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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ32

32.性悪女たち

ふたりはぼんやりと町を隔てている川にかかる橋の欄干に腰掛けている。むやみやたらと動き回るより、いっそじっと待っていたほうがよかろうというのは、滝夜叉丸の提案だった。彼は藤色の女装束の裾の辺りを女の仕草で弄くりながら、ジッと前を見つめている。だてに成績優秀なだけあって、こういう事態でも、小憎たらしいほど冷静だった。三木ヱ門のほうは、タカ丸についての報を聞いてからずっとそわそわを気急いでいて、平生でいられない。今も、気がつくと無意識に爪を噛み、脚を男仕草で大きく組んで滝夜叉丸に臑を叩かれた。
「お前、ずいぶん冷静だな」
三木ヱ門は噛みつくように呟いた。冷静さは忍者の第一信条で、喜ばしいことであるのだから、こんなふうに滝夜叉丸が冷血漢であるかのように責めるのは間違っている。頭では理解していても、心がなかなかついてこない。
「別に、そうでもないさ」
滝夜叉丸は往来の行き来を眺めながら淡泊に返す。
「私だって怖がっている」
「そう見えないぜ」
「見せていないだけだ」
滝夜叉丸は三木ヱ門を振り返った。ひたとあわせてくるその黒い瞳は、確かに思い詰めているように見える。三木ヱ門は頷いた。三郎の変装だとわかった今でも、先ほどのタカ丸の様子を思い出すと肝が冷える。三木ヱ門は怖がっている自分を押さえつけるように拳を握った。
「なあ、私たちはちゃんと忍者になれるんだろうか」
口に出すと、情けなく唇が震えた。怖い、と言ってはならない一言が口からついて出そうになる。怖いなら、学園をやめろ。誰もがそういうだろう。いったん退学を口に出した生徒を、ほとんどの場合学園の誰も引き留めようとしない。それは、冷淡なのではなく、優しいからだ。忍びにならないのなら、それが一番いい、と誰もが口に出さず伝えてくれる。これまでに学園を去った同級生は両手で足りぬほどいる。毎年、その数は増える。三木ヱ門はこれまでそれらの同級生たちを、まるで負け犬を見るような思いで見送ってきた。俺は、そんな挫折は決してしないと愚かな矜持で胸を張り続けてきた。
自分はなんだかんだで学園に守られてきただけだ。
今になってそうと気づく。三木ヱ門は、怖がっていた。初めて、死と隣り合わせで生きている時間を経験し、一分が1時間にも半日にも思える絶望に、心底疲れていた。
有能な滝夜叉丸は笑うかもしれないと思った。彼は、
「やめたくばやめろ。だが、私は忍びになるぞ。必ず為る」
と強い言葉で三木ヱ門をつき離したが、その表情は淡泊で、静かで、三木ヱ門に同情的ですらあった。三木ヱ門は彼がこれほどまでに堅く自分の道を決めていることを不思議に感じた。ただの自信から来る決心とは違うようだった。
「滝夜叉丸、お前、どうしてそれほどまでに忍びになりたい」
「私にとっての光がこの道を歩いているから」
「それって、」
「三木ヱ門、喋りすぎだ。今は忍務中だぞ」
三木ヱ門はム、と唇をとがらせて拗ねた。肝心なところでもっともなことを持ち出して有耶無耶にするなどと。
「食えん奴だな」
「馬鹿か、忍者が簡単に他人に食わせるものかよ。悔しければお前も私ほど優秀になって私を食ってみるのだな」
ふふん、といつもの感じで鼻で笑われ、三木ヱ門は怒りながらもようやく恐怖心が少しぬぐい去られた気分を持った。滝夜叉丸は嫌な男だ。最低で最高のライバルだ。これが俺の半歩先を歩いている限り、俺もまたこの道から外れるものか、と心の内で誓う。何があっても、食らいついてでも、追いかけて追い越してやるのだ。
ふと、ひとりの男がふたりの前に立ちはだかった。編み笠を深くかぶった、恰幅のよい大男だった。
「女、身売りか」
としゃがれた声が聞く。
「人待ちですわ」
滝夜叉丸がしおらしい様子で答えた。
「誰を待っている」
「・・・知り合いです」
「信田の森で知り合うた男か。」
滝夜叉丸と三木ヱ門は同時に顔を上げた。信田の森の暗号は、学園の者しか知り得ぬはずだ。このしゃがれ声の男に見覚えはなかったが、そもそも姿を隠すのが得手である忍者に、見覚えなどというものを頼りにして正体を判別するわけにもいかない。
「いかにも、」
と、慎重に滝夜叉丸は答えた。
「あなたがその人ですの」
「俺か?」
男が編み笠を少し持ち上げる。頬に傷を持った、泥臭い顔立ちの男だった。
「・・・そうだといったら?」
「確認させていただいてもよろしい?」
三木ヱ門が欄干から腰を上げて男にまっすぐ歩み寄った。若々しいすっきりとした美貌が、ばたくさい大男と向き合っている。それは端で見て釣り合いの取れない光景だった。三木ヱ門が微笑む。
「私の好きな花をご存知でいらっしゃる」
「さあて、な」
「まあ、それじゃあなた偽物ね。滝子、」
滝夜叉丸に視線を流すと、彼も細い身体を妖艶にしならせて立ち上がった。
「ええ、そうね。三木子、この男、殺してしまいましょう」
ふたりで顔を見合わせて美しく微笑みあう。しゃがれ声の男は、「葛の葉かな」と当てずっぽうを言った。信田の森と言えば、和歌を知っていればすぐに出てくる植物だ。ふたりの少女は、微笑みをやめて、同時に男を見上げた。
「正解。お待ちしておりましたわ」
「私たちにどうぞご指示を」
男はにたりと笑った。まさか、こんなにわかりやすい暗号を、互いの確認の言葉にしているとは。やはり、卵は卵。優秀な忍びの養成機関であっても、まだまだひよっこだ。そうだな、と男は頷いた。
「敵方から奪い返した巻物を確認したい。今持っているのは誰だ」
「ああ、それならば好都合。私たちが持たされております」
この返事に、男は内心でにっこりと笑った。まさか、こんなに都合よく事が運ぶとは!三木ヱ門が胸元から巻物をするりと取り出して、袖に隠しながら男に手渡した。
「ここでは人目につきます故、あちらの柳陰ででもさっそくご確認を」
「ああ、でかした」
滝夜叉丸が先に立ち、男を誘導する。その後ろを、三木ヱ門がついてくる。男の後方から、こそりと囁いた。
「先輩、私にご褒美をくださいましね」
「褒美、」
「惚けないで。忍務を終えたら可愛がってくださるとお聞きしております」
「ああ、しかしな、俺にはまだ仕事がある」
「まあ、ひどい、お約束が違うわ!」
背中を叩こうとした三木ヱ門の細い手首を、男は素早い動きでがしりと掴んだ。ばしっと腕を叩かれて、アッ、と三木ヱ門が鋭い声を上げる。袖口から苦無が落ちた。
「お前、俺を殺せると思ったか」
にたりと口角を上げる男に、三木ヱ門は、まさか、と不敵に笑う。
「殺すのは私じゃなくて」
「私だよ」
男の脇腹から、真っ赤な血が吹き出た。滝夜叉丸が血がかかるのを恐れて慌てて飛び退く。滝夜叉丸は男の腹から苦無を引き抜くと、男の大きな図体を川岸へ蹴り転がした。
「真冬の水なら傷口が縮んでまだしも助かる可能性は高いだろう。私の優しさに感謝するのだな、木偶め」
くつくつと意地悪そうに笑う横で、三木ヱ門もあっはっはっと高笑いする。
「自分の助平を恨むんだな、醜男が」
男はざんぶりと川に転げ落ち、ずんどこと流れ去っていく。それを意地悪くにたにたと笑って見送り、ふたりは道のほうを向いた。そうして、気配もなくひとりの男が立っているのに、肩を揺らせた。今度は若い男だった。
「信田の森をご存知か」
「・・・私たちの好きなお花をご存知?」
「母子草」
ふたりの少年は顔を見合わせる。
「「お待ちしておりました、先輩ッ!!!」」
ようやく見知った味方に出会えたという安心感から、ふたりは編み笠の男に抱きつく。男の編み笠が落ちて、久々知の苦い顔が表にあらわになった。
「離れろ。平、田村」
ぎゅうぎゅうと美女ふたりに抱きつかれて嫌な顔をする若い男に、道行く人が不思議な視線を投げつけていった。
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