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よいこわるいこふつうのこ

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一番綺麗な水③

富松作兵衛は豪快に落ちてくる滝に全身を打たせながら、もう一刻ほども岩の上から動かない。水浴びにはまだ早すぎる早春に、平然と褌ひとつで座禅を組んでいる。苦悶に満ちているのは表情で、眉間の辺りにぎゅっと皺が寄り、ひどく何かに苦悩している様子である。しかしそれは、水の冷たさが原因ではない。彼は、彼の精神と闘っているのだ。
「ちくしょ~・・・なんだってこんなことに」
両手で印を結びながら、ぶつぶつと作兵衛は何ごとかを呟いている。
「やべえぞ~。こりゃ本格的にやべえ事態になっちまった~。どうする俺、どうするよ!?」
冷たい滝の水は、彼を責め立てるように殴りつけてくる。その痛さが、今の作兵衛には救いだった。もともと彼の弱点は、その思いこみの激しさにある。戦場にあって、被害妄想にも近い思いこみは、冷静な判断を遠ざけ、勝てるものを勝てなくさせる。作兵衛はなんとしてでもこの戦を勝利に持って行かなくてはならい。ともすれば弱気になる思考を、滝が叩き直してくれるのはありがたかった。
しかし、それにしても、
「やべえ~」
状況である。
滝のすぐ脇の林が、ざわりと揺れた。作兵衛は静かに目を開く。それを合図にして、囁くような声が聞こえた。
「イヌイ、ただいま帰りましてございまする」
「おう。それで、村の動きはどうだった」
「竹谷一族と、蠱遣いの村は手を組みました」
「やっぱりな。それで、次はどう出る」
「次攻められるまでは動かずを守るようにござりまする」
「さすが、ふたりだ。賢明な判断だな。で、食満先ぱ・・・頭領のご判断は?」
「明日後蠱遣いの村を焼けとのご指示にござります」
作兵衛は慌てて立ち上がった。目を見開いて林を見た。よもや、よもやと思っていたが!
「そりゃマジか!?」
思わず叫ぶが、返事はない。返事がないのが肯定の証だ。作兵衛はその場で地団駄を踏んだ。
「先輩駄目だ!!」
作兵衛のいる場所が、食満のいる城から遠く離れていることも忘れて、作兵衛は声を張り上げた。どうしようもないことを強請る、頑是無い子どもの気分だった。
「駄目だ、先輩!戦になるッ!!戦になったら、あんたか孫兵たちの、どっちかが死んじまうだぞッッ!!!」


心労がかさんで疲れているのだろう。村に身を置いて3日ほど経ったある日、とうとう竹谷は熱を出して床に伏してしまった。次に向こうが手を出してくるまでは、こちらからは何もしないというのは、竹谷の判断だった。孫兵は、竹谷の案を聞くと、「従います」とだけ言った。
「戦にはしたくない」
竹谷は天井を見つめて言った。熱で瞳がきらきらと潤んでいる。頬が真っ赤に染まって、ふだんよりよほど女じみているのがおかしかった。孫兵は手ずから濡れ布巾を絞って、竹谷の額にのせた。
「戦にすれば、圧倒的にこちらの分が悪い。こちらの兵力はわずかすぎる」
「正攻法でぶつかり合えばまず勝ち目はありません。あちらの攻撃に耐えつつ、裏で交渉を勧めて和平にもってゆくのが一番でしょう」
「ああ、その通りだ・・・」
竹谷は息を吐くように頷き、それから、気弱げに「和平交渉か」と呟いた。
「そんなことが可能だろうか」
それは独り言のように聞こえた。孫兵はどう答えるべきか思案して、ふと、屋敷から庭を見た。竹谷の心をなぐさめる為に開かれた障子からは、美しい自然の風景が見えている。早咲きの花に、ふわふわと羽化したての蝶が舞う。ときどき、具合を伺うように部屋に入ってきては、竹谷の指先や、孫兵の肩の辺りを飛び回るのだった。庭の隅では、どこからやってきたのだか、猪や猿や野犬が、じっと部屋の守りをするように目を閉じて丸くなっているのだった。おそらくは、竹谷を見えざる敵から守ろうとしているのだろう。虫たちや動物たちに見守られたこの部屋の中で、ふたりの人間が静かに会話しているのは、あまりに神秘的で、あまりに自然で、どこか儚げな光景だった。
「先輩の一族も、僕の村も、特定の主をもっているわけではない。雇われればどこにだって味方する。それを、殲滅させようというのは、どうにも解せぬことです。要求をつっぱねて腹が立ったとはいえ、それだけで戦を仕掛けてくるにはあまりに傲慢で、リスクの高い出方だと思います。とうてい、我らの力を必要としている諸侯も黙っておりますまいに」
「俺が悪いんだ」
竹谷は苦しそうに眉をひそめた。ふっ、と息を吐いて目を閉じる。孫兵の視線を怖がってでもいるかのようだった。
「あちらの抱える忍者隊の首領が誰かはお前も知っているだろう」
「食満留三郎」
「その通り。・・・俺は、食満殿の謀反に協力しようとした」
孫兵は、目を細めてつい、と顔を背けた。責める視線になりそうなのを、竹谷から反らした。恋情故にとでも言うのか、馬鹿なことを。内心で責めた。
「が、結果は失敗。俺は食満殿の謀反計画の罪を被り、彼をたぶらかした危険な女として、こうして村を焼かれた」
「それで、その人は今どうしているんです」
「おそらく・・・忍者隊に戻っていると思う。謀反の意がなかったことを見せるためには、大人しく命を聞いて俺の村を焼くしかあるまい」
孫兵は黙って立ち上がった。竹谷は出て行くのかと思ったが、彼は障子を閉めると、また竹谷のほうへ戻ってきて腰を下ろした。
「あなたは馬鹿です」
まっすぐな視線が竹谷を見ていた。そこからは、あいかわずなんの感情も読み取れはしなかった。ただ、美しい純度の高い琥珀の瞳が、竹谷を映している。吸い込まれそうとはこういう気持ちかと、竹谷は思った。我が身の恥とでも言うべき話をしているのに、不思議と目が離せなかった。
「孫兵」
竹谷の瞳が不意に揺れた。彼女も与り知らぬところで、勝手に涙がこぼれた。
「孫兵、」
何かを言うべきだと思ったが、何を言うべきなのかさっぱりわからなかった。おずおずと伸ばした手を、孫兵の白い血色の悪いような腕が取った。その腕はひやりと冷たく、竹谷は驚いて、少し目を見張った。ぽろ、とたまっていた涙がこぼれ落ちた。
「孫兵、情けないのを承知で頼む。俺の村を助けてくれ」
開いた唇はみっともなく震えて、頼りない声でようやく縋った。孫兵は竹谷の涙を指で拭うと、そのままその唇をそっと吸った。竹谷のまんまるに見開いた瞳に、自分の姿だけが映っているのを見て口元に笑みを刷いた。
「先輩、僕はあなたを見放したりしません。あなたのことは僕が守る」
「・・・孫、兵・・・?」
「僕はあなたと結婚しないといったけれど、それはあなたのことが嫌いだからではない。他に好きな女がいるからでもない」
孫兵がまっすぐ竹谷を見ている。竹谷は息を呑んだ。
「あなたが好きだからです」
孫兵はにっこりと微笑みを浮かべる。学園にいたころから、虫以外には竹谷ぐらいにしか満面の笑みを浮かべない孫兵だった。
「あなたが好きです」
竹谷の顔が真っ赤に染まり、それから、蒼くなった。
耳元で、いつかの食満の声がしている。
(・・・ハチ、必ず迎えに行く)
少し先になるかもしれない。だが、必ず迎えに行く。
竹谷は、声の出し方も忘れて、ただただ目の前の愛に戦くように身体を震わせていた。


なんだかメロドラマ。

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かわいいひと

竹谷くんによる、久々知兵助観察記。


兵助は滅多に人に懐かない。そういうところは猫に似ている。兵助は慣れない相手が目の前にいるときは、よく猫みたいに、じーっとそいつを見つめて目を離さない。そいつの行動を見張っていないと、気が気でないのだと思う。突然襲いかかられたらどうするんだって思うらしい。兵助にとって、慣れない相手は全部敵だ。
その代わり、一度慣れたら兵助は凄い。飼われている犬みたいに、構ってオーラを出す。四六時中しっぽ振って、そいつについてまわる。だからかどうなのか、兵助は、仲良くなってからいっつも俺と一緒にいる。クラスが違うから本当に四六時中って訳じゃないけど、暇さえあるとこいつは俺のそばに来る。どのくらい俺のそばにいたがるかというと、例えば兵助が慣れている相手は、俺の他に雷蔵と三郎もそうだけど、4人でいるときもいつも俺の隣に座ろうとする。俺の隣に三郎や雷蔵がいるときは、三郎なら蹴ってどかすし、雷蔵なら「どいて」っつってどかす。そのくらい、兵助は俺のそばにいたがる。そういうところは犬に似ている(ただし、聞き分けのない犬の部類だ。お利口な犬はそういうときはちゃんと耐えるから)。
兵助は好き嫌いがはっきりしている。兵助は三度の飯より豆腐が好きで、だから、三度の飯の隣に必ず豆腐を置いている。好きな理由もはっきりしていて、豆腐は健康によいし味付けのバリエーションが豊富だからいいのだそうだ。兵助は、何となく好きとか、何となく嫌いとかっていうのがなくて、必ず好き嫌いに明確な理由を付ける。兵助は好きなものがそんなに多くない。それは、兵助はほとんど新しいものを嫌いなものとして見なすことから始めるからだ。兵助の偏見をぬぐい去ったものだけが、見事奴の「好き」を手に入れることが出来る。俺の知っている兵助の好きなものは、豆腐と、俺と、雷蔵と三郎と、それからタカ丸さん。
兵助はものすごいリアリストで、あまり気遣いもないやつなので、子どもの夢とか平気で壊す。昔、誰だったか後輩が「早くこの世から戦争がなくなりますよーに」って七夕行事で笹の葉に書いたのを、「これは無理だから別のお願いをしたらどうだ」って真面目に勧めて、泣かせたことがある。この時、兵助は鬼か悪魔だと学内で囁かれたが、これは兵助なりの優しさなのだった。兵助は叶わない希望を持って、その子どもが悲しむことをよくないと考えたのだろう。兵助は、「子どもだから」って勝手な嘘で子どもを騙すことを良しとしない。兵助は子どもを子ども扱いしない。とても不器用な奴だ。兵助は、とても不器用。タカ丸さんに、「あんたが何より大切だ。あんたのために生きていく」って、どうしても言えない大馬鹿野郎。告白の時に、「俺はあんたが好きです。あんたのためには生きられないけど、あんたが好きです。俺は忍者だから、あんたのために死ぬこともできないけど。可能な限り、いっしょにいてください」っていう、不器用すぎる言葉を吐いた。タカ丸さんは笑ってくれたみたいだけど、タカ丸さん以外の奴だったら、殴ってたと思う。俺?俺は、殴らないと思うけど。兵助がそういうやつってよくわかってるし。兵助は不器用なだけで、優しい奴だ。
兵助は傷つきやすい。兵助は自分がポーカーフェイスで、あんまりにこにこしないのを、本当は結構気にしている。兵助は、好きな奴と喧嘩をすると、一日も経たないうちにすぐ謝ってくる。好きな奴と一緒にいるのに、一緒にいられないのはひとりぼっちみたいで好きじゃないのだそうだ。
兵助は不器用で唄が苦手。絵も苦手。生き物を育てるのも苦手。だけど優等生。
兵助はかっこいい。切れ者でめちゃくちゃ頭がいいし、実技も苦手がない。何でも人並み以上にこなして、それを自慢しない。でも、謙遜もしない。必要以上に喋らないけど、人と話すのは好きだって言う。「俺は話し下手だけど、ハチとか、タカ丸さんとか、雷蔵とか三郎とか、話が上手いから、聞いてるのが好きだな。みんな話し好きで、聞いてて飽きないから、俺、尊敬するよ」兵助は、人の話を聞くとき、それがどんなにくだらない話でも、じっとこっちに視線をあわせて、ひとつひとつに大きく頷いて聞いてくれるから、いい。
兵助の将来の夢は、菜の花が綺麗に咲くところに家を建ててのんびり暮らすこと。兵助は菜の花が好きらしい。黄色くて小さくて可愛いし、おひたしにして食べられるし、油も取れて実用的だかららしい。兵助らしい。あと、ハチが隣に住んでて、近所に雷蔵と三郎もいて、タカ丸さんが一緒の家にいたら一番いいって、小さく呟いた。兵助はリアリストだけど、ロマンチストだ。三郎が「欲張りもんだなあ!」ってからかったら、顔を真っ赤にして「うるさい」って怒った。
結論。兵助を一言で言うと?
かわいい。


でも竹谷の目にかかれば、どんな奴も最後の結論は「可愛い」のような気がしないでもない。

習作



その男の可愛がり方は大変よいということで、上客として人気があった。ももかはその上客のお気に入りだった。
「兄サンさあ、あたいのどこがそんなにいいのお?」
交わった後の火照った身体に木綿の着物を肩から羽織っただけの格好で、ももかは男が持ってきた草をがじがじと噛んだ。それはどういう名前だったか忘れたが、ずっと噛んでいると痛みが麻痺して頭が雲に巻かれたようにぼんやりする。それで、すごく気持ちがよくなって宙に浮いているみたいになるから、ももかはそれが気に入って、男がここを訪れるときにはそれを採ってきてくれるよう頼んだ。気持ちよくしてくれるよい葉っぱだが、”ちゅーどくせい”があるとかで、男は何遍に一回しか持ってきてくれない。それに、ももかがそれを噛んでいる間もすごく厳しくて、長いこと噛みすぎていると無理矢理葉を取り上げてしまうし、ももかがぼんやりしてすご-く気持ちがよくなって、夢を見ているふうになると、頬を張られて起こされる。そういうときのももかはいつも口からだらりとよだれを零していて、赤ん坊みたいに口の周りがべとべとしている。みっともない姿だけれど、男はそれを丁寧に己の着物で拭き取ってくれる。男は優しい。
男は金払いもいい。たまにふらりと現れては一晩を一緒に過ごしていくから、余所の客よりよほど長くいるが、しつこく抱いたりはしない。一、二度抱き合ったらあとはそのまま一緒に抱きしめ合って眠ったり、とりとめもないことを喋ったりする。ももかは戦災孤児だから親は知らない。赤茶けた髪をしているから、昔面倒を見てくれたばばあが、「あんたの親は海の向こうの人かもしれんねえ」と教えてくれた。ばばあがいうには、海の向こうにも同じように人が住んでいるらしい。でも、ももかたちとは違って、もっと眩しいような髪と目の色としているのだという。男は、ももかのその赤い髪が好きなのだという。なんで、と聞いたら、よくよく黙り込んで、綺麗だからな、と一言言った。あんなに一生懸命考えているふうだったのに、単純な答えでなんだかがっくりきた。
「俺の知っている人に、お前のような髪の色をした人がいるんだよ。とても綺麗な人だった。だから、お前の髪の色はとても綺麗で俺は気に入っている」
「じゃ、その人を抱けば」
「とても遠くにいるんだよ」
「じゃ、そこまで行けば。あんたいろいろ旅してるんでしょ」
「お前は単純でいいな」
男はくつくつと小さく笑う。ももかはむっとした。ももかは確かに商売で身体を男たちに預けているが、誰かの代わりでといわれて抱かれるのは嫌だった。そのくらいの矜持なら持ってもいいではないか。
「あんたやな客だよ」
「悪い。でも、純粋に褒めたんだぞ。いいことを言うなって」
「嘘つけ。すげー笑ってたくせによ」
「拗ねるなよ。ももか、もういっかいやろうか」
「もうやだよ」
ももかは男ののばした手を振り払う。
「そうか」
男は簡単に引き下がった。男はきりっとした顔立ちをした美男子だ。よくよく見ているとため息をつきそうなほどかっこいいのに、ぱっと見は目立たない。男はとても人気があるのに、沢山の長屋の中でももかの部屋を選んで入ってくるときも、騒ぎになった試しがない。人気があるのだから、一度くらい、他の女に「ももかばっかり!」とか「うちにもきてよ」なんて騒がれてもいいはずだ。どういうからくりがあるのだろう。男は細身だが、引き締まった身体をしていて、細かい傷ややけどの痕がいっぱい残っている。ももかは、この男は危ない仕事をしているのだろうと思っている。男自身は行商人だと名乗ったが、絶対嘘だ。戦場に行く人だ。肌からはいつも硝煙や血と泥の匂いがしている。赤い髪の人は、かわいそうだ。戦場に行く男に明日なんて誓えないだろう。
「あんたさあ、もしかしてその赤い髪の綺麗な人に捨てられちゃったの」
「はっはっは。ももかは賢いな、その通りだよ。なんでわかった?」
「あんた甲斐性なさそうだもん」
「これは一本獲られたな」
「あんた冗談もつまんないよね~。ねえ、あたしが赤い髪の人の代わりをしてやろうか。そんで、あんたの名前を呼びながら抱かれてやるよ。ね、そいつはあんたのことなんて呼んでたの?」
男はしばらく黙ってももかを見つめていたが、やがて目を細めて、「ばーか」と言った。
「お前じゃ代わりになんねーよ」
やっぱこいつ嫌な男だ。早く死ね。


ももかというなまえはばばあがくれた。ばばあはももかに身体を売って生活する術を教えてくれた。ももかに金の稼ぎ方を教えてくれた命の恩人だ。ももかは漢字で、百日と書く。百日生きるように、という意味だ。ももかのあとにばばあはきり丸という名前の男の子も連れてきた。しばらくは一緒にいたが、ばばあがきり丸にも身体を売らせていたので、そのうちばばあの目をかすめてどこかへ行ってしまった。ばばあの金やももかの金を全部もっていってしまったので、やれやれ、乱波みたいなやつだとばばあとふたりで舌を巻いた。きり丸は子供だけど美人だったので女にも男にも人気があった。ずっとここにいて儲ければいいのに、と言ったら、「男だからそういうことができないんさね」とばばあは言った。
「男はじっとしてられないの」
「男は場所を持たないんだよ。風か雲みたいに流れるばっかりさね」
「ふうん。男ってばっかだなあ!」
きり丸は早く死ぬだろう。たぶん、三日後くらいにはどこかでの垂れ死んじまってるに決まってる。惜しかったなあ、金に汚くて、生汚くてさ、ああいうやつはうまくすりゃよく生き残るのに。
男はももかを馬鹿と言ったきり、それからいっこうに音沙汰がなかった。もしかしてももかは怒らせてしまったのだろうか。少し不安になったが、ももかはすぐに首を横に振った。ふん、なんでえ、怒るんなら怒りゃいいさ、怒ってんのはこっちも同じだ。ただ、通わなくなるのは勝手だが、あの葉っぱだけは置いていって欲しかったな、と思う。あの葉っぱがなけりゃ、ももかはうまく夢を見られない。


そうしてどのくらいかたって、ある日ふたりの男がももかのもとを訪れた。もっさりした髪を高い位置で結わえた軽薄そうな男と、綺麗な赤毛の男だった。
「すまんが部屋かしてくれんかね。外はすごい吹雪でね、なに、宿代はちゃんとふたり分払うからさ」
軽薄そうな男が言った。口の上手いやつで、ももかがぼんやりしている間に、とんとん拍子で話を進めていく。ももかは結局、男ふたりに宿を提供することになった。
「でもあたし、なんもできないからね」
「いいよ」
軽薄そうな男は、自分を、またざ、赤毛の男を、よすけ、と紹介するとそのまま土間で火をおこして、持っていた強飯でかゆを作り始めた。白飯のいい匂いが漂って、ももかは白飯なんざくったこともなかったから、こりゃ腹に悪いやと思って向こうを向いて寝たふりをした。腹が鳴るのが嫌だったから、唾をいっぱい飲み込んだ。その飯を分けてくれって頼んでみようか。でも、代わりに抱かせろなんて言われたらどうする。ふたりいっぺんというのはきついぜ。もんもんとしていたら、肩を強く揺すられた。びっくりして振り返ったら、赤毛の男が、「ねえ、ごはんできたよ」と言って、茶碗に入ったそれをももかの鼻先に持ってきた。
「起きられる?俺支えてようか」
もうずいぶん長いこと寝たきりになっていたももかは、上半身を支えられながら起き上がると、両手に椀を握らされた。
「熱いからそっとね。身体が温まるよ」
「あとで薬も飲めよ」
むこうで鍋をかき混ぜながら、もさもさ男が言った。ももかは目をぱちくりさせた。
「なあ、おまえらってなんなの?」
「ただのしがない油売りですよ~」
「なんであたしに飯食わせるの」
「男には一宿一飯の恩というのがありまして」
「・・・なあ、あたし抱かれるのは無理だけど、マラぐらいなら舐めてやろうか」
もさもさ男はにやりと笑って、赤髪の男は困ったみたいに笑った。
「そんな心配しなくていいよ。たくさん食べてもう休みなよ」
ももかは布団に寝かされると瞼の落ちてくるままに意識を放った。

1のは女体化。きりまるとどいせんせーのあさ

目覚ましはかけない。土井半助という男は、ずぼらでだだくさなようでいてその実細やかなところにまで神経を張り巡らせているたちで、目覚ましをかけるとすぐさまぱっちり目を開いてしまうからだ。きり丸はその昔、早朝新聞配達のバイトの初日に目覚ましをかけ、3時半だというのに土井までぱっちり目を覚まし、あろうことか食事を作ってくれて「行ってこい」と玄関先で送り出されたことがあった。土井は前の晩、テストの採点で1時頃まで起きていた。その日以来、きり丸は目覚ましを使わず起きるようにしている。夏とはいえ、外は未だ薄暗い。きり丸は大きな欠伸をかみ殺すと、昨日の晩に作っておいた味噌汁とにぎりめしを温め直してもそもそと食った。先日粗大ゴミの日に拾ってきたちゃぶ台の上に、半助の書き置きが置かれていた。
「おはよう。気をつけていってくるように」
きり丸はそれを丁寧に折りたたむと、自分の勉強机の引き出しに仕舞う。その引き出しには、すでに何枚も同じような書き置きが眠っている。ジーンズと半袖シャツに着替えて、先日格安衣料店で1000円で買った安い甚兵衛を着た土井をまたいで玄関先へこっそり出て行く。

とある雨の日

女体化1のは。


柔剣道場は体育館の裏にあって、日が当たらないからいつもどこか湿った日陰の匂いがしている。夏場の練習は、そうでなくても胴着は蒸すから、道場のドアはすっかり開け放した状態で行う。梅雨の時期は、ドアから、道場を取り囲むようにして植えられた紫陽花が見える。金吾はその風景を見るのが好きだった。ことに、雨がしとしと降っているなかで、青や紫や赤や、あるいは色のすっかり抜け落ちた白い鞠のような花がしっとりとそこに咲いているのを見ると、”艶やかな”という言葉はこれのためにあるのじゃないかとすら思う。
その日は土曜日で、学校は半日だった。中間テスト前で部活もなかったが、金吾は道場で一人素振りの練習をしていた。むしむしした空気も、練習に集中してしまうと全く気にならない。汗で濡れた髪が、ぺったりと肌に張り付く。その不快感すら、どこかに置いてけぼりで、金吾はただただまっすぐ前を見つめてただひたすらに竹刀を上げては振り下ろす。どれくらいそうしていたろうか、ふいに金吾は集中からとけて、ふと道場の開け放したドアの間から見える紫陽花に視線を送った。その垣根の間に、透明なビニール傘を広げて、喜三太が立っていた。
真っ赤なレインコートと、長靴。喜三太は傘を差すのがヘタだから、傘だけだとすぐびしょびしょに濡れてしまう。雨の日はレインコートと長靴も履きましょう、というのは、金吾が決めた約束だった。
「びっくりした。いつからそこにいたの」
「わかんない。金吾が練習してたときから、ずっと待ってた」
「なめくじの散歩させてたの?」
喜三太が腕に大事に抱きかかえている壺を見やる。喜三太が大きく一度頷いた。
「もう帰るから、待ってて」
「うん」
金吾は荷物だけまとめると、胴着のまま道場から出てきた。
「制服は?」
「胴着のが汗で濡れてるから、雨にはちょうどいいかと思って。このまま帰るよ」
「うん」
ふたりで並んで校門を出た。寮までの道とは違う方向を、喜三太が向いた。
「ねえ、遠回りしてかえろ」
「いいよ。街のほう行く?」
「うん」
それからふたりは、特に盛り上がる会話もなしに、とぼとぼと街のほうへ並んで歩いた。喜三太の歩幅は小さいから、金吾はわざとゆっくり歩く。
「喜三太、なめ壺があると他の荷物がじゃまだろ。持って上げるよ、貸してごらん」
「ううん、大丈夫。金吾のほうが荷物いっぱいだから」
金吾はまじめだから、学校に教科書を置いていったりしないので、鞄も重いのだ。金吾はそれなら、と喜三太の傘を取り上げて、自分の紳士用の黒い大きな傘を差し掛けた。「一緒に入りなよ」
つぶん、つぶん、と雨滴の音がする。金吾は隣を歩く、自分より少し小さい喜三太を見下ろす。可愛いな、と思う。

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