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今日もいい天気だよ

庄伊、なのか・・・?
死にネタです、苦手な方は回避してください。


***


思い返せば子どものときからえらそーなことばかり言ってた。伊助はもっと勉強しないと、いつか絶対命を落とすぞってせつせつと説教くらわせてくれたこともあったぐらいだった。それなのに、ばっかでー、結局自分のほうが先に死んでやがんの。ばっかじゃないのって笑ってやりたかった。えらそうに、生き残ることの知恵ばかり押し付けてくれたくせに、結局先に死んでしまって。ほんと、ばっかじゃないの、って。


「死んだ」
ときり丸が短くいって、それっきり慰みの言葉もなかったので、僕も「そう、」としか言わなかった。後は黙って俯いて、先日できたばかりの左手の親指のところのささくれを、痛い痛いと思いながら触れるのを止められず、右の人差し指でずっと弄ってた。
どんなふうに殺されたかとか、聞きたいか、といったので、僕は「えぐい感じなら要らないよ」と笑って見せた。頬の辺りが少し引き攣って、だから、たぶん変な顔だったと思う。きり丸はべつに笑わなかったけれど、代わりに最期まで庄左ヱ門の最期を教えてくれなかった。そうか、えぐい感じに死んだんだな、と思って、それならいっそうどんな最期だったか考えるのは止めようと思った。死ぬ覚悟というやつは僕も庄左ヱ門も忍術学園時代に叩き込まれていたので、たぶん、最期まで庄左ヱ門に恐怖だとか後悔だとかいった心の揺れはなかったと思う(それを祈りたい)。だけど、死ぬ瞬間は痛かったろう、どんなふうに死んでしまったかはわからないけれど、きっと、痛かったろう。そのときに一体僕は何をしていたんだろう。もし、あったかい布団に包まってぬくぬく眠っていたり、家族と笑っていたり、美味しいご飯を食べていたんだったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
その夜は布団に包まって、庄ちゃんの最期についてずっと考えていて、そうしたら変に興奮して、涙は出なかったけれど、眠れもしなかった。足指が凍るように冷たいのだけを感じて、何度も擦ろうかと思ったけれど、庄ちゃんの最期を思うたびに、そんな小さな痛みすら堪えなければいけないような気がして、わざとずっと放っておいたりした。


次の日は納品が迫ったブツがあったので店棚に出たけれど、誰が聞いていたんだかみんなが僕を気遣って「今日はゆっくりしてください」と仕事を取り上げてしまった。その日は冬だというのにポカポカした小春日和で、庄ちゃんがいないのにこんなに幸せで穏やかなのは良くないと悔しいような思いがした。することがないから洗濯をして、冷たい井戸水に指を曝して、ぴりぴりした痛みをまるで免罪符か何かのように感じながら、洗ったばかりのものでも関係無しに、手当たり次第目に付いたものを全部洗った。庭に、洗濯物群がふわりふわりとさやいでいるのをみて少し気分は爽快になったが、ぼんやりしていると嫌なことを考えそうだったので、慌てて家中の掃除をした。藁御座をどけて埃を掃いていたら、ふいに目の前を十かそこらの庄左ヱ門が走り抜けて、頭がくらくらした。
(伊助、掃除が終わったら、遊ぼう)
幻聴に耳を塞いで、何も考えないようにひたすら雑巾掛けをしていたら、そのうち何も聴こえなくなったのでほっとした。何かに追われているみたいに胸がどきどきして、何かがとても不安だった。庄ちゃん、駄目だ、僕、いつまでこのままだろ。庄ちゃんがこの先死ぬまでどこにもいないって、耐え切らないような気がする、気狂いになってしまうよ。掃除が終わったら本当にすることがなくなって、当方に暮れていたら、母ちゃんが「あんた、向こうの奥さんに挨拶に行かなくていいのかい」といってくれたので、ああそうだったと思い出して、荷物をつくった。ふいに思いついて、最近染めたばかりの布地でも反物にして持っていってあげようかと思った。庄ちゃんはうちで染める茜色がとても好きだといった。
母親に相談したら「でも、茜ってめでたかないかい」と首を傾げられて、それもそうだと拡げた反物を再び巻き取った。結局当たり障りのないものをいくつか包んで、持っていくことに決めた。
町をとぼとぼと歩いていたらふんわり柔らかな色合いの萌黄の布地を見つけて、これはひなちゃんに似合うなあと思って我慢できずに買った。庄ちゃんが死んだのに、こんな優しい明るい色はなあ、と思ったけれどまだ幼いひなちゃんに喪失の痛みを分かちても仕方がないような気がした。ひなちゃんは庄ちゃんに愛された子だから、いつだって笑っているのが一番いい。


庄ちゃんの奥さんはひとえさんと言って、聡明な女性だった。思いつきのような僕の手土産にも丁寧に頭を下げて喜んでくれ、「あのひとはずっと、僕はこういう仕事をしている身だから、いつかは死ぬ。でも、きちんと聞き分けなさい、覚悟をしておくんだよといつもいつも仰っていたので、平気です。覚悟はしておりました」と淡々と語った。その眼は泣き腫らした跡でぼてっと腫れていて、僕は、愛おしいような人だなあと思った。覚悟なら、自覚はなくても、僕の中にもあったんだろうか、それともどこかが冷え切っておかしくなっているだけか。庄ちゃんが死んだときかされてから、そういえば一度も泣いていない。
もう平気かと思って、僕は庄ちゃんの家からの帰り道、乱太郎の家によって、「庄ちゃんが死んだよ」と伝えた。乱太郎はとっくにきり丸から聞き及んでいたらしく、疲れたような気持ちでいる僕の前でわんわんと泣いてくれ、あったかい雑炊をご馳走してくれた。「庄ちゃんは最期苦しまなかったそうだよ」と慰みのように言ってくれたので僕はびっくりして瞳をぱちりと一回瞬かせて、乱太郎に向き合った。
「きり丸は、僕には、庄ちゃんの最期はえぐいと言ったよ」
「庄ちゃんは矢傷が元で死んだんだって、途中何とかもち返したんだけれどもね、傷口から禁が入ってしまって」
「そう、苦しかったろうねえ」
「傷口から菌が入ると高熱がでるんだ、痛みというより、熱で朦朧としていたんじゃないかな」
乱太郎は医術の知識があるので、的確なことを言ってくれた。そうか、そんなに痛くなかったのか、それならよかった。ちょっとは救われる。そう呟いて笑った僕を、乱太郎が咎めた。
「伊助、泣かなきゃだめだよ。泣かなきゃ、壊れちゃうよ」
「でもね、乱太郎、僕、悲しいって思ったら多分気が狂ってしまい様な予感がするんだよ。だからこのまま、忘れてしまうまで上手いこと痛みを噛み殺してやり過ごそうと、」
僕の言葉に乱太郎はゆるゆると首を横に振った。
「伊助、庄ちゃんは死ぬ間際にきり丸に今はいつごろか、尋ねたってさ。お昼間だったので、そう答えたら、今度は、外は晴れているかって。いい天気だよ、風もないし、あたたかい、外でふわふわ草っぱが揺れてらあと言ったら、お昼間かァ、伊助は何をやっているかなあ、もう昼餉は食べたかなあ、何を食べたかなあ、僕は伊助の作る蜆の味噌汁が好きなんだと言ったってさ。だからきりちゃんが、そうさなァ、多分今頃は飯食い終わって仕事の前の一服で茶でもすすりながらぼんやり欠伸してるんじゃねえのかなと話したら、ああ、それはとてもいいなあって笑ったって。それで、最期だって。それが庄ちゃんの最期だって」
そのとき、ふわあ、と柔らかい風が頬を撫でて去っていった。鼻の奥がツンとして、咽喉の奥が引き絞られるみたいに痛くて、唾液が一杯でて、苦しい、と思ったらもう駄目だった。ふぐ、と変な音がして、引き攣るみたいにして泣いた。大泣きしたのは、庄ちゃんに関しては、三年のときの大喧嘩以来だ。うわあうわあと恥も外聞もなくみっともなく泣き喚いている間、乱太郎ずっと僕を見守ってくれていた。
庄ちゃんがいない、庄ちゃんがいないようと迷子の子どもみたいに泣きじゃくった。一年は組にいたとき、確か土井先生が何かの授業で、「忍者の仕事は危険だけれど、何かとても大切なものが自分の中にあれば、どんな任務も怖くはないものだよ」と仰って、庄ちゃんは、「僕はちょっと怖がりだから、大人になってピンチになったときも、怖くないと思えるような大切なものが出来ていればいいなあ」としきりにぼやいていたので、「そうだねえ、ほんとうにそうだねえ」とは組のみんなで頷きあったのだった。
庄ちゃんが死ぬ間際まで幸いであったなら、もし本当にそうだったなら、よかった。平凡な僕の、不躾な欠伸だとかみっともないぐうたらな日常だとかが、庄ちゃんから矢傷の痛みを庇うことができたなら。
僕はわんわん泣いて、泣きながら、僕の最期を思った。忍者にならなかった僕は、どんなふうに死ぬかはわからない。でも、どんなに苦しくても、僕は庄ちゃんが縁側でくつろいで、ちょっとだらしなく足を崩しながら、本なんか読んで、ははは、と声をあげて笑っている、そういうくだらなくて愛おしい場面を思い出して、幸せと思って死ぬのだろう。そう思った。

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