は組で現パロ女体化(三治朗、伊助、兵太夫、喜三太)。
「ありえない、」
と兵太夫は朝からぼってりした唇を突き出してふくれてばかりいる。
三治朗は兵太夫が塗ってくれるというので、長年のピアノ経験が滲み出たすらりとした細長い指先をそろえて彼女に差し出している。兵太夫は目を細めてせつせつと三治朗の爪に色を落とす。ほんのり、薄淡い桜色のネイルだった。
「綺麗な色だね」
三治郎はむっつりと仏頂面を崩しもしない兵太夫の気を、何とかそらそうと試みる。だてに永年彼女の親友をやっていないのだ、すぐに兵太夫は満面の笑みを浮かべた。
「だっしょー。昨日見つけてさ、絶対三ちゃんに似合うと思って。プレゼントだよ」
んふふ、と笑って、三治朗のほうにネイルの小瓶を寄越す。三治朗が微笑む。三治郎は笑うときに少し小首を傾げる癖があって、だから、笑うと豊かな髪がふんわり揺れて、微かにシャンプーの匂いが漂った。
「ありがとう、兵ちゃん、今度お礼するね」
「お礼なんていいよ、またいいの見つけたら教えるね」
三治朗との会話で俄かに機嫌が直っても、すぐにまた、むすっとした表情に戻ってしまう。膨れっ面の視線の先に団蔵がいることに気がついて三治郎は苦笑した。
「どしたの、兵ちゃん。団蔵と何かあった?」
「アイツ、サイッテー。絶対女にモテない」
むろん、そんなことはないと三治朗も兵太夫もわかってはいる。団蔵は明るいしリーダーシップがあるし、顔も悪くないから、学年問わず人気者だ。昨日も朝から女の子に告白されているところをは組メンバーに見られて、バツが悪いとぼやいていた。兵太夫は、手元に広げているファッション雑誌の、モノクロ記事を指差した。スクエアにカットされたネイルは艶やかなパープルが施され、黒い蝶と金のラメが散っている。
「…"デキ女・モテ女であるための、10のテクニック"…?」
「ちょっとこれ読んでみてよ。デキ女・モテ女は、料理好き、掃除好き…。古典ン時、これ読んでたの。したら団蔵のやつが横から覗いてきてさ、”へー、全部お前と違うじゃん”って。ブッ殺すぞアイツ」
「はは・・・」
三治郎はする苦笑するほかない。しょせんこんなものは、今流行っているドラマとのタイアップのための企画だ、真面目に捉えるものでもない。そんなことは普段の兵太夫なら充分わかっているはずなのに、今更ながら子どものように喚いているのは、ひとえに団蔵への想いゆえか。しかも、本人が気がついていないあたりが性質が悪い。
「気にすることないよ、団蔵が、こういう女の子が好みなだけでしょう。家庭的な女の子」
「げえ~、ふっるい男ォ!」
「ん~」
三治郎はやはり苦笑だ。
「家庭的ったら、やっぱ伊助かねえ・・・」
「どうかなあ、伊助はもうあれが趣味だしねえ」
ふたりでぼやいていたら、ちょうど伊助が戻って来た。
「あれ、ふたりともまだ帰ってなかったの?」
ひとつの机を挟んで向かい合ってダベるふたりに声をかけて、彼女は真っ直ぐ窓辺へ向かった。沈みゆく夕日の眩しさを遮断するためにひかれたままのカーテンをシャッと開ける。大きくグランドに向けて手を振った。
「虎ちゃ~ん、練習お疲れー。洗ったユニフォーム部室にあるからねー!」
がたん、と大きな音を立てて慌てて三治朗が椅子から立ち上がった。
「お、疲れ様っ、虎若!今練習終わったの?」
「おー、三治朗、まだ帰ってなかったの?」
「う、うん」
おーおー、真っ赤なほっぺたしちゃって。兵太夫は赤く染まった三治朗の頬や首筋やらを見て瞳を細める。小学校のときからの片思いだというから年季が入っている。虎若は野球部のエースで、容姿でいったら団蔵や金吾のような目だった華やかさはないけれど、とにかく真っ直ぐで人が良かった。三治朗の想いを知ったときはつくづく見る目があると感心したものだ。
「じゃあ、一緒に帰るー?暗くなるの早いし、危ないから俺、送ってくけどー」
「えっ、えっ、えっ…?」
幸運に慌てふためく三治朗に兵太夫はスクールバッグを渡してやる。「やったね、ラッキーじゃん。送ってもらいな」「え、でも、」「いーって、私はひとりで帰るから。ほらほら、行った行った」「うん、ごめんね、兵ちゃん」背中を押され、パタパタと校内サンダルの音を響かせて、三治朗が駆けてゆく。セーラーの襟が控えめにはためいて、そんなところまで女の子らしくて可愛い。兵太夫はその背中を見えなくなるまで見送ったところで、パクンと携帯を取り出して、三治朗宛にガンバレメールを送った。
窓越しに虎若の声が背中を叩く。
「伊助え、伊助も送ってくよ」
「ううん、私は委員会の仕事あるからもうちょっと残ってくー。虎若、三ちゃんよろしくねー」
「おう!」
兵太夫が振り返ったら、伊助が苦笑してこちらを見ていた。
「へへへ、人の恋路を邪魔するやつは団蔵に蹴られてなんとやらってねー」
「伊助三ちゃんの気持ち知ってるの?」
「だって、三ちゃん見ててわかりやすいんだもん」
困ったように笑って、横でひとつに纏めていた髪を、ふわりと解く。伊助は普段特に飾ることをしない。もともと地味な容姿だから、そうすると本当に目立たなくなる。それでも時々ふとした仕草に匂うような艶っぽさがあった。今だって、そうだ。兵太夫は息を呑んで、「ずっと髪おろしてればいいのに。そっちのほうが似合うよ」とアドヴァイスする。伊助は「ありがと」と軽くいなして、それで終わりだ。
「おしゃれとか、興味ない?」
「ないわけじゃないけど・・・そうだ、兵太夫、今度服見て貰ってもいい?」
「え、私服?いいよ。勝負服?なーんて」
冗談めかして笑おうとしたら、伊助はぽりぽりと首筋をかいてはにかんでいた。
「うは、マジで!?相手誰?庄ちゃん!?」
「もーなんで庄ちゃんがすぐでるかなあ!?」
伊助の顔は熟れた苺のように真っ赤だ。
「うはー、いいね、その顔!興奮するッ!!」
兵太夫がはしゃいで抱きつけば、「ちょっと、ちょっと、兵太夫オヤジくさいぞー!」伊助が声をあげて笑う。ぎゃいぎゃいと騒いでいたら、生真面目な顔をした庄左ヱ門が教室を覗いた。
「ふたりとも、そろそろ下校しなきゃ駄目だよ。僕ももう帰るし」
「あ、うん」
伊助はすんなり頷いて、それから、庄左ヱ門に向き合った。
「庄ちゃん、ねえ、兵太夫が帰りひとりみたいなんだ。方向同じでしょう、送ったげて」
「えー、いいよいいよ、私ひとりで帰れるから!」
思わぬ成り行きに兵太夫は慌てて拒否するが、庄左ヱ門はやはり真面目に頷いて、兵太夫の鞄を取り上げた。
「うん、わかった。一番重い荷物どれ、持つよ」
「ぎゃー、ほんといいって!庄ちゃんは伊助送ってってあげなヨ!」
「いやいや、私たち家反対方向だし」
伊助はひらひらと掌を振ると、少し慌てたように教室から出て行ってしまう。「ばいばーい、ふたりとも。また明日ねー!」
残された兵太夫は机の上に残された雑誌を見て、ふう、と溜息をついた。
「ふたりとも付き合ってるんじゃないの?」
「ふたりって、誰と誰?」
庄左ヱ門が不思議そうに首を捻る。あれ、と兵太夫まで首を傾げて、「は組ってさあ、仲良すぎするのがたまに瑕だよねえ」としみじみ呟いた。
一方の伊助は、ひとりで帰るつもりで昇降口で靴を帰っていたが、そこによっこいせ、と喜三太を負ぶった金吾を見つけて目を丸くした。
「わ、どーしたの金吾」
「わかんない。今日体育ではしゃいでたし、疲れて寝ちゃったんじゃない?剣道部の部室で眠り込んでたから、背負ってきた」
「お疲れ様です」
「まあ、慣れっこだし」
金吾は微笑んで、喜三太のぶんの荷物を持とうと手を出した伊助に一番軽い荷物を預けた。
「伊助、ひとり?送ってくよ」
「ありがと」
空に黄金の一筋がわずかに残るだけになった頃、眠りこける喜三太を負ぶった金吾と、その隣を歩く小柄な伊助の姿がバス停に向かって消えていった。
まだだれもくっついてない、みんな仲良しだから困るは組。ほとんど台詞だったけど、書いていたら案外楽しかったのでまた書くかもしれない。
現パロ。へーすけとたかまる。
寮で一番不可解で厄介な規則といえば、携帯電話の使用が一切禁止されていることだろう。このご時勢に、それはあまりにもあんまりだ。近頃寮の使用者が、存続を危ぶむほどにめっきり少なくなっているのは、ひとえにこの規則の存在が要因になっているのだと、寮生たちは口をそろえて言う。教師陣に文句を行ってみても、誰もが「それは確かになァ」と苦笑いで同情してくれる。だが、何度学園長に掛け合ってみてもいっこうに規則改定は行なわれない。横暴だ、職務怠慢だ、ワンマンだ、独裁政治だ、ファシズムだと罵り声を上げても、学園長のお気に入りの汚い柴犬”ヘムヘム”が、どことなく意地の汚い鳴き方で、かわいそうな寮生たちを嘲笑うだけだ。そんなわけで、寮生が電話をしたいときには、休憩室の廊下に並ぶ公衆電話を使うしかない。しかもきっちり10円を請求するのだから性質が悪い、強欲だ。
久々知兵助がその男を見かけたのは、今はもうほとんど使うもののないテレフォンコーナーの一角だった。立ち並ぶ緑色の大きな電話器に向かって、すらりとした長身が、項垂れている。ぼそぼそと、潜めた声。アシンメトリーな、多分にファッション性の高い独特の髪型に、金髪。編入生として全校集会でタカ丸が紹介されたとき、まことしやかに、「学園長、よくあんなの入れたなあ」と囁かれたものだ。どう見ても校則違反の彼は、しかし、見過ごされているのか、咎められても反抗しているのか、ともかく変化のないままだ。派手めな容姿をしているくせに、変なところで律儀なのは、例えばこうしてきちんと公衆電話を使ってしまうところだろう。寮生は、誰もがこっそり携帯電話を持ち込んで、使っている。むろん、兵助も持っている。部屋の、鍵つきの引き出しに入れてある。携帯電話というのに持ち歩けないのが不便だが、まあ、部屋で電話が出来るのは助かる。この年になれば誰にも聞かれたくない電話だってする。
公衆電話の10円は、すぐに切れる。入学当初は兵助だって律儀に使っていたのだからそれくらい知っている。タカ丸は、大きな掌で10円玉を幾つも包んで、こまめに継ぎ足しては会話を続けている。
「うん、・・・そうだね、そう。あはは、うん、それはわかってるよ」
笑う表情は、苦笑に近く、穏やかな声の割りに華やかさがない。兵助はなんだか不穏に思ってしまって、思わず彼のほうへ歩み寄っていた。
「うん、うん、大丈夫。なんも心配ないよ、ありがと」
何となく、電話の相手は年上かと知れた。話の内容というより、声が、甘えていた。このひと甘えると掠れたようなふうになるんだなあ、とぼんやり兵助は思う。隣で立ち尽くしていたら、タカ丸が兵助の肩を叩いて、ごめん、と、それから10円玉頂戴のジェスチャーをした。兵助はすっかり慌てて、さっき風呂場の自販機で受け取ってきた釣り銭をパジャマ代わりのジャージの尻ポケットからそのままつかみ出す。タカ丸の前でその掌を開いたら、タカ丸は長い指で、10円玉を一枚掴んだ。
「あ、ねえ、優ちゃん、ちょっと待って!」
タカ丸は切羽詰った声をあげると、そのまま声を低く低く抑えた。
「優ちゃん、まだしっかり言ってなかったから、その・・・結婚おめでとう。結婚式行けなくてごめんなさい、またおめでたい話しあったら教えてね、そんときは俺、今回の分も合わせてめちゃくちゃ盛大にお祝いするつもりでいるから。…えー、次来るおめでたい話って言ったらアレしかないじゃん。あー、ははは。ともかくおめでとう、俺、ほんとにおめでとうって思ってるからね。やだなあ、そこで謝らないでよ、俺かっこ悪いじゃん。じゃあねー、優ちゃん、お幸せにね。うん、…ばいばい」
ばいばいと言ってから、しばらく、タカ丸は受話器を握ったままただ黙って立っていた。向こうでプチと電話を切る気配がして、それからようやく振り切るように重たい緑色の受話器を置いた。
「ごめんねー、独占しちゃってて。次どうぞ」
「いえ、別に、使うわけではないんですけど」
「あれ、そうか、使うんだったら隣とか使ってるよねえ」
笑うタカ丸に兵助はぽり、と首筋をかく。
「10円・・・」
「あ、ごめん!さっきはありがと。今千円しかないからどっかで崩してくるよ、待ってて」
「いえ、いいんですけど、あの、携帯もったらどうですか」
「でもここ、携帯禁止なんでしょう」
「みんな持ってますよ、内緒で」
「えー、そうだったんだ」
タカ丸の瞳がぱちりぱちりと大きく瞬きする。いわゆるギャル男のような風貌で、そのくせ仕草はやけに子どもっぽいところがあるのだな、と兵助は観察する。謎の編入生には、他の生徒同様兵助にもそれなりの興味はある。
「ここくる時うちにおいてきちゃったよ。おかげで恥ずかしい会話聞かれちゃった」
兵助を見て、はにかむ。兵助はいまいち言わんとしている事がわからなく、はあ?と曖昧に頷いただけだった。タカ丸はバツの悪そうな表情で、告白する。
「失恋電話だったんだよねえ、今の」
「は、は、あ…?」
話の流れについていけない兵助の肩に手をおいて、深く項垂れる。
「と、いうわけで、ひとりで泣いていい場所教えてください~」
言葉の最後は啜り泣きですでに潰れてしまっていた。兵助は大きな瞳を瞬かせながらも、ようよう、
「じゃあ、俺ン部屋でも、来ますか?」
呟いていた。