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人でなしの恋⑥

妖怪パロ。
ま、第一部完的な感じで。もし二があれば絶対くくタカ出す!

---------- キリトリ -----------

「梃子摺らせてくれる」と伊作は汗を拭いながら呟かずに居れなかった。破魔の呪を彫った岩に三郎をやっとの思いでくくりつけてやった。何十にも麻縄で岩に身体を巻きつけた後、三郎の眼前にどかりと座り込んでひたすら呪文を唱える。それは三郎狐の妖力を封じ込めるためのものだったが、思うように効いてはくれず、三郎に縄を引きちぎらせない程度に押さえ込むことしか適わないでいた。
「俺を殺すか、下郎」
地を這うような声で三郎が吐き捨てた。伊作は知らぬ顔で呪文を唱え続けている。
「殺しても無駄ぞ、俺は滅した後もこの村だけは許さん。一生祟ってやるわ。作物の実り育たぬ死の土地にしてやろうとも」
けけけ、と三郎が笑う。伊作が呪を唱えているそばから、そんなことは無駄だとばかりに伊作の周囲の草木が枯れてゆく。伊作は三郎を睨みつけた。
「この村がお前に何をしたのだ」
「知ったことかよ。お前こそ、余所者だろう、北の匂いがするわ。この村に何の義理があるか知らぬが俺を放しや」
「おい狐、ひょっとしてお前の母親は数年前に退治られた玉藻御前ではないかね」
くわ、と三郎が怒りに口を開いた。ぶわりと体中の毛が逆立つ。三郎の前で玉藻の話は禁句だった。三郎が遠吠えすると、遠くでごろ、と雷がした。伊作が振り返る。
「む、いかん、鳴る神か。鵺が来る」
鵺は雷神で、鵺の参上するときは必ず雷が鳴るといわれている。三郎は表情ひとつ変えてはおらなんだが、内心では伊作以上に焦っていた。いかん、これでは間に合わん。鵺との約束が果たせぬ。
「おい坊主、貴様京の鵺退治を見に行くのだろ。ここにいて俺にかかずらっていてよいのか」
「お前を放して村人を喰わせるわけにいかん」
「ふん、ではお前一生俺の前で呪でも唱えているつもりか。阿呆が、お前程度の力で俺を見くびるでないよ」
確かに、気休めの封呪措置だとは伊作も気づいてはいた。死んだものならともかく、生きたあやかし封じなど、伊作の本職ではないのだ。伊作が苦々しい顔をすると、三郎狐はふふんと笑って、「お前を喰らう代わりに俺を放さぬか」と言った。伊作は首を振る。
「いやさ、私よりこの村の安全を約束してくれ」
三郎狐は酷薄そうな瞳を細めて伊作を見つめた。馬鹿な人間にかかずりあったと面倒な気持ちが湧いて出る。しかしやがて、よかろう、と頷いた。伊作は確かだな、と疑って簡単に呪を解くことをしない。三郎はしばし逡巡して、
「確約が欲しいのなら俺の尾を一本やろう」
と言った。伊作は驚いた。九尾の狐にとって、尾は魔力だ。「いいのか」と問うと「くどいわ、早くしろ」と返事。伊作は尾の一本を掴むと、根元から懐に忍ばせた短剣で切り落としてしまった。坊主がそんなものを持つなどと、どうもこれは怪しい男であると三郎は思ったが、ともかくも急がねばなるまい。伊作が縄を外すと、京に向かって一目散に駆け出した。冷たい夕の風が尾をなくした尻に酷く染みたが、そんなものに気をとられている暇もなかった。伊作は脱兎のごとく駆け出していった狐を見つめて、「こりゃあますますきな臭いぞ」と鼻をひくひくと動かして曇天を見上げた。ごろごろごろと音はどんどん近くなっている。びかびかと青い光が天を裂き始めた。
「いかんいかん、私も急がなけりゃあ」
立ち上がった途端、懐からころりと石が飛び出して、伊作は慌てて拾い上げた。その石は封魔の札で巻かれている。伊作はそれを両の手で大切に握り締めると、「玉藻御前、貴女の息子だ。見たかい、」と優しく語りかけた。


三郎は京へ行く途中に百鬼夜行をいくつも見た。鵺の参上で、京にいくつも門が開かれ、道が出来ているのだ。馬鹿な人間ども、鵺一匹を殺すために、それだけのあやかしを京に通すことになると思う。三郎は内心で嘲笑う。鵺の死体に化けて宮中まで運び込まれたら、そのまま宮中の人間総て屠ってしまおうかと邪悪なことを考える。ひたすら走っていたら、申し、と声をかけられた。申し、申し。それは魂震わすあやかしの声だった。妖怪の中でも位の高い三郎狐に、気安く話しかけられるものなどほとんどない。無礼者はだれぞ、と振り向いて、三郎は目の玉が零れ落ちてしまわんばかりに眼を見開いた。そこに立っているのは雷蔵だった。
青白い顔をして、青白い骸骨を背負って、三郎を呼び止めている。三郎は愕然として、岩で頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。息を吸ったまま吐き出すことが出来なかった。雷蔵が、妖怪になってしまっている。俺の知らぬうちに、雷蔵は、死んだのだ。雷蔵は、「どちらへいったらよいのですか」と虚ろに尋ねている。身を揺らすたび骨が鳴った。狂骨だ。世に未練があると、たまにこうして成仏叶わずあやかしとなってしまう魂がある。
三郎は身動きすること叶わず、ぱたぱたと涙を零した。
「雷蔵、」と名を呼ぶと、雷蔵がよくわからぬふうに首を傾げる。
「それはなんですか」
「雷蔵はお前だよ、雷蔵。俺のことはわかるか、三郎だ、お前が助けた狐の三郎だよ」
雷蔵はぼんやり立っている。「三郎、聞いたことがあるなあ、とてもよいものにつけた名だったような・・・」
三郎が瞬きするたび、ぽたりぽたりと涙が零れた。ごうん、と鳴る神が頭上で騒いでいる。ああ、鵺が呼んでいる。行かなければ。しかし走り方も忘れてしまった。雷蔵は草臥れた形で立っている。
「申し、私はどこへ行ったらよいのです」


食満は天に現れた異形の生き物を見上げた。それは大きく、吠えるたびに地が震え、見守る人々は幾人も失神してしまうほどであった。しかし、食満は負ける気がしなかった。胸には昨夜の甘い思い出が居座っている。きっときっと、俺はこのおぞましい妖怪を倒して蔵人の頭になるのだ。そうすれば八左ヱ門もどん何か喜ぶだろう。食満はきりきりと弓を引いた。それはいつかに八左ヱ門から貰った破魔の弓だった。大きな弓で引くのにはひどく力が必要だ。食満はしっかり狙いを定めて、射た。びいいいいいん、と弦の震えが長く宮中に響いた。渦巻く灰色の雷雲が裂かれ、弓は天に昇っていく。
「あ、」
と食満は息を呑んだ。少し手先がぶれてしまったらしい、弓の方向が外れた。しまった、と思い慌ててもう一本の矢を用意する。だが、弓は見事鵺に当たった。食満は瞳を見開いた。そんなはずはない、と思った。
ヒエーッと鵺は一度大きく鳴くと、そのままどさりと紫宸殿の前の庭に落ちた。化け物の首を駆ろうと近寄った警備の者たちを、食満は、止めた。
「心無いことをするな!妖怪といえ、これ以上辱めることは俺が許さん」
食満はゆっくりと鵺に近寄った。そっと手を伸ばしても、鵺は荒い息を吐くばかりで抗うことはなかった。
「お前、自分から矢に当たったな」
食満は、鵺の瞳が見たこともないほどあたたかいことに驚いて慌てて顔を覗き込んだ。
「鵺、」と声をかけたが、鵺はそっと瞳を閉じたままもう動くことはなかった。
「食満様!おめでとうございまする!」
口々に叫んで宮中にいたものみんなが駆け寄る。食満は呆然としたままだ。自分は、とんでもないことをしてしまったのではないかという嫌な後悔が胸に渦巻いていた。あんな優しい瞳をしたものを、射殺してしまった。
「おめでとう、留三郎」
ふいに背後で声がした。八左ヱ門の声だった。食満は振り返って、眉を潜めた。立っていたのは八左ヱ門だが、雰囲気の違うようだった。酷薄そうな表情で、ぱちぱちと手を打つ。
「君は見事鵺を退治たのだ」
「貴様は誰だ」
「俺は、俺はそこに倒れている鵺だよ、留三郎」
にたり、と八左ヱ門の容姿をしたものが笑う。雷は晴れて、真白い月明かりが京を照らしていた。鵺が鳴く夜はもはや永劫こないだろう。
「お前が俺を殺したのだ」
「嘘だ」
食満は吐き捨てるように呟いたが、胸の痛みがそれを否定しきれないでいた。どうして鵺は、自ら矢に当たりに行ったのだ。どうして鵺は、優しい瞳で死んだのだ。どうして八左ヱ門は昨日のうちに逢いに来たのだ。どうして、今日では遅いといったのだ。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
食満の懊悩を、眼の前の八左ヱ門がにたにたと見つめている。その尻に、尾が生えてくるのを食満は見た。八つの金色の毛並みをした狐の尾だった。
「お前が八左ヱ門を殺したのよ、馬鹿者が」
吐き捨てるように呟いて、青年はひらりと身を翻すと、紫宸殿から去っていった。
数日後、食満は帝から獅子王という名の弓をおし頂いた。
そしてその数日後、食満はひとりひっそりと京から姿を消す。
秋も盛りを過ぎ、地に落ちた花梨の実は甘く腐りはて、誰も伝えない過去の思い出をひっそりと辺りに匂わせている。

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人でなしの恋⑤

妖怪パロ。
食満竹で性描写があるので気をつけてください。

---------- キリトリ -----------

三郎が山に帰らなかった夜、鵺もまた山には居なかった。夕刻までいつものように食満の屋敷で働いて、帰ってきたのだが、眠れないので再び人間に化けて食満の屋敷に向かったのだった。
真っ暗な闇夜を食満の屋敷まで急ぎながら、鵺は、己が狂っているのではないかとひやりとした。三郎狐は人間に深入りするなといった。それはそうだと鵺も思う。人間と妖怪でははじめから棲んでいる世界が違う。交わることなどできはしない。それなのに、こんなふうに、人間に化けていそいそと屋敷へと急ぐ己を、鵺はもはや手遅れだと感じていた。逢いたい、逢いたい、逢いたい。逢って、何でもいいから話がしたい。いや、言葉なぞなくてもいいのだ。ただとなりにあって同じものを見るだけでもいい。離れがたい、と感じていた。そうして、そんなふうに考える己の心をもはや物狂いだと自嘲した。もし己が人間であればどうだったろう、と最近はよく詮無いことを考えてしまう。もし人間だったら、人間になれたら。
とり止めもないことを考えているうちに食満の屋敷に着いた。
明日は大切な日だ、もう家人は寝静まっているだろう。鵺はさてどうするかと思案して、結局猫に変幻すると、高い壁を飛び越えて花梨の匂いが満ちる庭へと降り立った。逢わずに帰ろう、せめて、顔だけ拝んでからこっそりと去ろうと思っていたのに、屋敷の奥から、「誰だ」と声がした。食満が、灯りもなしに、白い月明かりを頼りに庭のほうへ出てきた。寝着のまま縁に立って、庭を見渡す。寝ていなかったのか、眼は冴えているようだった。猫の姿だから然しておびえる必要も無いのだが、鵺はびくびくとして草葉の陰に隠れた。ふいに、食満が、
「・・・八左ヱ門?」
と名を呼んだ。その響きがあまりに切実で、恋うようでありいとおしむようでもあったから、鵺は心の臓が苦しくなった。
食満は、姿も見えぬのに、来訪者は八左ヱ門だと思えて仕方が無かった。気配がするのだ。だが、探してみても庭には何も居ない。気のせいだったか、恋うあまり夢でも見たか、と背を翻して屋敷へ戻ろうとしたときだった。ふ、と目端に愛おしい青年の姿が見えて、食満は振り返った。花梨の木の下に、八左ヱ門が立っている。少し頬が赤く染まっていた。はにかむような、それをこらえるような、不思議な表情で、ひたと食満を見つめていた。
「・・・八左ヱ門、やはりお前か」
「こんな時間にごめん。どうしても逢いたくて、」
「気にするな、逢いたいときにこればいいんだ」
食満は屋敷のものを起こすことはせず、こっそりと裏から酒と塩を盛ってきた。縁に並べて、二人でそれを味わった。月の白い、いい夜だった。庭のほうからりいりいと虫の声が聞こえて、遠くの山でほうほうと梟が歌っていた。冷たい風がそよそよとふたりの頬を撫でた。
「いい夜だ」
「うん」
「満月の夜が一番美しいというが、こうしていると、欠けた月もそれはそれで美しい」
「秋は月が白く見える、俺はそれが好きだ。夜なのに明るくて、色んなものが見えるだろ、昼とは違ったように見えるのがまた面白いんだ。白い月の夜に見えるものは、みんなどこか、あやかしじみて綺麗だ」
食満を振り返ると、彼の瞳は、まっすぐ八左ヱ門を見つめていた。白い月明かりを浴びて、彼は美しかった。腕が伸ばされて頬に触れるのを、八左ヱ門は拒めない。頬に触れた手のひらは温かだった。
「寒かろう、もっとこっちへ来い」
こっちへ来い、といいながら、食満は自分から膝を摺り寄せて八左ヱ門に近づき、彼を抱きしめた。
「明日鵺を退治たら、お前を俺のものにしてもいいか、」
八左ヱ門は腕の中で首を横に振った。食満が覗き込んでくるのを、深く俯いて熱っぽい視線から逃れるように横を向いた。
「嫌か、」
「明日じゃ駄目だ、遅すぎる。今日ならいい」
食満が息を呑んだのがわかった。そんなことが嬉しく、八左ヱ門ははにかむように微笑んだ。そのまま太い腕に抱きしめられて唇を貪り吸われた。妖怪は、こんなふうなまぐわりはしないから、八左ヱ門はひどくどきどきしていた。知っている、人間は、愛するものと身体を繋げるのだ。詳しいやり方を八左ヱ門は知らなかったから、食満にされるがままに愛された。身体の隅々を白月のもとに暴かれて、身体を火照らせた。食満の愛し方はどこまでも優しくじっくりと丁寧だったが、何も知らない八左ヱ門は獣のようだと思った。行為の間中、「好いか、」「ここはどうか、」と尋ねられるのをそのたびに、「わからない」と首を横に振った。好いとはなんだ、ただただ熱に浮かされているようで、苦しめられているようでもあり、労わられているようでもある。奪われているようでもあり、与えられてもいる。もう何もわからない。自分ばかりが総て裸にされて暴かれて、食満ばかりが衣服を着て、八左ヱ門を好いようにするばかりなのが悔しく、「ひどい、ひどい、」と八左ヱ門は泣いた。
「俺にもお前をおくれ」
「やろうとも、やろうとも」
膨れきった硬い楔で射抜かれて、八左ヱ門は苦しさにも似た快楽のなかで、明日ではなく今日もう自分は死ぬのだと思った。激しく突き上げられるたび、ああ、ああ、と声にならぬ声が漏れて、鵺はこの行為だけで自分は幾度啼いたろうと思った。こんな良い思いをするかわりに、どこかで人間が死んでいるのだな、俺のこの声が殺すのだ。鵺はしっとりと濡れた心でしみじみとそう思い、自分は酷いあやかしだと思った。退治られても仕方がない。この男の母親も俺が殺したのだ。
(俺は明日、この男に殺されるのだな)
八左ヱ門は自分を退治る男を抱きしめて、その額に、頬に、唇に口付けた。そのたびに、愛している、愛しているとまじないのように唱えた。恋は、乞いだ。何度も口に出せばそれは言霊となって力を持つ。食満は、腕の中でしなやかに背を反らせる男の肉体を、飽くことなく掻き抱いた。八左ヱ門の腕が、食満の黒髪を掻き混ぜる。開いた口からは、言葉にならぬうめきがひっきりなしに漏れている。ああ、ああ、と鳴き声のようだったそれは、いつしかひい、ひい、と鵺の鳴き声のようにも聞こえてくるのだった。食満は母親の死んだ夜を思い出して胸が締め付けられるような切なさを覚えた。ああ、鵺よ、どうしてお前はそんなにも鳴くのだ。なにを乞うて鳴いておるのだ――。
食満の突き上げが激しくなった。腿を高く抱えられて、身体の一番深いところに飛沫を浴びせかけられた。
「ああっ」
と八左ヱ門が高くひと鳴きして、それは終わった。
ふたりで身体を横たえて、互いに身体を擦りあった。そのこには同じ人間としての肉体がある。だが八左ヱ門は切なげに、「俺はいつかお前と同じものになりたい」と言うのだった。
「同じもの?」
こっくりと八左ヱ門は頷き、それからいそいそと着物を着込んだ。「帰る、」というので、食満は朝までいればいいといったのだが、八左ヱ門は首を振った。それから、食満の腕を取って、
「明日頑張れ」
と言った。
「上手くいくよう俺も祈っている。きっときっと、見事鵺を退治て見せるのだぞ、留三郎」

人でなしの恋④

妖怪パロ。

---------- キリトリ -----------

さて、少し噺は前に遡る。雷蔵である。
三月ほど前から、三郎狐は雷蔵とまったく会えていなかった。小屋に行っても、いっこうに雷蔵が出てこないのである。気配はある。しかし、天気もいいのに真昼間から雨戸まで締め切って錠もかけて、出て来ようとしないのである。三郎が遠吠えしても、何の音沙汰も無い。三郎はなんだか嫌な予感がして、とうとう小屋の錠を喰いちぎって勝手に中へと入っていった。裏口からそっと中を覗き込むと、零れた日の光に反応して、中に居た雷蔵がびくりと肩を揺らすのがわかった。なんと大仰に驚くのだろう、と三郎もびっくりしてしまう。ひ、と咽喉を鳴らして酷く怯えたような様子でこちらを見ている。じりじりと何かから逃げるように壁際に身を寄せるのがなんとも哀れだった。
三郎が正体をわからせるために、コン、とひと鳴きすると、雷蔵はああ、と溜息をついた。ひどく安堵した様子で、「三郎だね、なんだ、お前、餌をやらなかったから腹をすかせて入ってきてしまったのか。まったく、仕様が無いね」と三郎を手招いた。そうして擦り寄ってきた三郎を抱きしめると、
「ごめんね、今、家には何も無いんだよ」
と豊かで美しい毛並みに顔を埋めて言った。三郎は雷蔵の腕の細すぎることにびっくりした。何日食べていないのだろう、身体はほとんど骨と皮だけといってもよかった。水瓶の水からはすえたような匂いがしていた。腐っているのだ。水も飲んでいないのか。木の実でも持ってくるのだった。三郎は酷く後悔して、慌てて何か探してこようと身を翻した。それを、雷蔵が抱きとめた。弱々しい、ほとんど力の入っていない腕で覆いかぶさるように三郎を引き止めた。
「三郎、行かないで!」雷蔵は三郎のぬくもりにそっと瞳を閉じた。「お願いだよ、どこにも行かないで」
三郎は仕方なしにその場に伏せた。隣で雷蔵がうっとりと瞳を閉じる。そのうち眠ってしまうように思われた。とにかくひどく衰弱をしているようだ、食べ物を探してくるより、医者に見せたがいいかも知れぬ。雷蔵が眠ってしまったら、負ぶって町へ出ようか。
雷蔵に抱きしめられているうちに、三郎はあることに気がついた。雷蔵の肌の匂いに別の人間の匂いが混じっている。三郎は鼻を寄せてよくよく匂いを嗅いだ。そうして、それが人間の男の匂いであるとわかったとき、怒りに我を忘れるかと思った。ぶわ、と勝手に力が放出されて尾が九つ総て出た。ぐるる、と凶悪そうに咽喉を鳴らして、口を開ければ、雷蔵を我が物にした男を食い破らんとでも言わんばかりに唾液が糸を引くのだった。三郎は歯肉を見せつけて小屋から飛び出した。雷蔵を抱いた男が居る。雷蔵も娘だ、そのうち誰かのものになる。そんな当たり前のことを、聡い妖狐には考え付かなかった。雷蔵は誰のものにもせぬ、と端から決めてかかっていた。いや、仮に雷蔵のことに関して冷静な思考を手に入れていたとしても、やはり同じように三郎は怒ったろう。何故なら雷蔵があそこまで弱ってしまう理由が無いからだった。許さぬ、許さぬ・・・。
三郎は雷蔵から嗅いだ匂いを頼りに、どこまでも駆けた。そのうち、畑を耕している一人の男を見つけた。雷蔵の肌に染み付いた男の匂いと同じだった。それは、雷蔵に言い寄っていた男でもあったのだが、三郎はそんなことは知らない。まっすぐに駆けて、問答無用で咽喉笛めがけて喰らいついた。鮮血が迸り、まわりの人間が悲鳴を上げた。ガツガツと三郎狐は男を屠った。不味い肉は、喰いちぎるたび吐き出した。くさい肉だ、こんなものが、あれを穢したのか。許せぬ、許せぬ。
男が絶命して、およそ見るも無残な肉塊に変わった頃、三郎はようやく血だらけの鼻先を上に向けた。村人たちが、怯えた視線で三郎を見ていた。何人かは、手を合わせてしきりに破魔の呪文を唱えている。
「九尾の狐じゃあ」
「お狐さまじゃあ、なしてこげな村に」
「惣吉は何か罰当たりなことでもしでかしたかあ!」
三郎が食い殺した男は惣吉といったらしかった。三郎狐は、村人全員そのまま屠ってやろうかと、滾る血のまま考えていた。自分を取り囲む人の垣に向かって駆ける。わああ、と村人がもんどりうって逃げるなかで、ひとりだけ立ち去らぬものがあった。それは、袈裟を来て大きな数珠を首から下げた坊主だった。坊主はそのまま向かってくる三郎狐に向かって九字を切った。
三郎狐は見えぬ鎖に縛られて動けずに、そのままぱたりと其処に倒れこんだ。
村人たちが坊主を見遣る。
「あんた誰だえ」
呆然と尋ねる村人に、坊主は深く被った編み笠を少し上げた。整った美貌が現れた。随分と柔和な印象を持たせる顔だった。
「善法寺伊作といいます。京の鵺退治を見に行くところだったのですが、いやはや、とんでもないところに出くわしてしまった」
そういって、足元の三郎狐を見遣る。三郎狐は苦悶の表情で転がっていた。
京の鵺退治は、明日である。

人でなしの恋③

妖怪パロ。

---------- キリトリ -----------

帝が謎の熱病で危篤状態にある、という。京中の噂だった。蔵人として宮中勤めをしている食満にとって、帝の生死は非常に重要な話題である。今の華村天皇が亡くなれば、次に跡を継ぐのは弟の玲泉宮である。彼のシンパは食満の氏とは対立関係にあるから、政権交代がされれば食満は京を追い出されてしまうだろう。
ある日のこと、食満は蔵人の頭に呼ばれて其処で驚くべき話を持ちかけられた。
「鵺、ですか」
「そう、陰陽師が、帝の御病気は近頃毎夜のように木霊する鵺の鳴き声が原因だというのだ」
「ははあ、」
「それを退治してみよ、とのお上のお達しである」
食満はぼんやりしている。確かに、ここ最近は毎夜鵺の鳴き声が京に響いて人々を怖がらせている。鵺の鳴き声は人の霊魂を吸い取っていくというから、天皇の熱病もそれが原因と理由付けられなくも無い。しかし、食満にはどうしてもピンと来なかったのだ。帝の御病気は、心無いものの呪詛ではなかろうかと、もうひとつの噂か宮中でまことさやかに囁かれている。そちらのほうが、
(らしいな)
と思わずにはいられないのである。どこかとぼけたような食満の様子に、蔵人の頭はひとつ呆れたような息を吐いて、「これはお前を弓の名人と見込んでのお上直々のご命令である」と声高に、宣告した。それで食満は慌てて姿勢を正して蔵人の頭に向き合った。
「いつかに、お前が弓の弦を弾いて、その響きで殿中の百鬼夜行を退けたことがあったな」
それはいつぞやに八左ヱ門が入れ知恵をしてくれたものである。お前に破魔の弓をくれてやろう、これを一度、なるべく長く爪弾くのだ。音が響いている間は決して妖怪どもはお前のそばに近寄らぬだろうよ。
「帝はそのときのことを深く感謝して、いまだ覚えておられるのだ。有難いと思えよ」
「はっ」
「受けてくれるな」
「左様でございます」
食満が両の拳を板の間につき、深く平伏すると、蔵人の頭は満足げに「これに成功すれば、蔵人の頭の地位は私の次はお前だ、食満」と呟いた。食満は驚きに身体を揺らした。思わず顔を上げて蔵人の頭を見上げると、彼は恭しげに一度頷いた。
「出世の機会と思って気張れよ」
食満は「ははっ」と勢い込んで返事し、頭を下げ、今度はずっと頭を上げなかった。


その晩はああ、困った、と鵺が溜息を吐くこと甚だしかった。三郎狐は、そんなものは放っておけ、とけんもほろろに言った。
「お前が毎晩鳴くのは、西で戦をやっているからだ。帝の熱病など、知ったことじゃないのだろ、放っておけ」
「そんな、そんなわけにはいかん、俺を退治ることが出来ずば、留三郎はえらい恥をかいてしまう。蔵人の頭にも成れはせぬ。蔵人の頭はな、留三郎の積年の夢なのだ」
酷く焦った口調で鵺がそう零すのを聞き届けた三郎狐は、声高に、「大馬鹿者!」とぴしゃりと叱り付けた。
「お前は阿呆か、たかが人間一匹の恥だの名誉だのと、そんなものとお前の命ひとつを比較して迷うでないわ!放っておけ、」
最後は地を這うような声だった。鵺は猿の真っ赤な顔面を真っ青にして、やはり困り果てた表情をしている。今日の昼時、留三郎の屋敷へ赴いたら、彼は満面の笑みで、「おい、蔵人の頭になれるぞ!その機会を得た!」と随分と嬉しそうにはしゃいで八左ヱ門の腕を握った。
「見ておれ、八、俺はお前のために見事鵺を退治てやろうとも!」
八左ヱ門は綺麗に笑いかけてやることが出来なんだ。まさか、本当に退治られてやるわけにも行くまい。しかし、この嬉しそうな様はどうか。失敗すればきっとお咎めが来るのだろう。
どうしよう、困った。ああ、それにしても、困った。
鵺はその日一晩中溜息をついて、まんじりともせぬ夜を過ごした。朝を迎えてもまだしきりと悩んでいるようで、鵺の表情はいっこうに晴れることがなかった。三郎狐は人間は大嫌いだが、鵺のことは認めている。いささか鵺のことが可愛そうにも思えて、知恵を貸してやった。三郎狐は妖怪の中でも天狗と猫又と並んで知恵があるといわれている。
「鵺よ、ならばこうしてはどうか」
鵺は、三郎狐が知恵を貸してくれることを最初から期待していたに違いない、いつもならすぐにでも頼み込むところを、今回に限っては代の人間嫌いに遠慮して言い出せずにいたのだろう。嬉しそうな表情で三郎狐に耳を寄越した。
「どうする、」
「退治された振りでもしてやったらどうか、せいぜい哀れな悲鳴でも上げてやるのだ。もういっそのこと、その悲鳴で帝も殺してしまってもよいな」
「茶化すな、・・・しかし、死体が残らぬのは不味かろう」
「人間にそこまでしてやる義理はなかろう」
三郎狐は酷薄そうにコンとひと鳴きした。鵺はちろちろと三郎狐を見遣る。
「なんだ、」
「いやさ、お前は変化の達人であったよなあと思って」
「俺は嫌だぞ」
「一生の頼みだ」
「馬鹿な、人間ごときに一生ぶんの頼みなんかするんじゃないよ。俺は絶対に嫌だ」
「九尾の、頼む、この通りだ」
鵺は蛇で出来た尾をだらりと下げて頭を垂れて頼み込んだ。三郎狐は嫌な顔をした。三郎狐は冷酷でものの好悪が激しい。たいていは大嫌いなもののなかで、数少ない好きなものに対しては、途端に弱くなる。三郎狐はついに、
「一晩ばかりだぞ、せいぜいお前の死体でも真似してやったらよいのだろ!」
とやけくそ気味に叫んだ。鵺はありがたいありがたいと何度も頷く。
「まったく、礼ははずめよ!」
と甲高く鳴く姿さえ鵺には可愛らしく見える。結局お前は優しいのだ、と言おうとしたが、そんなことを言えば臍を曲げて口を利いてくれなくなることが目に見えたので、黙ってにこにこと微笑んだ。


 

人でなしの恋②

妖怪パロ、続き、ですが・・・
・女子の雷蔵
・雷蔵がすこぶるかわいそう
なことに耐え切れない方は、絶対に読まないでください。

---------- キリトリ -----------

山のふもとに一軒の小さな小屋があった。それは、もとは猟師が娘とともに住んでいたが、今は猟師も死んで娘だけが独りで住んでいた。娘の名前は雷蔵といった。器量は特別によいわけでもなかったが、気立てがよく、大らかな性格をしていた。野草やうざぎ程度の小さな動物を飼っては、村に売りに行って、それで生計を立てていた。村の衆は、雷蔵が独りで暮らしていくことの難を思いやって、何度も村に招いたが、雷蔵は頑として頷くことはなかった。
雷蔵はその日も僅かな儲けのなかから、数日分の己の食料と、生活用品と、それから油あげを買った。雷蔵の家には毎朝一匹の狐がやってくる。油あげは、その狐に施すぶんだった。昔、本当に昔、まだ雷蔵のじっちゃが生きていて、狐が子狐だった時代に、狐が怪我をして動けないでいるところを薬を塗って助けてやったのだった。それから狐は毎日のように雷蔵の家にやってきては、油あげを食べて、代わりに木の実やうさぎや珍しい薬草をたんと置いていくのだった。
雷蔵は狐に三郎と名づけて、まるで家族のように可愛がった。三郎ははじめ、そうした雷蔵の行動を、餌付けだと思った。餌付けて、懐かせて、いつか俺を喰ろうてしまうのだろう。だが、三郎はそれで好いと思ったから、雷蔵の差し出した油あげを残さず食った。三郎は妖狐だから本当は餌など要らぬ。喰らうことがあっても、それは血の滴る人間の肉だ。三郎はいつだって、人間を殺してやりたいと思っていた。人間は、三郎にとって母御前の仇だった。だが、そんな想いを隠して頭を垂れて地に落とされた油あげにかぶりつくのは、それが雷蔵の差し出してくれたものであるからだった。雷蔵は、油あげを咀嚼する三郎の背中を幾度も撫でた。それから、優しい声音で、「ねえ、三郎、おいしいかい、三郎」「三郎、お前は美しいね」と歌うように慈しんでくれるのだった。
雪が酷くてまったく食料の採れぬ冬もあった。雷蔵の生活は極端に貧しくなり、腹が減って動けなくなった。三郎は、今こそ俺が必要とされるのではないか、と雷蔵のもとへ駆けたが、雷蔵は痩せた腕で三郎を抱きしめたまま眠るだけで、いつまでたっても枕もとの猟銃で三郎を撃とうとはしないのだった。このときから、三郎は、俺の総てをかけてこの娘だけは守ってやろうと決めたのだった。
さて、京では帝がご病気だといって、騒ぎになっている。
だが、人里離れた雷蔵の生活にそれはさほどの支障もない。雷蔵が悩んでいるのは外のことについてであった。村に食べ物を売りに行くたびに、一人の青年からしつこく言い寄られて困っているのだった。誰かの女になるということを、雷蔵は考えていなかったので、何度も嫌だと訴えるのだが、男は強情張りおって、とますますむきになってくる。村人たちも、雷蔵は男を作ったほうが幸せになれると黙って見守るような様子である。雷蔵はほとほと困り果てていた。近頃では村に行きたくないとまで考えるようになっていたが、生計を立てるためには、村には通わねばならぬ。どうしてこんな色気のない女に言い寄るのだろう、と雷蔵は呆れたような溜息をついて、量の多い髪をわざとぼさぼさに乱して、色気のない粗末な着物を着て村へ出かけるのだった。
ある日も男に言い寄られた。尻を撫で擦りながら、耳元で熱い息を図れた。雷蔵はそれを気持ち悪いとかしか思えない。「なあ、好いか、」と幾度も尋ねてくるのを、雷蔵はそのたびに首を横に振って嫌な顔をするのだった。その日、男の行動は大胆だった。誰もいない夕方の畦道を、雷蔵はひとりでぶらぶらと帰っていた。暗闇が辺りを包んで、寂しげな鵺の遠吠えが遠く聞こえてくる。ふつうの女なら恐怖に失神してしまいそうな夜だったが、雷蔵は平気でとぼとぼと歩いてゆく。
ふいに誰から横から飛び掛ってきたので、もんどりうってくさっぱらの上に倒れこんだ。なんだ、と眼をむけば、声を出せぬよう口をふさがれて、口付けられる。興奮しているのか、上手く口が吸われずに舌が口の周りをべちゃべちゃと舐めていくから、その濡れた感触がずいぶんと気持ちが悪い。雷蔵が抵抗すると、圧し掛かる男は、大人しくしろ、と例の男の声で言った。雷蔵は全身が粟立つかと思った。あんまり恐ろしくって、力いっぱい男の身体を押しのけると、村で買ってきた荷物全部全部放り捨てて、逃げて帰った。

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