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よいこわるいこふつうのこ

にんじゃなんじゃもんじゃ
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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑱

拍手&コメントありがとうございます。時間を見つけてお返事もさせていただきたいです~!

自分設定横行。そういうのがお嫌いな方は避けてください。今回はちょっといちゃいちゃ成分あり。

⑱背中の傷、それから、ふたりの男

かつてふたりの男がその背中の傷に触れた。
そのどちらもが労わるような優しい触れ方だったから、タカ丸は、あのときの恐怖をいつの間にか忘れていた。決して忘れてはいけないものだったのに。
 

指さきが触れるか触れないか、まるで羽根のような軽さで、つうと背中を辿った。右肩から始まり、背骨を越えてそれは左の腰元まで続く。タカ丸はくすぐったさに身をよじると、声をあげて笑った。
「なに、兵助」
振り返ると、生真面目で優秀な忍者候補でもある恋人は眉根を寄せて神妙な面持ちで、タカ丸の背中をじいと見つめていた。そこで、タカ丸はようやく幼い頃つけられた醜い背中の傷に思い至ったのだった。それは、一見しただけでははっきりと見つけられない。しかしよく見て触れてみると、そこだけ蚯蚓腫れのようにわずかに赤く盛り上がっているから、傷があるのだとわかる。ふつうに切れたものならば、こんなふうに痕はつかない。人を切り付けるのに慣れた者が、計算をしてわざとそれを残したのだと見える。そんな傷だった。
「・・・事故?」
問い質す兵助の瞳は、息を呑むほど真剣だった。幼い頃に家族を亡くした兵助に守るものは少ない。喪失の痛みを絶望を知る彼は、自分の”守るべきもの”が傷つけられたとき、芯から凍りつくような冷え冷えとした瞳をする。誰がやった、と問うていた。タカ丸は口元を緩めると、朗らかに微笑んで、背中をなぞった兵助の指先を、包み込んで温めるように握った。
「事故」
兵助の瞳が少し揺れる。痛そうだ、とタカ丸は思った。
「・・・痛かった?」
兵助が問う。労わるように、もう一度指が傷に触れる。タカ丸は笑みを深くする。
「どうだったかな。・・・遠い昔だからもう、忘れちゃった」


タカ丸は暗い寺の中を走り回っていた。埃がうっすらと積もった床板は、滑りやすかった。タカ丸が転ぶと、男たちは芝居でも見ているように声をたてて笑った。そうしてタカ丸を弄ぶように囃したてた。
「ほらほら、早く逃げないと悪い鬼が君を食べてしまうよ。喰われたくなかったら逃げろや逃げろ」
タカ丸は痛む膝を抱えるようにして立ち上がると、震えもつれる足でまた逃げた。少し待ってから、男がそれを追い始める。片手には刀。タカ丸に振り下ろさんとばかりに構えている。
巻物の続きを持っていないというのなら、しかたない、俺たちと鬼ごっこをしよう。男は嘲笑うかのように言った。逃げ惑うタカ丸を見て、小動物を狩る猟の愉快を感じているようだった。タカ丸は暗闇の中狭い隙間を見つけた。子どもがようやく入れるようなそこは、今思えば仏像の背後だったのだろう。タカ丸はそのとき、男の気配が消えたことにほっと胸を撫で下ろした。しかし、しゃがみ込んで息をついたとたん、前からにゅっと二本の腕が伸びてきて、タカ丸を掴んだ。タカ丸は恐怖に声を失いその場に尻をついた。身体がひどく震えて嫌な汗が噴出した。
「掴まえた。遊びはおしまいだ」
黴臭い床に押し倒され、着物を向かれ、背中に刃物を押し当てられた。
「タカ丸、次はかくれんぼをしよう。君が何処にいても必ず見つかるように、俺が目印をつけてやる。さあ、君が鬼だ。せいぜい掴まらないように逃げたらいいさ」


暗闇のなか目が覚めた。心臓がひどく早く鳴っていた。肩で息をして、寝汗でぐっしょりと濡れた着物を気持ち悪く感じた。
「タカ丸さん」
隣で声がした。名を呼ばれ、タカ丸は驚いて肩を揺らした。振り返ったら、綾部が布団に包まったまま、タカ丸を見あげていた。
「悪い夢でも見ましたか」
「・・・ん。でも、平気」
「平気じゃないときがあってもいいんですよ」
綾部の声音はいつも、淡々としている。世の中のどんなことも、彼の前では等しくとるに足らないつまらないものになるようだった。タカ丸はそれに救われたような気がした。
「綾部、」
「はい」
「俺の背中の傷、見たことある、よね」
今日まで指摘しないだけで綾部はとっくに気がついていた。風呂や着替えの最中、それはいつでも目に入ったから。しかし、身体に傷を持つ生徒は忍術学園では珍しいものでもなかったのだ。だからこそタカ丸は遠慮なく仲間に背中を曝したし、綾部は無関心をよそおえた。
「・・・はい」
「一度ついた傷って、やっぱり消せないかなあ」
「痛みますか」
「ううん。・・・そうじゃなくて、これは目印だから、怖い」
タカ丸の言葉の意味が綾部にはまるで理解できなかった。ただ、タカマルはひどく思い詰めた瞳をして震えている。綾部の腕がすっと伸びて、着物の上から傷をなぞった。
タカ丸は振り払わなかった。それが、綾部にはどれほど嬉しかったか。
「大丈夫、私がいます」
「綾部」
「私がいます。だからあなたは何ひとつ恐れなくていい」


タカ丸は瞳を開いた。途端に光が彼の眼球をやく。
(・・・そうだ、鬼ごっこを終わらせなければ)


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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑰

⑰忍術学園の客人、そして、過去と秘密


一方その頃。
忍術学園にひとりの客人があった。事務員小松田秀作はいつものように、まるでそれが彼の宿命であるかのように入門票を抱え忍術学園の門を守っていた。そして、その客人を見るなり、人懐っこい笑顔を浮かべて
「お久しぶりです」と頭を下げた。「お久しぶりです、斎藤君のお父さん」



「いやはや、忙しいところを突然御呼び立てして申し訳ありませんな」
忍術学園学園長大川平次渦正は皺に隠れた顔をニィ、と笑わせ、小さな身体を屈託なくぺこりと折った。対面する客人は、斎藤タカ丸の父、斎藤幸隆である。艶やかな目元をした男で、顔の作りはタカ丸と似ていなかったが目元のあたりの不思議な艶が同じだった。幸隆は同じように低く頭を下げると、それから真っ直ぐ顔を上げて翁を見た。
「息子のタカ丸がいつもお世話になっております」
「ああ、いやいや。彼もなかなか学習を楽しんでおるようで。好奇心旺盛で、学ぶ態度が素直で大変よい」
「素質はございますかな」
幸隆はそういう言い方をした。つまり、忍者に向いているか、ということである。だがこの場合、オールマイティーになんでもこなせる忍者、と教義の意味で捉えたときには、大川は首を横に振らざるを得ない。タカ丸の年齢では既に運動技術の大半は出来上がってしまっていて、今更練習して体術や素早い身のこなしを見につけられるかといえばその可能性はほとんどない。だがそうした期待は、よもや幸隆もしておるまい。大川にはそれが分かっていたから、
「さよう」
と深く頷いた。
「素質はありまする」
幸隆は嬉しそうな表情はしなかった。長い息をひとつ吐いて、瞳を閉じた。
「私はできることならタカ丸を忍者にしたくはなかった」
庭の獅子脅しが長く響く。大川は茶を啜った。幸隆の茶はまだ一度も口がつけられないままだ。冷えたろう、と思った。だが新しいものを持ってこさせるわけにもいかない。
「七つの旋毛の男の件は、まったく失敗でした。タカ丸に知られるような事故でもなければあんなものはこちらで処理をして絶対に気づかせなかった。使者殿が何を血迷うたかタカ丸に声をかけましてな、”よう忍んで居るか”と。全く余計なことをしてくれる。あれは鈍感だが、分からぬ知らぬことを聞くとそれを知ろうとする好奇心の強さがある。すぐに私のところへやって来て訊いました。”忍んで居るか”とはなんだと。本当のことを答えずには済みますまい」
「そしてあなたは忍者の家系であることを忘れた振りをなさったのか」
幸隆はニィと笑った。
「タカ丸は忍者にならずともよい。父の幸丸は生前くれぐれもタカ丸に闇の道を歩ませるなと強く私に言っておりました」
「だが、そろそろ彼も負うた宿命から視線を外し続けるというわけにもいきますまい」
大川は立ち上がった。障子を閉める素振りをして、外の様子を窺う。そこに何の気配もないことを確かめると、部屋を締め切り、声を潜めた。
「タカ丸が何者かに狙われておる」
幸隆の瞳が剣呑に光った。タカ丸に何かあればお前をどうにかするとでも言いたげであった。
「六年の任務としてあります」
「生徒で事足りますかな」
「事足る。――と思うております」
「タカ丸は幸丸の生前にも一度狙われました。幸丸は我が系譜の秘密を守るのに、何も知らぬタカ丸を使いました。実は幸丸は以前勤めていた城のある重要な内部事情に深く絡んでおります。その詳細は私も知らない。タカ丸だけが知っている。タカ丸もそうと気づかぬ方法で幸丸が教え込みました。恐らく今回タカ丸を狙って居るのもその秘密を知りたがる者が正体でしょう」
「抜け忍の捕縛ではない?」
幸隆は小さく咽喉を鳴らす。「抜けておりませんからな。抜け忍の捕縛など、来る由もない」
「生前に一度狙われたと仰ったが」
「そうです。十になったばかりのころだった。タカ丸にはかどわかしに会ったのだ、とそう教え込んであります。だが事実はそうではない。何も知らぬ”と思っている”タカ丸から情報を聞きだそうとした。そのときひとつ、巻物を奪われている。だがそれだけ持っていてもあまり効果のないものだから、そのときは放っておいた。いつ他の巻物を奪おうとしても不思議でない」
「他の巻物」
「つまり、タカ丸のことです。奪った巻物を読み解くには、タカ丸のここがいる」
と、幸隆は長いひと差し指で、己のこめかみをとんとんと叩いた。


祖父に抱きかかえられ生還したタカ丸は泣いてはいなかった。蒼白な顔で、黙って震えていた。歯を食いしばっていて、それをやめさせるのに苦労をした。強く握りこんだ拳も不自然に力が入って解かせるのに苦労をした。
「タカ丸、怖かったな」
幸丸の腕から抱き取ったとき、タカ丸はようやくぽろりとひと粒涙を零した。
「怖かったな」
「・・・ごめんなさい」
「タカ丸は悪くない」
「ごめんなさい。じいちゃんにもらった、あの綺麗な巻物、とられちゃった」
幸丸の瞳がタカ丸の見えぬところで鋭くなった。だが口調は何処までも柔らかく、「なあに、いいのさ」といった。
「綺麗な絵が描いてあったからタカ丸にあげただけだよ。また別の、もっと綺麗なのを買ってあげよう」
「ごめんなさい。あれに描いてあったのは、俺の、ば」
「タカ丸」
幸丸の声が制した。低くゆったりとした口調だったが有無を言わせぬ重みがあった。タカ丸は口をつぐんだ。
「でも、歌は言わなかったよ」
「そうか」
幸丸は頷くと、何処ぞへ出かけていった。母親が来た。そのときはもう病気にかかっていたが、よろよろと走り寄ってきて泣きながらタカ丸に頬ずりした。
「タカ丸、」
その柔らかな声に誘われたか。タカ丸も声をあげて泣いた。
「怖かったよう」
背中を切られた、といった。伸し掛かられて、背中を切られた。
また来る、と男は言った。


(タカ丸、必ずお前とまた会うよ。)

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑯

拍手&コメントありがとうございますー。

だんだん血なまぐさい話になってきて、(しかもなかなか終わらなくて)申し分けないです(´ヘ`;)
今回も血なまぐさいので注意。

⑯不破が呼ぶ

忍者というのは、なるほどオールマイティーな技術を要する職業であるから、忍術学園の天才といわれたとき、部門ごとに必ず数人の名前が挙がる。鉢屋三郎はその一人である。変装なら、教師をも凌ぐという。鉢屋衆の出である。鉢屋衆というのは、計略―なかでも騙し討ちに長け、恐れられている集団である。しかし、名門ではない。もともとが卑しい河原者の出であるから、周囲からは畏怖されて一種腫れ物を扱うような目で見られているところがある。父が、やはり変装の名人なのだという。学園に入ってからは同級生の不破雷蔵の顔を借りて過ごしている。素顔はだれにも見せない。ひどい醜貌なのだろうというものもいるし、いや、河原者は美しいものが多いと語るものもいる。鉢屋はどちらも相手にせず、ただ飄々と醜女や美女に変装してやり相手をからかってやるだけである。こういう、トリックスターの性質が鉢屋にはある。
鉢屋がふたりの四年生相手に目を輝かせて立ち回っているとき、その名を呼ぶものがあった。振り返ってみると、ひどく焦った表情をした後輩である。鉢屋は鋭く苦無を突き出してきた三木ヱ門の腕を掴むと、そのまま投げ落とし、背中だけで「なんだ、」と聞いてやった。四年生の説明は心もとなかった。
「曲者が、現われて、遊び目を抱いているんですが・・・長次先輩が追って」
鉢屋は戦いながら聞いている。滝夜叉丸の投げる千輪を弾くと、軌道の逸れたそれが四年の元に飛んでいき、怯えた声を上げさせた。
「それで、俺にどうしろと?」
「不破雷蔵先輩が呼んでおられます」
鉢屋の動きがピタリと止まった。「馬鹿野郎、それを最初に言え」
鉢屋は殊更に明るい大声をあげて三木ヱと滝夜叉丸の名を呼ぶと、「おい、ここまでだ」と言った。
「俺は行かねばならん」
三木ヱ門は分かりやすく膨れている。もとが凛々しい若武者顔だけに、こうして膨れた顔を見せると、ご機嫌をとってやりたくなるような微笑ましい可愛げが出る。鉢屋が口元を綻ばせた。滝夜叉丸が横から口を挟む。
「六年生が出ている、ということは忍務でしょうな。惜しいですが御留め立てできません」
「すまんな、勝負は預けだ」
「おい、不破先輩の場所は」
三木ヱ門が訊ねると、四年生は同級生に対峙する気安さで、
「六条の辻の、」
つらつらと言いかけたそのときだった。死者役をする四年生の背後に人影が忍び寄った。「あ」と声を上げるまもなく、慣れた手つきで人影は少年の首を掻き切る。血が飛沫となって吹き上がった。これには少ない通行人たちが大声をあげて逃げ惑い、市井の外れではあるが、蜘蛛の子を散らしたような騒ぎになった。
「先輩!」
滝夜叉丸が鋭い声を上げる。
「お早く!ここは我らが」
鉢屋が動かんとするのを人影は邪魔をしようとしたらしかった。だが、僅かに動いたところを滝夜叉丸の千輪に防がれてたじろいだに過ぎなかった。
「すまん、任せる」
鉢屋は背中で言い捨てると、そのまま騒がしい人混みの間を抜けていった。その姿は、いつの間にやらそこらの若衆の姿に変わっている。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑮

⑮追跡、それからところにより雷蔵

いつになくタカ丸が焦っているのをみて、食満はうろたえた。タカ丸は顔色を蒼白にして、彼を覗き込む食満の肩を両手で強く掴んだ。
「俺を狙うのは抜け忍の捕縛のためじゃない。俺の持っている巻物の、」

そのとき、ひゅ、と何かが風を切る音がした。

食満はほとんど条件反射で腰の刀を抜く。刀身が高い音を立てて、跳んできたそれを弾いた。弾かれたそれは食満の足元に突き刺さる。角手であった。忍術学園で支給されているものではない。用具委員の長を務めている食満はすぐにそれと気づいて、身を遠ざけた。そうして視線を戻して、そこにタカ丸のいないことに目を瞠った。
「長次、」
振り返れば、長次はすでに食満の傍らを駆け抜けている。
「追う」
背中が短く告げた。
「すまん、頼む」
角手の飛んできた方角を睨みつける。そこには文次郎と仙蔵が忍んでいたはずだった。常緑樹の樹上から忍び装束の男が降り立った。その後を手裏剣が追う。しかし男の動きを阻むことはできず、そのまま男は長次の向かった方角へ駆けて行ってしまう。樹上から、潮江文次郎と立花仙蔵が音も無く降り立った。
「すまん、逃がした」
潮江はよほど悔しかったのか歯噛みしている。「かなりの手だれだ。タカ丸さんの様子がおかしくなったあたりで、急に背後から襲われてな。とっさのことで角手を弾くのが精一杯だった」
「まずったな、タカ丸さんを奪われた」
仙蔵は表情を崩すことは無かったが、冴え冴えとした冷たい瞳が男の消えた先を睨んでいる。
「長次ひとりでは荷が重かろう。追おう」
仙蔵の言に文次郎は「言われんでもだ」と小憎らしい返事を寄越す。仙蔵が食満を振り返った。
「火薬は仕掛けてあるのだろう。後始末は私がやろうか」
「いや・・・そうもいかなくなった。巻物を探さねばならん」
「巻物?」
「タカ丸さんが奪われたのだといっていた」
「いつ」
「わからん」
「ここにあるのか」
「さあな、それもわからん」
仙蔵と文次郎は怪訝な表情で食満を見た。食満は、ふ、と口元を緩める。
「俺が残る。お前らは行け」
仙蔵の逡巡は短かった。一呼吸の後に「わかった」短く諾を告げると、なおも何かいいたげな文次郎をおいてその場から離れる。文次郎は慌ててその後を追った。食満を一人残していくことが危険なことは知れていた。が、そこで情を出して手助けをしてやれる事態でもないのだ。一歩遅れて追いついた文次郎に、仙蔵は振り返らないまま走りながら声を放った。
「文次郎、貴様足手まといだ。ついて来るな」
「うるせえ」
「私ひとりのほうが気が楽だ。お前は食満にでも面倒見てもらえ」
「仙蔵、平気だな?」
「笑止。貴様如きに心配されるなぞ、屈辱の極みだ。馬鹿文次」
行け。仙蔵が短く告げた。足は止めない。背後の文次郎が逆走を始めた足音を聞いて、片頬を緩めた。余韻はそれだけで、どこまでも冷静なこの男は表情を消すと長次に追いつくため足を速めた。

寺の者全員を殺すことになるだろう。今更だ。殺人に躊躇は無い。命も惜しくは無い。使命は、巻物を奪い返すこと。そして、男たちの足止め。それさえ達成されたならば、後はなんでもいい。食満は覚悟を決めて忍び刀の口を切る。そのとき、背後で足音がした。
「よォ。加勢してやる」
潮江文次郎の声だ。食満は胡乱な眼つきで振り返る。
「俺ひとりで十分だ、タカ丸さんを追跡しろ」
「仙蔵に任せた」
「此処は俺がやる。でしゃばるんじゃねえ」
「それは俺の台詞だ。てめえにばっかかっこいい役目譲るのは不愉快なんだよ」
「ばーか、勝手にしろ」
「ああ、そうするさ」
食満の脚が砂利を蹴った。文次郎の足音がそれ覆うようにわずかに音を立てた。
使命は、ひとつだ。


雷蔵は市井の中、ひとり順調に課題をクリアしていた。すべての札を集めきり、四年の生徒に批評を与えていた。その時だった。殺気を隠しもせずこちらに向かって駆けてくる男に、ぞくりと膚を粟だたせた。血走った鋭い視線を目があう。本能で、雷蔵は傍にいた四年生を突き飛ばしていた。
「先輩ッ!」
四年生の鋭い声が耳朶を打つ。男は肩に女を抱えている。遊び女だ。どうするべきか。雷蔵は一瞬迷った。男の殺気は、一般人のそれではない。しかし、本能が手を出してはいけないと告げている。きっと大怪我をする。
「不破、止めろッ」
よく知った声が彼の全身を打った。それからはもう迷いが無かった。雷蔵は身を低くすると、そのまま当身の要領で男の腹に掌打をぶつけた。男はずいぶんと手だれらしい。雷蔵の当身に大きく身体を傾がせたが、その体勢のまま雷蔵の肩に手刀を打ち込むのを忘れなかった。雷蔵が反射的に痛む肩を抑えた。その隙にとどめとばかりに手裏剣が投げられる。避ける暇はなかった。あわやというところで、縄標がそれを弾いた。
雷蔵を庇うように立っていたのは長次だった。
「中在家先輩」
「不破、すまんな」
演習の邪魔をしたことを詫びているのだろう。いいえ、と雷蔵は首を振り、中在家の隣で苦無を構える。突然の事態に眼を白黒させている四年に、苦笑を向けた。
「君、五年の鉢屋三郎を呼んで来てくれないか、頼む」
ぎり、と苦無を握りなおして相手の男を睨みつける。身のこなしからして同業者だ。肩に担いでいる遊び女はなんだろうか。じたばたとして暴れるのを、男が無言で首に手刀を打ち込んだ。女は悲鳴もなくぐったりしてしまう。横目で中在家を見ると、彼もこちらを見ていた。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑭

⑭紫陽花寺のならずもの。あるいは食満、暗躍。

豪徳寺は紫陽花寺と呼ばれる。三年前に住職が他界して、今は廃寺になっている。そのわりに寺のつくりに廃れた様子が無いのは、その寺が常に何者かのアジトとして使われているからだといっていい。アジトにするにはその寺はあまりにもいい場所にある。都に近く、背後は山、足元は小高い丘になっていて攻められにくい。住職が死んだのも、此処をなんとかアジトにしたいと考えたならずもののひとりが、彼を討ったのだといわれている。紫陽花寺といわれているわけは、その寺の庭の紫陽花が主無き場所とは思えぬほど美しく咲き誇るからであった。
が、今はその時期ではない。
開け放した障子から吹き込む風が冷たい。堂の奥に据わっている男が、「寒ィ」と苛ついた声をあげた。
「おい、新入り。寒くてかまわねえや、障子を閉めろ」
「断る。紫陽花を見ている」
新入り、と呼ばれた男は、年のころなら15,6。ずいぶんと若い。だが、釣り目の三白眼が彼の表情に凄みを与えている。刀を抱いたまま開け放った障子の傍で、しきりに外を眺めている。一週間ほど前に仲間に入れろといって寺を訪ねてきた。大きな仕事の最中だ、首領は断ったが、その場にひとつ賊の首を転がした。それは、男たちの仕事の邪魔をした忍術学園の教師のもので、そうと知れたのは首を包んでいたのが学園の教師がつける忍頭巾だったからだ。とにかく腕が立つというので、しぶしぶ仲間に引き入れた。男は、素浪人だという。今回の標的である斉藤タカ丸という少年の祖父に、親を殺されたといった。
「あだ討ちか」
「まあそんなところだな」
無口な男で、それだけに凄みがある。だが変わり者には違いない。
「紫陽花って、咲いてねえじゃねえか」
「想像している」
「花をか」
「そうだ」
「ハッ、馬鹿じゃねえのか」
奥の男が鼻で笑う。新入りは気にも留めない。代わりに、「遅いな」といった。
「何がだ」
「偵察だよ。遅すぎる」
「何かあったのかもな」
「見てこよう。斉藤タカ丸というのはどんなやつだ」
「お前えと同じ年端の男だ。小奇麗な顔をして、髪は明るい色をしているからすぐ分かる。声が高い、少し間延びした話し方をする。あとは・・・そうだな、背中の辺りに小さな傷がある。刀傷だ」
「・・・ずいぶん詳しいんだな」
「まあな、あいつが餓鬼のころにちっとばかし可愛がってやったことがあるのよ」
男はそういうと下卑た笑い声を上げた。新入りは瞳を細める。
そのとき、「御免、」と門のほうから声がした。低い渋みのある声が一言だけだ。聞き覚えのない声に堂に集まっている男たちは怪訝な顔をする。紫陽花寺に訪問者など滅多に来ない。
「何だ?」
「俺だ」
新入りが腰を上げる。抱いていた刀を大事そうに持ち上げて腰にかけた。
「女を買った」
「他人にこの場所を教えやがったのか!勝手をするんじゃねェ」
仲間たちにどやされても、新入りは平気な顔でいる。
「送ってきた男は殺せばいいのだろう。女はお前らにも貸してやる。どうせ溜まっているんだろう。飽きたら偵察にでも使えばいい。なに、役に立つはずだ」
言っていることは正論で、仲間たちは口を噤む。ただ、勝手な行動がどうにも許せない。
「門まで迎えにゆく」
「だったら俺もついていく。お前はどうも信用がならん」
男の一人が立ち上がる。
「勝手にしろ」
新入りは言い捨てて、すたすたと堂から出て行ってしまう。その後を男が追った。

門前に立っていたのは、顔に傷を持つ男と、おぼこっぽい表情をした女だった。真っ黒な髪は艶がない。田舎から連れてこられたのだろう。ただ、そのわりには背が高く色が白すぎる。全体的にほっそりしすぎているのも女を貧相に見せている。美しい顔立ちではあったが、骨ばっていて、むしゃぶりつきたくなる、というのとは少し違う。
「抱くか?」
男に金を払いながら、新入りは女の前であっさりと男に問う。男は呆れた。女が少し恥ずかしげな表情をして、もぞりと身体を動かした。
(未通女か――)
急に男の芯に熱が点った。新入りが女を受け取って腕の中に抱いた。尻を撫でさする。女が、ひっ、と鋭く息を呑んだ。
「美しくないな」
「だが、未通女だぜ。それとも慣れない女は嫌いか?」
新入りの腕が、着物の裾をわり、女の秘所に触れる。女は「あっ」と声をあげる。その高い声に男はつい理性をくらませた。
「俺が抱く」
荒々しく女の腕を掴み、抱き寄せる。堂までは連れて行かれない。知らぬ女を首領に無許可で上げるわけには行かない。
「此処で抱く」
女が腕の中で震えている。尻をもみしだくと、「あ、いや、」とか細い声を上げた。尻肉は驚くほど薄かった。
鶏のような女だ。よくない。だが、我が侭を言っていられる余裕があるわけでもない。着物を肌蹴ようとすると、しきりに女が抵抗する。
「こんなところで」
「黙れ」
伸し掛かる男の背中からふいと新入りの腕が伸びた。その節ばった長い指は、女の瞳を追い隠した。
「見るな」
低い声が静かに囁いた。
女は黙って指の下で瞳を閉じる。音も無かった。ただ、伸し掛かる男の身体が急に重たくなり、その生温かさがひどく気持ち悪く感ぜられた。静かに倒れこんでくる男の身体は、しかし、すぐに離れた。
「食満、さん」
「すみません、こんな役目を頼んで」
食満は事切れた男の身体を脇に放ると、長次に刀を預けた。帯紐を口でくわえ、素早く羽織を裏返して着込む。変わり衣の術だ。
「今朝のうちに火薬を何箇所かに仕掛けてあります。終わったら焼き払う」
タカ丸は顔ざめた顔をして食満が殺した男の死体を見つめている。
「斎藤さん?」
「・・・っ、」
「すみませんでした。嫌なものを見せて」
食満は少しうろたえたようにタカ丸の視線から男の死体を隠すように立った。長次が背後からタカ丸の瞳を覆い隠す。
「見なくていい」
「すみません、違うんです。そうじゃなくて」
タカ丸の身体が震えている。長次が抱きしめると、その腕に縋るように掴まった。
「その男、」
「こいつですか?」
「あったことがあるんだ、昔。巻物を盗られた。・・・”浅茅生の篠原”・・・続きを探してるんだ!」
「タカ丸さん?」
「どうしよう、巻物を、取り返さないと!」

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