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桃の匂い

23 汗(タカ丸女体化で、優タカとも久々タカともとれぬなにか)


帰宅した途端高熱が出て寝込んでしまった。初めてですべてがわからないことだらけの生活から、とにもかくにも一時的に開放されて、緊張の糸がぷっつりと切れてしまったのだろうというのがお医者さんの見解。店に出て父さんの手伝いをすることを楽しみにしていたのに、貴重な夏休みを一日中ベッドの中で過ごすことになってしまった。
「私は今日は出張で外に出なきゃならんのだが、お前一人で平気かい」
布団を被ってめっそりとため息をつくタカ丸に、父親が声をかけた。タカ丸は布団からこっそりと顔を覗かせて、「らいじょうぶ、」とろれつの回らない口調で言った。
「熱は何度だった」
「んと、38度6分」
「高いね」
「ごめんらさい」
「別にお前が謝ることじゃあないさ」
額に乗せた氷嚢を、父親が取り替えてくれた。そこまでは覚えている。薬が効いてきたのかうとうとと白む意識の向こうで、「どうしようか」とか「やっぱりひとりは心配だな」とか呟くのに、大丈夫大丈夫と返していたような、いや、返そうとした記憶はあるけれども、果たしてちゃんと言葉になっていたかどうかは怪しい。間も無くタカ丸は寝入ってしまった。
夢を見たような気がする。初夏の頃に仲良くなった、年下の先輩の夢だ。「熱を出したって?まったくしょうがないなあ、あんたは」とちょっと面倒くさそうにため息をつく。それから、「何かして欲しいことありますか」と聞いてくれるので、タカ丸は「桃が食べたいです」と答えた。そうしたら彼はまじめな顔して桃をトラックの荷台に文字通り「山ほど」積んで運んできて、タカ丸は瞳を丸くして驚いた。久々知くんはすごくよい人だなあと思って、それを思ったまま告げたら、彼はやっぱりむすっとした表情で「病人に優しくするのは義務です」と言った。そういう夢だった。
ぱちりと目を覚ましたとき、ひどく咽喉が渇いていたので、ああ、夢の中の桃はおいしそうだったと思って思わず「桃・・・」と呟いていた。そうしたらひょっこり顔を覗き込まれたので、タカ丸は今度こそ本当にびっくりした。
「桃が食べたいの?」
「うあ!」
目の前にぬっと現れた顔は、父親じゃなかった。すごく会いたくて会いたくてたまらないけれど、こういうときに会うのはすごく複雑で緊張を強いられる男の人だった。
「ゆ、ゆ、優ちゃん!」
タカ丸が慌てて布団を頭から被ると、優作は朗らかな笑い声を上げた。
「驚かせてごめんね」
「なんでここにいるの!?」
「うん、君が熱を出しているって君のお父さんから聞いてね」
「お、お父さんが優ちゃんに電話したの!」
「うん、ほら、うち今日は定休日だから」
ちょうどよかったと優作が笑うのにタカ丸は布団から真っ赤な顔を覗かせていった。
「せっかくのお休みにごめんなさい」
「いいんだよ、そんなことは。どうせすることもないしね」
にこにこと微笑む優作は相変わらずとても優しい。タカ丸が寝ている間にいろいろと甲斐甲斐しく働いていてくれたらしい。タカ丸のベッドの横に配置されているテーブルには、ポカリスウェットだの体温計だの薬だの果物だのがきちんと用意されていて出番を待っていた。その横に、タカ丸が寝ている間暇つぶしで読んでいたらしい文庫本がおいてあった。それは。優作が学生の頃から好きだった藤沢周平で、タカ丸はやっぱり優ちゃんは優ちゃんだなあとぼんやり思う。文字を読むときだけかける眼鏡をはずして、優作は、「熱を測ろう」と体温計を渡してくれた。タカ丸はそれを受け取って布団のなかでごそごそと脇に挟む。勇作が不意にくすりと笑って、指先でタカ丸の頬に微かに触れた。
「ほっぺた真っ赤だよ」
タカ丸はそっと眼を閉じる。「帰ってきてすぐ熱が出てしまって、かわいそうだね。ゆっくりやすみなさい」と汗で濡れて額や頬にぺったりと張り付いた髪を、かき上げてくれた。頬が赤いのは、身体がカッカするのは、絶対に熱のせいだけじゃだけないと心のうちだけでタカ丸は呟く。それから、ここにいない父親に文句を言った。私、女の子なのに。女の子なのに、どうしてひとりでいるときに優ちゃんに看病を任せるの。なにかあったらって父さんは思わないの。なにかあってほしいって娘が考えたらどうするの。なにかあっても、父さんはいいの。優ちゃんなら、いいの?
こんなひどい話ってない、とタカ丸はぐったりと疲れた意識でそう考える。
高い電子音を立てて体温計が鳴った。熱は少しも下がってなかった。
「何か食べる」
「・・・何にも。食べたくない」
布団にこもったまま弱弱しくタカ丸が答えるのを聞いて、優作は気の毒そうにため息をはいた。ふうふうと息を吐くタカ丸の熱のせいで茹で上がったみたいに真っ赤だ。クーラーはつけてあるが、身体に障るといけないから高めに温度設定がしてあって、とくに涼しさが体感できるわけでもない。真夏日に布団を被って寝ていなければいけないことを考えるだけでも、可哀そうで仕方がなかった。美容師の腕だけでも十分食べていけるだけの技術を身につけたのに、いまさら新しい勉強がしたいといって、タカ丸は街を出て行ってしまった。出来は悪いけれど向上心はある妹のように、タカ丸の決心を全力で応援したい気持ちはあるけれど、こんなふうに負担が高熱となって少女を苦しめているのを見ていると、つい、「なぜ」と詮無い思いが浮かぶ。なぜ、この手から離れていこうとするの。か弱いだけの、守られるために生まれてきた雛のような子だったら、手のひらに包んでどこにもやらないのに。けれど、そんな思いも所詮は優作のわがままだ。飛び立とうとする鳥を縛り付けるような真似をしてはいけない。
またタカ丸は眠ってしまったようだった。優作は時計を見ながら、ふと先ほどの彼女の寝言を思い出す。そうか、桃。桃なら食べられるかもしれない。
タカ丸はまた夢を見た。どうしようどうしようと焦っているところを、また、久々知に出会った。「何を慌てているんですか」「優ちゃんが着てくれたのにパジャマなの!」どうしようどうしようと縋ったら、久々知はなぜだか魔法使いの格好をして、紺色のローブに樫の木の杖を振り上げて「ちちんぷいぷい」と例のぶっちょうづらで言った。そうしたらタカ丸の汗まみれのみっともないパジャマは素敵な桃色のドレスに変わったのだった。「わあ、素敵!」手を打って喜んだら、久々知は、「12時までに帰ってきてください」と真剣な顔で言った。「絶対に12時までに帰ってきてくださいね」なんだかシンデレラのような話だ。12時までに帰らなかったらどうなるのだろうとタカ丸が思ったら、久々知はちょっと悲しそうに言った。「別に、どうにもなりませんよ。俺がさみしいだけです」
起きたら優作が消えていたのでタカ丸はびっくりした。優ちゃんを見たとき、あんまりびっくりして慌ててしまったから、優ちゃんは自分はいないほうがいいと思って、帰ってしまったんだろうか。大変だ、大変だ、とタカ丸はふらふらベッドから起き上がると、階段を下りてリビングへ行った。部屋はしんと静まり返っている。空っぽの暗い部屋を見ていたら、なんだかすごく寂しくなってしまった。母さんが死んでしまったときの夜みたいだと思った。父さんはタカ丸が寝ている間に病院に行ってしまって、夜中にひとりで目が覚めたとき、怖くて怖くて寒いリビングで暖房もつけずにずっとしゃがみ込んでいた。お母さん、お父さんっていくら泣き叫んで名前を呼んでも、誰も返事をくれなかった。クリスマスの夜だった。人生のうちでサンタクロースの来なかった最初で最後の夜だった。
トイレとかお風呂とか庭とか、ふらつく身体で必死に探し回っていたら、ガチャリと玄関の音がした。タカ丸が慌てて走り寄ると、優作がスーパーの袋を提げて入ってくるところだった。
「優ちゃんどこ行ってたのお!」
と責めるように名前を呼んだら、それがあんまり涙声だったんで自分でびっくりしてしまった。優作はぎょっと驚いた表情をしたけれど、しがみ付いてくるタカ丸の身体を抱きしめてあやすように背中を叩いた。
「ごめんね、買い物に行ってた」
「起きたらいなかったから、帰っちゃったかと思った」
「携帯で確認してくれればよかったのに」
「あ」
タカ丸はごしごしと乱暴に涙をぬぐった。鼻を啜ってから、「思いつかなかった」きょとんと呟いた。
「だいぶ熱が引いたみたいだね、さっきほど身体が火照ってない」
桃をむいてあげよう、と優作が自慢げにポリ袋からまるい桃を取り出した。
「ベッドに戻って待ってておいで」
「ううん、ここにいる」
「それなら何かはおらなきゃ駄目だよ」
優作はきょろきょろとあたりを見遣って、ダイニングチェアにかけてあるタカ丸のカーディガンを手渡した。それをいそいそと着込んで、キッチンで優作が桃をむいてくれるのを、タカ丸はじいっと見ていた。男っぽい節くれだった指に桃の汁が滴って落ちる。パジャマだし、髪はぼさぼさだし、病み明けで顔色はよくないし、とんでもないところを大好きな人に見られてちょっと散々だったなと思う。優作に看病されるのは、初めてでもないのに。手慰みに寝乱れた髪を手櫛で整えながら、タカ丸は桃のむけるのをじっと待った。
「また夏休み明けにね」って挨拶したときの久々知の笑顔とも哀しみともつかないなんともいえない表情を思い出しながら、大人になると、どんどんうまく言葉に出来ない想いが増えていくんだなあと思いながら、じっと。
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