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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑧(追加)

⑧ 実習当日、そしてあちらこちらで大乱闘


「よし、ふたつめ」
捕縛した4年の懐から札を引き抜いて、己の装束の下に隠した。5年との圧倒的な実力差でのやりあいに気圧されて唖然としている下級生を振り返り、久々知は苦笑いした。
「課題は懐なんてわかりやすいところに忍ばせておくものじゃないぞ」
「すみません」
暢気に批評など下していたら、その傍らを寸銅がじゃらりと走り抜け、久々知はひらりと身を翻してそれを避けると、背後を振り返った。足元に武器が降って来て、ひい、と4年生の怯えた声が上がる。
寸銅を投げたのは三郎であるらしかった。町にかかる橋のたもとに植えられた大樹にしゃがみ込み、気付いた久々知に軽く片手を挙げる。
「よお!もうかりまっかー?」
「ぼちぼちだな。あと一個。お前は?」
「俺もッス。なかなか見つかんねーから終わんねー」
「何がだ?」
首を傾げる久々知に苦笑いする。「にゃんこさんだよ」と告げれば、友の顔は曇った。眉を顰める。
「まさか、」
「そのまさかだよ、今日になって一度も見かけない。おかげで蜂にも出会わず俺は実習を終われない」
「斉藤タカ丸は不参加か?」
久々知は尻餅をついたままの4年に問う。怯えたような表情の少年は、ぶんぶんと首を横に振って、「いえ、欠席者はいないはずです」と確信的に頷いたので、久々知の表情はますます険しくなった。
「変装が飛躍的に上達した」
三郎がポツリと呟く。久々知は冗談めいたその言葉ににこりとも笑わず、焦りすら見える表情で、「まさか」と首を振った。「まさか、危険な目、なんていうのはあっていないと思うんだが…」それでも眉は顰めたままだ。三郎は瞳を細める。不穏な空気を纏い始めた友の後姿を見詰め、それから親友雷蔵が今朝呟いた言葉を思い出す。
(三郎、タカ丸を餌にするのはいいがくれぐれも怪我はさせぬように。彼は4年といっても1年以下の素人だ)
心配性な雷蔵に、三郎はからから笑いながら頷いたのだ。わかってるよ、大丈夫だ。
(それから…これは考えすぎかもしれないけれども、彼は本当は学園の外に出ているのは危ないように思うんだ。僕も気をつけているつもりだけれども、三郎も有事のときには彼の守護を頼むよ)
(ふむ)
そのときは軽く聞き流していたが、今になって思えば、もう少し聞きとがめておかねばならぬ言葉だったかもしれない。
「タカ丸は、あれかね、有事にあいそうな可能性でもあるかね」
突然の三郎の言に、久々知は、こちらもある可能性にようやく思い至って怯えていたのだろう。ぎり、と親指の爪を噛み、苦々しい顔で呟いた。
「以前あったな、タカ丸が狙われる騒動が」
「そうか、あれはまだ解決がしておらんかったのだな」
「くそ、もっと早くに気付けばよかったッ!」
じゃりり、と足袋が砂を踏みしめ、久々知は慌てて身を翻した。駆け出そうとするのを、三郎が木の梢より飛来して、しっかと襟首を掴んで引き止める。
「ぐえ!」
「焦りは禁物」
「離せ三郎!」
「穴に落ちたいならいいさ」
久々知を片手でしっかと抱きとめ、その背後から脚を延ばし、トン、と地面を蹴った。雑花が一輪生えているだけの何の変哲もない場所だ。”冬なのに、雑貨が一輪生えているだけの”。軽い衝撃でどしゃりと土は落ち、あり地獄のような様態のそこに、きらりと手裏剣の刃が見えている。
「4年でいたな、こういうの得意なやつが」
三郎が口笛を吹く。
「綾部・・・喜八郎、だったか。むちゃくちゃだな。ここは市井だぞ、一般人を巻き込むつもりか!」
苛立ちを露にする久々知の前に、スタン、と軽い音がしてふたりの少年が舞い降りた。どうやら近くの商家の屋根にでも潜んでいたものらしい。くせのない黒髪が別の生き物のようにうねり、背中に滑り落ちた。
「4年、平滝夜叉丸。お相手願います」
その傍らで赤毛の若武者めいた爽やかな印象の少年も、勝気な瞳で上級生を見上げ、にやりと微笑う。
「同じく、田村三木ヱ門」
「俺は忙しい、断る」
馬鹿らしい、下級生のお遊びに付き合っていられるかと久々知の反応はつれない。もとより彼は、こうした功名心ばかりが先走った行動が好きではない。忍者が名乗りを上げるな。密やかに、目立たぬように最小限の動きをすればいいだけのこと。「餓鬼が、」と苛立ち紛れに吐き捨てれば、三郎は、ちょんちょんと久々知の襟首を突き、己の背後を指差す。
「くーちゃん、行ってよし」
「三郎、阿呆に構うな!」
「俺はこの阿呆に出くわす為にずっと待ってたのよ、戦らせてちょーだい」
「ふん、物好きめ。怪我するなよ」
「誰に言ってんのよ、もーう」
軽言めいたやりとりの後、久々知は走り、三郎はその盾となりながらふたりの少年に向き合った。瞳に酷薄な光が宿り、獲物を狩る前の獰猛な狼に似た表情が、舌なめずりする。
「さあ、やろうか?」

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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑦

お仕事前に。


⑦ 急展開、あるいはいよいよ風雲は急を告げたか


狭い忍たま長屋の一室にぐるりと輪を作って胡座している。タカ丸が居心地悪そうにもぞもぞと肩を動かすのは、自分が今まさに命を狙われんとしている話題であるからか。
「5人いるな」
小平太が何故か意気揚々と宣言し、途端にカカカ、と鋭い音がして手裏剣が投げ込まれる。長次が近くにあった盆で受け止め、受け止めきれなかったひとつを食満が苦無で弾いた。キン、と金属同士が擦れ合う甲高い音がして、タカ丸はひい、と声をあげる。隣に座った仙蔵がぽんぽんと背を叩き、宥めた。
「大丈夫、八方手裏剣だ。見たところ毒も塗ってないし、当たってもまあ痛いだけで済む」
「痛いの嫌ですよう」
伊作は朗らかに笑い、「大丈夫、外に5人いるったって、こっちは6人だ」干菓子を掴み取ると、タカ丸にそのひとつを手渡す。「まあ、甘い物でも食べて、美味い茶でも飲んで、気をしっかり持って」
タカ丸は促がされるままに干菓子を口に放り込むと、まるでそれが気付け薬でもあるかのように茶で胃に流し込んだ。ほのかな甘みが、今ばかりは薬のように味気ないものに感じられて、不味い、と思う。
「抜け忍の捕縛か」
「以前にも狙われたことは?」
「あった、ような、なかったような…」
「はっきりせん奴だな」
文次郎がいらついた声音で言うのを、シャープな印象を纏う食満留三郎が制した。「まあそういうな、文次郎。ふつう抜け忍の捕縛など、わからないように遂行されるものだ」
「どこに所属していたんだって?」
「それが、祖父は仕事の一切を黙秘して逝ったので」
「優秀な忍者であられたのだな」
仙蔵が優雅に茶を啜る。
「いつまでこのままなのでしょう」
「なあに、相手が馬鹿でなければじきに止む。…今回のところは」
小平太がにっこりと微笑む。伊作が朗らかに笑って後を次いだ。「学園長先生にはすでにご報告してあるから、我々を取り巻いている曲者は、さらに学園内の先生方によって取り巻かれておるのだよ」
「ははあ、」
タカ丸が息を呑んだところで、「ああ、ほら、」小平太が促がすような声をあげた。「去っていく」
耳を澄ますよう仕草で示されたが、同じようにしてみても、よくわからない。これが、早くから忍術を勉強してきた者との差というものか。
食満がすらりと障子を開いた。周囲を軽く見渡し、「いないな」呟く。「行ったか、」仙蔵の静かな問いに「そのようだ」と短く返した。
「さて、本題だが」
伊作が噛みかけの干菓子を手に戻した。いつもの朗らかさはなく、低い声音が不吉な予感に肌を粟立たせる。
「学園長先生のご命令だ。いつもにこにこ明るいよいこがモットーの忍術学園に、何度も曲者さんに来訪していただくのはこちらの本意ではない。そこで、15日をもってこれを叩く」
「一掃か殲滅か」
「問わない。ただもう、来たくないなあという気持ちになっていただければそれで結構、だそうだ」
「ふん」
文次郎が鼻を鳴らす。了解の合図と受け取った伊作が頷くと、「よーっしゃ!」小平太が掌を鳴らして立ち上がった。「15日、合同演習の日か。うん、面白そうだなあ!」
「重要な任務をそのように言うものではないぞ、小平太」
仙蔵は落ち着いた様子で窘めると、また、はっはっは、とこちらも朗らかに笑って、茶を啜った。あまりの事態に青くなって震えているのは、ただタカ丸ばかりだ。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑥

ぬおー!誤字脱字すみません!!昔から誤字脱字の王なので(言い訳)、あの、時間が出来たら直させていただきます・・・。ご指摘ありがとうございました(平伏)。


⑥ 命を狙われること、あるいは騒がしいのは6年生


立花仙蔵によれば、話は6日前に遡るのだという。
「ちょうどその頃から、学園内が騒がしくないかね」
問われても、タカ丸からしてみればこの学園はいつも何かにつけ騒動が起こっているから、騒がしくないことがない。異物感があるのだ、と狐の妖しさにも似た不思議な雰囲気のある上級生は告げる。タカ丸は絹の束のような髪を丁寧に梳りながら、「さあ、僕にはよくわかりません」と返す。仙蔵は流し目をしてタカ丸を見やると、
「敬語はいいのだと前に言わなかったかな」
と流れる小川のせせらぎに似た上品な調子で窘める。あう、とタカ丸は気圧されて歪な笑みを浮かべた。
「こんなときの敬語は無粋だ」
「でも、先輩、ですし…」
「生きてきた年数では私と同じだ。それに、忍術で劣っていたとしても、髪結いとしての貴方は比類なき天才です。もっと自覚を持って、堂々と振舞っていい」
「はあ、」
「自信は誇りに繋がります。誇りは人を美しく見せる。私は貴方にもっと堂々とした王者の風格を持ってもらいたい。そうしてそれは貴方をより美しくする」
「えーと、」
時々仙蔵の言っていることはよくわからない。ただ、この人が忍術の腕前でなくその独特の雰囲気でもって忍術学園の中でも崇められている位置にいるのはわかる。彼が長を務める作法委員会は学園の綺麗どころばかりで組織され、一説には委員長の美的センスと上手く合った生徒でないと選ばれることはないと聞く。そうしてタカ丸は仙蔵に月に一度の髪結いを熱心に頼まれ、そのたびに作法委員会に勧誘されているのだった。
「曲者でもいるってことですかね」
タカ丸が話を変えると、仙蔵はあっさりと「うむ」肯定したので、驚いて櫛を落とした。
「く、くく、曲者!大変じゃないですか怖いじゃないですか」
「そうだな、文次郎がさり気なく調査を入れているようだがなかなか正体は掴めぬようで」
「心当たりはないんですか」
「そりゃ、叩けばありすぎるほど出て来るだろう。なんせここは忍術学園なのだから」
落ち着いたものである。これが6年間みっちり忍術を習ってきた者の自信から来る様子なのだろうか。実に堂々としている。感心するタカ丸の背後で、スパーン!と気持ちのいいような音がして障子があいた。
「仙ちゃーん!邪魔をするぞーい!」
「小平太、お前障子くらい静かに開けられないか」
仙蔵が整った眉を潜めて振り返った。体育委員長を務める七松小平太は尽きぬ体力が自慢で、今も真冬というのに上装束を脱ぎ捨てて黒いアンダーのままで満面の笑みを浮かべている。
「おおう、髪結いくんも来てたのかあ!ちょうど好いや」
大口を開けて明るく笑う。仙蔵の傍らに用意された茶碗をむんずと掴むと冷めたそれを許可も無しに飲み干し、干菓子を口にポイポイと放り込む。以前別な六年生がそれをやったら茶をぶっ掛けて怒りを露にしたはずなので、「仕方のないやつ」と眉を潜めるくらいで許されている小平太は、気に入られているのか。
「それで、奴さんの尾は掴めたのか」
「そうさな、その話はいさちゃんが戻ってきてからだ」
「ほう、伊作も来るか。茶をふやさねば」
「俺が入れてこようか?」
「ありがたいが、小平太、お前の茶は不味い」
「言われてしまった」
小平太はやはり明るく笑う、立ち上がって部屋を出て行ってしまう仙蔵の背中を見送って、干菓子を二、三個その大きな掌に掴むと、真っ直ぐタカ丸と向き合った。
「やあ、怖い思いはしていないかい」
「何ですって?」
「伊作は告げるのはよそうといったのだがね、俺はこういうのは知っておいたほうがいいと思って。今回に限ったことではないし、もし最悪の事態が起こってしまったとして、俺はいつも考えているんだが、正体もわからぬ敵に殺されるというのはなんだか嫌じゃないかね」
「何の話です」
「うん、つまり、――」
小平太が告げようというところで、しゅり、と風が切れるような音が耳もとでし、驚いたタカ丸が息を呑む頃には、小平太が庇うように立ちふさがって干菓子の置かれていた盆を庭に向けて掲げていた。トス、トス、と何かを叩くような軽い音が鳴る。
「やあ、驚いたな、いきなり来よった」
盆を下ろせば、そこには八方手裏剣がさっくりと三つ、刺さっている。真っ青になるタカ丸を振り返って、小平太はにやりと片頬を釣り上げる。
「つまり、君は命を狙われてるってわけ」
「おおーい、手裏剣の音がしたけど無事かーい!」と廊下からどたどた足音。小平太が明るく笑って、「あは、ようやくいさっちゃんがおいでなすった」というのも頭に入らず、ただただタカ丸は予想もつかぬ展開に目を白黒させるばかり。そういえば祖父の件が元で自分は命を狙われても可笑しくない立場にあるのだった。すっかり忘れていた。
「いさっちゃん、奴さん右斜め上にいるぞ、気をつけな」
「小平太怪我人は」
「まさか俺がついていながら怪我などと」
「小平太、なにやら騒がしいようだが」
そのとき折りしも茶を汲んできた仙蔵が現われて、にわかに部屋は騒然とした。再び風を切る音。「おっと、危ない!」小平太がタカ丸の足をずるりと引っ張って、畳の上に倒す。そのまま頭を押し付けられむぎゅうと変な声を出して苦しんだところを、伊作がその脇腹に転んで横転した。その途端に仙蔵の持っていた茶をひっくり返し、「あれまあ」と暢気な声をあげた仙蔵は、ひょこりとその場にしゃがみ込む。
スコーン!と気持ちのいい音がしてこは一体何事かと、小平太は笑顔で、仙蔵は流し目で、伊作は涙目でタカ丸は潰されながらと四者四様に顔を上げれば、そこには飛んできた苦無を仙蔵の運んできた盆で防ぎ、ひっくり返った茶を頭から被りながら、渋い表情をする潮江文次郎の姿があった。
「悔しいくらい全員無事のようだな、嬉しい限りだ」

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑤

⑤ 下級生に窘められる上級生、あるいは非情な世界


「そんなん、」
兵太夫は成長したらさぞ綺麗に映えるだろうなあと思われる容貌を生意気に歪ませて、言った。
「もうだめだよ、タカ丸さん。悪いこと言わないから今からでも変えたほうがいいって」


今日の昼食は食堂のおばちゃんが作った握り飯だ。中身は鮭と昆布と梅干。うまい。青空の下で食べるからなおうまい。満面の笑みで頬張ったら通りかかった一年は組教科担当の土井先生に見られて、苦笑いされた。
「でっかい一年生だなあ」
「ふみまへん」
もぎゅもぎゅと握り飯を食みながら応えたら、「ああ、ああ、飲み込んでから返事をしなさい」と苦笑される。教師というより保父のようだ。
いつぞやには組がみんなして校外実習に出掛けることになったとき、「遠足いいなあ」と呟いたのが、は組のよい子たちに聴こえていたらしい。校外実習は4年のほうに出る事が決まっているタカ丸を、次の遠足に参加させるよう学園長に掛け合ってくれたのだという。最後は土井のほうが直々にお願いしてくれたということで、それを山田伝蔵から聞かされたときはタカ丸も平伏して土井に感謝したものだ。
「いやいや、私はあの子達の自主性を尊重してやりたいと思ったまでのことで」
土井は困ったような表情で笑って、タカ丸の肩を叩いた。「まあ、楽しみなさい、タカ丸君」
「タカ丸さんは遠足って出たことないんでしょう?」
「今日が初めてなの?」
「ねえ、今日楽しかったあ?」
ころころしたまるい生物に取り巻かれ、きゃわきゃわと尋ねられてタカ丸はにこにこ笑っている。タカ丸からすればどこまでも子どもで幼く見える伊助もは組の中では手のかからない、大人びた子どものスタンスにあるらしい。走り回る喜三太が転べば保健委員の乱太郎を呼び、団蔵が見知らぬ植物に触ってかぶれれば持ってきた水筒の水を突き出して手を洗わせた。「伊助、大人だねえ」褒めてやれば、伊助は頬をうっすらと赤くして、「庄ちゃんひとりだと大変だから」と微笑む。それでは伊助は学級委員長の庄左ヱ門の助けになりたくて甲斐甲斐しく動き回っているというのか。よしよし、とタカ丸が頭巾の上から頭を撫でれば、他のは組メンバーも「僕も」「私も」と寄ってくる。癒される。大変可愛らしい。タカ丸の頬もつい緩む。順番によしよしとやってやれば、向こうのほうで”庄ちゃん”が伊助に対して「よかったね」と微笑みかけている場面があり、それに答える伊助の笑顔がとろけそうで、あれまあ、と思った。


は組とて忍者である、とタカ丸が認識せざるを得なかったのは、今度の合同実習の話をしたときだった。兵太夫が、街娘の格好はすでに余所にばれているのだからやってはいけないと主張し、タカ丸は苦笑して、「知っているといっても九々知だもの」と返せば、よりにも寄ってぽんわりしたしんべヱにまで「甘い」と断言された。
「九々知先輩がタカ丸さんを裏切らないってどうしていえるんですかあ!」
「え、だって、だってへーすけ・・・九々知は僕の友達だし、」
「友達と実習は別のものでしょ」
きり丸が冷めた声音で言う。カルチャーショックに、タカ丸は顔色を失って黙り込む。そんな、そんな人間関係の非情なところを十の子どもから説かれるとは思っていなかった。父親が、忍者になるのを渋っていた理由の一端が、今ようやく知れた気がした。
「九々知先輩も有能な忍者ですからね」
庄左ヱ門は、油断なりませんよ、と呟くと、「タカ丸さん、内緒で変装の種類を変えてしまいなさい」と勧める。
「タカ丸さんは4年のなかでも上背があるから特に目立つ。誰か他の男の人と歩くといいんじゃないかなあ」
「タカ丸さんより背の高い人だね。恋人同士ってことにして、ちょっと腰を曲げてべったりくっついてればそれほど背も気にならないかも」
「着物はどうする、目立たないやつがいいよねえ」
「でも、恋人と歩いてるんでしょう、地味なもの着てると逆に変じゃない?」
ころころと急展開で話は進んでいく。タカ丸はきょとんとして、それでもようよう、「ねえ、緋色の着物じゃ可笑しいかい、」と尋ねた。緋色は九々知が似合うと褒めた色だった。
「止めましょう、九々知先輩が知っているものは」
「…うん」
しょんぼりと頷く。思えば実習なのだから、敵役に当たる九々知に相談したのは拙かった。頭では理解できるが、やはりなにか寂しい。
「忍者って、非情な世界だねえ」
しみじみと呟けば、「何を今更、」とあっさりと兵太夫に肯定される。向こうのほうでべそをかいている三治朗を抱き上げてその涙を拭っている土井は、これからも少しずつ、この子どもたちを非情な闇の世界の住人にしていくのか。「せいぜい楽しみなさい」と土井は笑った。その笑顔が嘘だとは思わない。
辛いことだなあ、とタカ丸は思い、しょんぼりした彼を心配して寄ってきた金吾や虎若をぎゅうと力いっぱい抱き締め苦しがらせた。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ④

④ 甘さを笑われること、あるいは好いた惚れたが徒となる


知ってるか、おたくの恋人鼠にされてるぜ。
雷蔵の顔が性格悪げな笑みで囁いた。組み合いの実技で突然そんなことをいわれたものだから、兵助は押し合いで負けて苦無を遠くに弾かれた。チッ、と軽く舌打ちして同級生たちが同じように組み合っている間を擦り抜けるようにして走り、苦無を拾いに掛かれば、組み合いを邪魔された何人かが「あー」と間抜けな声を上げ戦いを中断した。忍者の修行のための訓練であるのだから、邪魔されたとて文句は言えない。むしろ、邪魔が入って仕事ができなくなった自分たちに非があるのだ。「何をやってる、とっとと続けろ!」と教師の怒鳴り声がする。校庭の隅に植えつけられた防風樹に兵助の苦無は突き刺さり、彼はそれを引き抜きながら背中越しに遠く三郎の声を聞いた。
「せんせー、勝負つきました。私の勝ちです」
まったく、いい根性してやがる。苦無を懐にしまって戻ってきたら、兵助の不満は表情に出ていたのか、それとも三郎が空気を読んだのか、「情報を制するものは忍道を制す」などとおちゃらけて告げたので、兵助はその正論に言い返すことも叶わず、ただもやもやを拳に込めて、三郎の背中をガツンと強く殴りつけた。友は、甘んじてそれを受ける。
「斉藤タカ丸が鼠にされてる」
もう一度、三郎は告げる。兵助は別段驚くことも無かった。
「だろうな。あいつ相手が一番楽だ」
「あらら、驚かないのね」
「とっくに想像はついてた。成績下位者にとってはタカ丸がいることは僥倖だろう、不慣れだし、あんなに課題のとりやすい相手もいない。まあ、逆に下位者の間で競争率は高くなるだろうがな」
「ふふん、放っておいていいのかい」
三郎の言葉に兵助は苦笑する。
「なぜ助ける必要が?タカ丸がそれで怪我するわけでも無し、いい勉強になるだろう」
「まあ、そりゃ確かに」
三郎は頷く。今日は風が強い。ざわりと何度目かの強風が吹き付けて、校庭の黄砂を巻き上げる。少し吸い込んでしまって嫌な顔をする兵助に、三郎はポツリと呟く。
「友のよしみで告げておく。俺の鼠もにゃんこさんだよ。せいぜい気張るつもりなので、どうぞよろしく」
兵助は思ってもみない言葉を聞いて、眉を潜め振り返った。三郎はとっくに背中を向け、組み合いを終えて同級生と語らう雷蔵のもとへ向かっている。


雷蔵はもっと大物狙いで行くと思っていたが、と兵助が語るのに、雷蔵はくすりと鼻を鳴らした。
「恋は盲目というが、あれも存外馬鹿にならん教えのようだ」
兵助は嫌な顔を隠さず隣をあるく雷蔵を見た。三郎と瓜二つの顔をしている(三郎が彼の容貌をそっくり真似しているのだから当然のことだが)。だが、不思議と三郎と正体が紛れることがないのは、やはり精神の違いのせいか。三郎は普段、容貌は真似ても中身は自分のままで過ごしている。仕事として雷蔵になりきれば、おそらくまるで見分けがつかなくなるのかも知れないが。雷蔵は、三郎ならまず浮かべない不思議と静かな笑みを浮かべて、まっすぐ兵助を見返す。
「兵助、三郎がタカ丸を狙うとなぜ拙い」
「拙くはない。ただ、不思議なだけだ」
「拙いから理由が知れないだけのことではないのかい、答えは至極簡単だ」
「・・・雷蔵はわかるのか?」
「無論。僕は三郎がタカ丸を鼠にするだろうことをとっくに予想していたよ」
兵助が息を呑む。
「訊いてもいいか、なぜ、三郎はタカ丸を…」
「それは兵助、決まっているじゃあないか」
雷蔵が困ったように笑う。ざわり、と木々が鳴る。風呂から入ったばかりでこんな薄ら寒い話をするから、湯冷めでもしたか。兵助はぶるりと身体を震わせた。コーン。学園長室に設けられた獅子嚇しの音が狐の遠鳴きのようにも聞こえる。さわり、と風の音。雷蔵の唇がかすかに震え、空気を鳴らす。

「三郎はタカ丸を恋うている」

四肢が硬直した。息を呑むのを、なぜか重たい石でも飲み込んでいるかのように感じながら、兵助はようよう目の前の男を睨みつける。
「…まさか」
声は震えていた。雷蔵はなおも静かに微笑んでいたが、やがて「あはは、」と無邪気な笑い声を上げた。
「いや、ほんと、まさかだよねえ」
「はえ!?」
兵助の身体が打たれたようにびくりと跳ねる。心臓に悪いことを言われた、と思った。雷蔵は声をあげて笑うと、「そんな顔しないでよ、兵助。冗談だよ、悪かったってば」と声をあげた。
「え、な、なんだって?」
「もーう、兵助、ほんとに好きなんだねえ、タカ丸のこと。ごめんねえ、変なことを言って」
堪忍、堪忍。手を合わせて何遍も謝られる。なんだ、なんだ、なんなんだ??兵助にはついていけない。からかわれたのだろうという事だけ薄々気付いている。雷蔵は涙を拭うと笑いを飲み込んで、
「ああ、可笑しい」
と呟いた。
「兵助、タカ丸くんが狙われているのは、4年の餌にされている可能性があるからだよ」
「餌、」
「そう。好戦的なあの子達が、課題の死守で終わると思うかい?雷蔵はタカ丸くんを突いて蜂を出そうとしているわけ」
「あ・・・ああ、」
そこでようやく納得の言った兵助は間抜けな声をあげる。最もな論理だ、なぜ気付けなかったのだろう。
「田村に平か、確かに、あいつらなら考えるだろうな」
「双方から餌にされてタカ丸くんのことを思えば気の毒だがね」
「まあ、致し方ない。これも勉強だ」
兵助の言葉に、雷蔵は笑う。「よかった、そこまで目は曇ってなかったか。甘いのはむしろ三郎かな」
「うん?」
「あいつ、昨日僕に訊いてきたんだよ。タカ丸を餌にして兵助がどう思うかってね。いい作戦だから、どう思ってもいいさ、実行するべきだよといったら、それはそうなんだがなあとずっと渋っているものだから、それなら本人に告げてしまえといったのさ。全く、忍者が作戦の内容を他人に漏らす者があるかね情けない」
雷蔵の苦笑に兵助も苦く笑う。「成る程、甘いな」
「まあ、そういうわけだから。全く、可笑しい奴らばっかりだね、僕の周りは」
ああ可笑しい、と、かかと笑って雷蔵はスタスタと廊下を渡っていってしまう。「それより心配するべきことは他にあるだろうのにね」
最後の言葉に、うん、と顔を上げる。けれども雷蔵は背を向けたままいってしまったから、兵助は纏まらない頭でしばらく考えて、やがて息を吐いた。タカ丸に関して雷蔵の言っていることがいまいち理解できないことばかりだ。こりゃいよいよ本格的に盲になったかなと頭を振った。

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