女体化1のは。
柔剣道場は体育館の裏にあって、日が当たらないからいつもどこか湿った日陰の匂いがしている。夏場の練習は、そうでなくても胴着は蒸すから、道場のドアはすっかり開け放した状態で行う。梅雨の時期は、ドアから、道場を取り囲むようにして植えられた紫陽花が見える。金吾はその風景を見るのが好きだった。ことに、雨がしとしと降っているなかで、青や紫や赤や、あるいは色のすっかり抜け落ちた白い鞠のような花がしっとりとそこに咲いているのを見ると、”艶やかな”という言葉はこれのためにあるのじゃないかとすら思う。
その日は土曜日で、学校は半日だった。中間テスト前で部活もなかったが、金吾は道場で一人素振りの練習をしていた。むしむしした空気も、練習に集中してしまうと全く気にならない。汗で濡れた髪が、ぺったりと肌に張り付く。その不快感すら、どこかに置いてけぼりで、金吾はただただまっすぐ前を見つめてただひたすらに竹刀を上げては振り下ろす。どれくらいそうしていたろうか、ふいに金吾は集中からとけて、ふと道場の開け放したドアの間から見える紫陽花に視線を送った。その垣根の間に、透明なビニール傘を広げて、喜三太が立っていた。
真っ赤なレインコートと、長靴。喜三太は傘を差すのがヘタだから、傘だけだとすぐびしょびしょに濡れてしまう。雨の日はレインコートと長靴も履きましょう、というのは、金吾が決めた約束だった。
「びっくりした。いつからそこにいたの」
「わかんない。金吾が練習してたときから、ずっと待ってた」
「なめくじの散歩させてたの?」
喜三太が腕に大事に抱きかかえている壺を見やる。喜三太が大きく一度頷いた。
「もう帰るから、待ってて」
「うん」
金吾は荷物だけまとめると、胴着のまま道場から出てきた。
「制服は?」
「胴着のが汗で濡れてるから、雨にはちょうどいいかと思って。このまま帰るよ」
「うん」
ふたりで並んで校門を出た。寮までの道とは違う方向を、喜三太が向いた。
「ねえ、遠回りしてかえろ」
「いいよ。街のほう行く?」
「うん」
それからふたりは、特に盛り上がる会話もなしに、とぼとぼと街のほうへ並んで歩いた。喜三太の歩幅は小さいから、金吾はわざとゆっくり歩く。
「喜三太、なめ壺があると他の荷物がじゃまだろ。持って上げるよ、貸してごらん」
「ううん、大丈夫。金吾のほうが荷物いっぱいだから」
金吾はまじめだから、学校に教科書を置いていったりしないので、鞄も重いのだ。金吾はそれなら、と喜三太の傘を取り上げて、自分の紳士用の黒い大きな傘を差し掛けた。「一緒に入りなよ」
つぶん、つぶん、と雨滴の音がする。金吾は隣を歩く、自分より少し小さい喜三太を見下ろす。可愛いな、と思う。
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