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或る一生

は組大人版 死にネタシリーズ(嫌なシリーズ)


きり丸


庄左衛門が死んだ。任務の最中に負った矢傷が化膿したのだ。あのしっかりものの庄左衛門が消毒をしなかったとは思えないけれど、と僕が首を捻ると、きり丸は齧りかけの餅を皿に戻してしまってぼんやりした面持ちで「庄ちゃんはいいやつだったからなあ」と言った。
庄ちゃん、という呼び方が酷く懐かしくて、僕は伊助を思い出した。
は組の仲間を「ちゃん」づけで呼びあうのは、2年の途中頃まで続いた。クラスがそれぞれに分かれても会う度に「ちゃん」をつけていた。それを見て他のクラスメイトは皆笑った。先生は仲がいいなァ、お前らと苦笑しておられた。それでも、少年期特有の照れくささでいつからかだんだんと「ちゃん」づけで呼ぶことはなくなった。それから少しずつ、合う回数も減っていった。
僕らは自然な流れで、道を違えていったのだ。
庄左衛門の死について伊助と少し話をした。
そのとき伊助は、ぼろぼろと涙を流して何度も庄左衛門を呼んだ。そのとき、伊助は「庄ちゃん」と呼んでいたのだ。庄左衛門、じゃなく、庄ちゃんと。子ども帰りしたみたいに。
「任務が終わって引き上げる最中に、焼け出された子どもがいたんだ。酷い火傷を負っててな、俺がぼうっと見てたら、薬をやれっていうんだ。俺と戦災孤児を見て、何か思ったのかもしれない。庄ちゃんはそういう、当たり前のやさしさを持ってるだろ。それでも俺はほっとけって言った。薬は残り少なかったし、戦災孤児なんて、中途半端にちょっと優しくしたってほとんど無意味なんだよ。生きるやつはずるしてでもなんでも勝手に生きてくし、そうじゃないやつは死ぬ。でも庄ちゃんは、くれてやれってさ。俺は結局薬を塗ってやった。名前を聞くから、礼ならあすこの男の顔をよーく覚えててやんなっつって放ってやった。庄左衛門には帰ってきてから薬を塗ったけど、もう遅かったんだな。晩には高熱がでて唸り声を上げて苦しがった。」
きり丸は僕の手の甲を撫でながら言った。
きり丸は僕を抱いたりしない。
「乱太郎は俺にとってそういうんじゃないんだ」
そういってきり丸は僕の身体の色んなところをべたべた触る。それは情欲を掻き立てるふうでもなくて、子どもが自分とは肌さわりの違う両親の手を、好奇心でずっと撫でているのに似ていた。きり丸は僕の肌の感触や、肉の丸みや骨の太さや、血の温みや、そういうものを正しく記憶しようと躍起になっているように思えた。
庄ちゃんが死んだことを告げに来た夜は、とくにきり丸はしつこく僕に触れたがった。
「ほんとはもっと早くここへ来たかった」
きり丸は庄ちゃんが死んでしまうまで、ずっと庄ちゃんの傍にいたのだ。
「独りで死ぬのって寂しいだろ」
「そうだろうね」
「俺、何度か死ぬかもって思ったことあるんだ。忍術学園に入る前の話だぜ。飢えの苦しみとかさ、怪我の痛みとかじゃなくって、独りで死んでいくってことは凄く嫌なことだとそのとき思った。俺のことをだれも知らないんだと思ったら、俺がどうして生まれたのかもよく分からなくなって。なんか心臓がひやひやしてさ、俺はこの世で一番おっかないものはこういうことじゃないかと思ったね」
庄左衛門は朦朧とした意識の中で、しきりにきり丸の手をぎゅうと握っていたのだという。そうして、
「いーちゃん、伊助、僕なら大丈夫だよ、すぐに治るからね。泣いたらだめだよ」
と何度も言い聞かせるみたいにして呟いたというのだ。きり丸は、(彼がそんなことを思う必要はちっともないのだけれど)伊助が傍にいないことを庄左衛門に対してとても申し訳なく思って、必死で伊助に成り代わろうと伊助のことを思い出していたらしい。でもそのたびに僕のことが思い出されて大変だった、ときり丸は言った。
「庄ちゃんは、なんだかんだで幸せに死んでいったと思うんだよ。庄ちゃんに伊助と間違えられて手を握られながら、その腕の強さになんでだか涙が出た。そんで、乱太郎のこと思い出しながら、俺も死ぬときは幸せに死ねそうだなって思った。俺、たぶん、もうひとりで死ぬときになっても辛くないと思うんだよな。乱太郎のこと思い出してりゃさ、あほみたいにへらへら笑って死ねそうだ」
人が生まれてきた意味、ときり丸はいったけれど、僕もきり丸も本当はそこに意味なんてないことを分かっていた。人が生まれるのに意味なんてない。本当は。勝手に、何かの偶然が重なって、生れ落ちてしまっただけ。そこから必死に生きて、足掻いて、がむしゃらに暴れて、意味を掴み取ってゆくだけだ。
「乱太郎、俺は、自分が死ぬことになっても絶対にお前に会いに来ない」
きり丸は以前からそういっていた。
「俺が死んだことも、お前には絶対に伝わらないようにしておく。だから、お前、安心していつでも楽しい気持ちで俺を思い出すんだぞ。お前の生きている限り、俺もどこかで生きていると思え。お前の死ぬときが俺の死ぬときだとそう思え」
「それなら私が死ぬときもきっと寂しくはないね」
僕は本当はきり丸の弔いだってちゃんとしたかった。だけど、きり丸の望みは違うのだからしょうがない。僕の言葉にきり丸はまるっきり子どものように微笑んで、頷いた。
それから暫く。きり丸はいつものように仕事が終わるたびに私のもとへ通ってくれたけれど、3年前の夏を最後に会いに来なくなった。何処ぞで果てたか。そう思ったけれど、きり丸の言葉通り何処ぞで生きていることにして消息を知ろうとは思わなかった。
一度、団蔵がうちへ来た。土井先生がきり丸の消息を知りたがっておられるのだという。
「乱太郎なら知っているのかと思ってさ」
「いや、私は知らないよ」
「死んだかな」
「そうかも知れない」
「土井先生はたぶん、死んだのだろうって仰ってる。それで、死体を捜しているんだ。家族としてちゃんと葬ってやるってきり丸と約束したんだってさ」
「そりゃきり丸は嬉しかっただろうね」
「きり丸は嫌ですよ、先生に俺の死骸見せるのって嫌な顔をしたらしいけどね」
僕と団蔵は顔を見合わせて苦笑した。きり丸の照れ隠しの減らず口が、あんまり”らしく”て嬉しかったのだ。
そのときの表情まで思い浮かぶ。そうだ、僕らはいつだってずっと一緒だった。
突き抜けるように高く青い空に、もこもこと入道雲が浮かんでいる。団蔵は汗をかいた額を乱暴に腕で拭って、
「あっちいな、きり丸のやつ、死んだにしても日陰にいてくれりゃいいけど」
と言った。その言い方があんまり頭を使ってないから、僕は思わず声に出して笑った。

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