熱がでるんだ、痛みというより、熱で朦朧としていたんじゃないかな」
乱太郎は医術の知識があるので、的確なことを言ってくれた。そうか、そんなに痛くなかったのか、それならよかった。ちょっとは救われる。そう呟いて笑った僕を、乱太郎が咎めた。
「伊助、泣かなきゃだめだよ。泣かなきゃ、壊れちゃうよ」
「でもね、乱太郎、僕、悲しいって思ったら多分気が狂ってしまい様な予感がするんだよ。だからこのまま、忘れてしまうまで上手いこと痛みを噛み殺してやり過ごそうと、」
僕の言葉に乱太郎はゆるゆると首を横に振った。
「伊助、庄ちゃんは死ぬ間際にきり丸に今はいつごろか、尋ねたってさ。お昼間だったので、そう答えたら、今度は、外は晴れているかって。いい天気だよ、風もないし、あたたかい、外でふわふわ草っぱが揺れてらあと言ったら、お昼間かァ、伊助は何をやっているかなあ、もう昼餉は食べたかなあ、何を食べたかなあ、僕は伊助の作る蜆の味噌汁が好きなんだと言ったってさ。だからきりちゃんが、そうさなァ、多分今頃は飯食い終わって仕事の前の一服で茶でもすすりながらぼんやり欠伸してるんじゃねえのかなと話したら、ああ、それはとてもいいなあって笑ったって。それで、最期だって。それが庄ちゃんの最期だって」
そのとき、ふわあ、と柔らかい風が頬を撫でて去っていった。鼻の奥がツンとして、咽喉の奥が引き絞られるみたいに痛くて、唾液が一杯でて、苦しい、と思ったらもう駄目だった。ふぐ、と変な音がして、引き攣るみたいにして泣いた。大泣きしたのは、庄ちゃんに関しては、三年のときの大喧嘩以来だ。うわあうわあと恥も外聞もなくみっともなく泣き喚いている間、乱太郎ずっと僕を見守ってくれていた。
庄ちゃんがいない、庄ちゃんがいないようと迷子の子どもみたいに泣きじゃくった。一年は組にいたとき、確か土井先生が何かの授業で、「忍者の仕事は危険だけれど、何かとても大切なものが自分の中にあれば、どんな任務も怖くはないものだよ」と仰って、庄ちゃんは、「僕はちょっと怖がりだから、大人になってピンチになったときも、怖くないと思えるような大切なものが出来ていればいいなあ」としきりにぼやいていたので、「そうだねえ、ほんとうにそうだねえ」とは組のみんなで頷きあったのだった。
庄ちゃんが死ぬ間際まで幸いであったなら、もし本当にそうだったなら、よかった。平凡な僕の、不躾な欠伸だとかみっともないぐうたらな日常だとかが、庄ちゃんから矢傷の痛みを庇うことができたなら。
僕はわんわん泣いて、泣きながら、僕の最期を思った。忍者にならなかった僕は、どんなふうに死ぬかはわからない。でも、どんなに苦しくても、僕は庄ちゃんが縁側でくつろいで、ちょっとだらしなく足を崩しながら、本なんか読んで、ははは、と声をあげて笑っている、そういうくだらなくて愛おしい場面を思い出して、幸せと思って死ぬのだろう。そう思った。