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よいこわるいこふつうのこ

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かわいいひと

竹谷くんによる、久々知兵助観察記。


兵助は滅多に人に懐かない。そういうところは猫に似ている。兵助は慣れない相手が目の前にいるときは、よく猫みたいに、じーっとそいつを見つめて目を離さない。そいつの行動を見張っていないと、気が気でないのだと思う。突然襲いかかられたらどうするんだって思うらしい。兵助にとって、慣れない相手は全部敵だ。
その代わり、一度慣れたら兵助は凄い。飼われている犬みたいに、構ってオーラを出す。四六時中しっぽ振って、そいつについてまわる。だからかどうなのか、兵助は、仲良くなってからいっつも俺と一緒にいる。クラスが違うから本当に四六時中って訳じゃないけど、暇さえあるとこいつは俺のそばに来る。どのくらい俺のそばにいたがるかというと、例えば兵助が慣れている相手は、俺の他に雷蔵と三郎もそうだけど、4人でいるときもいつも俺の隣に座ろうとする。俺の隣に三郎や雷蔵がいるときは、三郎なら蹴ってどかすし、雷蔵なら「どいて」っつってどかす。そのくらい、兵助は俺のそばにいたがる。そういうところは犬に似ている(ただし、聞き分けのない犬の部類だ。お利口な犬はそういうときはちゃんと耐えるから)。
兵助は好き嫌いがはっきりしている。兵助は三度の飯より豆腐が好きで、だから、三度の飯の隣に必ず豆腐を置いている。好きな理由もはっきりしていて、豆腐は健康によいし味付けのバリエーションが豊富だからいいのだそうだ。兵助は、何となく好きとか、何となく嫌いとかっていうのがなくて、必ず好き嫌いに明確な理由を付ける。兵助は好きなものがそんなに多くない。それは、兵助はほとんど新しいものを嫌いなものとして見なすことから始めるからだ。兵助の偏見をぬぐい去ったものだけが、見事奴の「好き」を手に入れることが出来る。俺の知っている兵助の好きなものは、豆腐と、俺と、雷蔵と三郎と、それからタカ丸さん。
兵助はものすごいリアリストで、あまり気遣いもないやつなので、子どもの夢とか平気で壊す。昔、誰だったか後輩が「早くこの世から戦争がなくなりますよーに」って七夕行事で笹の葉に書いたのを、「これは無理だから別のお願いをしたらどうだ」って真面目に勧めて、泣かせたことがある。この時、兵助は鬼か悪魔だと学内で囁かれたが、これは兵助なりの優しさなのだった。兵助は叶わない希望を持って、その子どもが悲しむことをよくないと考えたのだろう。兵助は、「子どもだから」って勝手な嘘で子どもを騙すことを良しとしない。兵助は子どもを子ども扱いしない。とても不器用な奴だ。兵助は、とても不器用。タカ丸さんに、「あんたが何より大切だ。あんたのために生きていく」って、どうしても言えない大馬鹿野郎。告白の時に、「俺はあんたが好きです。あんたのためには生きられないけど、あんたが好きです。俺は忍者だから、あんたのために死ぬこともできないけど。可能な限り、いっしょにいてください」っていう、不器用すぎる言葉を吐いた。タカ丸さんは笑ってくれたみたいだけど、タカ丸さん以外の奴だったら、殴ってたと思う。俺?俺は、殴らないと思うけど。兵助がそういうやつってよくわかってるし。兵助は不器用なだけで、優しい奴だ。
兵助は傷つきやすい。兵助は自分がポーカーフェイスで、あんまりにこにこしないのを、本当は結構気にしている。兵助は、好きな奴と喧嘩をすると、一日も経たないうちにすぐ謝ってくる。好きな奴と一緒にいるのに、一緒にいられないのはひとりぼっちみたいで好きじゃないのだそうだ。
兵助は不器用で唄が苦手。絵も苦手。生き物を育てるのも苦手。だけど優等生。
兵助はかっこいい。切れ者でめちゃくちゃ頭がいいし、実技も苦手がない。何でも人並み以上にこなして、それを自慢しない。でも、謙遜もしない。必要以上に喋らないけど、人と話すのは好きだって言う。「俺は話し下手だけど、ハチとか、タカ丸さんとか、雷蔵とか三郎とか、話が上手いから、聞いてるのが好きだな。みんな話し好きで、聞いてて飽きないから、俺、尊敬するよ」兵助は、人の話を聞くとき、それがどんなにくだらない話でも、じっとこっちに視線をあわせて、ひとつひとつに大きく頷いて聞いてくれるから、いい。
兵助の将来の夢は、菜の花が綺麗に咲くところに家を建ててのんびり暮らすこと。兵助は菜の花が好きらしい。黄色くて小さくて可愛いし、おひたしにして食べられるし、油も取れて実用的だかららしい。兵助らしい。あと、ハチが隣に住んでて、近所に雷蔵と三郎もいて、タカ丸さんが一緒の家にいたら一番いいって、小さく呟いた。兵助はリアリストだけど、ロマンチストだ。三郎が「欲張りもんだなあ!」ってからかったら、顔を真っ赤にして「うるさい」って怒った。
結論。兵助を一言で言うと?
かわいい。


でも竹谷の目にかかれば、どんな奴も最後の結論は「可愛い」のような気がしないでもない。

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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ31

31.綾部、危機。

「あのお姫さん、一度見たことがある」
小平太はそう呟くと、足を止めた。舌なめずりをして唇を湿らせると、そのまま風上に顔を向けてひくひくと動物のように花を動かした。
「・・・北だ。血の匂いがする」
雨の日は匂いが洗い流されて、嗅覚は使い物にならなくなる。だが、小平太だけは別のようだった。動物並みの鋭さを持った男だ。まるで野生児だと、称したのは食満だったか。小平太の正体がもとは随分と名のある貴族なのだと知ったら、同級生たちは驚くのだろうか。唯一小平太の出自を知っている長次は、ぼんやりと考える。小平太の輝きのある大きな瞳が北の彼方を向いて眇められた。
「すがや姫というは、もう何十年も前に××城から出奔した姫様だ。ある雪の晩にね、突然消息不明になった。その時、一緒に城の忍者隊の首領が消えてる。だから、駆け落ちしたのではないかって評判になった、らしい。当時城は後継者問題で揺れていたと聞く。亡くなった城主の息子は生まれたばかりで、生前に後継者として名乗りを上げていた弟は、戦の傷で寝たきりになっていた。一時はすがや姫も女城主として城を切り盛りしていたこともあったらしい。だが、××城は大きな戦争を目前に控えていて、いつまでも女城主をたてて凌いでいける状況ではなかった。そこですがや姫は、政略結婚のために敵方に嫁ぐことが決まった。ところが、婚礼の日の夜に、消えてしまったのさ」
「結婚が嫌になって逃げたのか」
「そう言われてる。一緒に消えた忍者隊の首領は、随分と綺麗だったというしなあ。ふたりは恋仲で、ひっそり駆け落ちしたとか」
「・・・間抜けな話だ」
長次の感想に、小平太は、うん、と頷いて鼻を啜った。


伊作の見立て通り、タカ丸は高熱を出した。綾部は布を額に当てたり、汗を拭ったり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。タカ丸は夢を見ているらしかった。時々譫言のように、知らない誰かの名前を出した。それから、助けて、とごめんなさい、を何度も繰り返した。優ちゃん、助けて。助けて、怖いよう、ごめんなさい・・・俺のせいで、ごめんなさい。綾部は黙って唇を噛んだ。このひとを悲しませるものは、何であっても許さない。
タカ丸の汗ばんだ掌が、助けを求めるように綾部の腕を掴み、食い込むような力強いそれが、綾部には嬉しかった。汗でじっとりと濡れた髪を指先で掻き上げ、綾部は、タカ丸の額に、頬に、瞼に、何度も口づけた。
「もうし」
ふいに、廊下へと続く障子の向こうで、若い女の声がした。店の者かと綾部が顔を上げる。
「お客様が来ております」
「誰だ」
綾部の問いに、向こう側に座っている人影は返事をしない。
「おい・・・?」
声をかけてもなんの返答もない。綾部は懐の苦無を探り当てると、それを握った。タカ丸を左肩に抱き上げて、無言で障子を蹴り開ける。廊下では、部屋に向き合うかたちで店の若い女が首を切られて事切れていた。突然のことに息を呑むと、そのまま首筋にひやりと冷たいものが押し当てられる感覚があった。
(しまったッ、)
綾部は内心で舌打ちした。油断した。背中をとられては、ずいぶんと分が悪い。
「ずいぶん綺麗な顔立ちをしているんだなあ」
下卑た男の囁きが耳の穴にねじ込まれて、綾部は肌を粟立たせた。
「こんなに可愛い仔まで忍びになるのか、なんだかもったいないなあ」
綾部は身体の力を抜いた。くたりと男の胸元に身体をしなだれかけると、そのまま熱い息を吐いた。薄桃色の肌が、装束のあわせから見えて男は息を呑んだ。腕の中の細い身体は、ふるふると震えていた。まだ年端もいかない子どもだ、実戦の経験は浅く、恐怖に戦いているのだろう。ぽた、と熱いものが男の腕に落ちた。それは綾部の涙だった。
「・・・助けて」
か細い声で告げる、その唇は薄桃色にふくれている。涙で潤んだ瞳が、蠱惑的に男を見つめた。
「どうか、」
「敵に情けをかける忍びがどこにいる」
男はそう言いながらも、己の優勢に気を緩めたまま、綾部の身体を装束の上からまさぐった。
「んッ・・・」
綾部が熱い息を吐いて身体をくねらせる。その様がひどく扇情的で、男は身体に指を這わせるのをやめられなくなった。綾部の指が扇情的に男の髪に触れ、そのまま男の頭を彼の唇へと導いた。
「ぁ・・・だめ・・・」
それはもはや意味をなさないただの喘ぎだった。男は綾部の指先が導くまま綾部の唇に吸い付いた。
「ングッ!?」
それが、男の最期だった。男は何が起きたかわからなかった。目の前に火花が散った。そうおもったら、息を詰まらせていた。男は大きく喘いで、床をのたうち回って、やがて事切れた。綾部は不愉快そうな表情を隠しもせずに、口の中に入っている異物を畳にぺっと吐きだした。それは、噛み千切ってやった男の舌だった。
「ほう、ようやりおるわ。まだひよこだからといって、気を抜いてはならんのう」
気配もなく、部屋の隅から声がした。綾部が驚いて慌ててそちらを向くと、いつから立っていたのか、老人がひとり窓際に立っていた。足下に転がる男の身体を踏みつけて、綾部は唇を歪ませる。
「あんたが親玉か、ヒヒジジイ」
老人は喉の奥でひっひっと引きつるような笑いを漏らした。
「綺麗な顔をして、言いよるの。・・・どれ、すがや様と幸丸の孫を貰い受けに来たぞ。おうおう、姫様とよう似ておられる」
綾部はタカ丸の身体を抱え直すと、命に代えても離さない、というようにぎゅうと力強く抱いた。

習作



その男の可愛がり方は大変よいということで、上客として人気があった。ももかはその上客のお気に入りだった。
「兄サンさあ、あたいのどこがそんなにいいのお?」
交わった後の火照った身体に木綿の着物を肩から羽織っただけの格好で、ももかは男が持ってきた草をがじがじと噛んだ。それはどういう名前だったか忘れたが、ずっと噛んでいると痛みが麻痺して頭が雲に巻かれたようにぼんやりする。それで、すごく気持ちがよくなって宙に浮いているみたいになるから、ももかはそれが気に入って、男がここを訪れるときにはそれを採ってきてくれるよう頼んだ。気持ちよくしてくれるよい葉っぱだが、”ちゅーどくせい”があるとかで、男は何遍に一回しか持ってきてくれない。それに、ももかがそれを噛んでいる間もすごく厳しくて、長いこと噛みすぎていると無理矢理葉を取り上げてしまうし、ももかがぼんやりしてすご-く気持ちがよくなって、夢を見ているふうになると、頬を張られて起こされる。そういうときのももかはいつも口からだらりとよだれを零していて、赤ん坊みたいに口の周りがべとべとしている。みっともない姿だけれど、男はそれを丁寧に己の着物で拭き取ってくれる。男は優しい。
男は金払いもいい。たまにふらりと現れては一晩を一緒に過ごしていくから、余所の客よりよほど長くいるが、しつこく抱いたりはしない。一、二度抱き合ったらあとはそのまま一緒に抱きしめ合って眠ったり、とりとめもないことを喋ったりする。ももかは戦災孤児だから親は知らない。赤茶けた髪をしているから、昔面倒を見てくれたばばあが、「あんたの親は海の向こうの人かもしれんねえ」と教えてくれた。ばばあがいうには、海の向こうにも同じように人が住んでいるらしい。でも、ももかたちとは違って、もっと眩しいような髪と目の色としているのだという。男は、ももかのその赤い髪が好きなのだという。なんで、と聞いたら、よくよく黙り込んで、綺麗だからな、と一言言った。あんなに一生懸命考えているふうだったのに、単純な答えでなんだかがっくりきた。
「俺の知っている人に、お前のような髪の色をした人がいるんだよ。とても綺麗な人だった。だから、お前の髪の色はとても綺麗で俺は気に入っている」
「じゃ、その人を抱けば」
「とても遠くにいるんだよ」
「じゃ、そこまで行けば。あんたいろいろ旅してるんでしょ」
「お前は単純でいいな」
男はくつくつと小さく笑う。ももかはむっとした。ももかは確かに商売で身体を男たちに預けているが、誰かの代わりでといわれて抱かれるのは嫌だった。そのくらいの矜持なら持ってもいいではないか。
「あんたやな客だよ」
「悪い。でも、純粋に褒めたんだぞ。いいことを言うなって」
「嘘つけ。すげー笑ってたくせによ」
「拗ねるなよ。ももか、もういっかいやろうか」
「もうやだよ」
ももかは男ののばした手を振り払う。
「そうか」
男は簡単に引き下がった。男はきりっとした顔立ちをした美男子だ。よくよく見ているとため息をつきそうなほどかっこいいのに、ぱっと見は目立たない。男はとても人気があるのに、沢山の長屋の中でももかの部屋を選んで入ってくるときも、騒ぎになった試しがない。人気があるのだから、一度くらい、他の女に「ももかばっかり!」とか「うちにもきてよ」なんて騒がれてもいいはずだ。どういうからくりがあるのだろう。男は細身だが、引き締まった身体をしていて、細かい傷ややけどの痕がいっぱい残っている。ももかは、この男は危ない仕事をしているのだろうと思っている。男自身は行商人だと名乗ったが、絶対嘘だ。戦場に行く人だ。肌からはいつも硝煙や血と泥の匂いがしている。赤い髪の人は、かわいそうだ。戦場に行く男に明日なんて誓えないだろう。
「あんたさあ、もしかしてその赤い髪の綺麗な人に捨てられちゃったの」
「はっはっは。ももかは賢いな、その通りだよ。なんでわかった?」
「あんた甲斐性なさそうだもん」
「これは一本獲られたな」
「あんた冗談もつまんないよね~。ねえ、あたしが赤い髪の人の代わりをしてやろうか。そんで、あんたの名前を呼びながら抱かれてやるよ。ね、そいつはあんたのことなんて呼んでたの?」
男はしばらく黙ってももかを見つめていたが、やがて目を細めて、「ばーか」と言った。
「お前じゃ代わりになんねーよ」
やっぱこいつ嫌な男だ。早く死ね。


ももかというなまえはばばあがくれた。ばばあはももかに身体を売って生活する術を教えてくれた。ももかに金の稼ぎ方を教えてくれた命の恩人だ。ももかは漢字で、百日と書く。百日生きるように、という意味だ。ももかのあとにばばあはきり丸という名前の男の子も連れてきた。しばらくは一緒にいたが、ばばあがきり丸にも身体を売らせていたので、そのうちばばあの目をかすめてどこかへ行ってしまった。ばばあの金やももかの金を全部もっていってしまったので、やれやれ、乱波みたいなやつだとばばあとふたりで舌を巻いた。きり丸は子供だけど美人だったので女にも男にも人気があった。ずっとここにいて儲ければいいのに、と言ったら、「男だからそういうことができないんさね」とばばあは言った。
「男はじっとしてられないの」
「男は場所を持たないんだよ。風か雲みたいに流れるばっかりさね」
「ふうん。男ってばっかだなあ!」
きり丸は早く死ぬだろう。たぶん、三日後くらいにはどこかでの垂れ死んじまってるに決まってる。惜しかったなあ、金に汚くて、生汚くてさ、ああいうやつはうまくすりゃよく生き残るのに。
男はももかを馬鹿と言ったきり、それからいっこうに音沙汰がなかった。もしかしてももかは怒らせてしまったのだろうか。少し不安になったが、ももかはすぐに首を横に振った。ふん、なんでえ、怒るんなら怒りゃいいさ、怒ってんのはこっちも同じだ。ただ、通わなくなるのは勝手だが、あの葉っぱだけは置いていって欲しかったな、と思う。あの葉っぱがなけりゃ、ももかはうまく夢を見られない。


そうしてどのくらいかたって、ある日ふたりの男がももかのもとを訪れた。もっさりした髪を高い位置で結わえた軽薄そうな男と、綺麗な赤毛の男だった。
「すまんが部屋かしてくれんかね。外はすごい吹雪でね、なに、宿代はちゃんとふたり分払うからさ」
軽薄そうな男が言った。口の上手いやつで、ももかがぼんやりしている間に、とんとん拍子で話を進めていく。ももかは結局、男ふたりに宿を提供することになった。
「でもあたし、なんもできないからね」
「いいよ」
軽薄そうな男は、自分を、またざ、赤毛の男を、よすけ、と紹介するとそのまま土間で火をおこして、持っていた強飯でかゆを作り始めた。白飯のいい匂いが漂って、ももかは白飯なんざくったこともなかったから、こりゃ腹に悪いやと思って向こうを向いて寝たふりをした。腹が鳴るのが嫌だったから、唾をいっぱい飲み込んだ。その飯を分けてくれって頼んでみようか。でも、代わりに抱かせろなんて言われたらどうする。ふたりいっぺんというのはきついぜ。もんもんとしていたら、肩を強く揺すられた。びっくりして振り返ったら、赤毛の男が、「ねえ、ごはんできたよ」と言って、茶碗に入ったそれをももかの鼻先に持ってきた。
「起きられる?俺支えてようか」
もうずいぶん長いこと寝たきりになっていたももかは、上半身を支えられながら起き上がると、両手に椀を握らされた。
「熱いからそっとね。身体が温まるよ」
「あとで薬も飲めよ」
むこうで鍋をかき混ぜながら、もさもさ男が言った。ももかは目をぱちくりさせた。
「なあ、おまえらってなんなの?」
「ただのしがない油売りですよ~」
「なんであたしに飯食わせるの」
「男には一宿一飯の恩というのがありまして」
「・・・なあ、あたし抱かれるのは無理だけど、マラぐらいなら舐めてやろうか」
もさもさ男はにやりと笑って、赤髪の男は困ったみたいに笑った。
「そんな心配しなくていいよ。たくさん食べてもう休みなよ」
ももかは布団に寝かされると瞼の落ちてくるままに意識を放った。

スピークライカチャイルド

②皆本金吾(テーマが下品です)

そりゃ僕だって健全な男だぞ。そういうことがあったってしかたないさ。
金吾は日課の朝のランニングの最中、そればかりを免罪符のように繰り返している。だって僕だって男だもの。繰り返すのは押さえつけても押さえつけても罪悪感が消えないからだ。男だから仕方ない、と言い含めるような言葉の裏側では、もう一人の金吾がお前は最低の友達だ、と彼自身を責め立てている。
金吾は昨日、夢を見た。喜三太が出てきて、金吾の前で浴衣を脱ぎはじめた。夢の中の喜三太は幼稚さが全然なくて、舌っ足らずなしゃべり方は相変わらずだったけれど、悩ましげなため息を吐いて「ぼく、金吾が大好き。金吾ならいいよ・・・?」と、妖艶な流し目で言った。
妖艶な流し目だって、喜三太が。冷静に考えると笑ってしまう。なめくじさん大すきーってふにゃふにゃ笑ってるあの子が、どうしてそんなことするだろうか。だけど金吾は、夢の中でものすごく喜んでしまっていた。喜三太が自分からぎゅうって抱きついてきたのが可愛くて、嬉しくて、思わずキスをした。そうしたら、腕の中の彼女からは、わたあめみたいなマシュマロみたいなふわふわの優しい甘さがして、金吾は「食べちゃいたいなあ!」と声に出していった。喜三太は「や~ん(はあと)」って笑った。


・・・なにが「や~ん(はあと)」だ。僕は馬鹿か。

金吾は呆れ果てたように視線を座らせた。馬鹿なことを考えないように、ランニングのスピードを速めた。別にやらしい夢なんて、初めてじゃないし、やらしい夢を見れば誰だって起き抜けの身体の変化はあるものだ。男だから当然だ。だけど、知ってる女の子でそんなふうになるって、よくあることなんだろうか。しかも喜三太は、僕のものじゃないのに。僕だけの女の子じゃないのに。金吾は自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
情けなくて仕方なかったのは、起き抜けに凄い夢を見たと思って、なのに自分の身体はしっかり兆していて、でもまさかどうしろっていうんだこれを。喜三太だぞ?そんなことできるわけないだろ。でも、じぶんひとりのことなら・・・夢の中のことだし・・・なんて逡巡しつつパジャマ代わりのスウェットの下に手を伸ばそうとしたら、布団の上に腰掛けた金吾の膝に隣の誰かがごろんって転がってきて、ふと隣を見たら、喜三太だった。金吾と喜三太が同室で寝てたのなんて、小学部一年生のときだけだ。いじめられっ子だった喜三太と泣き虫でホームシックの金吾が、互いに「同郷の子がいい!」って土井先生と山田先生にお願いして、それでかなった特別の部屋割りだった。そうじゃなきゃ男女同室なんて許されるもんか。だけど、これは内緒の話だけれど、金吾と喜三太は今日になるまで時々一緒に眠った。それはたいがい、金吾がどうしようもないホームシックになってべそをかきたいときだったり、喜三太が誰かに遠慮なしに甘えたいときだったりした。金吾は一人部屋だったから、そういうことは不可能じゃなかったのだ。でも、今日ばかりは情けなくて、泣きそうだった。
「どうして喜三太がここにいるんだよっ!」
半ばキレたように怒鳴りつけて起こしたら、喜三太はふにゃふにゃと寝ぼけ眼で笑って、「金吾に甘えたかったの」と言った。なんだよそれ。なんなんだそれ。わかってる、喜三太は幼稚で子どもだから、別にそんな意味で言ってるんじゃないのだ。本当に、ただたんに、甘えたかったんだろう。抱きしめてよしよしいい子だねーって言って貰いたかったんだろう。いつもだったら、呆れ半分で、だけどちゃんと望まれたとおりにする。だけど、今日は別だった。罪悪感と、やるせなさで泣きそうになって「出てけったら!男の部屋にこんなふうに入って来ちゃ駄目だってなんでわかんないんだよっ!!」と叩きだしていた。

深いため息をつく金吾の横を、すたすたと快調な足取りで、Tシャツに短パン姿の三治郎が通り抜けていった。ポニーテールがふわふわ揺れて可愛い。少し前までいって、振り返って、「あ、金吾、おはよう」って笑った。
「おはよう。どうしたの」
「ん?あのねえ、ダイエットなの」
「え?」
三治郎は金吾のさらに後方を振り返って、声を上げる。
「へーだゆーう、ファイト!あと半分だよー」
「うーん」
うあーんだかうえーんだかに聞こえる返事があがる。兵太夫は走りつけていないのがよくわかる、うつむいてぜえぜえ肩で息をしながら走っていた。兵太夫とおそろいのポニーテールが、やはり揺れている。「ね!」と三治郎がこちらを見てにこにこ笑う。三治郎は元気いっぱいだ。ああ、そういえば、運動が大得意だったっけ。最近はそういうの、隠してるみたいだったけど。隠すのやめたんだな。そっちのが三治郎らしくていいや。金吾はにこにこと笑い返す。
「兵太夫、前向かなきゃ余計疲れるよー」
「あご引いて、肘をもっと動かすといいよ。肘で走るようにしてごらんよ」
「楽しいこと考えなよー」
「がんばれ兵太夫!」
ふたりして応援する。兵太夫はひいひい言いながらなんとかふたりのところまで走り抜けた。それから、金吾はいつものコースを替えてふたりのランニングに付き合った。速さは兵太夫に合わせているからかもの足りなく、三治郎と普通に会話する余力があった。
「兵太夫が太ってるって?どこが?」
「さあ。団蔵も本心じゃないと思うんだけどねー。兵ちゃんがすっかり拗ねちゃって。スレンダー体型になるんだって」
「・・・うーん」
「あ、金吾微妙そうな表情だね」
「もったいないよなあ」
今ぐらいセクシーなほうが絶対いいのに。思わず呟いていたら、三治郎が横で爆笑した。素直すぎるよ、金吾。やっぱ男の子だったんだねえ。って笑い声を含んでそういうものだから、金吾は真っ赤になりながら罰が悪そうに笑って、「あー、兵太夫にはないしょね」と言った。
「兵ちゃんなら今の発言は喜びそうだけど」
「僕じゃ駄目なんだろ、団蔵じゃないと」
「うん、そーみたい」
「団蔵は男たちで締め上げとくよ。あいつ、デリカシーなさ過ぎ」
「うん、お願いします」
振り返ると兵太夫はいつもの美人さをどこかに置き忘れて、悲壮な様子で走っている。その一生懸命な様子がかわいいな、と金吾は思う。口ではぶうぶう言うけど、団蔵のこと、好きなんだなあ。団蔵好みの自分になるなんて、可愛いとこあるなあ。女の子はみんなそうなのかな。・・・喜三太も?喜三太も誰か、好きな人のために自分を変えていったりするんだろうか。
(馬鹿な。あいつはまだ子どもだから)
自分に言い聞かせるようにすると、その裏側でもうひとりの自分が、お前はそうやって「子どもっぽい」のを免罪符にしているだけだよ、と囁く。そうしてそれは真理かもしれなかった。金吾は、喜三太が一生色恋沙汰に疎い子どもだったらいいなと思っている。夢の中みたいに、金吾むかって流し目なんてくれなくていいのだ。そのかわり、誰にも流し目なんてしたら駄目だ。僕はたぶん、凄くわがままだ。そしてだれより子どもっぽい。
金吾はそういう自分を自覚して恥じる。火照った頬に、朝の潮風が、慰めみたいに優しい。
「金吾はデリカシーあるもんね。いい男って感じ」
「そんなことないけど」
「でも、すごくモテてるんだよ。知ってる?」
バレンタインデーのチョコレートだったり、告白だったりはそれなりにくる。だけど、金吾はそれをあまり気にしたことがなかった。
「関係ないよ、そんなの」
金吾は呟いていた。海の、生臭さを含んだ潮風を思いっきりかぐ。相模にも海があった。喜三太は故郷が懐かしくて泣いてばかりだった金吾を、この海に連れてきてくれた。それから、言った。
「金吾、あんまり帰りたいって言わないで。金吾が帰っちゃうと、ぼくらはまた離ればなれだよ。せっかく会えたのに、それじゃさみしいよ」
金吾のホームシックは、その日を境に、形を潜めた。先生は、金吾が大人になったからだと褒めてくださった。だけど、金吾を大人にしたのは喜三太だ。
「好きな人に愛されないと、意味ないよ」
金吾の呟きを、三治郎は笑わなかった。「そうだね。でもそれは、願って叶うものじゃないからね」それだけ言うと頷いて、あとはそのままふたりしてその会話を道ばたに捨てた。大人になるってやっかいなことだ。早く大人になりたい、でもまだ、ここでこうしていたい。
帰ったら、たぶんぷんぷん拗ねているだろう喜三太になんて言おう。お菓子をあげて、よしよしって子どもにするみたいにあやしてみようか。そんなこといつまで続くかわからないけれど、少なくとも今しばらくは、色んなことを知らないふりして子どもでいよう。

だって夏までもうすぐだから

お仕事で夏休みがもらえたので、ようやく更新できそうです。
ダイエット目的でプールで3㌔ほど泳いできたら、もともと頑丈でない右膝がイカれて(?)上手くしゃがめません。ショッピング中に試着お願いしたときに、スカートを履こうとかがんで「ぐおおっ」と声を上げてしまい、ドアをドンドン叩かれて「お客様!?大丈夫ですかお客様ッ!!」と大慌てされた。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。もうしばらくあの店には行けない・・・。

そんな悔しさをもとに書きしたためる「1のは女体化夏の早起き話」。とくに盛り上がりのないオムニバス。
(喜三太の転校はひとまずうっちゃってください。)


① 笹山平太夫

平太夫は夏が好きだ。四季の中で一番好きだと言っても過言ではない。教室の窓からのぞく日々蒼さをましていく空と、むくむくわき上がってくるような入道雲。「あっついねー。勉強どころじゃないよもー」なんてがに股で椅子に座って下敷きのうちわ片手にクラスメイトとだれていても、心のどこかがすごくわくわくしている。夏が来る!今年は海に行こうか、山に行こうか。
雑誌をめくって新着の水着チェックに余念がない。どのページを繰っても、心躍るようなポップ&キュートな水着が並ぶ。ミントグリーンのドットプリントに、大人っぽい臙脂と白のストライプ。ワンピースもいいし、パンツスタイルもいい。去年はピンク&ブルーでまとめたから、今年はどうしようかな。ああ、ほんと、こういうの考えてるとき女の子に生まれてよかったなーって思う。
「あ、これかわいー」
新作のマンゴ&バナナのパックジュースを飲みながら、三治郎が雑誌を指差す。
「どれ?」
三治郎が選んだのはブルーグリーンとホワイトのボーダーだった。最近三治郎は、垢抜けたみたいに明るくてアクティブな格好を選ぶ。もともとは薄いピンクとかパステルイエローとかのいかにもフェミニンなものを着ていたのに。もともとは、こういうボーイズライクなもののほうが好きだったんだそうだ。虎若との恋がうまくいかなかったのはほんとに残念なことだけど、それがきっかけで三治郎がこういうふうに変わったのはいいことなんじゃないかなって思う。
「ボーダーかー。うーん、じゃあ私、これのチェリーピンクの色違い買おっかな。そんでおそろにすんの」
「いいね。でも、平太夫、パンツスタイルよりスカートタイプのが似合うと思うよ」
「じゃ、隣のは?」
「うん、いい感じ」
「今週の土曜さ、さんじろ、部活ある?」
「うん。でも午前オンリー。だから午後からならいけるよー」
「よっしゃ、んじゃ、土曜午後から買い物ね。水着制覇!」
「うん。ついでに浴衣も見て、あたりつけとこー」
「おっけ。あーテンションあがるうっ!燃えてくるぜ!!」
こみ上げるわくわくをこらえきれず、ガッツポーズをつくったら、三治郎がくすくす笑いながら、「あー夏だねー」と言った。教室の蒸すような熱気も、風ひとつないおもてに伸びるだけ伸びてる青草も、みんなみんな私を後押ししている。そんな気さえする。

放課後にコンビニでアイス買ってぼんやり渡り廊下で空見ながら食べてたら、団蔵にからかわれた。団蔵は平太夫を見るなりにやにや笑って「よく食うね、お前」と言った。平太夫は食は細いほうではないけれど、体重にもきちんと気をかけているし、人に心配されるほどではない。つまるところ団蔵はただなにかしら平太夫をからかいたいだけなのだ。団蔵はなぜか、そういう態度でしか平太夫に接することができない。小学校の時は平太夫とよくいたずらの応酬をしあった仲だからだろうか。今はお互いが成長していたずらなんてとっくの昔にしなくなっているのに、いつも正しい関係の持ち方がよくわからない。いたずらしあっていた子どもの時のほうが、なにも考えず素直に平太夫と笑い合っていた気がする。
「いーじゃんアイスぐらい」
「でもお前、最近よりいっそうふとましく見えるぜ」
「あっそ、ほっといて」
「かわいくねーの。三治郎みたいに女の子らしくしたら?」
「うっせーよ、バァカ!」
ミニスカートで思いっきり急所ねらって脚を蹴り上げたら、団蔵がうわっ!と声を上げて本気で仰け反ったので、それで少し溜飲が下がった。平太夫は最近、団蔵が三治郎のことを話題にするといらいらする。そして、そういう自分にもいらいらする。だから、凄くイライラするから、団蔵には三治郎の名前を呼ばないで貰いたいのだ。自分が、意味わかんない、つまんない嫉妬してるみたいな、嫌な女になるから。
団蔵はそんな気持ちを知って知らずか(この馬鹿がそんな繊細な女心を知っているはずないのだけれど)、「三治郎に比べて」と、またもやその名前を出す。
「お前のが太ってるのは確かじゃん。つーか、1のはの女子ん中で重そうなのは確実だろ」
スレンダーな三治郎、実は意外に一番スタイルがいい喜三太、胸ペタ尻ペタで薄い乱太郎に、幼児体型の伊助。確かに、一番むっちりしているのは平太夫だ。
「うるっさい!一番胸あるから仕方ないでしょ!」
髪をかき上げてセクシーさを強調するように胸を反らせると、団蔵は「ふーん」と興味ないふう。平太夫は自分のプライドががらがらと崩壊していく音を聞いた気がした。
(おっぱいが大きいのって、どんな男でも喜ぶんだと思ってた・・・のに・・・)
団蔵の反応の薄さはなんだろう。
「潰すぞこの野郎っ!!」
平太夫は、今度は容赦なく団蔵の急所を蹴り上げると、コンクリートの地面にもんどり打って苦しむ団蔵を尻目に、づかづかと校舎へ入っていた。
ダイエットだ。ダイエットしかない。おっぱいが目減りしたって、むっちりふとももだってぷりんな尻だって、意味ない。団蔵がなんの興味も持たないなら意味ない。路線変更だ。肉体改造だ。スレンダー体型になってやる!
平太夫はすぐさま伊勢丹へ行って、可愛いランニングシューズとジャージを買った。夏休みまであと一週間。三治郎を巻き込んで、減量大作戦の決行である。

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