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よいこわるいこふつうのこ

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陰陽師こそかなしけれ①

妖怪パロ。


平安京の豆腐小僧こと兵助は、猫又と縁側で日向ぼっこをしている時間が好きだ。猫又が縁側でころんとまるくなってすやすや腹を上下させているのを、豆腐を片手にじっと見ているのが好きなのだった。小春日和の平安京はぽかぽかと晴れ渡り、美しい。世は並べて事もなし。平和いとよろし。あなうれし。
名前を貰ってからというもの、どういう力が働いたのだか兵助はあれからさらに成長して、今では見目麗しい凛々しい青少年の容姿である。猫又を見つめる瞳を縁取る睫毛はツンと長く天を示し、ふ、と零れたような笑みを刷く口元は薄く珊瑚の色である。絹豆腐のごとくすべやかな白い肌を、頬だけほんのりと桃色に上気させ、あたかもそれは紅葉豆腐。うっとりとした瞳で、
「猫又可愛いなああ~」
と呟きさえするのだ。
だが、そんな兵助の至福の時間は、慌しく屋敷に戻ってきた、へっぽこ陰陽師小松田秀作の足音によって破られた。どたどたどたどすどすばったんどかどかっ!古い屋敷の床は、秀作の乱暴な足運びに耐え切れず悲鳴を上げる。猫又は、にゃあ、と顔を上げると兵助を見上げた。兵助は縁側にやってきた秀作を睨みつけて「うるさい!この無職野郎!」と豆腐をぶつけた。いつもならむきになって言い返す秀作も、その日は豆腐を手でぬぐい落とすと、それどころではないと猫又の前に正座する。猫又は猫の姿をしているが、その実は齢100歳を超えた妖怪である。もともとは秀作の先祖の飼い猫で、秀作にとってはペットというより育ての親ともいっていいような存在であった。
「タカ丸さん、聞いて!聞いてください!」
「なあに、秀作。今日は陰陽寮の就職面接の日だったね。うまくいったかい?」
「あ、それは、全然うまくいきませんでした。僕の答弁、どうもあんまりよくなかったらしくて、親を泣かせるなって面接官から叱られちゃいました」
猫又のタカ丸はいつものことだと穏やかに微笑んだが、兵助は、呆れ果てた様子で彼を見返した。秀作は、見習い陰陽師だが能力がへっぽこなうえ不器用なので、なかなか就職がままならぬのだった。
「秀作、いい年した男が、いい加減きちんと就職して猫又を安心させてやれよ」
兵助が溜息混じりに言うと、秀作は「だからっ、」と弾んだ声で言い胸を反りに反らせた。
「職が見つかりそうなんですっ!」
「おやあ?」「なにっ!?」
これにはふたりのあやかしも目を見開いて目の前の出来の悪い人間を見る。タカ丸がよかったねえ、と微笑めば、兵助は胡散臭いような表情をして「自棄を起こしてとんでもない仕事拾ったりとかじゃないよな?労働条件とか、納得いくまで確認したか?福利厚生は?」
「あのね、豆腐小僧君、君僕をなんだと思ってるの。きちんとしたお仕事かといわれれば、これ以上保証のあるお仕事なんてそうそうないさ。僕を雇ってくださる方は、親王様なんだから!!」
これにはさすがのタカ丸も余裕の笑みを消した。おそるおそる確認する。
「秀作、親王様って、どなた?」
「親王って名前の一般人か?」
「違うよ、失敬な!だいたい、親王様に失礼だろう。僕を雇ってもいいといってくださったのは、まごうことなき東宮七松様だよ!」
兵助は思わず「胡散臭い」と唸ってしまう。七松親王といえば、華村帝の東宮で、あられるお方だ。次期天皇こそ華村帝の弟である冷泉親王に決まっているものの、その資格を有している大変高貴な人物なのである。そんな人物が一介のプー太郎陰陽師小松田秀作に声をかけるであろうはずもなく、兵助は秀作が騙されているのだと思った。
「嘘じゃないんだから!面接が終わって御所の隅っこで溜息をついていたんだ。そしたら、ちょうど親王様が参内なされていてね、僕にお声をかけてくださったんだ。もし陰陽師として働く気があるのであれば、雇いたいがどうか、と。僕はもちろん、その場で力強く頷いた。働かせてください、働きたいですお願いしますって!そしたら、明後日面接に来いというんだよ!いやあ、残るものには福来るというか、長年無職やっていたけれど、とうとう報われるときが来たんだなあ。人生捨てたもんじゃないね」
盛り上がって歓喜の涙を流す秀作に、兵助は困り顔だ。横目でタカ丸を見遣れば、彼も苦笑して兵助を見返した。ふたりとも、それが本物の七松親王とは思っていないようである。
さてこの一件、どんな顛末になることやら。

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名前をつけてやる

妖怪第二部。豆腐小僧のターン!

---------- キリトリ -----------

猫は人に飼われる、豆腐小僧は猫又に飼われる。
小僧は猫又が呟くその冗談が好きで、よくせっついては猫又にそれを言ってもらい、そのたびに声を上げて喜んだ。猫又は猫が長く生きて変幻したあやかしだ。その昔、猫又は、優作という青年に飼われていたのだそうだ。とても大切にされていたらしく、首につけられた鈴は彼に貰ったものなのだと自慢げに揺すってみせる。りんりんと静やかな音をだすそれが羨ましくて、小僧は、
「俺にも鈴をくれろ」
と強請った。猫又はぽかぽかと陽気の差し込む縁側にゆったりと足を崩して座ると、幸せそうに目を細めて外を見ている。猫又の飼い主の優作はとうに死んで、今は優作のやしゃ孫の秀作が家を切り盛りしている。秀作はかなり不器用な性質で、頭のつくりもさほどよくないから、いつも猫又に知恵を借りて日々を生きている。秀作は、京で陰陽師をしている。とはいえ、帝に仕える陰陽師にはもっと立派で力のあるやつがいるから、秀作は、狐つきとか、小さな仕事ばかりをせっせとこなして生計を立てている。秀作は帝に仕える陰陽寮の陰陽師になりたいらしいが、猫又は、器じゃないと微笑んでは、人間もあやかしもそれなりがいちばんと微笑んでぽかぽか陽気の中昼寝をしている。
豆腐小僧は、三年前に猫又に拾われた。その頃は満足に言葉も喋られぬ小さな妖怪だったが、猫又に飼われるうちに知恵がつき、身体も、小僧と呼ぶのははばかられるほどに育ち始めた。秀作は、「これじゃ豆腐少年だ」と指差しで笑うのだが、小僧のなかでは「猫又>>>俺>>(越えられない壁)>>>秀作」の構図をもっているから、猫又に「小僧」と呼ばれるうちは秀作がなんと言おうと自分は小僧であると胸を張って主張している。
「おい、猫又、俺にも鈴をくれろ。俺はお前の豆腐小僧だ、なあ、その証拠に鈴をくれろ」
「小僧、お前、人のものをすぐに欲しがるのはよしなえ。みっともないよ」
にゃあ、と猫又は鳴く。ふわんふわんと、三叉に裂けた尻尾が揺れている。
「そんなら名前をくれろ」
猫又は秀作に、タカ丸と呼ばれている。その名前は、優作が猫又にくれたものだという。自慢の名前だよ、誰にもあげない。と猫又はいつも嬉しそうに言う。名は存在を縛るから、あやかしが名前なんてもっていたらよくないはずだのに、猫又は、優作ならいいのだという。僕はいっしょう、優作のもの。そういっては、ふにゃん、と笑う。
小僧はそれが羨ましくて仕方がない。自分も、いっしょう、猫又のものが好い。
「名前ねえ、なにがいいだろうね」
猫又はゆっくり舟をこぎながら呟いたので、小僧は名前がもらえることが嬉しくて、屋敷中を飛び回った。そうしたら、奥から寝起きの秀作が出てきて、「静かにしろ、豆腐小僧!お前の豆腐食っちまうぞ!」と脅したので、小僧は持っていた豆腐を顔面にぶつけてやって、「うるせー、秀作!昼間まで寝てないで仕事探して来い!」と言い返して、あっかんベーをした。「おのれ、就職活動の難しさを知らぬ妖怪めが!」秀作とどたんばたんと屋敷中を鬼ごっこして遊んでいたら、ふたりして猫又に叩き出された。猫又は縁側で、優作に貰った真っ赤なべべを被って、日向ぼっこして眠っている。豆腐小僧は、名前を貰うお礼に自分も猫又にべべをやろう、と京の市へ繰り出した。


羅城門のそばに、女のあやかしが一人ぼんやりと立ち尽くしていた。背中に白骨を背負った狂骨と呼ばれるあやかしだった。真っ赤な太い柱に背をもたれかけてぼんやり遠くを見ている。
「おい、」
と小僧は声をかけた。好奇心旺盛な小僧は、見知らぬものにあったとき、まず声をかけることにしている。
「豆腐食うか」
女はぼんやりと豆腐小僧を振り返ると、「豆腐って、何、」と聞いた。
「豆腐は豆腐だ。美味いぞ、なあ、豆腐食うか」
「知らないやつから知らないもの貰ったら駄目だって言われてる」
「知らないやつじゃない、俺は、豆腐小僧だぞ」
女は首を傾げる。それから、のんびりと、「三郎がいいって言ったら、いいの。三郎は、今、どっかにいっちゃった」
小僧は首を捻ってまじまじと女を見ると、「三郎ってやつが、あんたの飼い主か」と尋ねた。女はまた、ぼんやりと首を傾げる。
「飼い主って、何」
「自分の名前を握ってるものさ。そいつにだけは自分の全部を預けられる、そういう相手のことだ」
「三郎は、私の名前を知ってる」
「じゃ、そいつがおまえの飼い主だな」
したり顔で頷いた豆腐小僧の背後から、雷蔵、と声がした。小僧が振り返ると、金色の狐が立っていた。九尾の狐だ、小僧は思ったが、それにしては尾が八本しかない。
「三郎」
と、狂骨は小僧に向かって指をさしてみせた。小僧はびっくりして、目を丸くしている。九尾の狐といえば、あやかしのなかでもとても位の高い存在だ。猫又はよく今は昔の、玉藻御前の話を語ってくれた。帝に取り入った絶世の美女の哀れなお話。
唖然とする小僧に、三郎は目を向ける。つまらないものを見たとでも言うように、ふい、と視線を逸らすと、雷蔵の足元に擦り寄った。
「雷蔵、行こう。東にいると聞いた」
「三郎、三郎は、私の、飼い主なのね」
雷蔵はしゃがみ込むと、三郎の身体を抱きしめた。三郎が豆腐小僧を振り返る。その冷たい瞳に、ひい、と豆腐小僧は首をすくめた。
「違う、雷蔵、お前が俺の飼い主だよ。三郎という名前はお前がくれたものじゃないか」
雷蔵はぼんやりとした瞳で、三郎、と呼びつけてじっと毛並みを撫でている。三郎はその頬をぺろぺろと舐めてから、豆腐小僧を振り返って、「去ね」と吐き捨てるように言った。


豆腐小僧が帰ると、猫又は目を覚ましていて、遅かったねと小僧の頭を撫でてくれた。それから、くんくんと鼻を鳴らして、「おや、狐の匂いがする」と驚いた顔をした。
「ああ、羅城門の前で九尾の狐にあったよ。・・・尾が八本しかなかったけれど」
「へえ、珍しいね」
「三郎って呼ばれてた」
「ああ、あの偏屈か、京を出て行ったと聞いていたのに、帰ってきたんだね」
にゃあ、と猫又は鳴いた。小僧は猫又の隣に腰かけると、「なあ、俺の名前は考え付いたか」と催促した。猫又は目を細めて、「兵助、というのはどうだい」と言った。「好く兵を助く、よい名だろう」
「兵助か、うん、悪くないな。兵助かあ」
小僧は、兵助、兵助と何度も呟いてから、へへへ、と笑みを零した。猫又も目を細めて微笑んだ。
鵺が死んで三年目の春のことである。

人でなしの恋⑥

妖怪パロ。
ま、第一部完的な感じで。もし二があれば絶対くくタカ出す!

---------- キリトリ -----------

「梃子摺らせてくれる」と伊作は汗を拭いながら呟かずに居れなかった。破魔の呪を彫った岩に三郎をやっとの思いでくくりつけてやった。何十にも麻縄で岩に身体を巻きつけた後、三郎の眼前にどかりと座り込んでひたすら呪文を唱える。それは三郎狐の妖力を封じ込めるためのものだったが、思うように効いてはくれず、三郎に縄を引きちぎらせない程度に押さえ込むことしか適わないでいた。
「俺を殺すか、下郎」
地を這うような声で三郎が吐き捨てた。伊作は知らぬ顔で呪文を唱え続けている。
「殺しても無駄ぞ、俺は滅した後もこの村だけは許さん。一生祟ってやるわ。作物の実り育たぬ死の土地にしてやろうとも」
けけけ、と三郎が笑う。伊作が呪を唱えているそばから、そんなことは無駄だとばかりに伊作の周囲の草木が枯れてゆく。伊作は三郎を睨みつけた。
「この村がお前に何をしたのだ」
「知ったことかよ。お前こそ、余所者だろう、北の匂いがするわ。この村に何の義理があるか知らぬが俺を放しや」
「おい狐、ひょっとしてお前の母親は数年前に退治られた玉藻御前ではないかね」
くわ、と三郎が怒りに口を開いた。ぶわりと体中の毛が逆立つ。三郎の前で玉藻の話は禁句だった。三郎が遠吠えすると、遠くでごろ、と雷がした。伊作が振り返る。
「む、いかん、鳴る神か。鵺が来る」
鵺は雷神で、鵺の参上するときは必ず雷が鳴るといわれている。三郎は表情ひとつ変えてはおらなんだが、内心では伊作以上に焦っていた。いかん、これでは間に合わん。鵺との約束が果たせぬ。
「おい坊主、貴様京の鵺退治を見に行くのだろ。ここにいて俺にかかずらっていてよいのか」
「お前を放して村人を喰わせるわけにいかん」
「ふん、ではお前一生俺の前で呪でも唱えているつもりか。阿呆が、お前程度の力で俺を見くびるでないよ」
確かに、気休めの封呪措置だとは伊作も気づいてはいた。死んだものならともかく、生きたあやかし封じなど、伊作の本職ではないのだ。伊作が苦々しい顔をすると、三郎狐はふふんと笑って、「お前を喰らう代わりに俺を放さぬか」と言った。伊作は首を振る。
「いやさ、私よりこの村の安全を約束してくれ」
三郎狐は酷薄そうな瞳を細めて伊作を見つめた。馬鹿な人間にかかずりあったと面倒な気持ちが湧いて出る。しかしやがて、よかろう、と頷いた。伊作は確かだな、と疑って簡単に呪を解くことをしない。三郎はしばし逡巡して、
「確約が欲しいのなら俺の尾を一本やろう」
と言った。伊作は驚いた。九尾の狐にとって、尾は魔力だ。「いいのか」と問うと「くどいわ、早くしろ」と返事。伊作は尾の一本を掴むと、根元から懐に忍ばせた短剣で切り落としてしまった。坊主がそんなものを持つなどと、どうもこれは怪しい男であると三郎は思ったが、ともかくも急がねばなるまい。伊作が縄を外すと、京に向かって一目散に駆け出した。冷たい夕の風が尾をなくした尻に酷く染みたが、そんなものに気をとられている暇もなかった。伊作は脱兎のごとく駆け出していった狐を見つめて、「こりゃあますますきな臭いぞ」と鼻をひくひくと動かして曇天を見上げた。ごろごろごろと音はどんどん近くなっている。びかびかと青い光が天を裂き始めた。
「いかんいかん、私も急がなけりゃあ」
立ち上がった途端、懐からころりと石が飛び出して、伊作は慌てて拾い上げた。その石は封魔の札で巻かれている。伊作はそれを両の手で大切に握り締めると、「玉藻御前、貴女の息子だ。見たかい、」と優しく語りかけた。


三郎は京へ行く途中に百鬼夜行をいくつも見た。鵺の参上で、京にいくつも門が開かれ、道が出来ているのだ。馬鹿な人間ども、鵺一匹を殺すために、それだけのあやかしを京に通すことになると思う。三郎は内心で嘲笑う。鵺の死体に化けて宮中まで運び込まれたら、そのまま宮中の人間総て屠ってしまおうかと邪悪なことを考える。ひたすら走っていたら、申し、と声をかけられた。申し、申し。それは魂震わすあやかしの声だった。妖怪の中でも位の高い三郎狐に、気安く話しかけられるものなどほとんどない。無礼者はだれぞ、と振り向いて、三郎は目の玉が零れ落ちてしまわんばかりに眼を見開いた。そこに立っているのは雷蔵だった。
青白い顔をして、青白い骸骨を背負って、三郎を呼び止めている。三郎は愕然として、岩で頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。息を吸ったまま吐き出すことが出来なかった。雷蔵が、妖怪になってしまっている。俺の知らぬうちに、雷蔵は、死んだのだ。雷蔵は、「どちらへいったらよいのですか」と虚ろに尋ねている。身を揺らすたび骨が鳴った。狂骨だ。世に未練があると、たまにこうして成仏叶わずあやかしとなってしまう魂がある。
三郎は身動きすること叶わず、ぱたぱたと涙を零した。
「雷蔵、」と名を呼ぶと、雷蔵がよくわからぬふうに首を傾げる。
「それはなんですか」
「雷蔵はお前だよ、雷蔵。俺のことはわかるか、三郎だ、お前が助けた狐の三郎だよ」
雷蔵はぼんやり立っている。「三郎、聞いたことがあるなあ、とてもよいものにつけた名だったような・・・」
三郎が瞬きするたび、ぽたりぽたりと涙が零れた。ごうん、と鳴る神が頭上で騒いでいる。ああ、鵺が呼んでいる。行かなければ。しかし走り方も忘れてしまった。雷蔵は草臥れた形で立っている。
「申し、私はどこへ行ったらよいのです」


食満は天に現れた異形の生き物を見上げた。それは大きく、吠えるたびに地が震え、見守る人々は幾人も失神してしまうほどであった。しかし、食満は負ける気がしなかった。胸には昨夜の甘い思い出が居座っている。きっときっと、俺はこのおぞましい妖怪を倒して蔵人の頭になるのだ。そうすれば八左ヱ門もどん何か喜ぶだろう。食満はきりきりと弓を引いた。それはいつかに八左ヱ門から貰った破魔の弓だった。大きな弓で引くのにはひどく力が必要だ。食満はしっかり狙いを定めて、射た。びいいいいいん、と弦の震えが長く宮中に響いた。渦巻く灰色の雷雲が裂かれ、弓は天に昇っていく。
「あ、」
と食満は息を呑んだ。少し手先がぶれてしまったらしい、弓の方向が外れた。しまった、と思い慌ててもう一本の矢を用意する。だが、弓は見事鵺に当たった。食満は瞳を見開いた。そんなはずはない、と思った。
ヒエーッと鵺は一度大きく鳴くと、そのままどさりと紫宸殿の前の庭に落ちた。化け物の首を駆ろうと近寄った警備の者たちを、食満は、止めた。
「心無いことをするな!妖怪といえ、これ以上辱めることは俺が許さん」
食満はゆっくりと鵺に近寄った。そっと手を伸ばしても、鵺は荒い息を吐くばかりで抗うことはなかった。
「お前、自分から矢に当たったな」
食満は、鵺の瞳が見たこともないほどあたたかいことに驚いて慌てて顔を覗き込んだ。
「鵺、」と声をかけたが、鵺はそっと瞳を閉じたままもう動くことはなかった。
「食満様!おめでとうございまする!」
口々に叫んで宮中にいたものみんなが駆け寄る。食満は呆然としたままだ。自分は、とんでもないことをしてしまったのではないかという嫌な後悔が胸に渦巻いていた。あんな優しい瞳をしたものを、射殺してしまった。
「おめでとう、留三郎」
ふいに背後で声がした。八左ヱ門の声だった。食満は振り返って、眉を潜めた。立っていたのは八左ヱ門だが、雰囲気の違うようだった。酷薄そうな表情で、ぱちぱちと手を打つ。
「君は見事鵺を退治たのだ」
「貴様は誰だ」
「俺は、俺はそこに倒れている鵺だよ、留三郎」
にたり、と八左ヱ門の容姿をしたものが笑う。雷は晴れて、真白い月明かりが京を照らしていた。鵺が鳴く夜はもはや永劫こないだろう。
「お前が俺を殺したのだ」
「嘘だ」
食満は吐き捨てるように呟いたが、胸の痛みがそれを否定しきれないでいた。どうして鵺は、自ら矢に当たりに行ったのだ。どうして鵺は、優しい瞳で死んだのだ。どうして八左ヱ門は昨日のうちに逢いに来たのだ。どうして、今日では遅いといったのだ。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
食満の懊悩を、眼の前の八左ヱ門がにたにたと見つめている。その尻に、尾が生えてくるのを食満は見た。八つの金色の毛並みをした狐の尾だった。
「お前が八左ヱ門を殺したのよ、馬鹿者が」
吐き捨てるように呟いて、青年はひらりと身を翻すと、紫宸殿から去っていった。
数日後、食満は帝から獅子王という名の弓をおし頂いた。
そしてその数日後、食満はひとりひっそりと京から姿を消す。
秋も盛りを過ぎ、地に落ちた花梨の実は甘く腐りはて、誰も伝えない過去の思い出をひっそりと辺りに匂わせている。

人でなしの恋⑤

妖怪パロ。
食満竹で性描写があるので気をつけてください。

---------- キリトリ -----------

三郎が山に帰らなかった夜、鵺もまた山には居なかった。夕刻までいつものように食満の屋敷で働いて、帰ってきたのだが、眠れないので再び人間に化けて食満の屋敷に向かったのだった。
真っ暗な闇夜を食満の屋敷まで急ぎながら、鵺は、己が狂っているのではないかとひやりとした。三郎狐は人間に深入りするなといった。それはそうだと鵺も思う。人間と妖怪でははじめから棲んでいる世界が違う。交わることなどできはしない。それなのに、こんなふうに、人間に化けていそいそと屋敷へと急ぐ己を、鵺はもはや手遅れだと感じていた。逢いたい、逢いたい、逢いたい。逢って、何でもいいから話がしたい。いや、言葉なぞなくてもいいのだ。ただとなりにあって同じものを見るだけでもいい。離れがたい、と感じていた。そうして、そんなふうに考える己の心をもはや物狂いだと自嘲した。もし己が人間であればどうだったろう、と最近はよく詮無いことを考えてしまう。もし人間だったら、人間になれたら。
とり止めもないことを考えているうちに食満の屋敷に着いた。
明日は大切な日だ、もう家人は寝静まっているだろう。鵺はさてどうするかと思案して、結局猫に変幻すると、高い壁を飛び越えて花梨の匂いが満ちる庭へと降り立った。逢わずに帰ろう、せめて、顔だけ拝んでからこっそりと去ろうと思っていたのに、屋敷の奥から、「誰だ」と声がした。食満が、灯りもなしに、白い月明かりを頼りに庭のほうへ出てきた。寝着のまま縁に立って、庭を見渡す。寝ていなかったのか、眼は冴えているようだった。猫の姿だから然しておびえる必要も無いのだが、鵺はびくびくとして草葉の陰に隠れた。ふいに、食満が、
「・・・八左ヱ門?」
と名を呼んだ。その響きがあまりに切実で、恋うようでありいとおしむようでもあったから、鵺は心の臓が苦しくなった。
食満は、姿も見えぬのに、来訪者は八左ヱ門だと思えて仕方が無かった。気配がするのだ。だが、探してみても庭には何も居ない。気のせいだったか、恋うあまり夢でも見たか、と背を翻して屋敷へ戻ろうとしたときだった。ふ、と目端に愛おしい青年の姿が見えて、食満は振り返った。花梨の木の下に、八左ヱ門が立っている。少し頬が赤く染まっていた。はにかむような、それをこらえるような、不思議な表情で、ひたと食満を見つめていた。
「・・・八左ヱ門、やはりお前か」
「こんな時間にごめん。どうしても逢いたくて、」
「気にするな、逢いたいときにこればいいんだ」
食満は屋敷のものを起こすことはせず、こっそりと裏から酒と塩を盛ってきた。縁に並べて、二人でそれを味わった。月の白い、いい夜だった。庭のほうからりいりいと虫の声が聞こえて、遠くの山でほうほうと梟が歌っていた。冷たい風がそよそよとふたりの頬を撫でた。
「いい夜だ」
「うん」
「満月の夜が一番美しいというが、こうしていると、欠けた月もそれはそれで美しい」
「秋は月が白く見える、俺はそれが好きだ。夜なのに明るくて、色んなものが見えるだろ、昼とは違ったように見えるのがまた面白いんだ。白い月の夜に見えるものは、みんなどこか、あやかしじみて綺麗だ」
食満を振り返ると、彼の瞳は、まっすぐ八左ヱ門を見つめていた。白い月明かりを浴びて、彼は美しかった。腕が伸ばされて頬に触れるのを、八左ヱ門は拒めない。頬に触れた手のひらは温かだった。
「寒かろう、もっとこっちへ来い」
こっちへ来い、といいながら、食満は自分から膝を摺り寄せて八左ヱ門に近づき、彼を抱きしめた。
「明日鵺を退治たら、お前を俺のものにしてもいいか、」
八左ヱ門は腕の中で首を横に振った。食満が覗き込んでくるのを、深く俯いて熱っぽい視線から逃れるように横を向いた。
「嫌か、」
「明日じゃ駄目だ、遅すぎる。今日ならいい」
食満が息を呑んだのがわかった。そんなことが嬉しく、八左ヱ門ははにかむように微笑んだ。そのまま太い腕に抱きしめられて唇を貪り吸われた。妖怪は、こんなふうなまぐわりはしないから、八左ヱ門はひどくどきどきしていた。知っている、人間は、愛するものと身体を繋げるのだ。詳しいやり方を八左ヱ門は知らなかったから、食満にされるがままに愛された。身体の隅々を白月のもとに暴かれて、身体を火照らせた。食満の愛し方はどこまでも優しくじっくりと丁寧だったが、何も知らない八左ヱ門は獣のようだと思った。行為の間中、「好いか、」「ここはどうか、」と尋ねられるのをそのたびに、「わからない」と首を横に振った。好いとはなんだ、ただただ熱に浮かされているようで、苦しめられているようでもあり、労わられているようでもある。奪われているようでもあり、与えられてもいる。もう何もわからない。自分ばかりが総て裸にされて暴かれて、食満ばかりが衣服を着て、八左ヱ門を好いようにするばかりなのが悔しく、「ひどい、ひどい、」と八左ヱ門は泣いた。
「俺にもお前をおくれ」
「やろうとも、やろうとも」
膨れきった硬い楔で射抜かれて、八左ヱ門は苦しさにも似た快楽のなかで、明日ではなく今日もう自分は死ぬのだと思った。激しく突き上げられるたび、ああ、ああ、と声にならぬ声が漏れて、鵺はこの行為だけで自分は幾度啼いたろうと思った。こんな良い思いをするかわりに、どこかで人間が死んでいるのだな、俺のこの声が殺すのだ。鵺はしっとりと濡れた心でしみじみとそう思い、自分は酷いあやかしだと思った。退治られても仕方がない。この男の母親も俺が殺したのだ。
(俺は明日、この男に殺されるのだな)
八左ヱ門は自分を退治る男を抱きしめて、その額に、頬に、唇に口付けた。そのたびに、愛している、愛しているとまじないのように唱えた。恋は、乞いだ。何度も口に出せばそれは言霊となって力を持つ。食満は、腕の中でしなやかに背を反らせる男の肉体を、飽くことなく掻き抱いた。八左ヱ門の腕が、食満の黒髪を掻き混ぜる。開いた口からは、言葉にならぬうめきがひっきりなしに漏れている。ああ、ああ、と鳴き声のようだったそれは、いつしかひい、ひい、と鵺の鳴き声のようにも聞こえてくるのだった。食満は母親の死んだ夜を思い出して胸が締め付けられるような切なさを覚えた。ああ、鵺よ、どうしてお前はそんなにも鳴くのだ。なにを乞うて鳴いておるのだ――。
食満の突き上げが激しくなった。腿を高く抱えられて、身体の一番深いところに飛沫を浴びせかけられた。
「ああっ」
と八左ヱ門が高くひと鳴きして、それは終わった。
ふたりで身体を横たえて、互いに身体を擦りあった。そのこには同じ人間としての肉体がある。だが八左ヱ門は切なげに、「俺はいつかお前と同じものになりたい」と言うのだった。
「同じもの?」
こっくりと八左ヱ門は頷き、それからいそいそと着物を着込んだ。「帰る、」というので、食満は朝までいればいいといったのだが、八左ヱ門は首を振った。それから、食満の腕を取って、
「明日頑張れ」
と言った。
「上手くいくよう俺も祈っている。きっときっと、見事鵺を退治て見せるのだぞ、留三郎」

人でなしの恋④

妖怪パロ。

---------- キリトリ -----------

さて、少し噺は前に遡る。雷蔵である。
三月ほど前から、三郎狐は雷蔵とまったく会えていなかった。小屋に行っても、いっこうに雷蔵が出てこないのである。気配はある。しかし、天気もいいのに真昼間から雨戸まで締め切って錠もかけて、出て来ようとしないのである。三郎が遠吠えしても、何の音沙汰も無い。三郎はなんだか嫌な予感がして、とうとう小屋の錠を喰いちぎって勝手に中へと入っていった。裏口からそっと中を覗き込むと、零れた日の光に反応して、中に居た雷蔵がびくりと肩を揺らすのがわかった。なんと大仰に驚くのだろう、と三郎もびっくりしてしまう。ひ、と咽喉を鳴らして酷く怯えたような様子でこちらを見ている。じりじりと何かから逃げるように壁際に身を寄せるのがなんとも哀れだった。
三郎が正体をわからせるために、コン、とひと鳴きすると、雷蔵はああ、と溜息をついた。ひどく安堵した様子で、「三郎だね、なんだ、お前、餌をやらなかったから腹をすかせて入ってきてしまったのか。まったく、仕様が無いね」と三郎を手招いた。そうして擦り寄ってきた三郎を抱きしめると、
「ごめんね、今、家には何も無いんだよ」
と豊かで美しい毛並みに顔を埋めて言った。三郎は雷蔵の腕の細すぎることにびっくりした。何日食べていないのだろう、身体はほとんど骨と皮だけといってもよかった。水瓶の水からはすえたような匂いがしていた。腐っているのだ。水も飲んでいないのか。木の実でも持ってくるのだった。三郎は酷く後悔して、慌てて何か探してこようと身を翻した。それを、雷蔵が抱きとめた。弱々しい、ほとんど力の入っていない腕で覆いかぶさるように三郎を引き止めた。
「三郎、行かないで!」雷蔵は三郎のぬくもりにそっと瞳を閉じた。「お願いだよ、どこにも行かないで」
三郎は仕方なしにその場に伏せた。隣で雷蔵がうっとりと瞳を閉じる。そのうち眠ってしまうように思われた。とにかくひどく衰弱をしているようだ、食べ物を探してくるより、医者に見せたがいいかも知れぬ。雷蔵が眠ってしまったら、負ぶって町へ出ようか。
雷蔵に抱きしめられているうちに、三郎はあることに気がついた。雷蔵の肌の匂いに別の人間の匂いが混じっている。三郎は鼻を寄せてよくよく匂いを嗅いだ。そうして、それが人間の男の匂いであるとわかったとき、怒りに我を忘れるかと思った。ぶわ、と勝手に力が放出されて尾が九つ総て出た。ぐるる、と凶悪そうに咽喉を鳴らして、口を開ければ、雷蔵を我が物にした男を食い破らんとでも言わんばかりに唾液が糸を引くのだった。三郎は歯肉を見せつけて小屋から飛び出した。雷蔵を抱いた男が居る。雷蔵も娘だ、そのうち誰かのものになる。そんな当たり前のことを、聡い妖狐には考え付かなかった。雷蔵は誰のものにもせぬ、と端から決めてかかっていた。いや、仮に雷蔵のことに関して冷静な思考を手に入れていたとしても、やはり同じように三郎は怒ったろう。何故なら雷蔵があそこまで弱ってしまう理由が無いからだった。許さぬ、許さぬ・・・。
三郎は雷蔵から嗅いだ匂いを頼りに、どこまでも駆けた。そのうち、畑を耕している一人の男を見つけた。雷蔵の肌に染み付いた男の匂いと同じだった。それは、雷蔵に言い寄っていた男でもあったのだが、三郎はそんなことは知らない。まっすぐに駆けて、問答無用で咽喉笛めがけて喰らいついた。鮮血が迸り、まわりの人間が悲鳴を上げた。ガツガツと三郎狐は男を屠った。不味い肉は、喰いちぎるたび吐き出した。くさい肉だ、こんなものが、あれを穢したのか。許せぬ、許せぬ。
男が絶命して、およそ見るも無残な肉塊に変わった頃、三郎はようやく血だらけの鼻先を上に向けた。村人たちが、怯えた視線で三郎を見ていた。何人かは、手を合わせてしきりに破魔の呪文を唱えている。
「九尾の狐じゃあ」
「お狐さまじゃあ、なしてこげな村に」
「惣吉は何か罰当たりなことでもしでかしたかあ!」
三郎が食い殺した男は惣吉といったらしかった。三郎狐は、村人全員そのまま屠ってやろうかと、滾る血のまま考えていた。自分を取り囲む人の垣に向かって駆ける。わああ、と村人がもんどりうって逃げるなかで、ひとりだけ立ち去らぬものがあった。それは、袈裟を来て大きな数珠を首から下げた坊主だった。坊主はそのまま向かってくる三郎狐に向かって九字を切った。
三郎狐は見えぬ鎖に縛られて動けずに、そのままぱたりと其処に倒れこんだ。
村人たちが坊主を見遣る。
「あんた誰だえ」
呆然と尋ねる村人に、坊主は深く被った編み笠を少し上げた。整った美貌が現れた。随分と柔和な印象を持たせる顔だった。
「善法寺伊作といいます。京の鵺退治を見に行くところだったのですが、いやはや、とんでもないところに出くわしてしまった」
そういって、足元の三郎狐を見遣る。三郎狐は苦悶の表情で転がっていた。
京の鵺退治は、明日である。

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