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こんなめに君をあわせる人間は僕の他にありはしないよ⑳

⑳無力の力、あるいは、迎え討て。


タカ丸は慣れぬ女装束の裾を捌きながら駆け逃げていく。
途中、草履のせいで転んだ。石で抉れた膝の痛みなど、もはや感じない。草履を捨てて裸足でなおも駆けていく。一日中走りとおしの身体が、限界を訴えてくる。顎から伝って汗が滴り落ちてくるのを拳でぬぐって、鉄の味がする渇いた咽喉を、唾液を飲むことで紛らわせた。
(俺は足が遅いから)
すぐに追いつかれるだろうことが不安でならない。誰かが追ってくる気配がする。振り向きたいという気持ちを掻き消して、前だけを睨んだ。タカ丸の脳裏には、食満の血に染まった右手がだらんと垂れている。殺した男の血液は滴り落ちて、タカ丸の足を濡らした。耳元には、先ほどの骨音。あの心優しく穏やかなばかりの雷蔵が出したとは思えぬ、冷たい死の音。死んだ男がぎょろんと目をむいてタカ丸を見つめる。お前のせいだ、と口が開く。お前のせいだ、お前が俺を殺した。食満が苦無を握ったまま疲れた顔でタカ丸を振り返る。あんたのせいだ、と口が動く。あんたが殺させた。雷蔵の声が耳音でする。本当は殺したくなんかなかったのに。
考えると挫けそうになるから、タカ丸は雑念を振り払って市井を駆け抜けていく。聞こえてくる呪詛にも似た声には、蓋を。手のひらで両の耳を覆って、前だけを睨みつける。
行き先は、あった。
タカ丸は市井で生まれ育った子どもだった。タカ丸の家は町の終わりにある橋のたもとにあった。ここは、町への出入に必ず人が通らなければ行けない区画になるから、客が引きやすい。だが本当は、町に出入する人間の選別という目的があったのだと、学園に入ってから土井に教えられた。演習の場所はタカ丸の生まれ育った町とは違ったが、同じように町のはずれに橋が架かっていることは知っていた。川は時に自然の堀になる。川に沿って町の区画を決めることは、利が大きいから、同じような特徴を持った町は多い。地形はすでに演習前に穴が開くほど見た地図で、確認をしていた。
肩で大きく息をつきながら、ようようの態で町の外れまできた。
のったりのったりと通行人が行き交う橋の上で、タカ丸は息を落ち着かせると、懐から櫛を取り出して髪を整えた。それから、携帯していた紅を取り出して、唇を赤く染め上げる。血色が悪くなって蒼白に近かった唇を、せいぜい女らしく整えると、頬紅も簡単に刷いた。血色のいい女が出来上がる。川面に自分の姿を映して見栄えを確認すると、タカ丸は泥だらけの着物を叩いて泥を落とし、汚い爪先も指で擦って綺麗にした。血にぬれた膝小僧は手ぬぐいを縛り付けて、裾で隠した。そうして橋の欄干に座って、高いか細い声で、
「女はいらんかえ、女はいらんかえ」
とうたった。小汚いはした女が鳴いておるわと眉を潜める通行人あれば、興味なさ気に表情も変えず通り過ぎる者もある。タカ丸は気狂いのように咽喉を震わせるばかりだ。


雷蔵はタカ丸を追った。どうやら彼が怖気てただ逃げているわけではないらしいことに気がついたのは、タカ丸の前だけを見つめるはっきりととした強い視線と、足取りの確かさだった。疲れで震える膝が彼の足を遅くしていたので、雷蔵が追いつくのは早かった。だが彼は、隠れて見守ることに決めた。
男は追ってこない。長次が捕らえたのだろう。殺しはしないはずだ、ぎりぎりまで。生け捕りにして、拷問にかけるのだ。長次は雷蔵にそれをさせなかった。タカ丸を追わせるのに託けて、雷蔵を逃がした。雷蔵にはそれが悔しくて悔しくてたまらなかった。怯えがばれたのだ。男の悲鳴に、殺人に、心が竦んだことが、ばれてしまった。雷蔵は長次を尊敬していた。だからこそ、その男に自分の情けない怯えが伝わったことが恥ずかしくて情けなくてならなかった。彼はきっと自分に呆れただろう。
と、そのとき、不思議な音がした。それは、笹の葉が擦れ合ってさらさらなるような幽かな音だった。雷蔵は顔を上げた。矢羽音だ。鉢屋からのものだとすぐに知れた。卒業したら双忍になろうと、お互いに考えている。矢羽音も示し合わせてふたりだけのものを決めた。お互いに、双忍になろうと口に出してはっきりと約束したことはなかったが、相手も同じ未来を見ていることを、お互いがうっすらと気づいていた。雷蔵と三郎の関係は、男女が恋人同士になる前の、あのふたりで呼吸を合わせていく不思議に通じ合っている時期の関係に似ていた。ふたりは別段恋人同士ではなかったが、ふたりが考えている”友情”という言葉でも、言い表せない不思議な重みを持っていた。
雷蔵が矢羽音で応えた。間も無く、音もなく、気配さえも消して傍らに男が立った。
「三郎、呼びつけてごめん」
「なに、いいのさ。困ったことでもあったかい」
「少しね、事態がややこしくなってしまって」
「にゃんこさんだね」
三郎の瞳が猫のように細くなって、眼前を駆けるタカ丸を捉えた。
「そうなんだ、守りたい」
「うん、ならそうしよう」
雷蔵はふと気がついたように、三郎の前に手のひらを差し出した。三郎はそれを迷いなく握りこんだ。雷蔵の手のひらの小さな震えは、それで止まった。三郎の手のひらの震えも、同じように止まった。
「ありがとう、三郎」
「いや、こちらこそありがとうよ、雷蔵」


タカ丸の前に一人の男が立った。薬師のようであった。編み笠を深く被っていて顔は見えない。
「女はいらんかえ」
タカ丸が鳴いた。男は低く押し殺したような声で、
「お前がすがや様の、」
と呟いた。タカ丸は色素の薄い瞳をまっすぐ男に向けた。
「そうです」
「よく似ておられる」
「祖父にも言われました」
「ああ・・・幸丸か、あれは、恐ろしい男だった」
男の腕がタカ丸に伸びた。ゆっくりといとおしむように頬に触れて、そのまま首を掴まれた。ぎゅうと力を入れられて、タカ丸は苦しさに身をよじる。タカ丸はそのまま声を絞り出すようにして、言った。
「もう、やめませんか。犠牲があまりにも多く出たから、僕はもう嫌です」
「怖いか」
「怖い」
「斉藤タカ丸、お前は忍者を目指しているそうな。お前みたいのでは忍者にはなれんよ」
「そうかもしれない。あなたに、祖父が託した和歌をお教えしようと思って」
「和歌」
「そうです、巻物を読み解くために必要だと、幸丸が一緒に僕に教えた」
「・・・言ってみろ」
「・・・恋しくば・・・」
男の瞳が酷薄に光った。「わかった、もういい」
鋭く言うと、そのままタカ丸を抱き込んだ。背中に鋭いものが押し付けられた感覚があった。タカ丸は瞳を閉じると、そのまま黙ってうつ向いた。
ごめんなさい、ごめんなさい、弱くて。守ってばっかりで。ただ、弱いものには弱いものなりの戦い方があると、先生は教えてくれた。
タカ丸は土井のことを思い出している。皮の厚い、見た目以上に戦いに慣れた男の大きな手のひらが、タカ丸をなでた。
「タカ丸、最初に行っておこう。お前は忍者には向かないよ。ひどいことを言うと思うかもしれないが、そういうことをはっきりといっておくことが大切なときもある。恨むのなら私を恨みなさい。ただね、タカ丸、だからといって戦うのをやめてはいけない。弱いものは弱いものなりに戦い方がある。私はそれを教えてあげよう」
学園長はタカ丸に問うた。
「力が欲しいか、タカ丸」
「欲しい」
「なぜ」
「誰も傷つかないために。守る力と抗う力が、欲しいんです」
タカ丸はそれから、ちょっとだけ死ぬのが怖いと思ったから、そんな自分を励ますために兵助の顔を思い浮かべた。兵助は忍者になりたいタカ丸の意思を汲んで、俺があなたを守るとは絶対に約束しなかった。力を手に入れたい男にそんなことを約束しても、それが侮辱にしかならないと考えたからだった。タカ丸は兵助のそういう考え方が嬉しかった。そうだ、俺はね、守られたかったんじゃない。いつだって、守る力が欲しかった。
(兵助、ねえ、これは俺なりの戦い方なんだから、泣いたりしたら駄目だよ)
笑って頑張ったなとでも褒めておくれ。
タカ丸は瞳を閉じた。トン、と背中に押されたような衝撃があった。刺されたのだ。血が噴出した。
タカ丸は、熱い、と思って、それを最後にそのまま力を失って、背中から川に落ちた。
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