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よいこわるいこふつうのこ

にんじゃなんじゃもんじゃ
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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ24

24 ふたりの下級生


タカ丸はひとりふらふらと街を漂っていた。女装束は水に濡れ、肌に張り付いている。ぽたぽたと髪から滴がたれて足元の土を濡らしていく。裸足の足がそれを踏みつけて、タカ丸は先へ進んでいく。どことなくうつろな瞳が、彼が精神的にひどく疲労していることを訴えている。立ち止まって休んでしまえばいいのに、それをしない。どこまでも、あてどもなく、奇異な視線を向けられながら市中をさまよっている。
そうして、ひとつの場所へ着いた。
それは滝夜叉丸と三木ヱ門が突然現れた刺客と刃を交えている場所だった。相当の手誰らしい、ふたりがかりでも決着はいまだついていないようだった。だが、4年といえども優秀な忍たまふたりを相手にして、刺客は押されてきているらしい。三木ヱ門の体術をどことなくふらつきの見える足取りで交わしながら、タカ丸の姿を見つけると、刺客は一瞬いぶかしむ表情をした。だが、標的がふらりと眼前に現れたのだ、すぐに好都合とばかりタカ丸に駆け寄って彼の身体を拘束した。背中に回り、腕をひねり上げると、タカ丸はたいした抵抗も見せずにその場に膝をついた。
「タカ丸さん!どうして・・・」
三木ヱ門が蒼白の表情で声を上げる。いつも朗らかで明るい同級生の哀れな様子に、彼は純粋に怒りをあらわにしていた。刺客は、タカ丸の首筋に小刀を押し付ける。少しでも動けば頚動脈が掻ききられる。そのまま髪を引っつかんで面を上げさせた。タカ丸の血を失って白い顔が、苦痛に眉をひそめていた。その唇の青さに滝夜叉丸も息を呑む。
突然巻き込まれた騒動だったが、滝夜叉丸はこれがタカ丸に関わるものではないかとすぐに勘付いていた。敵の多い忍術学園であるが、差し迫った火種といえば、彼に関わる事がいちばん大きい。以前誰より近くでタカ丸を守護してから、滝夜叉丸は彼の背負っている”やっかいごと”には多少なりとも注意を払っていた。
何が彼をここまで疲弊させたか事情は知れないが、ともかくも今は刺客の腕の内から彼を取り返すのが先決であろう。一分の隙も見逃さぬよう刺客を睨みつけていると、ふと妙なことに気がついた。
三木ヱ門が不信感をもって思考する滝夜叉丸に、そっと耳打ちした。
「おい、どうする」
どうたすける、ということであろう。滝夜叉丸は、眉をしかめたまま、「待とう」と答えた。これには三木ヱ門が声を荒げる。
「怖気たか、滝夜叉丸」
もういい、私独りで行く!と手首の棒手裏剣を引き抜いた少年の肩を、滝夜叉丸はぐいと掴んで引き止める。小声で耳打ちした。
「逸るな!よく見ろ、あれはタカ丸さんではない」
「え?」
三木ヱ門が眉を上げてタカ丸に視線を戻した。
その瞬間だった。グッ、と変な声が漏れた。それが刺客の出したものだとわかったのは、彼の首に縄標が巻きついていたからだった。だが相手もなかなかの実力者で、とっさに首と縄の間に自分の手首を入れていた。ぐいぐいと縄が引かれる。それを外そうともがいたところを、タカ丸が棒手裏剣で小腹を指した。刃は的確なところに打ち込まれたらしい、鮮血が噴出す。滝夜叉丸と三木ヱ門が止めとばかりに戦輪と小刀を投げつけた。
男が倒れる。失血して気を失ったようだった。まだ浅い息を吐いている。
タカ丸がふらりと立ち上がった。
「誰だ」
と滝夜叉者丸が問うのに、「俺だよ」といたずらげな笑みが返される。それはタカ丸の容姿を借りていても、本人では到底浮かべない鉢屋三郎らしい笑みだった。
「蜂屋先輩」
「よく持ちこたえたな」
「「当然です。私を誰だと思っているんですか!!」」
図らずも、滝夜叉丸と三木ヱ門の声が重なった。鉢屋は声を上げて笑ってしまう。
「迎えに来たんだ、力を借りたい」
「タカ丸さんはご無事なんですか」
滝夜叉丸が尋ねた。ひどく思いつめた声音だった。鉢屋はしばし逡巡したあとで、「死んでいない」と答えた。三木ヱ門の顔色が再び青くなる。鉢屋はひどい冗談を言っているのだと、倒れた男を見下ろしている雷蔵を見遣る。さきほど縄標を投げたのはこの男だった。雷蔵の背中はいつまでたっても振り返らない。
隣で滝夜叉丸が呟いた。
「生きているなら、いい」
簡単にものを言う、と三木ヱ門は恨めしい気持ちで彼を睨んだ。
「生きている限りは大丈夫だ」滝夜叉丸は嬉しそうに微笑んで三木ヱ門を見たので、三木ヱ門は何も言えなくなってぶっきらぼうに、ああ、と頷いた。
雷蔵は男を見下ろして小刀を握りなおした。震える右手が恨めしい。いっきに振り下ろしてしまえば仕舞いだと己に言い聞かせて振りかぶった。
その右手首を、背後から三郎に留められる。
「いいよ雷蔵、放っておこう」
「だが仕留めてしまわないと」
「大丈夫だ。もう動けまいよ」
「万が一ということがある」
「雷蔵、殺さなく済むならそっちのほうが好い」
雷蔵が小刀を取り落とした。三郎がそれを拾い上げる。行こう、と肩を叩いて、三郎は歩き出した。雷蔵は大声を上げて泣き出したいような気持ちに駆られたが、任務の途中だからとそれに耐えた。
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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ23

23 闇


間も無く半刻が経つというころになって、雨が降り始めた。激しい雨ではなかったが、みぞれ交じりの氷雨だった。綾部は手のひらに息を吹きかけて曇天を見上げていた。戦うにはやりにくい天気だった。わずかに眉根がよっているのをみれば、この男は案外わかりやすい男だということに気がつくかもしれない。
綾部はとてもわかりやすいよ、といつぞやにタカ丸が言ったことがあった。だが、綾部はそれを信じなかった。彼は常に周りから表情の乏しい、思考の読めぬ子どもだといわれ続けてきた。だから己は、そういう人間なのだろうと思っている。忍者を目指したのも、お前は心がないから忍者に向いていると誰かに言われたからだった。タカ丸が綾部のことをわかりやすいというのは、彼が特別に自分のことをわかってくれるからだと綾部は信じた。
かさり、と草を踏みつける音が聞こえて、綾部は思考をやめた。振り返らずとも、足音の具合でだいたいの正体は掴める。そうしてそれは、綾部が今話をしたい相手ではなかった。それは向こうとて同じだろう。だか相手のほうは、仕事のためなら自分など消してしまえる。彼にとっては今、自分のことも綾部のことも、仕事を達成するための道具に過ぎぬだろう。
「久々知先輩、なんです」
「いや、雨が降ってきた。身体が冷えるからさがったほうがいい」
「わかりました」
と返事をして、綾部は動かない。空ばかり見ている。久々知は立ち去ろうとしたらしかった。小さく葉が踏みつけられる音がした。
「先輩、」
と綾部は呼んだ。足音が止まった。綾部は背中を向けたまま、尋ねた。
「感情のままに相手を殺したいと思ったことがありますか」
「・・・ある」
久々知は少しの躊躇いのあとに、はっきりと答えた。綾部は黙っている。それから、たっぷりの沈黙のあとに、なにかを噛み締めるようにゆっくりと言った。
「初めてなんだ。・・・自分の中で、色んなどす黒い感情が蠢いているのがわかる。濁流が鉄砲水みたいに押し寄せてきて、私を押し流そうとしている。誰かをひどく傷つけてしまいたい。私にはその力がある。・・・私には力がある、のに、どうしてなにもできなかったっ・・・?」
綾部には珍しく、激しい口調だった。久々知は瞳を瞬かせた。
「俺は子どもの頃に、家族を失った。賊に殺されたんだ。俺の留守中に、俺の屋敷に盗みに入ったのがばれてね、逆上して俺の家族を奪ってしまった。今考えると、向こうも混乱して我を失っていたんだろうな。そうじゃなければ、どうして俺の父上が負けたのか・・・わからないくらい、力のないやつだった。十になる頃に、殺した。学園に入る前だ、復讐のつもりだった。殺したってどうにもならないことはわかっていた。なにをしたって、一度死んだものは再び蘇らない。だが、殺さないと俺が生き残ったことに納得がいかなかったんだ。結局俺は、一人で生きていくことの辛さを、復讐で支えようとしていたんだな。俺はたぶんどこかが壊れてしまっていて、俺の周りのごく狭い世界以外のことにはすごく無感情なんだ。例えば今ここで、」
久々知が言葉を切った。綾部が振り返ると、久々知は平然とした表情で、川向こうの岸で、忙しそうに傘を差して走ってゆく人々を見ていた。綾部も視線を転じる。
「あの人たちが死んでしまっても、俺は何も思わない」
冷たい雨が頬を打ち付けている。綾部は眼を細めて久々知を見遣った。睨みつけるようだと自分で思った。久々知の長いまつげに滴が絡んでいる。この人も、泣いたのか。それともただの雨粒か。
「だけど、斉藤が同じ光景を見たら、あいつはきっと泣くだろう。どうしてこんなひどいことが、といって、泣くだろう。泣いたって何も変わらない。だけど、それでもきっとあいつは泣く。俺は、知らない他人が死ぬのはどうだっていいけれども、斉藤が泣くのは嫌だ。だから、見知らぬ他人の命でも、どうか無事出会ってくれと思う。俺は壊れ物だけれど、斉藤がいると、少しずつ人に戻っていくような気がするんだよ」
「私はあの人のためなら鬼に成り果てても構わないと思っている。あの人を傷つけるものすべて、壊しつくしてやりたい」
闇に落ちたっていいんだ、と綾部が呟いた。それは、独り言にしては切ない響きを負っていた。どこか、とても真摯な告白のようだった。久々知は視線を足元に落とした。
「やめろ、斉藤が泣く」
綾部は唇を噛んだ。かすかに鉄の味がした。
 

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ22

22  作戦会議、あるいは、忍びとは。

眼前に広げられた巻物にはタカ丸に似た女が描かれている。着ている着物の豪奢さが、彼女の素性が高貴であることを訴えている。女は唇に赤すぎる紅を刷いて、強張った表情でこちらをじっと見ている。
「相手の目的は抜け忍の捕獲ではない」
と長次が重い口を開いた。忍装束の袴が脛から足元にかけてぐっしょりと血で濡れている。ぷんと赤錆びた匂いが漂っていた。その只ならぬ状態が、事態の深刻さを無言で告げている。久々知も綾部も黙り込んだまま六年の車座に混じって、中央に広げられた巻物をじっと見つめている。目の前の女から、タカ丸の片鱗を探すように。あるいは、タカ丸とは違う者である証を見つけるように。
「タカ丸の祖父斉藤幸丸は、仕えていた城の姫君を攫って逃げた。奴らはその姫君の情報を狙っている」
「そのお姫さんがこの人か」
小平太が顎で巻物を示す。食満が身体を揺らした。
「大体の事情は知れたな。この女はタカ丸の祖母で、高貴な血筋の人だ。大方、連れ戻したいといったところか」
「しかし、今になってか?生きていてももう老婆だろうに」
「年なぞ関係ないんだろう。今日までうまく逃げ続けていたというわけだ、さすがは斉藤幸丸だな」
文次郎と仙蔵は、食満の出した結論が納得いかぬらしく、それぞれに押し黙って思考している。
「幸丸殿は・・・」
仙蔵の呟きに答えたのは、久々知だった。綾部とはまた違ったクールさを持っている。タカ丸が死んだと聞かされて、もっと取り乱してもいいはずだったが、瞳は冴え冴えとした光を放って曇りがない。刺すような眼光を持っていると綾部は思った。この男は、根から忍びのものだ。仕事になると躊躇なく己を捨てられる。努力してそうなったというよりは、そうなってしまう性質なのだろう。彼の中で、「彼」であることはさほど重要なことではないのだ。誰でもなくなって、闇に溶け込む。己の任務のための道具に変えることに抵抗がない。
「本人から死んだと聞いています。学園長からも同じ言を聞きましたし、まず真実でしょう」
「祖母については聞いていないか」
「はっきりと確認したことはありませんが、おそらく幸丸殿より先に亡くなられているはずです」
「間違いないか」
「以前、本人が、“斉藤の家系は女は早く死ぬ血筋”だと」
「そうか。深く聞いてすまんな」
「いえ」
「ふたりともとうに死んでいる。なぜ今になって女にこだわる必要がある」
「知らん。女がなにかしら城の機密にかかわる情報を持っていたのではないか。女とはいえ、姫君だ、ありうるだろう」
「あるいは幸丸殿がもっていたという詮もある。まあ、いずれにせよわかることは、それを、今はタカ丸が握っているのだろうということだ」
文次郎が頷く。そうして、広げられた巻物を手に取った。
「これを相手方が奪っていたということは、だ、これが重要な機密をもつものの一つというわけだな。・・・俺ではまったく読み解けんが」
ふうと溜息をついて巻物を巻き取ってゆく。「これは俺がもつ。いいな」と短く告げ、懐に仕舞い込んだ。食満は(勝手に決めおって)と内心で舌を巻いたが、状況にそれを言い出すほどのゆとりがない。ひとまず置いて、気にかかっていることを告白した。
「俺に巻物のことを言ったとき・・・確か和歌のようなものを呟いていたな」
「和歌?どんな、」
「すまんが覚えがない」
食満に、和歌を詠むといった情緒的な遊びは無縁だ。つい聞き流してそれっきりだった。文次郎がこれ見よがしに溜息を吐く。それに食満が、また嫌な顔をした。長次が口を開く。低い掠れたような声が、一つの歌を紡いだ。
「浅茅生の篠原…」
「おう、それだ」
食満が愁眉を開いて頷く。長次が諳んじた。
「浅茅生の・・・小野の篠原しのぶれど・・・あまりてなどか人の恋しき」
「源等ですね」
久々知が視線だけ上げて長次を見遣った。
「恋の歌か」腕を組み唸る小平太の隣で、仙蔵が鼻を鳴らす。「おそらくは恋の歌に見せかけた“何か”だろうよ。この歌には本歌もある。なにかかかわりがあるやも知れん」
「忍んで貴女を恋い慕ってきたが、もはや忍びきれない。どうしてこれほど貴女が愛しいのだろう」
歌意を綾部が呟いた。まともに聞けば、それは忍びのものと彼が仕える姫君との、忍ぶ恋の、秘密裏に交わされる告白のようである。
沈黙が降りた。皆がそれぞれに和歌を手がかりに、巻物に隠されているらしい謎を読み取ろうと思考した。しかし、明確な答えの出ぬままに、「ま、俺らはこれを守り抜けばいい。謎は二の次さ」と明るく小平太が言い放ったのを一応の結論とした。
 
 
男が伸びている。穴に嵌った間抜けな男を、仙蔵がうるさいからと意識を落とさせたのだった。川べりに横たえられているのを、綾部は無言で見下ろしていた。おもむろに懐から苦無を取り出す。慣れた手つきで右手に握ると、それを振りかざした。
「殺しても死者は生き返らんぞ」
背後で声がした。
「先輩、」
綾部が振り返ると、仙蔵が腕を組んで斜に構えて綾部を見ていた。他人に干渉することの少ない男だが、多少なりとも関わりのある後輩は気になるらしい。
「殺してしまいたい」
「その必要性は?」
「・・・」
「必要もないのに殺せば、それはただの殺人だ。お前、人以下の化け物に成り下がるぞ。それでもいいならやれ。お前の気の済むようにしたらいい」
「人質が死んでも構いませんか」
「その男は使えん。私にとってはどうでもいい存在だ。任務の役にはたたんし、お前と比べたらお前のほうが私は大事だ」
「貴方のほうがよほど鬼のようだ」
「忍びなぞ、どこかが壊れていなければ到底できる仕事ではないさ。孤独な仕事だ」
仙蔵が近寄った。呆然と立ち尽くす綾部の右腕から苦無を取り上げる。腕には力が入っておらず、それは簡単に仙蔵の手に渡った。綾部は疲れたように呟いた。
「貴方がいながら何故死んだ」
「すまんな」
「こんなに簡単に死んでいい人じゃなかった」
「・・・そうだな」
綾部に頷きながらも、仙蔵は、人間に死んでいい人も、死んではいいけない人もいないことを知っていた。死の前に人は等しく平等だ。綾部も、仙蔵も、いつ死ぬか知れない。明日かもしれない。どんなふうに死ぬのかもわからない。ぼろくずのようになって裏寂しい野山で腐っていく可能性だってある。そうしてその死に意味なんてない。ただ、なるべくしてそうなるのだ。それだけだ。仙蔵が十五年の歳月を経て到達した、あまりに残酷で、優しい、寂しい生き物の摂理だった。
「綾部、泣くな」
「泣いている?私が?」
綾部はその白くほっそりとした手で己の頬に触れた。冷たい水の滴が指先を濡らす。泣くなどと、久方ぶりだった。どうしたら止むのだ。邪魔な滴だ、と綾部は指でそれを拭い去る。そうすると、次から次へと零れ落ちてきてきりがなかった。
「泣くな。忍びは人前で涙など流さぬものだ」
 
 
肝が冷えるとはこのことか、と食満は思っている。腹を撫で擦っていたら、伊作が、「腹がくちいなら薬をやろう」と微笑んだ。ふたりして川べりで足を洗っている。冬の水はひどく冷たい。伊作は長次の血みどろの忍び装束を細かく裂いている。そうして、原形を残さぬようにして、どこぞに埋めてしまうのだ。
「いや、いい。久しぶりに怖くなった」
「任務かい?君ともあろう男が、弱気なことだ」
「・・・助けるべき人を殺してしまっては、任務は失敗だな」
「まあ、そうだね」
伊作は目を伏せる。食満はまだ腹を擦っている。そこへ久々知がきた。
「先輩、作戦の決行はあと半刻後だそうです」
「そうかい、ありがとう」
伊作は人好きのする笑みを浮かべると、懐から包みを取り出した。竹で巻いた握り飯だった。
「食うかい」
「俺は結構です」
「戦の前はよく腹ごしらえをしておくものだよ」
「そうですね」
久々知はゆるく笑ったが、握り飯には手を伸ばさなかった。伊作はまた忍び装束を裂き始める。あたりに血の匂いが漂って、久々知は考えずにいようとしたことをどうしても考えてしまう。
痛かったか。苦しかったか、最期のときは。出会ってばかりの頃に、何の話をしていたときだったか、痛いのは嫌だと言ったので、忍者が何を言うと叱ってやったことがあった。タカ丸は困ったように眉尻を下げながら、「僕は臆病で駄目だね」と自嘲した。そのとき久々知は鼻を鳴らして何も言わなかったが、本当は、臆病でいいのだといいたかった。手裏剣を骨肉に刺して、血の匂いを甲斐で、全うな人間がどうしてそんなことを平気で受け入れられるだろう。あんたはそのまんまでいいんだ、そのままでいておくれ、と我侭と思いながら久々知はいつだって願っていた。
その願いはついに叶えられることはなかったが。
「久々知、平気かい」
「どういう意味です」
「君にはこの任務は酷だと思って。もともと巻き込まれただけだ、ひいたっていい」
「俺では役に立ちませんか」
「そうじゃない。つまり、辛いだろ、といいたいのさ」
「・・・別に、平気です」
「そうか。うん、へんなことを言ってしまったな、ごめんね」
「いえ」
久々知は背を向けた。その静かな背中を見ながら、食満は、「あれも哀しいやつだな」とぽつんと言った。

RDC

あの、孫竹をこれっぽっちといっていいほど見ないのですが、もしかして孫竹はRDC(レッドデータカップリング)ですか?
今日波乗りして気がついたことなんですが、竹谷受けもくくタカもどっちかっていうとマイノリティだったのですね。これは・・・がんばれーがんばってくれー!(by竹谷)と言わざるを得ない。
 
がんばって欲しいからいちゃつかせてみた。
*RDCたちがいちゃついているだけなのでまったく意味も落ちもありません。
 
久々知は実習を終えたあと、いつもタカ丸のもとを訪れる。そうして、何をするわけでもなくて、じっと無言でタカ丸を両手で抱きしめる。それはなんだか、タカ丸の温度を必死で自分に移そうとしているようで、まるで凍えた遭難者のようだとタカ丸は思う。だからつい、タカ丸は久々知の腕や手の甲を暖めるように撫で擦る。久々知は無口だから、タカ丸を抱きしめている間、どんな言葉も発しない。実習ではきっと、タカ丸が想像もつかないような苦しみや悲しみを、この人はいっぱい見てきているのだろう、と思う。タカ丸はそれを思うたびに、なんだかどうしようもなく自分を抱きしめる年下の少年が切なくて、苦しくて、愛おしくなる。そっと額に口付けを落としたら、
「唇が好い」
と拗ねたように言われた。タカ丸は微笑む。
「口を吸うの。いいよ」
久々知の唇をふさぐように己のそれを押し当てたら、貪欲に貪られた。舌をぎゅうと吸われて、舌の付け根がしびれた。大きく体が傾いで、ふたりして床に倒れた。
「抱きたい」
と熱いと息が耳元で囁いたので、「いいよ」と返したら、「なんだか俺はあんたから奪うばっかりだな」と苦笑したので、タカ丸はぎゅうと目の前の身体を抱きしめて「兵助に全部あげるよ。余さずもっていったらいい」とやっぱり額に口付けた。
 
 
実習から帰ってきたら、部屋に孫兵が待ち構えていた。ジュンコを首に巻きつけ、相変わらずの美貌で、誰もいない空間にじいっと正座していた。明かり一つついていないから、竹谷はぎょっとして、油に火をつけた。部屋に、橙のやさしい光がともる。
「どうした、孫兵」
「先輩お帰りなさい」
「おう、ただいま」
孫兵はやっぱり厳かな様子で礼儀正しく、じっと床に座っている。竹谷は胡坐を掻いて座ると、実習明けの労いに食堂で渡された饅頭を懐から取り出した。
「孫兵、食おう」
「それは先輩のものです」
「かたいこというな。ふたりで食ったほうがうまいよ」
竹谷は指で饅頭をふたつに割ると、半分を「ほれ」と孫兵に突き出した。蒸したての小豆がほっこり湯気を立てている。
「先輩、実習はどうでした」
「うん」
竹谷は頷いただけだった。苦しみや悲しみや迷いや、そういう暗い思いは人と分け合わずに心のうちでそっと消化するのが竹谷のやり方だ。咽喉の奥の苦い思いを飲み下すように、甘い小豆を無理に押しやるようにして口に入れ、いっきに嚥下した。孫兵も同じようにそれを食う。こちらは、少しずつ、味わうようにして口に入れていく。
「甘いですね」
「うん」
孫兵は饅頭を食べてしまうと、竹谷に向き合って、「あなたを抱きしめていいですか」と聞いた。その丁寧さに竹谷は笑ってしまう。「いいよ、」と答えて身体ごと全部投げやるようにして床に倒れると、そっと瞳を閉じた。孫兵の体重が乗ってきて、ホッと溜息がついて出た。
「孫兵、お前あったかいなあ」
と呟いて抱きしめたら、労わるように口を吸われた。

こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ21

21.死の知らせ

綾部と久々知はすっかりお互いを倒すことに没頭をはじめてしまった。小平太はしばらく眺めていたものの、放っておいて綾部の落とし穴に引っかかった間抜けな間諜の前にしゃがみ込む。小平太が何かを問う前に、
「俺は何も知らないんだ」
と男は情けない声を出した。
「だろうね」
と小平太は興ののらない様子で頷く。学園に忍んできた者たちに比べて、この男の動きはあまりに拙い。
「誰があんたを雇ったかわかるかい」
「わからない。どこかの城の忍者隊だと言った。それしか聞いていない」
「う~ん・・・」
小平太はぼりぼりと頭を掻く。どうしたものか。長次のほうはどうなったか。頃合的に、そろそろ完了ののろしが上がってもいいはずなのに、その気配はない。ただ、豪徳寺のほうから煙が上がったから、留三郎のほうは首尾よくやったのだろう。
「俺は殺されるのか」
とすっかりおびえきった様子で男が尋ねた。小平太はちらりと男を一瞥して、あまりに小物だ、と詰まらなくなった。話す気も失せたので、何も答えずに立ち上がったら、眼前に音もなくひとりの男が降り立った。猫のような独特の身のこなしから、小平太は顔を確かめる前にそれの正体が仙蔵であることを見抜いた。
「仙ちゃん。どうしてここに」
「事態が多少ややこしくなってな。小平太、お前何をしている、後輩なんぞ連れて・・・綾部と、五年の・・・誰だ」
「久々知兵助だよ」
「ふうん」
仙蔵は自分で問うたわりに興味のまるでなさげな様子で頷くと、「仲間割れか、阿呆どもが」と呆れたように呟いた。仙蔵の一言はいつも鋭くて手厳しい。小平太は苦笑いして、何も言わなかった。色恋沙汰の横恋慕だよと真相を教えたら、仙蔵は呆れ返ってそんなやつ忍者には要らん、死んでしまえの一言くらい言いそうだった。
「それより仙ちゃん、ややこしい事態って」
「うむ、それだ。小平太、心して聞け」
仙蔵はそこまで言って少し黙った。冴え冴えとした表情に、少し憂いの翳りが見えていた。
「悪い知らせかい」
「タカ丸さんが死んだ」
背後で行われていた鍔迫り合いの音がやんだ。仙蔵と小平太がふたりしていっしょに振り返ると、綾部と久々知が呆然と立ち尽くしていた。ふたりともその顔が蒼白だ。仙蔵は、お前らにその死を悼む資格は無いとでも言いたげに酷薄そうなふたりに瞳を向けた。
「何ですって?」
「嘘でしょう」
小平太も俄かには信じがたいといった表情をしている。六年が六人も出払って、まさかの任務の失敗だ。下唇を噛んで眉を寄せる。それは、小平太の焦ったときの癖だった。仙蔵は憂えた瞳で、はっきりと繰り返した。
「嘘ではない。背中に敵の刃を受けてな、死んだ。先だっての話だ」


水から引き上げられた少年の身体は蒼白だった。雷蔵と三郎はそれを見下ろしている。原因は失血死だと遺体の傍に控える男が告げた。保健委員長の善法寺伊作だ。普段知る彼は優しい男だった記憶があるけれど、タカ丸の死を告げるその口調は、こうして凄惨な遺体を前にして聞いてみれば奇妙に落ち着き払って、どこか酷薄そうにも聞こえた。つまるところ彼は、死体を見ることに慣れきっているのだろう。彼の中で、死と感傷は結びつかないものなのだ。
「化けられるかい」
と聞かれたので、三郎は、できます、と頷いた。身体は震えない。雷蔵が傍で見ているからだ。三郎は、ひどく冷静に、対処をした。衣を返して髪を解いた。猿楽師のようにくるくると舞って、ふたたびその姿を晒したとき、そこには生きているままのタカ丸の姿があった。
「どうです」
「うん、さすがは変装の名人だ」
伊作は目を細めた。「ではふたりとも、万事抜かりなく」と続けられた言葉に、タカ丸の変装をした三郎と雷蔵が同時に頷いた。そうして軽快な足音がタッと一度聞こえたかと思うと、それきりふたりは伊作の前から姿を消した。
伊作はふたりを見送ると、そのまま視線をタカ丸に転じた。タカ丸はぐったりとして動かない。伊作は首筋の辺りを指で探ると、気付けのツボを押した。タカ丸が小さく呻いて、明るい色の瞳を見開く。口がちいさく動くのだが、言葉にならない。枯れたような息がひゅうひゅうと秋風のように咽喉を鳴らした。伊作は上半身を抱き起こすと、耳元で囁いた。
「無理に喋らないで。失血が激しい。私が誰だかわかりますか」
「・・・巻物、」
「大丈夫、私たちで取り返します」
タカ丸は意識が混乱しているようで、伊作の手を握って、ひたすら「ごめんなさい、ごめんね」と繰り返す。
「タカ丸さん」
「あいつが嘘に気づく前に・・・口を封じなきゃ」
そうして溺れている人のように空を掻き毟るようにしてもがいた。無意識のうちにしきりに舌を噛もうとするので、伊作はタカ丸の口の中に躊躇なく己の指を突っ込んだ。強く舌根を押さえつけたために、タカ丸の顎が開く。咽喉の深いところに指を突っ込まれて、タカ丸がえずく。強く噛まれて、伊作の指からも血が滴った。だが伊作は決して指を抜こうとはしなかった。
「タカ丸さん、僕のいる限りは決して自害なんて許しません」
タカ丸の瞳から涙が零れる。伊助はそれを優しく指でぬぐって、「必ずあなたを助けます」と励ますようにいった。

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