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よいこわるいこふつうのこ

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あいにいくよ

12 扇風機(喜三太女体化)


足柄山はいつも湿った緑の匂いがする。年中雨でも降っているみたいだ。それとも、喜三太が身を寄せるリリイばあちゃんの家が山の麓に在るからだろうか。庭の土もいつも湿って黒々している。喜三太は雨の降ったあとのような湿った匂いは好きだから、足柄山は大好きだ。
喜三太は夏休みの間ずっと、暇さえあれば縁側に出てごろごろ寝そべっていた。ばあちゃんはクーラーが苦手だから、ばあちゃんの家には扇風機しかない。首をうなだらせて首振りのボタンを押すと、縁側に当たるように設置して喜三太はそこで本を読んだり宿題をしたり携帯で友達と喋ったりした。ばあちゃんちの庭は、そんなに広くはなかったが、紫陽花の垣根とか背の低い青苔だらけの石灯籠とか小さな蓮が浮かせてある手水鉢とか、植え込みの八手と熊笹とか、見るべきものがたくさんあって一日中眺めていても飽きないのだった。喜三太は大切な蛞蝓も、帰郷とともにその庭へ放った。蛞蝓たちは、好きな時間にちゃんと喜三太に会いに来るから、喜三太も別段寂しくはなかった。
夏休みも一週間を過ぎた頃、金吾から暑中見舞いが来た。朝顔の絵が書かれている葉書で、几帳面な筆ペン字で、暑中お見舞い申し上げます、とあった。そうしてその横にブルーグレーのインクで、暑いですがお元気ですか、食中りなど起こさぬようにお気をつけくださいと書かれていた。現役高校生が同級生に送る手紙ではないと思ったけれど、リリイばあちゃんはこの手紙の主をたいそう気に入って、今時なかなかいない礼儀正しい良い子じゃと褒めた。
喜三太は縁側に寝転がったまま、金吾からの葉書の字を人差し指でなんどかなぞって遊んでいたが、それに飽きると、身体を起こしてワンピースを脱いだ。リリイばあちゃんの手作りのワンピースは、もともと母のお古で、綿で出来ていて着心地はいいけれど、柄が古い。喜三太は部屋の置くの箪笥から白いレースのワンピースを掻き出すと、それに着替えた。それから、白い手編みレースの帽子を被って、学園にいるときに兵太夫に選んでもらって買った、フラットシューズを履いた。玄関で鞄の中身を確認していたら、勝手の裏口で漬物を漬けていたリリイが「どこぞへいくのか」と間伸びた声を出した。
「散歩行って来まーす」
「喜三太ひとりか。女がひとりでぶらぶらうろついたらあかん、錫高野の倅に付き添ってもらえ」
「与四郎先輩は忙しいからそんなことで声かけたら駄目だよ、おばあちゃん」
「そんなことじゃなかろがな。与四郎は将来のお前の旦那さまじゃ」
「だからあ、与四郎先輩の気持ちを無視してそういうこと勝手に決めたら駄目でしょ!」
喜三太はそう言葉を放ると、これ以上干渉されないうちに玄関を駆け出た。
錫高野与四郎は、喜三太の幼馴染のお兄ちゃんだ。遠縁でもあるらしく、リリイばあちゃんは勝手に、喜三太の許婚にすると言い張っている。喜三太のほうは、子どもの頃は本気でそう思っていたものだったが、今はもうばあちゃんがそれを言い出すたびに眉をしかめる。もう彼女のひとりやふたりいてもおかしくない与四郎が、この虚言のせいでどんな迷惑を被ってしまうかもしれないと気が気ではない。
それに、喜三太にも与四郎とどうこうする気持ちはあまりなかった。いい先輩だし優しいお兄ちゃんだ。結構かっこいい部類に入る人なんだってことも最近わかってきた。だけど、喜三太には愛だとか恋だとかそういうことがよくわからない。みんなで仲良く出来たらそれが一番いいと思う。
(無理に一番を決めなきゃいけないのかなあ?)
家からバス停までは大きなゆるい坂になっている。夕焼けだんだんと呼ばれていて、ここからの夕日の眺めはとても美しい。バス停に近づくにつれて山陰から日向に出る。日に当たって白っぽくなった道を、喜三太はてこてこと駆けてゆく。
バス停で与四郎に会った。与四郎は単語帳を熱心に捲っていたけれど、喜三太を見つけるとそれを閉じて鞄の中にしまった。与四郎は街へ行くバスを待っているのだろう。大学進学のために街の大きな塾に通っていると聞いた。
「喜三太、どっがいくべか」
「うん。先輩は塾ですか」
「おう」
与四郎は喜三太といるときはいつも、何かとてもうまいものを食ったときみたいな満面の笑みをして、彼女をいとおしんでくれる。
「ひとりでいくべか」
「うん。ひとりで平気」
「気ィつけてけ」
「うん」
街行きのバスが来た。与四郎はベンチから立ち上がる気配を見せない。「先輩、バス来たよ」と喜三太が教えると、いいんだ、と一言言った。
「せっかくこうしておめと話す機会持ててんだあ、なしてバスなんか乗れっかよお。な、」
「うん」
喜三太はいつごろからか、与四郎と話しているととても胸が痛くなるようになっていた。心臓を丸ごとソーダ水に突っ込んだみたいに、なにかがぱちぱち弾けて、それが心臓を刺激して痛いのだ。でもそれは、悪いものでもないらしくて、与四郎と長い間会っていないと、そのぱちぱちがとても恋しくなったりするのだった。ぎゅう、と与四郎の腕を掴んだら、それは太くてとても熱かった。は組の誰もこんな腕は持っていない。
与四郎の腕をさわさわと撫で擦っていると、与四郎が、困ったような笑みを浮かべて喜三太の名を呼んだ。
「喜三太、あんな、そういうことしたらなんねぞ」
喜三太は言われた意味が良くわからなくて、ぼんやりと与四郎を見上げた。与四郎は柔らかい笑みで、左手で優しく喜三太の指を右腕から外していった。
「どうしてだめなの」
甘えるみたいな声が出てしまった。学校に入ってからは、ちゃんと敬語を使って先輩後輩の境界線をしっかりと守っていたのに。与四郎は、喜三太が駄々をこねていると思ったらしい。柔らかな声で、
「今だけな」
と囁くようにいった。そういえば、与四郎は昔はよく喜三太をだっこしていいこいいこしてくれたのに、今じゃ全然触れてもくれない。もっと触れて欲しいのに。喜三太は拗ねたような顔をして、与四郎の指の股を撫でた。
「喜三太、がっこ楽しいかあ」
「うん」
「よがったな」
「うん」
それから、喜三太の乗るバスが来た。喜三太が立ち上がると、もういちど「気ィつけろ」といって、それからさっさと運転手にバス賃を払ってしまった。バスが発車してから、喜三太は与四郎が、喜三太の乗るバスが来るまで一緒に待っていてくれたことに気がついた。慌てて窓から振り返ったら、バス停で、与四郎は街行きのバスを待ってひとり単語帳を捲っていた。
バスがついた頃にはもうすっかり空は夕に焼けていた。真っ赤な街の中を喜三太は歩いた。駅から出て、地図を昔の記憶を頼りに迷い迷い歩いた。住宅地の一角でこのあたりのはずだけど、と、きょろきょろあたりを見渡していると、
「喜三太!」と驚いたような声が背後でした。振り返ったら、金吾が立っていた。胴着姿で竹刀を入れた袋を担いでいた。練習の帰りだったらしい。
「どうしたの、こんなところで」
「会いに来た」
「え、誰に」
「金吾」
「ひとりで来たの」
「ひとりじゃないと駄目だと思ったから。・・・暑中お見舞いありがとう。読んでたら、会いたくなったから、会おうと思ってきたの」
「喜三太」
金吾は名前を読んで、でもそのあとは言葉を忘れたみたいに立ち尽くしていた。だんだんとあたりが暗くなっていったので、金吾は慌てて、「えっと、うちに上がっていって」と言ったけれど、喜三太は首を横に振って「帰る」と言った。
「ばあちゃんに黙って出てきちゃったから」
「え、ご家族の方に断ってこなかったの?」
「なんとなく言いたくなかったから。金吾、会えてよかった。ばいばい」
喜三太が笑顔で手を振った。喜三太はいつまでも言動が幼い。そんな女の子を衝動で抱きしめたりなんかしちゃだめだと金吾は思ったけれど、でも、触れたくて仕方がなかった。喜三太を思い切り抱きしめて自分のものにしてしまいたいと思った。
「喜三太、あの、暑中見舞いにさ、ほんとは、夏休みさみしいねって、書きたかったんだ。会いたいねって。会いに来てくれて、ありがとう」
喜三太はにっこり笑って、「私たち、おんなじこと考えてたんだね。嬉しいね」と言った。そうして、金吾と一緒にバス停でバスを待って、それに乗って帰っていった。バスに乗り込む喜三太の手を握って、握ってしまってから、金吾は、少し顔を赤くした。
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
「また夏休み明けにね」
「うん」
喜三太を乗せたバスが行ってしまってから、金吾は大声で何かをわめきたい気持ちになって、でも何を口にしたらいいのかわからなくて、とにかく走り回りたくて、飛び上がりたくて、弾けそうな思いをどう消化したらいいかわからなくて、走って家まで帰った。
火照った頬に当たる宵風がさやさやと気持ちよかった。
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