⑫穴、穴、そして穴
市井を村娘の装束をたくし上げて筋肉のついた女が走り抜けていく。その異様な光景に道行く人は誰もが振り返って唖然とした表情を浮かべる。道沿いに茣蓙を敷き、そこで野菜やら焼き物やら反物やらを売る市の商売人たちも、迷惑そうな表情でそれを見つめている。
「なんだろうかねえ、騒がしいねェ」
眉を潜め唇を尖らせた老人から土のついた大根を受け取り、少女は皆と同じようにその連中を振り返った。柔らかい髪がふわんと揺れる。
「あんなに走ったら危ないのに」
長い睫毛に彩られた瞳は、真っ直ぐと連中を見つめる。落ち着き払った口ぶりは、心配、というよりはどこか予言めいている。
「市中は狭いからねェ」
「そう、何があるかわからないし」
ポツリと呟いて、少女は少し唇をほころばせる。ニタリ、と何処か恐ろしさの先にたつ笑みになる。美しい少女だとひそかに見つめていた市の主人は、慌てて瞳をそらした。
「ああ、危ない。もっとよく下を見なけりゃ。あすこには自信作があるのだよねえ」
地面が斑になっている。同じく塹壕堀を得意とする小平太は、目を眇めて、後を追いかけてくる九々知に声をかけていく。
「まただ、右にあるぞ」
「はい」
「至るところに穴掘りまくってやがる。あちらさんの足が遅くなるのはいいが、これじゃあ俺たちの邪魔にもなって意味がない」
小平太はチイと舌打ちをして、何もない地面を高く飛んだ。不自然に土が軟らかくなっているから、そこを避けた。「あるぞ」短く指示を出せば、九々知も「はい」と頷いて、脇を通りがてら分銅を底に投げつける。音もなく土は崩れて、底に深い闇。一般人の安全に配慮していちいち落とし穴を暴いていくところが、九々知らしいといえばそのとおりなのだろう。
しかし、忍術学園で穴を掘っているのとは違い、目印がより複雑になっている。いや、すでに目印なぞないといったが正しいか。市井でこんな本気を見せ付けられても、
「事故にでも見せかけて殺すつもりかよ」
苦々しく呟けば、小平太が声をあげて笑った。
「仙蔵んとこの四年か」
「おそらく。綾部喜八郎でしょう、」
「そこらじゅうを掘りつくしてやがる。誰用だい」
「おそらく俺です」
小平太は今度こそ大声で笑う。「恨まれてやがるな」そう同情交じりに声をかけられて、「はあ」としかいえぬ九々知だった。
ふと、目の前の忍者の姿が消えた。塹壕に落ちたのだ。
「しめた、かかりよった!」
小平太がガッツポーズをつける。ふたりして追跡の足を止めれば、美しい町娘がひとり、表情もなく正面からこちらへ近づいてくる。穴の中でもがく男を、しゃがみ込んで見下ろす。
「おやまあ、お前、私がこの穴を作るのにどれだけ費やしたと思っているの。邪魔をして」
いけないやつだね、
綾部は呟くと、持っていた太い大根で男の頭をぱこんと殴った。大根がふたつに折れる。その欠片を傍らへ捨てて綾部は真っ直ぐ九々知を見つめる。
「先輩、まだ終了時間まであります。私と遊んでいきましょう」
胸元から取り出したるは、苦無。
長らく更新皆無でほんと申し訳ないです。えへへ・・・。
忙しかっただけで忍たま熱が下がったわけじゃないんだぜ。ほんとだぜ。その証拠に16期のタカ丸の贔屓されっぷりに喜んでいるぜ。とりあえず、「お気をつけて~」のメイドタカ丸を100人ほどこちらに寄越せ。
・・・綾タカいいなあ・・・(ぽつりと)。
拍手ありがとうございました。正直もう誰も来ていないかと・・・嬉しかったので。
⑪不気味な男、あるいは市中の騒動
壁に身体を押し付けるようにして伸し掛かりながら、長次はタカ丸の身体をなぶるのを止めない。タカ丸が顔を真っ赤にして、叫びだしたいのをこらえていると、耳元で低い声がもそもそと囁いた。
「外に忍びがいる」
「・・・っ、」
先ほどの不気味な男を思い出してタカ丸は身震いした。あのねぶるような視線は、己の正体を見極めるためのものだったのか。見つかったらどうなるのだろう。殺されるのか、あるいは・・・。
まだ忍者を目指して日の浅いタカ丸は、忍者の暗い影の部分は見せてもらわずに済んでいる。しかし自分を取り巻く状況は、いつだって暗い闇の中にある。父親がそうと知れず守っていてくれただけだ。父親が忍者になることを反対しているのは気付いていた。それでも、わざと言葉の意味を取り違えたような振りをして忍術学園に来たのは、自分の身を自分で守りたいと思ったからだった。そうして力をつけて、父親の身も自分が守ることができたなら。
ぴたりとくっつけた身体からはやる鼓動を聞かれたものらしい。長次の拳がとんとんとタカ丸の跳ねる心臓を上から叩いた。
「荒い真似をしてすまん」
「大丈夫です。長次さん、ありがとう」
自分に読唇は無理だが、この男ならそれもできるだろう。タカ丸は声を出す代わりに、長次の太い指を己の唇へ誘ってその動きを辿らせた。
一方で久々知である。こちらは七松小平太の強烈なタックルを受けた挙句、上から伸し掛かられて潰れかけている。
「退いてください~」
低い声で唸るように言っても、小平太は名前でも呼ばれたらかなわんとしきりに口を塞ごうと躍起になってくる。驚くほど色気のない女がしきりに接吻を迫ってくるのだ。久々知は胡乱な表情をした。
だが大方の事情はそれで知れた。久々知が身体を摺り寄せてくる小平太を押し退けながら顔を上げると、柳の下に立っていた視線の鋭い男が、タッと駆け出した。
「先輩ッ!」
思わず声をあげる。小平太もとうに気付いていたものらしい。
「おう!」と叫んでそのままその男を追いかける。久々知は一瞬迷った。感情は、店内に入ってタカ丸のもとへ行きたいと叫んでいる。だが、追跡をひとりにやらせるものではない。久々知はすぐ身を翻すと、小平太のあとを追った。理性で動けぬものに忍びを語る資格なし。あとでタカ丸に詰られても、それこそ無様に土下座でもして謝ってやろうではないか。本望といったところだ。
「動いた」
長次が顔を上げた。その呟きに、タカ丸も外を見る。不気味な男はとうに消えていた。久々知が身を翻して小平太とともに後を追うのを見た。
長次はスッと身を放すと立ち上がってタカ丸の腕を引いた。
「行くぞ」
「後を追うんですか」
「逆だ」
長次は財布ごと店の机に投げ出すと、タカ丸の腕を引いたまま、男が駆けて行ったのとは逆の方向へ走り出した。
胃腸風邪ひきました。皆様はお気をつけください。
現パロにするんだって、タカ丸は男がいいなあと思っているんですが、女体化してみました。という話。
(大いなる矛盾)
*まるっきり少女マンガです。
酎ハイをジョッキで3杯と、生ビール、泡盛を一杯に梅酒のロックを2杯。そっから先は覚えていない。ただ、お気に入りのソルティー・ラ・トマトを飲んでいないのは絶対おかしいので、記憶にないだけで多分2杯くらい飲んでる。浴びるように飲んでふらつく身体のタカ丸を、友達はからかい半分でひとりで帰れるか、と心配した。
「かえれるかえれる、だいじょぶ~、わたしさけはつよいかららら」
「いや、さすがに今夜は限度ってものがなかったぞお前」
「ほんとにへいきだってば」
笑顔で手をふって、携帯のメールをチェックしながらマンションまでの暗い畦道をとぼとぼ(いや、ふらふら?)歩いていたら、コンクリートの出っ張りに蹴躓いて道路側に転んだ。買ったばかりのリズリサのスカートは汚れるし、ブーツは変な折り目が尽くしでいいことない。「いったい…」呟いてみたところで誰も助けてはくれないのだから、むくりと起きあがって泥を払って携帯を拾うととりあえずはまたふらふら歩き始める。優ちゃんとのデートの来ていこうと思って買った千鳥柄のポンチョは、結局お役目ごめんになったので今日着ていった。友達は褒めてくれたけれど、やっぱ転んじゃうし、いいことない。
掌の中で携帯が震えたので、メールボックスを開いたらさっきまで一緒だった秀ちゃんだった。
件名 大丈夫?
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おにいちゃんをそっちまで寄越そうか?
いまどこにいるの(・о・)??
あー秀ちゃんはすごくいい人だけど時々こういう気遣いがない。こんな真夜中に優ちゃんを呼び出して、おいそれと新婚の旦那さんと会うわけに行かないだろうが。少しは向こうの奥さんの気持ちを考えろっての。それに、優ちゃんに会たいからこそ絶対会えないこの辺の悩みもちったあ気付いてほしいもんだ。
件名 ダイジョウブVv
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もうすぐ家なのでダイジョウブだよ、ありがと。
今日楽しかったね、またやりたいね。
おやすみ~(^_^)/~
ぷちぷちと立ち止まってメールを打っていたら、あんまり寒いんででっかいくしゃみがでた。あー寒い、駄目だ、もう我慢できない。タカ丸は携帯を鳴らすと兵助にコールした。ワンコールででた、その声には怒りが含まれていた。
「今どこだ?」
「駅までの途中にあるミニストップの近く。今寝てた?」
「寝てた」
「じゃいいや、おやすみ~」
「馬鹿!俺、終わったら連絡しろって言ったよな、迎えに行くからって。何で連絡よこさずんなとこまで歩いてるワケ?」
「やあ~、兵助チャリだし今日ちょう寒いし迷惑かなって思って」
「俺から誘ったことだろ」
「そーだけど」
ごめんね、とタカ丸は謝って、むき出しの膝小僧を擦った。あ、タイツ破れてる、青痣できてる。チョーかっこわるい。ぜったいぜったい兵助にきてもらっちゃ駄目だ。思えば私、兵助相手にはかっこわるいとこ見せすぎだ。大学では下級生だけど、でも年上だし、もっと頼りがいある綺麗で小粋なおねーサンって感じに見せたい。そんで、恋愛するにしてもお洒落な感じで、余裕のお付き合いすんの。前に兵助の友達が、タカ丸さんはそういう雰囲気するっていってた、から、たぶん兵助もそういう目的で合コンで声かけてくれたんだと思うし。だいたい、兵助の持ってるAVとかエロ本おねー様系ばっかりなんすよ、いいわ坊や、私が教えてア・ゲ・ル(はあと)みたいな。とかなんとか、前に兵助の友達から聞いた。
父さんが美容師だし、お洒落には確かに気を使っているけれど、実際遊んでるふうなのは見た目だけで、中学からずっと一人の人にしか恋したことないし、お付き合いもその人とだけ。それもこの間振られて終わったし、だからこと兵助の要求に関してタカ丸は全部見掛け倒しだ。
「今から迎えに行く、から、寒いしコンビニで肉まんでも買って待ってろ」
「あ、いいのいいの、こなくていい」
「…誰かいんの?」
「ひとりだけど、べつにダイジョウブだから、こなくていいよ」
「じゃなんで、電話」
「寒いからどうしてるかなーと思って、そんだけ」
「ふざけんなって、お前」
「寝てるの邪魔してごめんってば、そんなに怒んないでよ」
「馬鹿!そうじゃなくて、…あー、もう、いいや。やっぱそっちいくわ、待ってろ」
「こなくていいよ、私帰るし、来ても誰もいないよ」
「それでもいい、行く」
「来なくていいってば。今兵助と会うと絶対流されるもん」
「流されるの嫌か」
「嫌っていうか、怖い。だって、兵助は友達だもん、優ちゃんじゃ、ないもん」
いったとたん、涙が出た。涙だけでてればまだましだったのに、鼻水まで出てくるから、嫌だな、本格的にかっこわるい。くしゃみしながらべそべそ泣いてたら、携帯越しに、兵助の途方に暮れた声がして、
「ばか、お前、俺まで泣かせんな」
ってめっそりしてた。馬鹿だなあ、この世の中に、叶う恋しかなくなればいいのに。みんな、好きになってくれる人を好きになって、好きな人から好かれればいいのに。すきっていう気持ちはいいことのはずなのに、どうして恋というのはこんなに辛いもんかなあ。
涙でぐしょぐしょになったひどく不細工な顔になって、タカ丸はコンビニにはいることもできず、外で震えて兵助を待ちながら、流されることについて考えていた。
そういえば、24日のバイトは休みなのだ。同僚から、代わってくれるようお願いされているのだが、どうやって返事をしようか。兵助に決めてもらったら、なにか、変わるだろうか。