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よいこわるいこふつうのこ

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しあわせのはな

伊助は幸せにならないと駄目だ。


学級委員長委員会で遠征に行った帰りに摘んできたのだと言って、庄左ヱ門からなんの気なしに手渡された花を、伊助はことのほか喜んで、小さな壺に活けて机の上に飾った。文机の上で紫色に存在を主張するその小さな花は、確かにかわいらしかったが、庄左ヱ門は少々ばつの悪い思いを味わった。なぜならそれは、本来美しさを愛でられるための花ではなかったからだ。本来は、腹痛の薬なのだ。茎を煎じて飲むと、苦いがよく効く。最近腹痛に悩まされているということをきいた庄左ヱ門は、薬のつもりでそれを摘んできたのだった。
だから、伊助が嬉しそうにその花を眺めているのを見るたびに、自分の気のきかなさを思って情けなくなってくるのだった。そうなのか、伊助は花が欲しかったのか。そんな小さな花をそんなに喜ぶなんてなんだか悪いことをした。わかっていたなら、もっと派手で、本当に綺麗な愛でられるために咲いた花を採ってきたのに。
よくよく見ないと花なのかつぼみなのかもわからないような、小指の先ほどの小さな小さな花を、あんなに嬉しそうに眺めたりして。
「庄ちゃん、この花きれいだねえ」
「あ、そ、そうかな」
「わざわざ摘んできてくれてありがとうね」
「いや~・・・あははっ。伊助が気に入ってくれて何よりだよ」
庄左ヱ門は苦しい笑みを浮かべながら、今更、それは腹痛の薬なんだよとは言えず、苦しげな笑みを浮かべて、知らないふりを突き通すことに決めた。僕は、この花がきれいだから摘んできたのだ。僕もこれが腹痛の薬だなんて知らなかった。よし、これで行こう!
「庄ちゃん、この花なんていうのかな」
「さあ~・・・?」
「庄ちゃんでも知らないものがあるんだねえ」
伊助はびっくりしたように庄左ヱ門を見つめた。庄左ヱ門は少しむっとしたように、僕だって知らないものぐらいあるよ、と窘めた。
「ごめん。でもさ、庄ちゃんなら、知らないまま渡すんじゃなくて、名前を調べてから渡してくれそうだなって思ってたから」
さすが伊助だ。庄左ヱ門は内心で唸る。確かに、はじめから”花”として手渡すつもりだったなら、ちゃんとその正体を明らかにしてから渡したろう。
「じゃあ、僕で調べてみるね」
「えっ、」
庄左ヱ門は目を丸くした。そして、慌てた声を出した。
「いや、やめなよ。いいよ、知らないままでいいよ」
「え?」
「いや、あの、名前がわからないままってほうが、その、神秘的な感じがしていいかなって思うんだ・・・!」
「そうかな」
「そ、そうだよ!」
「そうかもね」
「そうそう、そうだってば、絶対!」
庄左ヱ門はぎこちない笑みでなんども言葉を繰り返した。僕は馬鹿だ、と内心で何度も何度も繰り返し己を罵りながら。
ところがその三日後ぐらいに、伊助の机の上から花は姿を消してしまった。
庄左ヱ門が行方を尋ねると、伊助は、申し訳なさそうに、
「ああ、あのね、あれ枯れちゃったんだ。ごめんね」
と謝った。庄左ヱ門は「そっか。残念だったね。でも、伊助のせいじゃないよ」と声をかけながら、腑に落ちない思いを抱いていた。あの植物は生命力が強くて、水をやっている限りはそう簡単に枯れるようなものでもないのだ。扱いが悪くったって、二週間はゆうに生きている。そんな花が、あの気遣い屋の伊助のもとで一週間も経たずに枯れるものだろうか。
庄左ヱ門はつい不思議がって、
「でもおかしいなあ。あの花はね、毒消しの万能薬で、保存が利くんだよ。何をしないでも長い間生きたままだから、生薬としてもとても便利でね」
「そうなんだ」
「うん。今度は、もっと長生きする花を探してもってくるからね」
「ありがとう庄ちゃん」
伊助はとても嬉しそうに微笑んでくれたものだから、庄左ヱ門は自分の嘘を自分で明かしてしまったことに気付かないままだった。
夜になってしんべヱが食べ過ぎから来る腹痛に襲われた。一年の長屋がどたばたと大騒ぎするなか、伊助は自分の引き出しから、煎った状態の植物を取り出した。
「僕、これ刻んでくる。庄ちゃん、お茶沸かしといてくれる!?」
「うん」
庄左ヱ門は、その茎が、自分がもってきたあの植物だと気付いていた。なぜあれが、煎った状態で伊助のもとにあるのだろう。しんべヱは、それを飲んでまもなく回復した。伊助はほっとした様子で、「あれって、ほんとに腹痛によく効くんだねえ」と笑顔で庄左ヱ門に話しかけた。庄左ヱ門が不可解な表情で、いつから知っていたのかと問うと、伊助は、「もらった次の日から」とはにかんだように笑った。
「庄ちゃんから花をもらえて嬉しくって、その日のうちに調べたんだ。そしたら、図書館にたまたま善法寺先輩がいてね、それは観賞用の花じゃないよって教えてくれたんだよ。本当は腹痛に効くんだってね。庄ちゃんほんとは知ってたんでしょ?僕、なんだか気を遣わせちゃったみたいでごめんね」
「あ、いや・・・」
「庄ちゃん、僕の腹痛を気にかけててくれたんだ。うれしいな、ありがとうね」
「あ、ううん。今度また、摘んでくるよ。腹痛に効く植物も、見て楽しいきれいな花も」
「うん、ありがと」
伊助はにっこりと美しく微笑んだ。庄左ヱ門は、かなわないなあと思った。たぶん、僕は、このこには一生敵わないんだろうな。だけど、そういう相手を得るってとっても幸せなことだってじいちゃんから聞いたことがある。僕幸せものだなあ、と思って、庄左ヱ門も同じように美しく微笑った。

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一番綺麗な水③

富松作兵衛は豪快に落ちてくる滝に全身を打たせながら、もう一刻ほども岩の上から動かない。水浴びにはまだ早すぎる早春に、平然と褌ひとつで座禅を組んでいる。苦悶に満ちているのは表情で、眉間の辺りにぎゅっと皺が寄り、ひどく何かに苦悩している様子である。しかしそれは、水の冷たさが原因ではない。彼は、彼の精神と闘っているのだ。
「ちくしょ~・・・なんだってこんなことに」
両手で印を結びながら、ぶつぶつと作兵衛は何ごとかを呟いている。
「やべえぞ~。こりゃ本格的にやべえ事態になっちまった~。どうする俺、どうするよ!?」
冷たい滝の水は、彼を責め立てるように殴りつけてくる。その痛さが、今の作兵衛には救いだった。もともと彼の弱点は、その思いこみの激しさにある。戦場にあって、被害妄想にも近い思いこみは、冷静な判断を遠ざけ、勝てるものを勝てなくさせる。作兵衛はなんとしてでもこの戦を勝利に持って行かなくてはならい。ともすれば弱気になる思考を、滝が叩き直してくれるのはありがたかった。
しかし、それにしても、
「やべえ~」
状況である。
滝のすぐ脇の林が、ざわりと揺れた。作兵衛は静かに目を開く。それを合図にして、囁くような声が聞こえた。
「イヌイ、ただいま帰りましてございまする」
「おう。それで、村の動きはどうだった」
「竹谷一族と、蠱遣いの村は手を組みました」
「やっぱりな。それで、次はどう出る」
「次攻められるまでは動かずを守るようにござりまする」
「さすが、ふたりだ。賢明な判断だな。で、食満先ぱ・・・頭領のご判断は?」
「明日後蠱遣いの村を焼けとのご指示にござります」
作兵衛は慌てて立ち上がった。目を見開いて林を見た。よもや、よもやと思っていたが!
「そりゃマジか!?」
思わず叫ぶが、返事はない。返事がないのが肯定の証だ。作兵衛はその場で地団駄を踏んだ。
「先輩駄目だ!!」
作兵衛のいる場所が、食満のいる城から遠く離れていることも忘れて、作兵衛は声を張り上げた。どうしようもないことを強請る、頑是無い子どもの気分だった。
「駄目だ、先輩!戦になるッ!!戦になったら、あんたか孫兵たちの、どっちかが死んじまうだぞッッ!!!」


心労がかさんで疲れているのだろう。村に身を置いて3日ほど経ったある日、とうとう竹谷は熱を出して床に伏してしまった。次に向こうが手を出してくるまでは、こちらからは何もしないというのは、竹谷の判断だった。孫兵は、竹谷の案を聞くと、「従います」とだけ言った。
「戦にはしたくない」
竹谷は天井を見つめて言った。熱で瞳がきらきらと潤んでいる。頬が真っ赤に染まって、ふだんよりよほど女じみているのがおかしかった。孫兵は手ずから濡れ布巾を絞って、竹谷の額にのせた。
「戦にすれば、圧倒的にこちらの分が悪い。こちらの兵力はわずかすぎる」
「正攻法でぶつかり合えばまず勝ち目はありません。あちらの攻撃に耐えつつ、裏で交渉を勧めて和平にもってゆくのが一番でしょう」
「ああ、その通りだ・・・」
竹谷は息を吐くように頷き、それから、気弱げに「和平交渉か」と呟いた。
「そんなことが可能だろうか」
それは独り言のように聞こえた。孫兵はどう答えるべきか思案して、ふと、屋敷から庭を見た。竹谷の心をなぐさめる為に開かれた障子からは、美しい自然の風景が見えている。早咲きの花に、ふわふわと羽化したての蝶が舞う。ときどき、具合を伺うように部屋に入ってきては、竹谷の指先や、孫兵の肩の辺りを飛び回るのだった。庭の隅では、どこからやってきたのだか、猪や猿や野犬が、じっと部屋の守りをするように目を閉じて丸くなっているのだった。おそらくは、竹谷を見えざる敵から守ろうとしているのだろう。虫たちや動物たちに見守られたこの部屋の中で、ふたりの人間が静かに会話しているのは、あまりに神秘的で、あまりに自然で、どこか儚げな光景だった。
「先輩の一族も、僕の村も、特定の主をもっているわけではない。雇われればどこにだって味方する。それを、殲滅させようというのは、どうにも解せぬことです。要求をつっぱねて腹が立ったとはいえ、それだけで戦を仕掛けてくるにはあまりに傲慢で、リスクの高い出方だと思います。とうてい、我らの力を必要としている諸侯も黙っておりますまいに」
「俺が悪いんだ」
竹谷は苦しそうに眉をひそめた。ふっ、と息を吐いて目を閉じる。孫兵の視線を怖がってでもいるかのようだった。
「あちらの抱える忍者隊の首領が誰かはお前も知っているだろう」
「食満留三郎」
「その通り。・・・俺は、食満殿の謀反に協力しようとした」
孫兵は、目を細めてつい、と顔を背けた。責める視線になりそうなのを、竹谷から反らした。恋情故にとでも言うのか、馬鹿なことを。内心で責めた。
「が、結果は失敗。俺は食満殿の謀反計画の罪を被り、彼をたぶらかした危険な女として、こうして村を焼かれた」
「それで、その人は今どうしているんです」
「おそらく・・・忍者隊に戻っていると思う。謀反の意がなかったことを見せるためには、大人しく命を聞いて俺の村を焼くしかあるまい」
孫兵は黙って立ち上がった。竹谷は出て行くのかと思ったが、彼は障子を閉めると、また竹谷のほうへ戻ってきて腰を下ろした。
「あなたは馬鹿です」
まっすぐな視線が竹谷を見ていた。そこからは、あいかわずなんの感情も読み取れはしなかった。ただ、美しい純度の高い琥珀の瞳が、竹谷を映している。吸い込まれそうとはこういう気持ちかと、竹谷は思った。我が身の恥とでも言うべき話をしているのに、不思議と目が離せなかった。
「孫兵」
竹谷の瞳が不意に揺れた。彼女も与り知らぬところで、勝手に涙がこぼれた。
「孫兵、」
何かを言うべきだと思ったが、何を言うべきなのかさっぱりわからなかった。おずおずと伸ばした手を、孫兵の白い血色の悪いような腕が取った。その腕はひやりと冷たく、竹谷は驚いて、少し目を見張った。ぽろ、とたまっていた涙がこぼれ落ちた。
「孫兵、情けないのを承知で頼む。俺の村を助けてくれ」
開いた唇はみっともなく震えて、頼りない声でようやく縋った。孫兵は竹谷の涙を指で拭うと、そのままその唇をそっと吸った。竹谷のまんまるに見開いた瞳に、自分の姿だけが映っているのを見て口元に笑みを刷いた。
「先輩、僕はあなたを見放したりしません。あなたのことは僕が守る」
「・・・孫、兵・・・?」
「僕はあなたと結婚しないといったけれど、それはあなたのことが嫌いだからではない。他に好きな女がいるからでもない」
孫兵がまっすぐ竹谷を見ている。竹谷は息を呑んだ。
「あなたが好きだからです」
孫兵はにっこりと微笑みを浮かべる。学園にいたころから、虫以外には竹谷ぐらいにしか満面の笑みを浮かべない孫兵だった。
「あなたが好きです」
竹谷の顔が真っ赤に染まり、それから、蒼くなった。
耳元で、いつかの食満の声がしている。
(・・・ハチ、必ず迎えに行く)
少し先になるかもしれない。だが、必ず迎えに行く。
竹谷は、声の出し方も忘れて、ただただ目の前の愛に戦くように身体を震わせていた。


なんだかメロドラマ。

一番綺麗な水②


男が男に襲われているのを、惚れた女性に見られるほど屈辱的なことって他にあるだろうか。
僕はその時、絶対死のう、と思った。死ぬ以外に道はないとさえ思った。男に無理矢理のしかかられて乱暴を働かれんとするのは・・・まだ、いい。そんなものは犬にでも噛まれそうになったと思えばそれで終わることだ。大変矜持を傷つけられることではあるけれども、回復の方法がないわけではない。例えば相手を殺してやるとか。三倍の恥辱を味わわせることで後悔させてやるとか。
閉鎖空間に若い男が押し込められている忍術学園では、時々そういう男同士の性的な悲劇が起こる。中にはショックを受けて学園を辞めるものまで出るというが、僕はそこまでの気持ちにはなれない。第一、最後まで手を出させてしまったのなら、それは自分の弱さが原因であろうし、そもそもこんなくだらないことにまともにショックを受けるのがもったいない。
だから僕は、そいつに薬を盛られて押し倒されたときだって、それほどの動揺は受けなかったし、どうやってこの場を逃げようかとかこの薬はいつまで効くんだとか、こいつにどうやって仕返しをしてやったらいいだろうかとか、そういうことを冷えた頭で考えていた。
だけど、誰も訪れないはずの納屋の扉があいて、呆然とした顔で僕を見つめる竹谷先輩を見てしまったとき、僕は逆上した。死ぬしかない、ひどい恥辱を受けた、と頭が真っ白になり、それから全身が熱くなり、勝手に涙がこぼれた。僕がぽろぽろ泣き出したのを見て、先輩はようやく我に返ったようで、僕にのしかかる男の後頭部に手刀をくれてやって、僕を助け出してくれた。
僕を抱きかかえてくれた先輩は、身体が弛緩している所為で声も出せずただ泣いている僕を、少し困ったように見遣ってから、ぎゅっと抱きしめた。先輩からは、よく晴れた日のあおい草いきれの匂いがした。
「よしよし、怖かったよな」
幼い子どもに言い聞かせるみたいな先輩の言葉がおかしかった。薬で麻痺していなかったら、きっと笑ってしまっていたと思う。先輩は僕を抱きしめながら、
「こんなことする奴は最低だよ」
と呟いた。たとえ極悪人であっても、滅多に人を悪くいわない先輩だったので、意外に覚えてよく覚えている。その時僕は、先輩はとても潔癖な人なのだと知った。
「こんな汚らわしいこと、」
と憤ったまま呟く先輩の、その美しい張りつめた瞳。ああ、先輩は、こんな場所にあっても心の中に汚いものをすまわせることはないのだなあ。僕はその時、この人は、この世の中で一番綺麗な人だと思った。
僕はこの人が好きだ。


先輩は、僕の言葉を聞いて驚いたみたいに目を丸くした。先輩の瞳は、赤茶色をしている。それが光に透けてきらきらして綺麗だった。僕は、もう一度言葉を繰り返した。
「僕は先輩とは結婚しません」
先輩は、喉を引きつらせて、ハッ、と息を吐いた。長くしなやかな指が、僕の裾をすがりつくみたいに握りしめた。
「そんなの困る」
「先輩、」
僕はなだめるように先輩の手の甲に僕の手を重ねた。けれど先輩は、思い詰めたように僕を見つめる。
「お願いだ、孫兵。かたちばかりでいい。お前に好いた女がいるなら、この一件が片付けば俺はどうにでもなろう。孫兵、お前しかいないんだ。俺の村を救うと思って、な、どうか頼む。正直、今回の件は俺の力だけじゃどうにもならん。だが、このまま村が消えていくのだけは阻止していかなければならん。お前も、当主の息子ならわかるだろう。な、頼む。この通りだ。俺と結婚しておくれ」
先輩は両手をついて、額を床に押しつけて懇願した。僕はそれを見たくなくて、慌てて先輩の横に移動して、先輩の腕をとった。
「先輩、落ち着いて。大丈夫です。僕はあなたを突き放したりしない。僕の村は総勢であなたを助ける。僕がいいたいのは、つまり、あなたは僕と結婚なんかしなくてもいいということなんです。僕の村は昔からあなた方の村と深い関わりがあった。同盟をするのに、今更証が要りますか。もうしそうでも、先輩、あなたがそんなことをしなくてもいい。僕の身内を人質としてそちらに渡しましょうか。それとも、僕の村の秘伝の巻物をあなたにお見せしようか。他に方法なら幾らでもある。あなたが悲しむ方法で、僕は同盟を結びたくないんです」
先輩の思い詰めたような瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。僕は満足だった。
「先輩、大変でしたね。もう大丈夫ですよ。先輩はひとりではないですからね」
「まごへ・・・」
「先輩が悲しそうだと僕まで泣きそうになる。笑ってください」
「ばか、これは、うれし涙だ」
先輩は慌てて鼻をすすって、強く目を擦った。顔の辺りが真っ赤になって、かわいらしかった。僕は満足だった。そう、先輩が僕のお嫁さんにならなくても。こんな方法で先輩が僕のものになっても、僕は何も嬉しくない。先輩は顔を真っ赤にして、僕に笑ってくれた。
「ああよかった、孫兵、ありがとう。なんだか急に心配事が無くなったような心地だ。俺の村はたぶん、大丈夫な気がする」
「気がするんじゃなくて、大丈夫なんですよ」
「ありがとう孫兵」
僕も微笑む。先輩はやっぱり綺麗だ、と思いながら。


おばばに同盟を組んだことを報告しようと廊下を行くと、渡りのところで、おばばの侍女のあやめが僕を待ちかまえていた。僕に向かって膝をつく。あやめは口がきけないが、そのかわり記憶力がとてもいい。一度見たもの、聞いたものを生涯忘れない。
「あやめ、お前聞いていたな」
あやめはこっくりと頷いた。
「なら話は早い。そういうことになった。あやめ、お前、僕の頼みを聞いてくれるかい」
あやめはまたこくりと頷く。はじめから、僕のお遣い用にばば様が寄越してくれたのだろう。ばば様は”遠耳”の持ち主だから、わざわざあやめを寄越さなくても、別の部屋からだって僕たちのやりとりは聞けたはずだった。
「人を探して欲しいんだ」
あやめは黙って僕の言葉を待っている。
僕は笑いそうになるのを噛み殺しながら言葉を継ぐ。僕はいつだって、先輩のことが一番大切だ。先輩はいつまでも綺麗で気高くあらなければならない。僕が先輩を汚すなんてもってのほかだし、他の男だってそうだ。
「とても重要な事だから、内密に。応援を使ってもいい。だけど、先輩にだけは知られてはいけない。食満留三郎という男を捜し出して欲しい。見つけたら、足のつかないように殺せ」


孫兵悪役でもいいじゃなーい!

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ32

32.性悪女たち

ふたりはぼんやりと町を隔てている川にかかる橋の欄干に腰掛けている。むやみやたらと動き回るより、いっそじっと待っていたほうがよかろうというのは、滝夜叉丸の提案だった。彼は藤色の女装束の裾の辺りを女の仕草で弄くりながら、ジッと前を見つめている。だてに成績優秀なだけあって、こういう事態でも、小憎たらしいほど冷静だった。三木ヱ門のほうは、タカ丸についての報を聞いてからずっとそわそわを気急いでいて、平生でいられない。今も、気がつくと無意識に爪を噛み、脚を男仕草で大きく組んで滝夜叉丸に臑を叩かれた。
「お前、ずいぶん冷静だな」
三木ヱ門は噛みつくように呟いた。冷静さは忍者の第一信条で、喜ばしいことであるのだから、こんなふうに滝夜叉丸が冷血漢であるかのように責めるのは間違っている。頭では理解していても、心がなかなかついてこない。
「別に、そうでもないさ」
滝夜叉丸は往来の行き来を眺めながら淡泊に返す。
「私だって怖がっている」
「そう見えないぜ」
「見せていないだけだ」
滝夜叉丸は三木ヱ門を振り返った。ひたとあわせてくるその黒い瞳は、確かに思い詰めているように見える。三木ヱ門は頷いた。三郎の変装だとわかった今でも、先ほどのタカ丸の様子を思い出すと肝が冷える。三木ヱ門は怖がっている自分を押さえつけるように拳を握った。
「なあ、私たちはちゃんと忍者になれるんだろうか」
口に出すと、情けなく唇が震えた。怖い、と言ってはならない一言が口からついて出そうになる。怖いなら、学園をやめろ。誰もがそういうだろう。いったん退学を口に出した生徒を、ほとんどの場合学園の誰も引き留めようとしない。それは、冷淡なのではなく、優しいからだ。忍びにならないのなら、それが一番いい、と誰もが口に出さず伝えてくれる。これまでに学園を去った同級生は両手で足りぬほどいる。毎年、その数は増える。三木ヱ門はこれまでそれらの同級生たちを、まるで負け犬を見るような思いで見送ってきた。俺は、そんな挫折は決してしないと愚かな矜持で胸を張り続けてきた。
自分はなんだかんだで学園に守られてきただけだ。
今になってそうと気づく。三木ヱ門は、怖がっていた。初めて、死と隣り合わせで生きている時間を経験し、一分が1時間にも半日にも思える絶望に、心底疲れていた。
有能な滝夜叉丸は笑うかもしれないと思った。彼は、
「やめたくばやめろ。だが、私は忍びになるぞ。必ず為る」
と強い言葉で三木ヱ門をつき離したが、その表情は淡泊で、静かで、三木ヱ門に同情的ですらあった。三木ヱ門は彼がこれほどまでに堅く自分の道を決めていることを不思議に感じた。ただの自信から来る決心とは違うようだった。
「滝夜叉丸、お前、どうしてそれほどまでに忍びになりたい」
「私にとっての光がこの道を歩いているから」
「それって、」
「三木ヱ門、喋りすぎだ。今は忍務中だぞ」
三木ヱ門はム、と唇をとがらせて拗ねた。肝心なところでもっともなことを持ち出して有耶無耶にするなどと。
「食えん奴だな」
「馬鹿か、忍者が簡単に他人に食わせるものかよ。悔しければお前も私ほど優秀になって私を食ってみるのだな」
ふふん、といつもの感じで鼻で笑われ、三木ヱ門は怒りながらもようやく恐怖心が少しぬぐい去られた気分を持った。滝夜叉丸は嫌な男だ。最低で最高のライバルだ。これが俺の半歩先を歩いている限り、俺もまたこの道から外れるものか、と心の内で誓う。何があっても、食らいついてでも、追いかけて追い越してやるのだ。
ふと、ひとりの男がふたりの前に立ちはだかった。編み笠を深くかぶった、恰幅のよい大男だった。
「女、身売りか」
としゃがれた声が聞く。
「人待ちですわ」
滝夜叉丸がしおらしい様子で答えた。
「誰を待っている」
「・・・知り合いです」
「信田の森で知り合うた男か。」
滝夜叉丸と三木ヱ門は同時に顔を上げた。信田の森の暗号は、学園の者しか知り得ぬはずだ。このしゃがれ声の男に見覚えはなかったが、そもそも姿を隠すのが得手である忍者に、見覚えなどというものを頼りにして正体を判別するわけにもいかない。
「いかにも、」
と、慎重に滝夜叉丸は答えた。
「あなたがその人ですの」
「俺か?」
男が編み笠を少し持ち上げる。頬に傷を持った、泥臭い顔立ちの男だった。
「・・・そうだといったら?」
「確認させていただいてもよろしい?」
三木ヱ門が欄干から腰を上げて男にまっすぐ歩み寄った。若々しいすっきりとした美貌が、ばたくさい大男と向き合っている。それは端で見て釣り合いの取れない光景だった。三木ヱ門が微笑む。
「私の好きな花をご存知でいらっしゃる」
「さあて、な」
「まあ、それじゃあなた偽物ね。滝子、」
滝夜叉丸に視線を流すと、彼も細い身体を妖艶にしならせて立ち上がった。
「ええ、そうね。三木子、この男、殺してしまいましょう」
ふたりで顔を見合わせて美しく微笑みあう。しゃがれ声の男は、「葛の葉かな」と当てずっぽうを言った。信田の森と言えば、和歌を知っていればすぐに出てくる植物だ。ふたりの少女は、微笑みをやめて、同時に男を見上げた。
「正解。お待ちしておりましたわ」
「私たちにどうぞご指示を」
男はにたりと笑った。まさか、こんなにわかりやすい暗号を、互いの確認の言葉にしているとは。やはり、卵は卵。優秀な忍びの養成機関であっても、まだまだひよっこだ。そうだな、と男は頷いた。
「敵方から奪い返した巻物を確認したい。今持っているのは誰だ」
「ああ、それならば好都合。私たちが持たされております」
この返事に、男は内心でにっこりと笑った。まさか、こんなに都合よく事が運ぶとは!三木ヱ門が胸元から巻物をするりと取り出して、袖に隠しながら男に手渡した。
「ここでは人目につきます故、あちらの柳陰ででもさっそくご確認を」
「ああ、でかした」
滝夜叉丸が先に立ち、男を誘導する。その後ろを、三木ヱ門がついてくる。男の後方から、こそりと囁いた。
「先輩、私にご褒美をくださいましね」
「褒美、」
「惚けないで。忍務を終えたら可愛がってくださるとお聞きしております」
「ああ、しかしな、俺にはまだ仕事がある」
「まあ、ひどい、お約束が違うわ!」
背中を叩こうとした三木ヱ門の細い手首を、男は素早い動きでがしりと掴んだ。ばしっと腕を叩かれて、アッ、と三木ヱ門が鋭い声を上げる。袖口から苦無が落ちた。
「お前、俺を殺せると思ったか」
にたりと口角を上げる男に、三木ヱ門は、まさか、と不敵に笑う。
「殺すのは私じゃなくて」
「私だよ」
男の脇腹から、真っ赤な血が吹き出た。滝夜叉丸が血がかかるのを恐れて慌てて飛び退く。滝夜叉丸は男の腹から苦無を引き抜くと、男の大きな図体を川岸へ蹴り転がした。
「真冬の水なら傷口が縮んでまだしも助かる可能性は高いだろう。私の優しさに感謝するのだな、木偶め」
くつくつと意地悪そうに笑う横で、三木ヱ門もあっはっはっと高笑いする。
「自分の助平を恨むんだな、醜男が」
男はざんぶりと川に転げ落ち、ずんどこと流れ去っていく。それを意地悪くにたにたと笑って見送り、ふたりは道のほうを向いた。そうして、気配もなくひとりの男が立っているのに、肩を揺らせた。今度は若い男だった。
「信田の森をご存知か」
「・・・私たちの好きなお花をご存知?」
「母子草」
ふたりの少年は顔を見合わせる。
「「お待ちしておりました、先輩ッ!!!」」
ようやく見知った味方に出会えたという安心感から、ふたりは編み笠の男に抱きつく。男の編み笠が落ちて、久々知の苦い顔が表にあらわになった。
「離れろ。平、田村」
ぎゅうぎゅうと美女ふたりに抱きつかれて嫌な顔をする若い男に、道行く人が不思議な視線を投げつけていった。

一番綺麗な水①

孫兵書こうとするとどこかヤンデレっぽくなるよな!
孫竹で竹谷女体化で食満竹でもある。そして自分勝手な設定が山ほどあるので注意です。

***

いつか、こんな日が来るんじゃないかって思ってた。
ねえ、だからあのときに言ったでしょう、先輩。僕の勘はよく当たるんだ。そう言ってみたかったけれど、そんなことを言えば先輩は必ず悲しむから、僕はその言葉を飲み込んだ。最後に見たときよりも、先輩はずいぶん痩せたようだった。無理もない、今は特に、先輩も村を率いて大変なときだから、気苦労が多いのだろう。いたわしい。先輩は白無垢に似合わない、疲れたようなぼんやりした表情で、襖絵を見ていた。それは色とりどりの虫たちがいっぱいに戯れていて、少し離れたところから見ると、大輪の牡丹が咲き競っているようにも見える、僕の村の宝だった。
「先輩、長旅ご苦労様でした」
僕が庭から声をかけると、先輩はようやく僕の存在に気づいたらしく、のろのろと視線をこちらに寄越した。くすんだ顔色に、唇に刷かれた紅だけが、別の生き物みたいに真っ赤にぬらぬら光っていた。婚礼の着物を着てきたと聞いたときは驚いたが、それは実際に見てみると、僕が想像するよりずっと簡素だった。けれど、生地は上等のものを使っているのだろう、白い絹の着物に、下は唇と同じ濃紅を重ねている。学園にいるときはいつも高く結っていたぼさぼさの髪も、今日ばかりは椿油で丁寧に梳られ、背中に長く流されていた。
「孫兵」
ふ、と先輩は小さく息を吐くと、ふわりと笑った。
「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。お変わりがないようで・・・と言いたいところですけれど、今日は随分と様変わりしておられる」
僕の揶揄に、先輩は困ったように眉を下げて笑った。それから、畳に手をついて、丁寧に僕に頭を下げた。
「不束者ですがお願いします。・・・まずはこうだよな」


先輩の村が焼き払われたのは、一年前のことだ。先輩は学園を卒業したあと、村には戻らずにフリーの忍者として活躍していたらしい。先輩の村は技能者集団の集まりで(そういう村は結構多く、大概が村ごとどこかの殿様に雇われたりする)動物を操るのに長けていた。山奥で野生の生き物たちと共存しひっそりと暮らしている人たちだったが、ある領主の要請を突っぱねたために、村を焼かれた。苛烈な性質で有名な男だった。山ごと焼かれたので、動物たちも大勢死んだ。焼き出されて山を下りてきた人たちは、麓で待ち受けていた武士たちに、女子ども関係なしに切り捨てられた。生き残った数人たちは、先輩を惣領に担ぎ上げて、村を焼き払った領主と徹底抗戦することに決めた。先輩は村の惣領のひとり娘だったのだ。
徹底抗戦のための同盟相手として、先輩の村は、僕の村を選んだ。僕の村は虫を扱うのを得意としていて、先輩の村とは昔から交流があった。僕も、まだ学園に入る前、ほんの子どもの頃に何度か先輩にあったことがある。とはいっても、その時は遠くから先輩を眺めるだけだったけれど。
僕の村は、先輩の村を焼き払った領主とは、つかずはなれずの関係にあった。僕の父は―つまり、僕の村の惣領ということになるが―その男と深く関わりすぎないように、死ぬ間際まで細心の注意を払っていた。父が死んで僕が跡継ぎになるとすぐ、先輩の村から同盟の依頼状が来た。村は賛成と反対で割れた。結論を待つのに焦れた先輩の村が、先輩を同盟を事実上成立させるために、一方的に僕のもとへ先輩を送ってきた。
これを娶れ。要らぬならば切って捨てよ。
それが、先輩とともに送られてきた書状の内容だ。半強制の政略結婚だ。このやり方には、先輩の村への反発が強くなった。けれど、その一方で、同情心も色濃くなった。実際に先輩が来てみると、先輩は明るく気だてがよく人の心を掴むのが上手いために、誰も邪険に扱えなくなってしまったのだ。
僕の育ての親であり、よき助言者でもあるばば様は、「お主の好きになされよ」と一言だけ言った。「それがどういう決定でも、我らはそれに従おう。」
さて、先輩は村であつらわれたという花嫁姿で、僕の前に座っている。


僕はすっと、こういう日が来るんじゃないかと思っていた。それは、まだ僕らが忍術学園にいた頃―先輩が先輩で、僕がただの後輩であった時からずっとだ。いつか先輩はきっと不幸になる。僕は確信にも近い予感をずっと抱いていた。先輩が、あの男の隣で幸せそうに笑っていたときからずっと。
僕は先輩の元気がない本当の理由を知っていた。先輩は過酷な毎日に神経を磨り減らしてこんなに元気がないのではない。先輩はあの男と敵対関係になってしまったことをひどく気に病んでいるのだ。
先輩の村を焼いた領主の抱える忍者隊。そこには、先輩が学園時代に恋人と慕った食満留三郎がいた。

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