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よいこわるいこふつうのこ

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恋は思案の外

その日の昼になっては組はにわかに騒然となった。喜三太が学校を無断欠席した。それだけでなく、どうやら誰にもなにも告げず勝手に寮を抜け出したということがわかったからだった。担任の土井が昼休みにクラスのメンバーを集めて喜三太の行方を知る生徒がいないか確かめた。けれど、だれもなにも知らなかった。みんな困惑した表情で、喜三太がどうしてこんなことをしでかしてしまったのか、理由を探しているふうだった。金吾は黙り込んでいた。表情はやきもきと気を揉んで、落ち着かない様子だった。土井が職員室に戻ろうと教室から廊下に出ると、「先生!」ときり丸が背中から声をかけた。土井がふり返ると、きり丸はずいぶん落ち着いて、けれど心配げに眉根を少し寄せて、
「実家は」
と尋ねた。「帰ってねえの?」
土井は首をふった。午前中に確認のために電話を入れたが、帰宅することにはなっておらず、喜三太から特になんの連絡も受けてないということだった。
「警察に連絡とか、すんの」
そういう話題はすでに教師間で出ていたから、土井は素直に頷いた。
「そうだな。夕方まで待って、なんの進展もなかったら」
「そっか」
きり丸は頷いた。なにか自分なりに決めた様子だったので、土井はそれが知りたくて、首を傾げて見せた。きり丸は苦笑して、
「夕方まで何の進展もないようなら」
と返した。そのとき言う、という意味だ。土井は詳しくは聞かずに、そうか、とだけ頷いた。
「きり丸、喜三太やお前たちに悪いことにならないように。判断を誤らないようにな」
「うん」
きり丸は素直に頷いた。きり丸にとって土井はただの担任というわけでなく、兄代わりで親代わりだった。土井を裏切るようなことは絶対にない。土井もその信頼があるから、きり丸の返事に満足して大きく頷いた。
 
 
喜三太の実家の相模では、リリイに喜三太出奔の一報が入り、与四郎が駆けつけていた。与四郎は蒼白な顔でリリイに詰め寄った。彼には珍しく声を荒げて、外聞無くリリイを詰る。
「喜三太に俺との結婚を強要したのけ!そんなかわいそうなことすりゃ、姿くらますのも当然だべ」
「おぬしも喜三太も互いに想い合うておるのじゃから、婚約者と定めることの何がそんなに悪い」
「おばば!!喜三太はまだ14歳じゃっ!」
「もう14じゃ。あと2年したら立派に結婚できる」
「そういう問題じゃねえべ!14っていったら、ようやく世間様を知って色んなことに興味もわいてくる年頃だべ。相模にいたころは喜三太は他に比べても世間知らずの娘ッ子で、男も俺と仁之進くらいしか知らなかった。だども相模を出て遠くの学校行って、同じ年代の色んな男とも仲良くなったろう。喜三太だって人並みに恋くらいするだろうがよ。俺は確かに喜三太が好きだ。けど喜三太はそうともかぎらねえ。好きでもねえ男と婚約なんてあんまり可哀想だーよ
「喜三太が風魔以外の男と結婚したらならんのじゃ!それだから無理もいうておる。外の学園に行って、他の男を知るなんてあってはならんのじゃ。幸い、喜三太は心の成長が遅いし、まだ恋だのなんだのにはこれっぽちの興味もわいていない様子。じゃが、もたもたしておれば人並みに恋もしよう。そうなるまえに風魔に連れ戻しておぬしと結婚させる。それのどこが悪い」
「だからっ、それでは喜三太が可哀想じゃと…」
「与四郎ッ!!」
リリイの一際高い激昂が飛んだ。興奮していた与四郎は気圧されて息を呑む。
「勘違いするな。風魔のための結婚ぞ。好いた惚れたは思案の外じゃ」
与四郎は何か言い返そうと口を開いたが、結局は言葉を抑えて拳を握り、そのままリリイの家を出て行った。
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出発

早朝の新聞配達のアルバイトを終えたきり丸は、学園の寮門を静かに出てくる喜三太を見つけて「おい」と声をあげた。
「どうしたんだよ、喜三太。いやに早起きじゃねえか」
あたりはようやく日が昇りはじめた頃合いで、薄く朝もやがかかっている。朝陽があたりの雲を金色に染めあげて、藍色の空を少しずつ洗ってうす桃色、乳白色から浅葱へと染め直していく。喜三太は陽光を浴びてきらきらと輝きながら、そこに立っていた。ワンピースにパーカーをはおっただけのラフな格好をして、背中には荷物の少ないリュックサックが、ぺしゃんこのまま引っかかっていた。
「どっか行くのか」
きり丸はいぶかしげにたずねた。喜三太は困ったような顔をして黙っていたが、やがて小声で「・・・実家」と答えた。
「里帰りするのか。平日にか」
「うん。ちょっと、いろいろあって」
「ふうん」
きり丸は勘は鋭いが、人に深入りしない優しさを持っている。それは、例えば団蔵とは違う優しさで、団蔵は人の懐に潜り込んでどこまでもその人を深く知って飲み込もうとする。けれどきり丸は、誰もが抱えているはずの誰にも踏み入れられたくない心の場所を、気付いても気付かぬふりしてそっとしておいてくれる。きり丸は少しつきあっただけの人には、冷たい男だといわれる。きり丸本人も、そう言う。だけどは組のメンバーは、きり丸のそういう優しさをちゃんとわかっていた。世の中には色んな優しさがあっていい。
「誰にもいわないでね」
喜三太は、きり丸を見上げて言った。思いつめた表情だった。きり丸は、興味のなさそうな表情のままで、
首を傾げた。
「誰にも言わないでっていうのは、お前が早朝から実家に帰ろうとしていることを、っていうことか」
「うん」
「俺が黙っててもすぐばれるぜ。学校があるんだもの。お前が欠席してたら、みんな心配して、喜三太はどうしたんだって話になるだろ。土井先生は、お前が実家帰ること知ってんの」
「うん」
「じゃあ、俺が黙ってる意味、あるか?」
「あるよ」
「よくわかんねえ」
「そのうち、わかるから。わかっても、黙ってて。心配いらないから」
喜三太は妙に緊張した面持ちをしてきり丸と向かいあっている。寮門のうちで、へむへむの笑い声が聞こえた。
「いけない、みんな起きてきちゃう」
喜三太は慌てて駆けだそうとした。まるで、逃げるみたいだった。きり丸は、自分よりずっと背が低い喜三太の腕をぐっと掴んだ。喜三太は、それ以上進めなくなって、止まる。困ったようにきり丸を振り返った。
「離して」
泣いているみたいな声で訴えた。きり丸はため息を吐いて、
「大丈夫なんだよな」
と強い口調で念を押した。喜三太は黙ってうなずく。涼やかな美貌のきり丸が、少し逡巡したあと、顔を歪めてばりばりと頭を掻いた。
「俺はお前の友達だけど、は組の一員でもあるし、俺らの心配が限界越えたらお前との約束は破るぜ。それでもいいな」
喜三太はじっときり丸を見つめて、それからはっきりと一度うなずいた。
「うん、それでいいよ。ありがとう」
「怪我とか、病気とか、自分がつらくなるようなことはすんなよ。お前がつらいめに遭うと、いやな思いをするやつがいっぱいいるんだから」
「うん」
喜三太はまたうなずいて、それから、ワンピースのポケットを探ってひと掴みぶんの飴玉をとりだした。
「あげる。口止め料だよ」
「やっすい口止め。こりゃべらべら喋るしかねえな」
きり丸は笑って、包み紙をといて小さな飴玉を口の中に放り入れた。それから、「お前、金もってんの」とたずねた。喜三太は、「二千円くらい。ねえ、それで新幹線とかってのれると思う」と子どもみたいなことを聞く。きり丸は今度こそ呆れて、「無理だろ」とあっさり答えた。それからパーカーのポケットから給料袋を取り出すと、三万円を喜三太に手渡した。
「なるべく早く返せよな。それ、乱太郎の誕プレ資金なんだから」
喜三太は驚いて顔をあげた。きり丸から貸してもらうにはあんまり意外すぎるものだった。返そうと思ったが、そのときはもう背中を向けて、背中越しに手を振っていた。
「じゃーな、喜三太。早く帰ってこいよ」

先輩

故郷の人から電話だというので受け取ってみたら、与四郎からだった。与四郎が時々心配してかけてくれる電話は、喜三太にとって毎回とても嬉しいものだが、今回ばかりは弾んだ声が出せなかった。喜三太は、故郷のリリイばあちゃんがすでに与四郎になんらかの話をしたのだと思って、電話の内容をあやしがった。
喜三太は、リリイから、「16になったらお前は錫高野のせがれと結婚するのだ」と言い聞かされてきた。錫高野与四郎は喜三太より年上の青年だが、昔から喜三太に優しかった。喜三太にとって神奈川の小学校時代は、必ずしもいい思い出とはいえない。かわりものの喜三太は、同い年の女の子からは避けられることが多かったし、男の子からはひどい言葉でからかわれた。その時分、与四郎はすでに中学生だったが、部活があっても試験があっても喜三太が泣いて彼のもとを訪ねると、なんでもほっぽって喜三太の話を聞いてくれた。小学校でいじめられているのだという話をしても、与四郎は黙って最後まで話を聞いてくれたあと、
「俺はなにがあってもおめえの味方だ」
と言って、それから涙がとまるまでいっしょに遊んでくれた。
与四郎はことあるごとに言った。
「喜三太、生きてる限りつれえことはいろいろあるべさ。それは死ぬまでずっとだ。けどな、俺はいつでも喜三太の味方だ。世界中の人がおめえが悪いって責めるときがあっても、俺だけは喜三太は悪くないって言ってやる。おめえが変なやつだっていって笑っても、俺はそういうおめえがいっちゃん好きだべって言ってやる。人生に辛いことはいろいろあって、俺はどんなにがんばってもおめえからそういうもん全部とっぱらってやることはできねえ。けど、俺は最後までおめえの味方だ。なにがあってもおめえを泣かせるような真似だけはしねえ。俺のいのちにかけて約束する。この約束を、ずっと覚えててくれな」
からめた指の感触まで覚えている。そのくらい、与四郎はなんども喜三太に誓ってくれた。けれども喜三太は、このとき、与四郎を疑っていた。
「もしもし、」
という声がかすかにふるえていた。それに気付いてか気付かずか、与四郎は
「元気か」
とたずねた。喜三太はその言葉だけで息がつまりそうだった。いつ、故郷に戻ってきたら結婚するぞといわれるかと気が気ではなくなった。与四郎が嫌いなわけでは決してない。結婚するのだって、早すぎるという気持ちはあるにせよ、嫌だという気持ちはまるでない。
ない、はずだ。
なのに喜三太は、与四郎から帰ってこいといわれるのを、ひどく恐れた。いっしょになるぞといわれたら、大声をあげてわめいてしまうだろうと思った。自分でもどうしてこんな気持ちになるのかわからなかった。頭が混乱してひどく苦しかった。
「与四郎先輩、どうしてぼくに電話くれたの」
ふるえた声でたずねたら、与四郎は少し黙ったあと、すこし不思議そうに
「いや、ただ声が聞きたかっただけだ。元気してるかーって思ったんだ。今度の連休にでも帰ってこれんのか。久々におめえに会いてえ」
会いたいといわれて、喜三太は、結婚のために必ず故郷に帰ってこいと念をおされているような気になった。
「ちゃんと帰ります」
という返事が、不自然にふるえた。勝手に涙がでてきて、喜三太はこぶしで乱暴にそれをぬぐった。なんで泣くんだ、ばか。かなしくないのに。与四郎せんぱいのこと、ちゃんと好きなのに。泣いたりしたらかわいそうだと思った。与四郎先輩がかわいそう。こんなによくしてくれるのに。婚約者ってだけで、こんなに親切にしてくれるのに。結婚したくないなんて思ったらばちがある。
「喜三太、なにかあったんか」
電話ごしの声が低くなった。なんにも、とあわてて否定した喜三太に、与四郎はいたわるような口調で語りかけた。
「喜三太、俺はおめえの味方だ。元気だせ」
その言葉のあんまり優しいのに、喜三太は今度こそ声をあげて泣いた。学校がつれえのか、腹がいてえのか、友達とけんかしたんか、といろいろたずねてくるのに構わず、受話機ごしで甘えるようにわんわん泣いた。与四郎は、最後には黙ってそれを聞いていてくれた。なんにもいわず、受話機を切らないで、でも受話機ごしにちゃんとそこにいて喜三太を受け止めてくれていた。受話機ごしの気配を感じながら、喜三太は、制服のスカートの裾をプリーツがぐしゃぐしゃになるくらいつよく握って、ある決心をした。

083:雨垂れ

土砂降りの夜だった。
雨でナイフが滑ってしまわぬように、手のひらとナイフを紐で結わえた。後ろから近づいて刺すだけで、それは終わった。あっけない最後だった。近づいて、声を掛ける。振り返ったところを、首を狙って切りかかれ。首は血がたくさん噴き出すから、雨の日の、夜にしろ。場所は海の近くがいい。血の匂いがまだしも紛れる。それが、どこぞの小悪党から教えてもらった、“ひとごろし”の方法だった。
「敵討ちだなんて、古風だなあ」と、その男には笑われた。
「どこかの時代劇みてえだ」
「家族を殺された」
「理由は?」
「理由?」
久々知は顔をあげて男を見上げた。男はまばらに髭の生えた冴えない風体をしていた。痩せぎすで、黒光りする硬そうな皮膚が、彼の歳が見た目よりずっと老けていることを教えていた。けちけちしくちびた煙草を咥えて、男はナイフを研いでいた。
「人が殺されるにゃあ、それなりの理由があるもんじゃないかねえ」
「知らない。警察があいつを追わないと言ったから、理由はわからない」
「警察が追わない理由は?」
「教えてもらえなかった」
久々知は、男の手から、研いだばかりのナイフを受け取った。それは初めて持つのに、妙に久々知の手になじんだ。男は、久々知の手のひらを上から包み込んで、それの握り方を教えた。
「仇を見つけたら理由を聞くかい」
「・・・聞かない」
久々知の手のひらがぎゅっと強くナイフを握った。ぞっとするほど冷たい目で、虚空を睨んでいた。おっかないねえ、と男は茶化して笑ったが、久々知は自分のことだとは思わなかったから聞き流した。
「どうせ殺すんだから、そんなものを聞いても仕方がない」
 
 
***
 
 
「ふつう、親が殺されたって悲しい悔しいって思うだけで、反対に殺し返してやろうとは思わないんじゃないかな」
「そうかな」
「もし思ったとしても、実行には移さないと思う」
そうか、と久々知は思った。もう名前も忘れた、昔の友達との会話だ。まだ久々知が忍術学園に通う前の学校で、束の間知り合った。そう、友達というよりは、あれは知り合いだ。久々知は竹谷に出会うまで、「友達」というものを必要としなかったし、そのため、つくらなかった。そもそも友達というものがどういう関係のものを指すのかも、よくわからなかった。
久々知は物静かで、口数の少ない子どもだった。預けられた先でも、施設でも、学校でも、必要以上に人と交わることをしなかった。それでも疎まれたり苛められたりしなかったのは、彼が成績も運動も非常によくできた少年だったからだ。彼は周囲の平凡な才能の子どもたちから、羨望と尊敬の眼差しで容認された。彼はそういう状況を是とも否ともしなかった。ただ、自分は関係ないような素振りで、誰の世界においても存在感のない端っこの登場人物でいようとした。
それを彼は努力によって為しえようとはしなかった。呼吸をするように、当然のこととしてそういう存在を目指した。その頃からすでに忍者としての才能を発揮していた。目立たぬように、誰の目にも留まらぬように、しかし並外れた知識と技術をもって、ひっそりと目的を遂行する。
そんな彼がどうして“知り合い”とこんな会話をするに至ったかというと、兵助はもう忘れているが、少年から、
「君のことをもっとよくわかりたい」
といわれたからだった。兵助は問答のように、返事の代わりにある例え話をした。
「もし君の親が殺されたら、君はなんて思う?仕返しをしたいと思う?」
それから、兵助は言葉を続けた。「俺は、仕返しをしたいと思う。そういう人間なんだ。変かなあ」
兵助が、どうも自分と周囲は思考の在り方に崩しようのない断絶があるらしいと自覚したのはそのときだ。そのときから兵助は、努めて自分の思考を隠すことを考えた。本当の自分というのを気取らせないように心を砕いた。どうも、自分は変わり者らしい。変わりものだと知られたら、目立ってしまう。目立っては、いつか実行する敵討ちに支障が出る。
 
 
***
 
 
土砂降りの夜だった。あの夜と同じだと思うだけで、身体が震えた。目の前に倒れているのは、でっかい狼だ。学園の周囲にしばしばあらわれていたやつで、誰かが餌付けしているに違いないって噂がたっていた。その死骸に取り縋って、同級生が泣いている。こっそり餌付けをしていたのは、そうか、こいつだったのか。名前をなんといったっけ、隣のクラスの、ええと、
「はち!」
別の生徒が、名前を呼んで雨の中走り寄ってきた。
兵助は、ああ、そうだった、と思い出す。竹谷八左ヱ門。動物好きの同級生。目がくりくりとでっかくて、よく笑う。明るくてみんなに優しいから、同級生に好かれている。世界がまるで違うなあと思って、兵助のほうでずっと避けてきた少年だった。理解ができないものは、馴れ合うのが難しい。必要なとき以外、関わり合わないのに限る。
「どうして殺したんだよ」
死骸を抱いたまま、静かに竹谷が問うた。黒ずんだ血が竹谷の服を濡らしても、彼はいっこうに気にしない様子で、まっすぐ久々知を見ている。久々知は、竹谷の静けさは烈しい怒りによるものかと思っていた。しかしその瞳には、怒りの炎はなかった。ただ真実を見極めようとするひたむきな誠実さだけがあった。久々知はこのとき、竹谷を恐ろしいと思った。彼は、相手に嘘をつかせない。
「邪魔だ、から」
久々知の言葉には、決定的に言葉が足りなかった。彼は、彼の今までの生き方のおかげで、哀しいまでに弁明が苦手だった。
「そんな理由ではちの狼を」
責めるように言ったのは、竹谷の名を呼んだもうひとりの同級生だった。久々知は顔をあげて、その少年を睨みつけた。
「“そんな理由”じゃない。野良を手懐けると、仲間を呼んでくる。通う動物が多くなると、怪しまれる。学園の所在が余所にばれる」
「馬鹿な!この狼を手懐けることは、学園長様の許可があってのことだ。何も知らないくせに、勝手なことをする。お前、この狼を躾けるまでにはちがどれだけの苦労をしたか、」
「いいんだ」
竹谷は、彼のために久々知を責める友の言葉を打ち切った。
「いいんだ。およその事情はわかった。お前のいうことももっともだ」
竹谷は狼の死骸を抱いて立ち上がる。久々知の切った腹から、内臓がこぼれていた。
「だけど、それは殺さなくてはいけないことだったのか。他に方法はなかったのか」
竹谷のまっすぐな瞳に見つめられて、久々知はしばらく逡巡したあと、力なく項垂れた。
「それは、その通りだと思う。殺すのがてっとり早いと思ったのは、俺の短慮の表れだ」
弱弱しい言葉に、驚いたのはむしろ久々知を責め立てていた少年のほうだった。この優等生ならば、屁理屈をこねて自分を正当化してくるものだろうと思いこんでいた。どうする、と困惑したように竹谷を振り返ると、彼は死骸を愛おしそうに抱き寄せたまま、久々知に向かって微笑んでいた。
「なあ、いのちは、ひとつだ。そして一度失えば決して帰ってこない。それは人間だって、動物だって、虫だって、みんないっしょだ。俺は、殺すのは、いちばん最後の手段だと思う。ほんとうにもうどうしようもなく他の方法がなくなってから、はじめて、覚悟を決めて、奪うべきものだと思うんだ」
久々知は天を仰いだ。大粒の雨の一滴一滴が、鉄砲のように降り注いで久々知を痛めつけた。久々知の凛とした瞳からは、いつしか涙があふれていた。ひどく辛い、と久々知は思った。けれど、心は不思議と潤っていた。なにものも恨む気持ちにはならなかった。ただ広い荒涼感と静かな充足があった。
「竹谷、ごめん。お前の、大切ないのちを奪ってしまって」
竹谷は力強く一度、頷いた。それから、久々知に向かって、「帰ろう」と言った。
「今夜はひどい雨だ。ここは、よく冷える」

091:サイレン

現代版忍術学園です。


兵助の器用な手先が、りんごの皮さえも大根のかつらむきを思わせる薄さで剥いてゆく。するするとベッドテーブルの上の皿に下りてくるそれを、三郎がつまみ上げて、窓辺の光に透かした。「おお~世界が赤く見える」などといってはしゃいでいるのを、雷蔵が「やめなよ」と呆れ口調で窘めた。
「ハチ、」
と声を掛けると、竹谷八左ヱ門がベッドに横たわったまま、あんぐりと大きな口を開けた。そこへ、久々知兵助が剥いたばかりのりんごでひとくち大に切ったのを、落とした。しゃりしゃりと黙ってりんごを嚥下する竹谷に、「美味いか」と訊ねる。竹谷が「ふぉう」と頬をふくらましたまま返事をした。
「それはよかった。今朝とれたばかりのりんごだそうだ。食堂のおばちゃんが食べさせてやれってもたせてくれた」
「悪いな、面倒かけちまって」
「気にするな」
「そうそう、俺たち、お前の見舞いって口実で街に降りてこれて役得よん♪」
三郎らしい物言いに、竹谷は笑った。生真面目な久々知は当然癇に障ったらしく、言い返すことこそしないものの、三郎が「俺にもりんご」と腕を差し出すのに、わざと剥いていないままのりんごを手渡した。三郎は気にしないふうに、差し出されたりんごのまるごとに、しゃりりとかぶりつく。
「退院は三週間後だそうだから、それまではここでゆっくりしてろって。俺たちも週末ごとに見舞いに来るつもりだ。明日は学園長が見舞いに来られるそうだから」
「なんだか大事になっちまったなあ」
「じゅうぶん大事だろう」
久々知は剥いたりんごを皿に並べて、これは雷蔵に手渡した。雷蔵は礼を言って、近くのパイプ椅子を持ち出して、腰かけた。枕元に近いベッドサイドの特等席は、久々知に占領されたままだ。彼は無意識にも、竹谷のそばを他に譲る気を持たないらしい。雷蔵は苦笑して、素直にその位置を久々知に譲った。指摘するのもやぶへびだろう。
竹谷はベッドに横たわったまま、顔動かすのがせいぜいだ。全身打撲。肋骨のひびに、右手首、左大腿骨の骨折。病院で支給される簡易寝間着の下からは、全身に巻かれた痛々しいまでに真っ白な包帯がのぞいている。それでも、ショッピングモールの3階吹き抜けからふいに突き落とされて、これだけの怪我ですんでいることが幸運といえた。もちろん、実際は幸運でもなんでもなく、ひとえに竹谷が普段から訓練で身体と技術を鍛えていたことのたまものというだけの話なのだが。
「びっくりしたよ。日曜午後のショッピングモールだぜ?信じられないくらいの人混みの中で、えらい恥かいちまったぜ。目立っただろうなあ」
「おうよ、ばっちり。これ、今日の朝刊。見るか?」
三郎が手渡した新聞は五紙。全国版から地元紙まで多様だったが、どれもそれなりの大きさで、“男子高校生ショッピングモール落下事故”を取り上げていた。記事によると、地元高校に通う男子学生が吹き抜けの柵にふざけて腰かけていたところ、誤って転倒したということになっているらしい。三郎がテレビをつけると、ちょうど昼のニュースにも取り上げられていて、「店側の安全管理のずさんさ」と「マナーを守らない若者による事故」をコメンテイターたちが口々に嘆いていた。
「これじゃ俺があほみたいだな」
情けない顔で呟く竹谷に、雷蔵が苦笑いしてフォローを入れた。
「学園長先生が直々に手をまわしてくださったんだ。誰かに突き飛ばされて落下、ってほうがより大騒ぎになるだろう。理不尽だろうけどさ、ハチがこんな馬鹿なことするやつじゃないって、学園のみんなはちゃんとわかってるよ」
久々知は相変わらずの無表情でりんごを剥き続けている。三郎が竹谷の横たわるベッドサイドに腰を下ろした。三郎の体重を受け止めたスプリングがわずかに揺れて、その振動に竹谷が顔を歪める。久々知が顔もあげずに「三郎、降りろ」と言った。
「仕方ないだろ。お前がずっとそこを退かないから」
久々知は初めて顔をあげて、不思議そうに首を傾げる。三郎はうんざりした表情で、雷蔵に視線を送った。
「見たあ?無意識だよこいつ」
雷蔵は苦笑を返すだけにとどめた。どうせ、久々知はどれだけ言ったってよく理解できないだろう。三郎が、竹谷のために剥かれたりんごをひとくち摘む。咀嚼しながら、言葉を発した。
「ハチを突き飛ばしたやつの顔は見なかったのか」
「見なかった。周囲にいたやつの顔はある程度覚えているけどさ、本当にたくさんいたんだ。俺を突き飛ばせるぐらいだから、ある程度力のある男だろう。それでも、家族連れだろ、カップルに、男ばっかり四、五人でつるんで動いていたやつもいるし・・・。俺も目の前で赤ん坊が落っこちると思ってそっちにばかり意識を集中してたからさ、隙をつかれたよ」
「赤ん坊は罠だね。赤ん坊は落ちなかったっていうしさ。ハチの気を逸らせるためにやったことだろうね」
「不逞ことしやがる」
三郎は息巻いたが、竹谷は、「ああ、そう」と嬉しそうに頷いた。「よかった、じゃあ赤ん坊は無事だったんだな。びっくりしたぜ。俺ならともかく、赤ん坊が落ちたんだったら絶対助からないしさ」
竹谷は、吹き抜けから赤ん坊を落とそうとしている母親の姿を見たのだという。それが自分に対するおとりであったと聞いて、心の底から安堵した。その姿を、3人の同級生たちは、「竹谷らしい」と思って苦笑した。
「ハチ、りんご」
久々知が、3個目のりんごを皿に並べて竹谷に差し出す。「おう」と受け取った竹谷は、見舞いの果物籠から4個目を取り上げた久々知を見て、「俺、もう食えないかも」とストップを出した。久々知は例の無表情で、「剥かせてくれよ」と返す。
「剥いてでもいないと、平静を保てそうにないんだ」
「おう?」
雷蔵が立ち上がった。「りんごばっかりも飽きるんじゃないかな。兵助、下行ってなんか買ってこようよ。ハチ、なんかリクエストある?」
「あっ、じゃあ、ジャンプ買ってきて」
「その身体で読めるのかよ」
「俺をなめんな?見舞いに来てくれた奴らに朗読してもらうんだよ」
ぎゃははっ、と三郎と竹谷が笑い合う。三郎が振り返って、明るく「俺、コーラ」と声をあげた。それから、立ち上がった久々知に、軽い口調のまま「兵助、それ置いてけ。善良な市民のみなさんがびっくりするだろうが」と注意した。久々知が気付かなかった、とばかりに己の手元を見た。右手には、しっかり果物ナイフが握られている。雷蔵がにっこり微笑んだまま、久々知の手からそれを取り上げてベッドボードに置いた。
「じゃあ、行ってくる。兵助、行こう」
久々知の右手をぎゅっと握り、引っ張るように病室から連れ出していく。三郎が、久々知の座っていた場所に腰かけると、声をあげて笑った。茶化すように竹谷を見る。そういう、三郎特有の笑顔を浮かべると、彼は何者に変装していても、酷薄な狐のように見える。
「あいつ、表情こそ変わらないものの、ブチギレてる。学園でもあいつ押さえるの苦労してんだぜ、俺たち」
「ううん」
竹谷は喉の奥で唸るばかりだった。久々知は、大切なものをあまりつくらない代わりに、一度心を許すと何処までも深入りする。命に代えても大切にしようとする。その数少ない相手が竹谷だった。
「お前を狙った相手の捕縛を、学園長から仰せつかっている」
「久々知も?」
「いや、あいつは暴走するだろうからって、おあずけ。だけど勝手に動くだろ。あいつより先に見つけてとっつかまえないと、相手の命がないよ。だから、結構気張らないとって、焦ってんのよ、俺も。犯人の手がかりは?」
「・・・ある」
竹谷は低声で囁くように言った。三郎がそっと竹谷の口もとに耳を寄せる。
「はっちゃんを使ってマーキングしてある。孫兵なら扱えると思う。学園に帰ったらはっちゃんを渡してくれ」
「ん」
三郎は頷き、それから、「で、はっちゃんっつーのはなんなんだい?」と竹谷を見た。竹谷は自分の寝間着のあわせをそっと開いた。ブウゥンと嫌な羽音を出して一匹の蜂が、三郎の頭上を旋回した。
「蜂かよッ。刺したりしないだろうな」
「大丈夫。はっちゃんは卵寄生蜂だから、芋虫の体内に卵を産み付けるだけで、あとはいたって温厚な蜂だ」
「なんだかぞっとしねえんですけど、その説明」


病院の1階にある購買までは、わざと階段で行った。
「落ち着いて、兵助」
久々知よりも一歩先を行く雷蔵が、彼に背中を向けたまま静かに声を出した。
「うん」
久々知の返事は、端から聞く限りでは、ずいぶんと落ち着いているようである。けれど、彼の右手が小刻みに震えていることは、それを握っている雷蔵にしかわからなかった。
「自分を制御しきれない。理性では、理解しているつもりなんだ。感情の整理もできている、つもりだ。だけど、震えが止まらない。今犯人を見つけたら、たぶん、殺してしまうと思う」
「忍者と暗殺者は違うよ、兵助」
「わかってる。わかってる、つもり、だ・・・」
兵助の言葉はずいぶんと弱々しかった。大切なものなんか、つくるんじゃなかった。心のよりどころなんて、やっぱり持つものじゃなかった。そんな久々知の慟哭と間違った後悔が聞こえてきそうで、雷蔵は、振り返って久々知の頬を両手の平でバシンと打った。
「勝手をして、お前が怪我をしたら、はちが悲しむ。はちを悲しませるのは兵助の本意じゃないだろう」
兵助がしょんぼりとした様子で肩を落とし、大きく頷いた。これは兵助が乗り越えるべき心の弱さで、仇を討っても何をしても、解消されるものではない。兵助自身が飲み込んで成長しないといけない類のものだ。そこに介入できない自分を、雷蔵はもどかしく感じる。だけど、己を成長させるのはいつだって、最後には自分自身だ。そこには誰も踏み入れない。周囲はただ見守るだけだ。
「俺は弱いな。早く強くなりたいよ」
五年のなかでも抜きんでた成績を保持する優等生徒が、悲嘆に暮れたように長く息を吐いた。雷蔵は息を吐いて、「あせりなさんな、みんなそうだよ」と笑った。

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