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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ22

22  作戦会議、あるいは、忍びとは。

眼前に広げられた巻物にはタカ丸に似た女が描かれている。着ている着物の豪奢さが、彼女の素性が高貴であることを訴えている。女は唇に赤すぎる紅を刷いて、強張った表情でこちらをじっと見ている。
「相手の目的は抜け忍の捕獲ではない」
と長次が重い口を開いた。忍装束の袴が脛から足元にかけてぐっしょりと血で濡れている。ぷんと赤錆びた匂いが漂っていた。その只ならぬ状態が、事態の深刻さを無言で告げている。久々知も綾部も黙り込んだまま六年の車座に混じって、中央に広げられた巻物をじっと見つめている。目の前の女から、タカ丸の片鱗を探すように。あるいは、タカ丸とは違う者である証を見つけるように。
「タカ丸の祖父斉藤幸丸は、仕えていた城の姫君を攫って逃げた。奴らはその姫君の情報を狙っている」
「そのお姫さんがこの人か」
小平太が顎で巻物を示す。食満が身体を揺らした。
「大体の事情は知れたな。この女はタカ丸の祖母で、高貴な血筋の人だ。大方、連れ戻したいといったところか」
「しかし、今になってか?生きていてももう老婆だろうに」
「年なぞ関係ないんだろう。今日までうまく逃げ続けていたというわけだ、さすがは斉藤幸丸だな」
文次郎と仙蔵は、食満の出した結論が納得いかぬらしく、それぞれに押し黙って思考している。
「幸丸殿は・・・」
仙蔵の呟きに答えたのは、久々知だった。綾部とはまた違ったクールさを持っている。タカ丸が死んだと聞かされて、もっと取り乱してもいいはずだったが、瞳は冴え冴えとした光を放って曇りがない。刺すような眼光を持っていると綾部は思った。この男は、根から忍びのものだ。仕事になると躊躇なく己を捨てられる。努力してそうなったというよりは、そうなってしまう性質なのだろう。彼の中で、「彼」であることはさほど重要なことではないのだ。誰でもなくなって、闇に溶け込む。己の任務のための道具に変えることに抵抗がない。
「本人から死んだと聞いています。学園長からも同じ言を聞きましたし、まず真実でしょう」
「祖母については聞いていないか」
「はっきりと確認したことはありませんが、おそらく幸丸殿より先に亡くなられているはずです」
「間違いないか」
「以前、本人が、“斉藤の家系は女は早く死ぬ血筋”だと」
「そうか。深く聞いてすまんな」
「いえ」
「ふたりともとうに死んでいる。なぜ今になって女にこだわる必要がある」
「知らん。女がなにかしら城の機密にかかわる情報を持っていたのではないか。女とはいえ、姫君だ、ありうるだろう」
「あるいは幸丸殿がもっていたという詮もある。まあ、いずれにせよわかることは、それを、今はタカ丸が握っているのだろうということだ」
文次郎が頷く。そうして、広げられた巻物を手に取った。
「これを相手方が奪っていたということは、だ、これが重要な機密をもつものの一つというわけだな。・・・俺ではまったく読み解けんが」
ふうと溜息をついて巻物を巻き取ってゆく。「これは俺がもつ。いいな」と短く告げ、懐に仕舞い込んだ。食満は(勝手に決めおって)と内心で舌を巻いたが、状況にそれを言い出すほどのゆとりがない。ひとまず置いて、気にかかっていることを告白した。
「俺に巻物のことを言ったとき・・・確か和歌のようなものを呟いていたな」
「和歌?どんな、」
「すまんが覚えがない」
食満に、和歌を詠むといった情緒的な遊びは無縁だ。つい聞き流してそれっきりだった。文次郎がこれ見よがしに溜息を吐く。それに食満が、また嫌な顔をした。長次が口を開く。低い掠れたような声が、一つの歌を紡いだ。
「浅茅生の篠原…」
「おう、それだ」
食満が愁眉を開いて頷く。長次が諳んじた。
「浅茅生の・・・小野の篠原しのぶれど・・・あまりてなどか人の恋しき」
「源等ですね」
久々知が視線だけ上げて長次を見遣った。
「恋の歌か」腕を組み唸る小平太の隣で、仙蔵が鼻を鳴らす。「おそらくは恋の歌に見せかけた“何か”だろうよ。この歌には本歌もある。なにかかかわりがあるやも知れん」
「忍んで貴女を恋い慕ってきたが、もはや忍びきれない。どうしてこれほど貴女が愛しいのだろう」
歌意を綾部が呟いた。まともに聞けば、それは忍びのものと彼が仕える姫君との、忍ぶ恋の、秘密裏に交わされる告白のようである。
沈黙が降りた。皆がそれぞれに和歌を手がかりに、巻物に隠されているらしい謎を読み取ろうと思考した。しかし、明確な答えの出ぬままに、「ま、俺らはこれを守り抜けばいい。謎は二の次さ」と明るく小平太が言い放ったのを一応の結論とした。
 
 
男が伸びている。穴に嵌った間抜けな男を、仙蔵がうるさいからと意識を落とさせたのだった。川べりに横たえられているのを、綾部は無言で見下ろしていた。おもむろに懐から苦無を取り出す。慣れた手つきで右手に握ると、それを振りかざした。
「殺しても死者は生き返らんぞ」
背後で声がした。
「先輩、」
綾部が振り返ると、仙蔵が腕を組んで斜に構えて綾部を見ていた。他人に干渉することの少ない男だが、多少なりとも関わりのある後輩は気になるらしい。
「殺してしまいたい」
「その必要性は?」
「・・・」
「必要もないのに殺せば、それはただの殺人だ。お前、人以下の化け物に成り下がるぞ。それでもいいならやれ。お前の気の済むようにしたらいい」
「人質が死んでも構いませんか」
「その男は使えん。私にとってはどうでもいい存在だ。任務の役にはたたんし、お前と比べたらお前のほうが私は大事だ」
「貴方のほうがよほど鬼のようだ」
「忍びなぞ、どこかが壊れていなければ到底できる仕事ではないさ。孤独な仕事だ」
仙蔵が近寄った。呆然と立ち尽くす綾部の右腕から苦無を取り上げる。腕には力が入っておらず、それは簡単に仙蔵の手に渡った。綾部は疲れたように呟いた。
「貴方がいながら何故死んだ」
「すまんな」
「こんなに簡単に死んでいい人じゃなかった」
「・・・そうだな」
綾部に頷きながらも、仙蔵は、人間に死んでいい人も、死んではいいけない人もいないことを知っていた。死の前に人は等しく平等だ。綾部も、仙蔵も、いつ死ぬか知れない。明日かもしれない。どんなふうに死ぬのかもわからない。ぼろくずのようになって裏寂しい野山で腐っていく可能性だってある。そうしてその死に意味なんてない。ただ、なるべくしてそうなるのだ。それだけだ。仙蔵が十五年の歳月を経て到達した、あまりに残酷で、優しい、寂しい生き物の摂理だった。
「綾部、泣くな」
「泣いている?私が?」
綾部はその白くほっそりとした手で己の頬に触れた。冷たい水の滴が指先を濡らす。泣くなどと、久方ぶりだった。どうしたら止むのだ。邪魔な滴だ、と綾部は指でそれを拭い去る。そうすると、次から次へと零れ落ちてきてきりがなかった。
「泣くな。忍びは人前で涙など流さぬものだ」
 
 
肝が冷えるとはこのことか、と食満は思っている。腹を撫で擦っていたら、伊作が、「腹がくちいなら薬をやろう」と微笑んだ。ふたりして川べりで足を洗っている。冬の水はひどく冷たい。伊作は長次の血みどろの忍び装束を細かく裂いている。そうして、原形を残さぬようにして、どこぞに埋めてしまうのだ。
「いや、いい。久しぶりに怖くなった」
「任務かい?君ともあろう男が、弱気なことだ」
「・・・助けるべき人を殺してしまっては、任務は失敗だな」
「まあ、そうだね」
伊作は目を伏せる。食満はまだ腹を擦っている。そこへ久々知がきた。
「先輩、作戦の決行はあと半刻後だそうです」
「そうかい、ありがとう」
伊作は人好きのする笑みを浮かべると、懐から包みを取り出した。竹で巻いた握り飯だった。
「食うかい」
「俺は結構です」
「戦の前はよく腹ごしらえをしておくものだよ」
「そうですね」
久々知はゆるく笑ったが、握り飯には手を伸ばさなかった。伊作はまた忍び装束を裂き始める。あたりに血の匂いが漂って、久々知は考えずにいようとしたことをどうしても考えてしまう。
痛かったか。苦しかったか、最期のときは。出会ってばかりの頃に、何の話をしていたときだったか、痛いのは嫌だと言ったので、忍者が何を言うと叱ってやったことがあった。タカ丸は困ったように眉尻を下げながら、「僕は臆病で駄目だね」と自嘲した。そのとき久々知は鼻を鳴らして何も言わなかったが、本当は、臆病でいいのだといいたかった。手裏剣を骨肉に刺して、血の匂いを甲斐で、全うな人間がどうしてそんなことを平気で受け入れられるだろう。あんたはそのまんまでいいんだ、そのままでいておくれ、と我侭と思いながら久々知はいつだって願っていた。
その願いはついに叶えられることはなかったが。
「久々知、平気かい」
「どういう意味です」
「君にはこの任務は酷だと思って。もともと巻き込まれただけだ、ひいたっていい」
「俺では役に立ちませんか」
「そうじゃない。つまり、辛いだろ、といいたいのさ」
「・・・別に、平気です」
「そうか。うん、へんなことを言ってしまったな、ごめんね」
「いえ」
久々知は背を向けた。その静かな背中を見ながら、食満は、「あれも哀しいやつだな」とぽつんと言った。
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