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いつか忘れてしまう

09 部活(三治郎女体化


お母さんは私にピアノとか、お習字とか、お料理とか、お裁縫とか、女の子らしいことをいっぱいやらせたがった。私は本当は、スポーツ観戦とか、男の子と一緒に外で動き回ることが大好きで、特に野球なんて見るのもやるのも大好きだ。だけど私が泥だらけになって帰ってくるとお母さんはいい顔をしないので、私は大人しくスカートをはいてピアノレッスンに通っておく。
小学校の頃、強い少年野球チームがあるというんで、自分で何度も頭を下げて入団をお願いして、入れてもらった。虎若とはそこで知り合った。お母さんは女の子がそんな、と卒倒しそうになっていたけれど、私にとってはいい思い出だ。お前は筋があるよと監督(虎若のお父さん)がことあるごとにまじめな顔で褒めてくれた。筋があってもそれを発揮する機会は、女の私にはもちろん与えられていないんだけれど、それでもどんなにか嬉しかった。炎天下の中筋トレのためにグラウンドを何十週も走らされ、背中で「おら、どうした、速度下がってるぞ!」なんて挑発されるのも、お母さんは児童虐待みたいとか野蛮で嫌とか言っていたけれど、私にとっては本当に楽しい思い出だ。
学校の部活は吹奏楽に入った。真夏の音楽室は窓を開け放っても茹った温泉に浸かっているようで地獄だった。グラウンドでは高い音を立てて毎日野球部が練習している。それを窓から見下ろしながら、私は、いいなあって思う。どうして同じ練習でも、炎天下での野球は楽しそうで、室内で楽器吹いているのをこんなに退屈に思っちゃうんだろう。
帰りにグラウンドの脇に立ってぼんやりと野球部の練習を見ていた。中休みになって、気づいた虎若が駆け寄ってきた。
「三治郎!どうしたの、部活?」
「うん」
「吹奏楽だったよね。練習はどう」
「うん、まあまあ」
楽しいっていえばよかったのに、野球部を前にして(野球やりたい)って気持ちが前に出ちゃって、どうしてもその一言が出てこなかった。虎若は眉をハの字にして、ちょっと困ったみたいな顔をした。野球をやりたくても出来ない私の気持ちを慮ってくれているのだろう。虎ちゃんは優しくっていい男だ。
「楽しいよ」
と私は笑顔で言いなおした。
「そう、それならよかった」
虎ちゃんは生真面目に頷いた。
「少し振ってく?」
「でも、部員じゃないし」
「今中休みだし、誰が振ったっていいじゃん。な、振ってけよ!」
虎若はわざと男友達にするみたいな言葉遣いで私の背中をばしばしと叩いた。それから、制服に泥がついてしまったことを顔を真っ青にして謝った。
「いいのいいの、気にしないで」
「でも、三治郎のお母さんがまた怒るよね」
「転んだってことにしておく」
「背中から?」
「あ、」
久しぶりに握ったバットは手に良くなじんだ。気持ちのいい重さだと思った。虎若が球を投げてくれたので、思いっきりバットを振ってそれを叩いた。カーン!と気持ちのいい音がして、球は青空に吸い込まれていく。
それから、虎若の練習が終わるのを図書室で待って、一緒に帰った。
「驚いた。全然勘が鈍ってないんだね」
「内緒でバッティングセンター行ってるから」
「え、本当。俺も時々行くから、誘ってくれたらよかったのに」
「うん」
私は汗で濡れた髪を指で後ろへ流した。剥き出しになった首筋に夏風がさやぐのが気持ちよかった。虎ちゃんが、私たちが抜けたあとの少年団野球がどうなっているかとか、中学の野球部はどうだとかそんな話を一生懸命はなしてくれるのをうんうんと相槌を打ちながら聞いていたら、ふいに虎ちゃんは言葉を失ったようにぴたりと話すのをやめてしまった。
私はびっくりして、虎ちゃん、って声をかけたら虎ちゃんは、何度か瞳を瞬かせて「ごめん」と言った。なにがごめんなのか私は全然わからなくて、首を傾げたら、虎ちゃんはもういちど私に向き合って「ごめん」と頭を下げた。最初のごめんは、無意識に出てしまったみたいなぽろっと零れたようなごめんだったけれど、今度のは、ゆっくりはっきりと噛み締めるようにして言われた。
「何、なんのこと」
私は嫌な予感がした。謝られるのは、謝るのと同じくらい、勇気がいる。許すか許さないかじゃない。そんなことはもう、結論は決まっている。私が虎ちゃんに関して許さないことなんて、ひとつもない。私のなかで虎ちゃんはいつだって正しい。絶対に間違わない。
「あの、手紙の、こと」
「ああ、うん」
来たな、と私は思った。あの一件以来、伊助がすごく落ち込んでしまって、やっぱり今の虎ちゃんみたいに「ごめんね」ばかり口にするし、私のほうまで恐縮してしまって大変だった。なんだか、私わがままな恋をしてしまったみたいで申し訳ないなあと兵太夫に零したら、兵太夫だけは私のちっぽけで無意味な感傷なんか吹き飛ばすように笑って、「いいじゃん、わがままで。恋ってそういうもんでしょ」と言った。兵太夫はやっぱり強い。物事の本質を絶対に見失わない。
「俺、三治郎の気持ちに応えられない。あの、好きな子がいるんだ。俺なんか、見向きもされてないんだけど、でもどうしても好きなんだ。だから、ごめん」
「うん、わかってたからもういいよ。もちろん謝らなくてもいいし、だって、虎若が悪いわけじゃないじゃない」
「でも、」
「伊助のことが好きなんだよね」
虎若が顔を上げた。茹蛸みたいに真っ赤になってた。かわいいな、と私は思った。出来ることなら、かわいいねって言って、世界中の人に、これは私のだよー!って自慢したかった。誰のものにもしたくなかった。
「知ってたの」
「馬鹿にしないで。私がどれだけ虎ちゃんのこと見てきたと思ってるの」
虎ちゃんが誰が好きかわかるくらい、私の眼は毎日虎ちゃんのことを追ってきたのだ。虎ちゃんはほっぺたを真っ赤にして、私を見ていた。試合のあとで、激しい運動をして頬を真っ赤に上気させたまま、「勝ったね」とか「負けたね」とか言いに来てくれた。それから、手を握って、「俺たちがんばったね。次もがんばろう」といってくれた、昔の素敵な男の子のままの表情だった。
「私やっぱり男の子に生まれればよかったよ」
私は呟いてしまった。え、と虎若が不思議そうに私を見たけれど、私は言葉の意味を絶対に説明しないと思った。未練たらしいのは嫌いなのだ。せめて男の子との友達だったら親友ポジション狙えたかもしれないじゃない。なんて、思う自分はなんて負けず嫌いなのだろうとちょっと可笑しかった。
ふたりして家までの畦道をとぼとぼと帰りながら、広がる青々とした水田とか、空とか、点々と続く電信柱とかそういうものを黙ってみてた。とくに何も話さずに、でもそれは全然悪い気分じゃなくて、ふたりして並んで歩いた。それから心の中で、今まで欲しかったあれこれで、手に入ったものと、諦めてきたものを丁寧に思い出しては数えていった。
隣で虎ちゃんもおんなじように思い出を数えているなら、いい。この時間をいい思い出として、やっぱり私が女の子として生まれてしまったことを惜しむみたいにして、少しずつ受け入れていつか全部、忘れてしまうのだろう。それは、かなしいけれど、きっと仕方のないことなんだろう。瞼の奥で、大好きだったいつかの男の子が、
「次もがんばろう」って泥だらけのままほっぺを真っ赤にして、笑っている。
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