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リトル・バイ・リトル

30 宿題(伊助女体化)


夏休みに入ってから、毎日庄ちゃんと電話している。
そう話したら、乱太郎は、すごい、と大げさに驚いてみせて一言言った。
「すごいって、そうすごくもないんだよ」
伊助は昼飯の素麺を湯がきながら、首で携帯を挟み込みながら器用に会話を続けている。学園は寮生で、色んな場所から生徒たちは通ってきているから、夏休みになると途端に会いたくても会えない人が増える。だから、学園の生徒にとって電話の存在は非常に貴重だ。
「だって、毎日話してるなんて、恋人みたい」
「あはは、残念。そんなロマンチックなもんじゃないよ。あのね、宿題のわかんないところ聞いてるの」
夏休みがはじまって初日に、いきなり難しい問題にチャレンジした。これは、土井先生がスペシャル問題だぞと嬉しそうに言っていたやつで、解けたら今度の期末テストで5点追加してやると宣言した。きり丸が手を上げて、じゃあ期末が満点だったやつは105点ですかと尋ねたので、土井先生は鼻白んだ表情を浮かべて「そういう質問は一度でも満点を取ったやつがするもんだ」と言ったので、みんなで笑ったのだった。
どれくらい難しいのかと興味本位で問題を開いたら、シャーペンの活躍がまったくないままに15分がゆうに超えるほどの問題だった。どうしても解いてみたくなって、庄ちゃんに電話した。彼なら、絶対この問題に眼を通し終えていると思ったから。尋ねたら、やはり難しくて唸っているというので、ふたりして問題についてあれこれ一時間半も喋ってしまった。電話を切る頃になって、庄ちゃんが、解き方がわかったらまた電話するね、と言ったので、伊助はこれはチャンスと思って「あのね、それもいいけど、宿題でわからない問題があったらまたこうやって電話してもいい?」と強請ったのだった。
これは大変いい法だった。なにせ、庄ちゃんと喋れるうえに、いいわけづくりのために毎日勇んで宿題をこなすのだ。去年まで夏休み最終日ちかくまで宿題をないものとみなして放っておいたことを思えば、これはまったく充実した日々だと言えよう。そうして夜ごろになって、わからなかった問題と、くだらない世間話をして、寝る。
そうこうしているうちに、庄ちゃんが驚くべき提案をした。「もうすぐ宿題が終わりそうだ、後はあの難しい問題だけ」と告げた伊助に、
「あの問題、僕のうちに来ていっしょに解かない。そのほうが、電話で話しているより効率がいいしさ。どうかな、僕んちに泊まりにきなよ」
と言ったのだ。伊助はほんとに驚いた。だってまさか、庄ちゃんのうちにお泊りだなんて!?絶句する伊助に、庄ちゃんは、慌てて言い差した。
「あの、ちゃんとうちの家族がいるから大丈夫だよ。・・・いつもの仲の良さでつい簡単に提案しちゃってけど、よく考えたら女の子に対して、うちに泊まりにこいだなんてすごい提案しちゃったな。ごめんね、あの、無理だったら断ってくれてかまわないから」
「う、ううん、行く!」
勢い込んで伊助が答えると、受話器の向こうで、庄ちゃんがホッとしたみたいに息をついて笑うのがわかった。
「うちの家のあたり、観光名所もいくつかあるんだよ。伊助、京都の洛北って来たことある?」
「ううん、ない。市内しかない」
「そっか、じゃあ、案内するね。観光旅行だと思って気楽にきなよ」
電話を切ると、伊助は慌てて旅行鞄をクローゼットの奥から引っ張り出した。いくつかあるうちの一番かわいいものを選んだ。使い勝手なんて二の次だった。それから、クローゼットの服を次々引っ張り出しては吟味して、着ていく服を決めた。いつもジーンズばっかりなのだけれど、すごく悩んでからこの間兵太夫に選んでもらったミニスカートをはいていくことにした。それからパジャマを選んだ。夏はいつも色気のないTシャツと短パンで寝るから、手ごろなかわいい夏のパジャマがない。
「おかーさん、夏の、パジャマ、買ってくる、かわいいやつ!」
と叫んで財布を引っつかんで表に出たら「なに、どうしたの、」とつられて慌てたような母親の声が追ってきた。
ひとりの旅行は初めてだ。向こうに着いたら、庄ちゃんが待っててくれているわけだけど。鞄に宿題となけなしのお小遣いも詰め込んで、電車に乗った。通勤ラッシュで途中まで押しつぶされそうで大変だった。ようやく田舎のほうにきて電車がすいてくると、携帯に庄ちゃんからのメールが入っていたことに気がついた。
『ここまで気をつけてきてください。ついたら連絡をしてね』
相変わらず、顔文字一つない几帳面な文章だ。それでも伊助は嬉しくて、にへにへしてしまう。向かいに腰掛けた品のいいおばあちゃんが「いいわねえ、お出かけ」と尋ねたので、「旅行です。あの、遠くの友達のところに行くの」と答えたら、眼を細めてもう一度「いいわねえ、きっと大切な人のところへ行くのね」と繰り返された。
京都駅からは電車を乗り継いで洛北まで行った。山のほうで、緑がすごく綺麗でいいところだった。終着駅では、庄ちゃんが待っていた。
「いらっしゃい。荷物持つよ」
伊助はお礼を言って一番軽い荷物を渡した。そうしたら、庄ちゃんはそれを受け取ってから、重い旅行鞄もいっしょに奪ってしまった。
「あ、じゃあ、軽いのは自分で持つ」
「いいよ、両方とも僕が持ってく」
「でも重いから」
「軽いよ、このくらい」
「・・・ありがとう」
女の子扱いされていると思ったら、なんだか胸の辺りがむずむずして、恥ずかしくて俯いてしまった。お礼なんだから、まごまごしたりせずにちゃんと言えたらよかった、と伊助は後悔した。
「じいちゃんが、鮎を食わせるってはりきっちゃってさあ。鮎は好き?」
「うん」
「じゃあよかった」
庄ちゃんの家は駅から、新緑のゆるい坂道をずっと登ったところに会った。黒い品のいい木造の家で、格子窓や瓦屋根がちゃんと残っている昔ながらのお屋敷だった。門をくぐったら大きい蔵があったのでぼうっと見上げていたら、「それは炭蔵、」と教えられた。
「つくった炭が入ってるんだよ」
「すごい広いんだね」
「うん。まだ焼く前の薪も入ってるから」
庄ちゃんがただいまーと声を上げて引き戸をひいた。広い玄関に上品な感じのお母さんが出てきて笑顔で応対してくれた。家の中は夏なのにひんやりして、白檀のいい匂いがしていた。庄ちゃんが育ってきた家だな、と伊助は納得した。すごく、庄ちゃんらしい雰囲気の家だった。凛として涼しい。
奥座敷に案内された。畳敷きの床にふかふかの座布団を引いてくれて、そこに座った。ちょこんと正座をしたら、「足がしびれるからくずしていいよ」といわれた。それで、お尻をぺたんとつけて座ると、庄ちゃんのお母さんの持ってきてくれた冷たいほうじ茶を飲みながら、夏休みの宿題を出して二人で解いた。友達とやる宿題なんてすぐにおしゃべりに取って代わってしまってなかなかはかどらないものだけれど、庄ちゃんとやるとすごく静かな時間が続いた。ふたりして真剣にノートと向き合って、でも伊助は集中力が途切れるとひそかに顔を上げて、向かいの庄ちゃんの顔を観察した。眉がきりっとしていて、ぎゅっと真一文字にひいた唇が、ある。見るからに生真面目で、意志の強そうな、顔だった。ちりん、と風鈴がなって、庄ちゃんが顔を上げた。
「解けた?」
「ううん、難しい。全然駄目」
「途中までは、わかったのにね」
「この先が難しいよね」
夜になったら、宿題をした奥座敷に布団を引いてもらった。おじいさんが蚊帳をつってくれるというので喜んだら、庄ちゃんはクーラーはあるのにって苦笑した。だけどクーラーをつけなくてもちゃんと涼しかったので、蚊帳はそのままにして窓を開けて寝ることにした。蚊取り線香の匂いが懐かしかった。庄ちゃんは、自分の部屋で寝るつもりみたいだった。だけど、ふたりして蚊帳の中に入って話し込んでいるうちに、すっかり夢中になってしまって、庄ちゃんは「二階に上がるの面倒くさくなった」といって、押入れからタオルケットを出してきて、自分の腹にかけて、寝転んでしまった。
「なんにもしないから、ここで寝ていい?」
「もちろんいいよ」
言ってから、伊助はおかしくなって笑ってしまった。
「どうしたの」
「だって、なんにもしないって、わざわざいうんだもん。庄ちゃんが何にもしないことぐらい、ちゃんと知ってるよ」
庄ちゃんはちょっとむっとしたみたいだった。
「だって、僕だって、男だもの」
それから伊助のほうをむいて、手を伸ばした。伊助は逃げなかった。伊助の腕をぎゅっと掴んだ。庄ちゃんの体温はびっくりするくらい熱かった。
「男だから、こういうこと、したいって思ってるんだよ、ほんとは」
伊助はびっくりして、何もいえなかった。庄ちゃんはごめんね、といって起き上がると「やっぱり上で寝るね」と言った。伊助は、固まってしまったみたいに動けなかった。庄ちゃんに隣にいて欲しいのか、上にいって欲しいのか、よくわからなくなってしまった。涙が出そうだと思った。伊助がぱちぱちと瞬きを繰り返しているうちに、庄ちゃんは蚊帳から出ていてしまった。
風鈴がちりんと鳴った。
伊助は、しばらく目を閉じていたけれど、眠れないと思って、携帯を取り出して庄ちゃんに電話をかけた。庄ちゃんはちゃんと出てくれた。布団にもぐりこんで、家族の人を起こさないように声を潜めた。
「あの、さっきはごめんね」
「伊助が悪いんじゃないよ」
「庄ちゃんも、悪くないよ」
「・・・」
「ねえ、眠れないよ」
「僕も眠れない」
「下に来て。いっしょに寝よう」
それから庄ちゃんが来てくれるのを待つわずかの時間の間、伊助は、庄ちゃんも自分も宿題をいいわけにしたりして遠回りしているとおもったらおかしくなった。不器用で、へたくそで、かわいい恋だ。
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桃の匂い

23 汗(タカ丸女体化で、優タカとも久々タカともとれぬなにか)


帰宅した途端高熱が出て寝込んでしまった。初めてですべてがわからないことだらけの生活から、とにもかくにも一時的に開放されて、緊張の糸がぷっつりと切れてしまったのだろうというのがお医者さんの見解。店に出て父さんの手伝いをすることを楽しみにしていたのに、貴重な夏休みを一日中ベッドの中で過ごすことになってしまった。
「私は今日は出張で外に出なきゃならんのだが、お前一人で平気かい」
布団を被ってめっそりとため息をつくタカ丸に、父親が声をかけた。タカ丸は布団からこっそりと顔を覗かせて、「らいじょうぶ、」とろれつの回らない口調で言った。
「熱は何度だった」
「んと、38度6分」
「高いね」
「ごめんらさい」
「別にお前が謝ることじゃあないさ」
額に乗せた氷嚢を、父親が取り替えてくれた。そこまでは覚えている。薬が効いてきたのかうとうとと白む意識の向こうで、「どうしようか」とか「やっぱりひとりは心配だな」とか呟くのに、大丈夫大丈夫と返していたような、いや、返そうとした記憶はあるけれども、果たしてちゃんと言葉になっていたかどうかは怪しい。間も無くタカ丸は寝入ってしまった。
夢を見たような気がする。初夏の頃に仲良くなった、年下の先輩の夢だ。「熱を出したって?まったくしょうがないなあ、あんたは」とちょっと面倒くさそうにため息をつく。それから、「何かして欲しいことありますか」と聞いてくれるので、タカ丸は「桃が食べたいです」と答えた。そうしたら彼はまじめな顔して桃をトラックの荷台に文字通り「山ほど」積んで運んできて、タカ丸は瞳を丸くして驚いた。久々知くんはすごくよい人だなあと思って、それを思ったまま告げたら、彼はやっぱりむすっとした表情で「病人に優しくするのは義務です」と言った。そういう夢だった。
ぱちりと目を覚ましたとき、ひどく咽喉が渇いていたので、ああ、夢の中の桃はおいしそうだったと思って思わず「桃・・・」と呟いていた。そうしたらひょっこり顔を覗き込まれたので、タカ丸は今度こそ本当にびっくりした。
「桃が食べたいの?」
「うあ!」
目の前にぬっと現れた顔は、父親じゃなかった。すごく会いたくて会いたくてたまらないけれど、こういうときに会うのはすごく複雑で緊張を強いられる男の人だった。
「ゆ、ゆ、優ちゃん!」
タカ丸が慌てて布団を頭から被ると、優作は朗らかな笑い声を上げた。
「驚かせてごめんね」
「なんでここにいるの!?」
「うん、君が熱を出しているって君のお父さんから聞いてね」
「お、お父さんが優ちゃんに電話したの!」
「うん、ほら、うち今日は定休日だから」
ちょうどよかったと優作が笑うのにタカ丸は布団から真っ赤な顔を覗かせていった。
「せっかくのお休みにごめんなさい」
「いいんだよ、そんなことは。どうせすることもないしね」
にこにこと微笑む優作は相変わらずとても優しい。タカ丸が寝ている間にいろいろと甲斐甲斐しく働いていてくれたらしい。タカ丸のベッドの横に配置されているテーブルには、ポカリスウェットだの体温計だの薬だの果物だのがきちんと用意されていて出番を待っていた。その横に、タカ丸が寝ている間暇つぶしで読んでいたらしい文庫本がおいてあった。それは。優作が学生の頃から好きだった藤沢周平で、タカ丸はやっぱり優ちゃんは優ちゃんだなあとぼんやり思う。文字を読むときだけかける眼鏡をはずして、優作は、「熱を測ろう」と体温計を渡してくれた。タカ丸はそれを受け取って布団のなかでごそごそと脇に挟む。勇作が不意にくすりと笑って、指先でタカ丸の頬に微かに触れた。
「ほっぺた真っ赤だよ」
タカ丸はそっと眼を閉じる。「帰ってきてすぐ熱が出てしまって、かわいそうだね。ゆっくりやすみなさい」と汗で濡れて額や頬にぺったりと張り付いた髪を、かき上げてくれた。頬が赤いのは、身体がカッカするのは、絶対に熱のせいだけじゃだけないと心のうちだけでタカ丸は呟く。それから、ここにいない父親に文句を言った。私、女の子なのに。女の子なのに、どうしてひとりでいるときに優ちゃんに看病を任せるの。なにかあったらって父さんは思わないの。なにかあってほしいって娘が考えたらどうするの。なにかあっても、父さんはいいの。優ちゃんなら、いいの?
こんなひどい話ってない、とタカ丸はぐったりと疲れた意識でそう考える。
高い電子音を立てて体温計が鳴った。熱は少しも下がってなかった。
「何か食べる」
「・・・何にも。食べたくない」
布団にこもったまま弱弱しくタカ丸が答えるのを聞いて、優作は気の毒そうにため息をはいた。ふうふうと息を吐くタカ丸の熱のせいで茹で上がったみたいに真っ赤だ。クーラーはつけてあるが、身体に障るといけないから高めに温度設定がしてあって、とくに涼しさが体感できるわけでもない。真夏日に布団を被って寝ていなければいけないことを考えるだけでも、可哀そうで仕方がなかった。美容師の腕だけでも十分食べていけるだけの技術を身につけたのに、いまさら新しい勉強がしたいといって、タカ丸は街を出て行ってしまった。出来は悪いけれど向上心はある妹のように、タカ丸の決心を全力で応援したい気持ちはあるけれど、こんなふうに負担が高熱となって少女を苦しめているのを見ていると、つい、「なぜ」と詮無い思いが浮かぶ。なぜ、この手から離れていこうとするの。か弱いだけの、守られるために生まれてきた雛のような子だったら、手のひらに包んでどこにもやらないのに。けれど、そんな思いも所詮は優作のわがままだ。飛び立とうとする鳥を縛り付けるような真似をしてはいけない。
またタカ丸は眠ってしまったようだった。優作は時計を見ながら、ふと先ほどの彼女の寝言を思い出す。そうか、桃。桃なら食べられるかもしれない。
タカ丸はまた夢を見た。どうしようどうしようと焦っているところを、また、久々知に出会った。「何を慌てているんですか」「優ちゃんが着てくれたのにパジャマなの!」どうしようどうしようと縋ったら、久々知はなぜだか魔法使いの格好をして、紺色のローブに樫の木の杖を振り上げて「ちちんぷいぷい」と例のぶっちょうづらで言った。そうしたらタカ丸の汗まみれのみっともないパジャマは素敵な桃色のドレスに変わったのだった。「わあ、素敵!」手を打って喜んだら、久々知は、「12時までに帰ってきてください」と真剣な顔で言った。「絶対に12時までに帰ってきてくださいね」なんだかシンデレラのような話だ。12時までに帰らなかったらどうなるのだろうとタカ丸が思ったら、久々知はちょっと悲しそうに言った。「別に、どうにもなりませんよ。俺がさみしいだけです」
起きたら優作が消えていたのでタカ丸はびっくりした。優ちゃんを見たとき、あんまりびっくりして慌ててしまったから、優ちゃんは自分はいないほうがいいと思って、帰ってしまったんだろうか。大変だ、大変だ、とタカ丸はふらふらベッドから起き上がると、階段を下りてリビングへ行った。部屋はしんと静まり返っている。空っぽの暗い部屋を見ていたら、なんだかすごく寂しくなってしまった。母さんが死んでしまったときの夜みたいだと思った。父さんはタカ丸が寝ている間に病院に行ってしまって、夜中にひとりで目が覚めたとき、怖くて怖くて寒いリビングで暖房もつけずにずっとしゃがみ込んでいた。お母さん、お父さんっていくら泣き叫んで名前を呼んでも、誰も返事をくれなかった。クリスマスの夜だった。人生のうちでサンタクロースの来なかった最初で最後の夜だった。
トイレとかお風呂とか庭とか、ふらつく身体で必死に探し回っていたら、ガチャリと玄関の音がした。タカ丸が慌てて走り寄ると、優作がスーパーの袋を提げて入ってくるところだった。
「優ちゃんどこ行ってたのお!」
と責めるように名前を呼んだら、それがあんまり涙声だったんで自分でびっくりしてしまった。優作はぎょっと驚いた表情をしたけれど、しがみ付いてくるタカ丸の身体を抱きしめてあやすように背中を叩いた。
「ごめんね、買い物に行ってた」
「起きたらいなかったから、帰っちゃったかと思った」
「携帯で確認してくれればよかったのに」
「あ」
タカ丸はごしごしと乱暴に涙をぬぐった。鼻を啜ってから、「思いつかなかった」きょとんと呟いた。
「だいぶ熱が引いたみたいだね、さっきほど身体が火照ってない」
桃をむいてあげよう、と優作が自慢げにポリ袋からまるい桃を取り出した。
「ベッドに戻って待ってておいで」
「ううん、ここにいる」
「それなら何かはおらなきゃ駄目だよ」
優作はきょろきょろとあたりを見遣って、ダイニングチェアにかけてあるタカ丸のカーディガンを手渡した。それをいそいそと着込んで、キッチンで優作が桃をむいてくれるのを、タカ丸はじいっと見ていた。男っぽい節くれだった指に桃の汁が滴って落ちる。パジャマだし、髪はぼさぼさだし、病み明けで顔色はよくないし、とんでもないところを大好きな人に見られてちょっと散々だったなと思う。優作に看病されるのは、初めてでもないのに。手慰みに寝乱れた髪を手櫛で整えながら、タカ丸は桃のむけるのをじっと待った。
「また夏休み明けにね」って挨拶したときの久々知の笑顔とも哀しみともつかないなんともいえない表情を思い出しながら、大人になると、どんどんうまく言葉に出来ない想いが増えていくんだなあと思いながら、じっと。

いつか忘れてしまう

09 部活(三治郎女体化


お母さんは私にピアノとか、お習字とか、お料理とか、お裁縫とか、女の子らしいことをいっぱいやらせたがった。私は本当は、スポーツ観戦とか、男の子と一緒に外で動き回ることが大好きで、特に野球なんて見るのもやるのも大好きだ。だけど私が泥だらけになって帰ってくるとお母さんはいい顔をしないので、私は大人しくスカートをはいてピアノレッスンに通っておく。
小学校の頃、強い少年野球チームがあるというんで、自分で何度も頭を下げて入団をお願いして、入れてもらった。虎若とはそこで知り合った。お母さんは女の子がそんな、と卒倒しそうになっていたけれど、私にとってはいい思い出だ。お前は筋があるよと監督(虎若のお父さん)がことあるごとにまじめな顔で褒めてくれた。筋があってもそれを発揮する機会は、女の私にはもちろん与えられていないんだけれど、それでもどんなにか嬉しかった。炎天下の中筋トレのためにグラウンドを何十週も走らされ、背中で「おら、どうした、速度下がってるぞ!」なんて挑発されるのも、お母さんは児童虐待みたいとか野蛮で嫌とか言っていたけれど、私にとっては本当に楽しい思い出だ。
学校の部活は吹奏楽に入った。真夏の音楽室は窓を開け放っても茹った温泉に浸かっているようで地獄だった。グラウンドでは高い音を立てて毎日野球部が練習している。それを窓から見下ろしながら、私は、いいなあって思う。どうして同じ練習でも、炎天下での野球は楽しそうで、室内で楽器吹いているのをこんなに退屈に思っちゃうんだろう。
帰りにグラウンドの脇に立ってぼんやりと野球部の練習を見ていた。中休みになって、気づいた虎若が駆け寄ってきた。
「三治郎!どうしたの、部活?」
「うん」
「吹奏楽だったよね。練習はどう」
「うん、まあまあ」
楽しいっていえばよかったのに、野球部を前にして(野球やりたい)って気持ちが前に出ちゃって、どうしてもその一言が出てこなかった。虎若は眉をハの字にして、ちょっと困ったみたいな顔をした。野球をやりたくても出来ない私の気持ちを慮ってくれているのだろう。虎ちゃんは優しくっていい男だ。
「楽しいよ」
と私は笑顔で言いなおした。
「そう、それならよかった」
虎ちゃんは生真面目に頷いた。
「少し振ってく?」
「でも、部員じゃないし」
「今中休みだし、誰が振ったっていいじゃん。な、振ってけよ!」
虎若はわざと男友達にするみたいな言葉遣いで私の背中をばしばしと叩いた。それから、制服に泥がついてしまったことを顔を真っ青にして謝った。
「いいのいいの、気にしないで」
「でも、三治郎のお母さんがまた怒るよね」
「転んだってことにしておく」
「背中から?」
「あ、」
久しぶりに握ったバットは手に良くなじんだ。気持ちのいい重さだと思った。虎若が球を投げてくれたので、思いっきりバットを振ってそれを叩いた。カーン!と気持ちのいい音がして、球は青空に吸い込まれていく。
それから、虎若の練習が終わるのを図書室で待って、一緒に帰った。
「驚いた。全然勘が鈍ってないんだね」
「内緒でバッティングセンター行ってるから」
「え、本当。俺も時々行くから、誘ってくれたらよかったのに」
「うん」
私は汗で濡れた髪を指で後ろへ流した。剥き出しになった首筋に夏風がさやぐのが気持ちよかった。虎ちゃんが、私たちが抜けたあとの少年団野球がどうなっているかとか、中学の野球部はどうだとかそんな話を一生懸命はなしてくれるのをうんうんと相槌を打ちながら聞いていたら、ふいに虎ちゃんは言葉を失ったようにぴたりと話すのをやめてしまった。
私はびっくりして、虎ちゃん、って声をかけたら虎ちゃんは、何度か瞳を瞬かせて「ごめん」と言った。なにがごめんなのか私は全然わからなくて、首を傾げたら、虎ちゃんはもういちど私に向き合って「ごめん」と頭を下げた。最初のごめんは、無意識に出てしまったみたいなぽろっと零れたようなごめんだったけれど、今度のは、ゆっくりはっきりと噛み締めるようにして言われた。
「何、なんのこと」
私は嫌な予感がした。謝られるのは、謝るのと同じくらい、勇気がいる。許すか許さないかじゃない。そんなことはもう、結論は決まっている。私が虎ちゃんに関して許さないことなんて、ひとつもない。私のなかで虎ちゃんはいつだって正しい。絶対に間違わない。
「あの、手紙の、こと」
「ああ、うん」
来たな、と私は思った。あの一件以来、伊助がすごく落ち込んでしまって、やっぱり今の虎ちゃんみたいに「ごめんね」ばかり口にするし、私のほうまで恐縮してしまって大変だった。なんだか、私わがままな恋をしてしまったみたいで申し訳ないなあと兵太夫に零したら、兵太夫だけは私のちっぽけで無意味な感傷なんか吹き飛ばすように笑って、「いいじゃん、わがままで。恋ってそういうもんでしょ」と言った。兵太夫はやっぱり強い。物事の本質を絶対に見失わない。
「俺、三治郎の気持ちに応えられない。あの、好きな子がいるんだ。俺なんか、見向きもされてないんだけど、でもどうしても好きなんだ。だから、ごめん」
「うん、わかってたからもういいよ。もちろん謝らなくてもいいし、だって、虎若が悪いわけじゃないじゃない」
「でも、」
「伊助のことが好きなんだよね」
虎若が顔を上げた。茹蛸みたいに真っ赤になってた。かわいいな、と私は思った。出来ることなら、かわいいねって言って、世界中の人に、これは私のだよー!って自慢したかった。誰のものにもしたくなかった。
「知ってたの」
「馬鹿にしないで。私がどれだけ虎ちゃんのこと見てきたと思ってるの」
虎ちゃんが誰が好きかわかるくらい、私の眼は毎日虎ちゃんのことを追ってきたのだ。虎ちゃんはほっぺたを真っ赤にして、私を見ていた。試合のあとで、激しい運動をして頬を真っ赤に上気させたまま、「勝ったね」とか「負けたね」とか言いに来てくれた。それから、手を握って、「俺たちがんばったね。次もがんばろう」といってくれた、昔の素敵な男の子のままの表情だった。
「私やっぱり男の子に生まれればよかったよ」
私は呟いてしまった。え、と虎若が不思議そうに私を見たけれど、私は言葉の意味を絶対に説明しないと思った。未練たらしいのは嫌いなのだ。せめて男の子との友達だったら親友ポジション狙えたかもしれないじゃない。なんて、思う自分はなんて負けず嫌いなのだろうとちょっと可笑しかった。
ふたりして家までの畦道をとぼとぼと帰りながら、広がる青々とした水田とか、空とか、点々と続く電信柱とかそういうものを黙ってみてた。とくに何も話さずに、でもそれは全然悪い気分じゃなくて、ふたりして並んで歩いた。それから心の中で、今まで欲しかったあれこれで、手に入ったものと、諦めてきたものを丁寧に思い出しては数えていった。
隣で虎ちゃんもおんなじように思い出を数えているなら、いい。この時間をいい思い出として、やっぱり私が女の子として生まれてしまったことを惜しむみたいにして、少しずつ受け入れていつか全部、忘れてしまうのだろう。それは、かなしいけれど、きっと仕方のないことなんだろう。瞼の奥で、大好きだったいつかの男の子が、
「次もがんばろう」って泥だらけのままほっぺを真っ赤にして、笑っている。

あいにいくよ

12 扇風機(喜三太女体化)


足柄山はいつも湿った緑の匂いがする。年中雨でも降っているみたいだ。それとも、喜三太が身を寄せるリリイばあちゃんの家が山の麓に在るからだろうか。庭の土もいつも湿って黒々している。喜三太は雨の降ったあとのような湿った匂いは好きだから、足柄山は大好きだ。
喜三太は夏休みの間ずっと、暇さえあれば縁側に出てごろごろ寝そべっていた。ばあちゃんはクーラーが苦手だから、ばあちゃんの家には扇風機しかない。首をうなだらせて首振りのボタンを押すと、縁側に当たるように設置して喜三太はそこで本を読んだり宿題をしたり携帯で友達と喋ったりした。ばあちゃんちの庭は、そんなに広くはなかったが、紫陽花の垣根とか背の低い青苔だらけの石灯籠とか小さな蓮が浮かせてある手水鉢とか、植え込みの八手と熊笹とか、見るべきものがたくさんあって一日中眺めていても飽きないのだった。喜三太は大切な蛞蝓も、帰郷とともにその庭へ放った。蛞蝓たちは、好きな時間にちゃんと喜三太に会いに来るから、喜三太も別段寂しくはなかった。
夏休みも一週間を過ぎた頃、金吾から暑中見舞いが来た。朝顔の絵が書かれている葉書で、几帳面な筆ペン字で、暑中お見舞い申し上げます、とあった。そうしてその横にブルーグレーのインクで、暑いですがお元気ですか、食中りなど起こさぬようにお気をつけくださいと書かれていた。現役高校生が同級生に送る手紙ではないと思ったけれど、リリイばあちゃんはこの手紙の主をたいそう気に入って、今時なかなかいない礼儀正しい良い子じゃと褒めた。
喜三太は縁側に寝転がったまま、金吾からの葉書の字を人差し指でなんどかなぞって遊んでいたが、それに飽きると、身体を起こしてワンピースを脱いだ。リリイばあちゃんの手作りのワンピースは、もともと母のお古で、綿で出来ていて着心地はいいけれど、柄が古い。喜三太は部屋の置くの箪笥から白いレースのワンピースを掻き出すと、それに着替えた。それから、白い手編みレースの帽子を被って、学園にいるときに兵太夫に選んでもらって買った、フラットシューズを履いた。玄関で鞄の中身を確認していたら、勝手の裏口で漬物を漬けていたリリイが「どこぞへいくのか」と間伸びた声を出した。
「散歩行って来まーす」
「喜三太ひとりか。女がひとりでぶらぶらうろついたらあかん、錫高野の倅に付き添ってもらえ」
「与四郎先輩は忙しいからそんなことで声かけたら駄目だよ、おばあちゃん」
「そんなことじゃなかろがな。与四郎は将来のお前の旦那さまじゃ」
「だからあ、与四郎先輩の気持ちを無視してそういうこと勝手に決めたら駄目でしょ!」
喜三太はそう言葉を放ると、これ以上干渉されないうちに玄関を駆け出た。
錫高野与四郎は、喜三太の幼馴染のお兄ちゃんだ。遠縁でもあるらしく、リリイばあちゃんは勝手に、喜三太の許婚にすると言い張っている。喜三太のほうは、子どもの頃は本気でそう思っていたものだったが、今はもうばあちゃんがそれを言い出すたびに眉をしかめる。もう彼女のひとりやふたりいてもおかしくない与四郎が、この虚言のせいでどんな迷惑を被ってしまうかもしれないと気が気ではない。
それに、喜三太にも与四郎とどうこうする気持ちはあまりなかった。いい先輩だし優しいお兄ちゃんだ。結構かっこいい部類に入る人なんだってことも最近わかってきた。だけど、喜三太には愛だとか恋だとかそういうことがよくわからない。みんなで仲良く出来たらそれが一番いいと思う。
(無理に一番を決めなきゃいけないのかなあ?)
家からバス停までは大きなゆるい坂になっている。夕焼けだんだんと呼ばれていて、ここからの夕日の眺めはとても美しい。バス停に近づくにつれて山陰から日向に出る。日に当たって白っぽくなった道を、喜三太はてこてこと駆けてゆく。
バス停で与四郎に会った。与四郎は単語帳を熱心に捲っていたけれど、喜三太を見つけるとそれを閉じて鞄の中にしまった。与四郎は街へ行くバスを待っているのだろう。大学進学のために街の大きな塾に通っていると聞いた。
「喜三太、どっがいくべか」
「うん。先輩は塾ですか」
「おう」
与四郎は喜三太といるときはいつも、何かとてもうまいものを食ったときみたいな満面の笑みをして、彼女をいとおしんでくれる。
「ひとりでいくべか」
「うん。ひとりで平気」
「気ィつけてけ」
「うん」
街行きのバスが来た。与四郎はベンチから立ち上がる気配を見せない。「先輩、バス来たよ」と喜三太が教えると、いいんだ、と一言言った。
「せっかくこうしておめと話す機会持ててんだあ、なしてバスなんか乗れっかよお。な、」
「うん」
喜三太はいつごろからか、与四郎と話しているととても胸が痛くなるようになっていた。心臓を丸ごとソーダ水に突っ込んだみたいに、なにかがぱちぱち弾けて、それが心臓を刺激して痛いのだ。でもそれは、悪いものでもないらしくて、与四郎と長い間会っていないと、そのぱちぱちがとても恋しくなったりするのだった。ぎゅう、と与四郎の腕を掴んだら、それは太くてとても熱かった。は組の誰もこんな腕は持っていない。
与四郎の腕をさわさわと撫で擦っていると、与四郎が、困ったような笑みを浮かべて喜三太の名を呼んだ。
「喜三太、あんな、そういうことしたらなんねぞ」
喜三太は言われた意味が良くわからなくて、ぼんやりと与四郎を見上げた。与四郎は柔らかい笑みで、左手で優しく喜三太の指を右腕から外していった。
「どうしてだめなの」
甘えるみたいな声が出てしまった。学校に入ってからは、ちゃんと敬語を使って先輩後輩の境界線をしっかりと守っていたのに。与四郎は、喜三太が駄々をこねていると思ったらしい。柔らかな声で、
「今だけな」
と囁くようにいった。そういえば、与四郎は昔はよく喜三太をだっこしていいこいいこしてくれたのに、今じゃ全然触れてもくれない。もっと触れて欲しいのに。喜三太は拗ねたような顔をして、与四郎の指の股を撫でた。
「喜三太、がっこ楽しいかあ」
「うん」
「よがったな」
「うん」
それから、喜三太の乗るバスが来た。喜三太が立ち上がると、もういちど「気ィつけろ」といって、それからさっさと運転手にバス賃を払ってしまった。バスが発車してから、喜三太は与四郎が、喜三太の乗るバスが来るまで一緒に待っていてくれたことに気がついた。慌てて窓から振り返ったら、バス停で、与四郎は街行きのバスを待ってひとり単語帳を捲っていた。
バスがついた頃にはもうすっかり空は夕に焼けていた。真っ赤な街の中を喜三太は歩いた。駅から出て、地図を昔の記憶を頼りに迷い迷い歩いた。住宅地の一角でこのあたりのはずだけど、と、きょろきょろあたりを見渡していると、
「喜三太!」と驚いたような声が背後でした。振り返ったら、金吾が立っていた。胴着姿で竹刀を入れた袋を担いでいた。練習の帰りだったらしい。
「どうしたの、こんなところで」
「会いに来た」
「え、誰に」
「金吾」
「ひとりで来たの」
「ひとりじゃないと駄目だと思ったから。・・・暑中お見舞いありがとう。読んでたら、会いたくなったから、会おうと思ってきたの」
「喜三太」
金吾は名前を読んで、でもそのあとは言葉を忘れたみたいに立ち尽くしていた。だんだんとあたりが暗くなっていったので、金吾は慌てて、「えっと、うちに上がっていって」と言ったけれど、喜三太は首を横に振って「帰る」と言った。
「ばあちゃんに黙って出てきちゃったから」
「え、ご家族の方に断ってこなかったの?」
「なんとなく言いたくなかったから。金吾、会えてよかった。ばいばい」
喜三太が笑顔で手を振った。喜三太はいつまでも言動が幼い。そんな女の子を衝動で抱きしめたりなんかしちゃだめだと金吾は思ったけれど、でも、触れたくて仕方がなかった。喜三太を思い切り抱きしめて自分のものにしてしまいたいと思った。
「喜三太、あの、暑中見舞いにさ、ほんとは、夏休みさみしいねって、書きたかったんだ。会いたいねって。会いに来てくれて、ありがとう」
喜三太はにっこり笑って、「私たち、おんなじこと考えてたんだね。嬉しいね」と言った。そうして、金吾と一緒にバス停でバスを待って、それに乗って帰っていった。バスに乗り込む喜三太の手を握って、握ってしまってから、金吾は、少し顔を赤くした。
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
「また夏休み明けにね」
「うん」
喜三太を乗せたバスが行ってしまってから、金吾は大声で何かをわめきたい気持ちになって、でも何を口にしたらいいのかわからなくて、とにかく走り回りたくて、飛び上がりたくて、弾けそうな思いをどう消化したらいいかわからなくて、走って家まで帰った。
火照った頬に当たる宵風がさやさやと気持ちよかった。

男の子女の子

雷蔵女体化。途中で終わるけど特に続きは考えていない。
天使な雷蔵ではないので注意。


「雷蔵知ってる、いとこ同士ってね、結婚できるんだよ」
「ふーん」
まるで興味ないような返事を零して、雷蔵は頬杖ついて頭の中で今度応募するエッセイの内容について考えている。テーマ「香り」かあ。何について書こうかなあ。好きな匂いのことなんて、ありふれちゃってて選考なんて絶対通らないだろうしなあ。
雷蔵の尊敬する中在家長次先輩から、エッセイに応募してみないかと誘われた。図書委員長である先輩は強面で無口で無愛想だから、一見すると堅気の男にはとても見えない迫力があるけれど、実際のところはかなりの文章家だ。何度かコンクールにも入賞して、高校生ながら時々雑誌とかに寄稿していたりするらしい。雷蔵は、これまでも何度か誘われて文章を書いているけれど、賞に引っかかったことは一度もない。
「雷蔵、あんた食事中にものを考えるのはやめなさい。みっともないわねえ」
「春子ママさん、雷蔵は今度応募するエッセイのことを考えてるんだよ、許してやってよ」
「まあ、あんたまたコンクールに応募するの。こりないわねえ、文才ないんだから早く諦めちゃいなさい」
「雷蔵にひどいこといわないでよ、春子さん。雷蔵は文才あるよ。俺、雷蔵の文章の第一号ファンだもん」
「まーあ、サブちゃんのほうが文才あるわよ、決まってるじゃない。前に応募したコンクールでがっちり入賞してたじゃないの」
三郎は嫌な顔をした。あのときは、雷蔵に誘われて一緒に応募したのだ。雷蔵とおんなじことが出来るのが嬉しくて何も考えず、ちょいちょいと手慰みに適当なことを書いて応募したら、何故だかしっかり入賞してしまったのだ。雷蔵のは、もちろん選ばれなかった。雷蔵はおめでとうと言ってくれたけれど、三郎は二度とやらないと思った。
三郎は雷蔵のいとこだ。ふたりを知らない人は、初めて見たとき、必ず二人を双子だと勘違いする。それは、雷蔵と三郎が一卵性双生児よりさらに酷似した容姿の持ち主だったからだった。今でさえ男女の性差から区別がつくようになっているものの、昔はまったく区別がつかないほどそっくりだった。
雷蔵は三郎より少しやんちゃだったから、かわいいものが大好きな春子ママさんが買ってきたふわふわレースのワンピースを三郎に着せて、自分は三郎のシャツと短パンを着て、勝手に近所の悪がき男子たちと遊びに行っていた。夏休みが終わる頃には、「三郎、ぼくの宿題もやって」なんて笑顔で言い放って、漢字ドリルとか夏の友とか、面倒くさい宿題は全部三郎に押し付けていた。雷蔵は、あんまり男の子とばかり遊ぶものだから、自分のことを僕とか俺といって、よく春子ママさんと冬馬パパさんから叱られていた。そのたびに雷蔵は泣いて泣いて、泣きじゃくって、当時彼女の逃げ場所だった三郎の部屋の押入れの中に閉じこもった。押入れからひいひいと泣き声が聞こえてくるのがあんまり居た堪れなくって、三郎はそのたびに慰めた。
「泣かないで、ね、雷ちゃん。僕が女の子になってあげる。だから雷ちゃんは男になってもいいんだよ。僕、おじさんとおばさんにそういってあげるね。僕が代わりに女の子になりますから、雷ちゃんを怒らないでくださいって頼んであげるね」
もちろん実際にとりかえばや物語が幕開けるでもなく、雷蔵は女の子として立派に育った。今では憧れの先輩なんてものまでいる始末。三郎はまことさやかにそんなところまで女の子にならなくていいのにと嘯いている。
「雷蔵、ねえ、夏休みふたりで旅行に行こうよ」
「うーん」
隣でけなげにさえずる三郎が疎ましいのか、雷蔵は白米を咀嚼しながら生返事。知らぬ存ぜぬとでも言った様子でテレビのチャンネルを変えている。
「最近クイズ番組ばっか流れてる気がするよね」
「うん、あれだよね、クイズペンタゴンが視聴率取ったから」
「もういい加減飽きるよね」
「そうね。ねえ、雷蔵、沖縄とか、言ってみたいと思わない。俺さあ、今日すごい格安ツアー見つけてね、」
ほら、ほら、と勢い込んでパンフレットを見せつけるも、雷蔵はそれを受け取ると眼も通さずにダイニングテーブルにぱさりと置く。
「三郎もう家帰ったら?」
三郎の家は隣だ。三郎の両親は共働きだから、晩ご飯はいつも雷蔵のところへ食べにくるのだった。
「何でそんなひどいこというの。俺としゃべるの嫌なの」
「女々しいこといわないでよ、気持ち悪いなあ」
「雷蔵の嫌いなところがあったら俺直すからあ!嫌いにならないで」
雷蔵はため息をついてソファに倒れこむ。頭が、隣に座る三郎の腿のあたりに落ちた。その愛おしい重みを、三郎はゆっくりと指で触れる。わっさりとふくらみのあるヘアを指で梳いた。
「あーあ、私じゃない誰かになりたいなあ!」
雷蔵が吐き捨てるように言う。三郎は雷蔵の髪を撫でて機嫌がいいのか、うっとりしながら問うた。
「なんかあったの」
「なんもないよ。なんもないからじゃん」
「俺、そういう雷蔵のこと好きだよ。だから気にしなくていいじゃん」
「三郎さあ、いい加減あたし離れしたら?」
雷蔵がくるりと上を向いた。見下ろす三郎と眼が合った。三郎はぱちくりと大きな瞳をしきりに瞬かせている。雷蔵が三郎の鼻をつまむ。
「めちゃくちゃもててるくせに。いつまで雷蔵雷蔵って言ってるの。あたししってるんだからね、この間、3組の超美人のミユキちゃんに告白されたでしょう。一緒に日曜日デートしよって言ったら、日曜は雷蔵の誕生日だから駄目だって言ったんでしょ。ばっかじゃないの、あたしの誕生日なんかほっときゃいいじゃん。告白断るダシにあたしを利用しないでよね」
「なんで雷蔵がンなこと知ってるの。森下ミユキがわざわざ言いにきたの」
「真相を確かめに来ただけでしょ」
「何だあの女、うぜえな」
三郎がぎりりと歯軋りする。急に視線が鋭くなって、雷蔵は呆れて三郎の頬を叩いた。
「そんなことぐらいで怒るなよ。ミユキちゃんは三郎が本気で好きなんだから仕方ないじゃん」
「だって森下のせいで雷蔵が嫌な思いしたじゃん」
「嫌な思いってほどでもないってば」
雷蔵はむくりと起き上がると、「お風呂入ってくる、」と言い捨てて、下のスウェットを脱ぎ捨ててTシャツ一枚ですたすたと風呂場まで行ってしまった。雷蔵の投げ捨てたスウェットを頭から被った三郎は真っ赤になってそれを畳んで風呂場までもって行った。
「雷蔵、人前であんなかっこうするな!ばか!」
「三郎だから平気じゃん」
「俺だとなんで平気なんだ!」
「だって三郎じゃん」
からからと笑い声が聞こえて、三郎はもう一度「馬鹿!」と怒鳴って脱衣所から出て行った。
 
 
「三郎知ってる、いとこ同士って結婚できるんだって」
最初に言ったのはむしろ雷蔵のほうからだったのだ。三郎はそのとき、雷蔵の隣で扇風機に当たってタオルケットを被ってうとうとしていた。昼寝の時間が雷蔵は大嫌いで、なんとか三郎に喋りかけては彼が寝てしまうのを防いで、暇をつぶそうとしていた。
「ふうん。じゃあ僕たち結婚するの」
「結婚って、一緒に住むことでしょ。今とそんなに変わらないよねえ」
「僕たちいっつも一緒だもんね」
「三郎ぼくと結婚したい?」
「どっちでもいい。雷ちゃんは?」
「ぼくもどっちでもいい」
雷蔵が中学のセーラー服を着たとき、三郎は似合うよと最後まで言わなかった。似合うと思ったけれど、絶対に言わなかった。三郎は不機嫌だった。中学三年生になって雷蔵が、スカートの丈を詰めたいといったときも、頭の隅ではそんものどうだっていいとわかっていながらも、自分でもおかしなくらい必死になって反対した。膝上は校則違反じゃん、だいたい、雷蔵に短い丈なんか似合わないよ!三郎は雷蔵が女の子らしく、綺麗に、可愛くなっていくことに関してはなんでも反対した。理由は自分でもわからなかった。ただ、無性にもやもやして胸が詰まって駄目なのだ。雷蔵の友達とは三郎も何とか友達になろうとした。何人かは三郎に惚れてしまって、関係が崩れて、ひどく泥沼になってしまった。うまくいったのは久々知と竹谷ぐらいだった。
雷蔵は成長するにつれて、少しずつ、三郎を疎ましげに扱うようになっていった。一方で、三郎のほうは、成長するごとにどんどんべたべたと雷蔵に構うようになっていた。

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