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青葉若葉の輝きに

そういや久々知って文武両道でしたね、という話。



「神様の傑作のひとつ久々知の頭脳」と、そんな歌が五年の間で流行った。つくったのは同級生の誰からしい。テスト前にこの歌を答案用紙の端に書いておくとご利益があって落第しないというんで、試験間近になるとみんなが躍起になって歌を口ずさみながら教科書を睨んでいるのだった。
竹谷は本気で取り合わずに、そんな歌を覚えるくらいならそのぶん単語の2個や3個を覚えたほうがよっぽど及第すると吹聴していた。しかし、あるとき、どうしても解けない問題があって頭を抱えていたところ、藁にも縋る気持ちでノートの隅にこの歌を書きつけた。すると、ふいに今まで思いつきもしなかった解き方がむくむくと脳裏に浮かび上がり、せっせとノートに筆を運ばせたらするすると解答が出来たので、びっくりして胸がときめいた。
それから程なくして久々知に会ったとき、
「試験の神さま!」
と呼んだら、彼は顔を赤くして怒った。
「お前までそんなことを!頼むから馬鹿な迷信に騙されないで、必死で勉強してくれよ」
「でもな、兵助、聞いてくれ。例の歌は確かにご利益があるようだぜ。俺は先日どうしても解けない問題があったんだが・・・」
「偶然だ、偶然!」
久々知は聞きたくもないとばかりに耳をふさいで、殊更に声を荒げる。竹谷はそんな久々知が可笑しくてにやにやと相好を崩しながら、無理にでも話を聞かせようとする。背中から伸し掛かって耳もとに口を近づけては久々知神話を嘯く。久々知の迷惑はわかるし、実際気の毒だなとも思うのだが、彼をからかうのが面白くて堪らない。ただし、自分以外の同級生が久々知神話を殊更に崇拝するのは気に入らないらしく、竹谷はジャイアニズムを全開させて同級生を怒鳴りつけた。
「兵助に頼らず、己で勉強しろッ!!」
傍らで佇む久々知は、そんな竹谷の耳を引っ張って捻る。
「お前がそれを言えた義理なのか」
「俺はいいんだ。でも、他は駄目だ」
「なんだそれは」
久々知が呆れた表情を浮かべると、竹谷はにっこりと笑って、そのまま話を終わらせた。久々知は溜息をついて、再び並んで歩き出す。
試験前はどうしても精神が鬱屈するもので、それは落第からは縁遠いはずの久々知とて例外ではない。趣味でする読書は面白くもあるが、勉強で読まされるそれはどうしても脳が拒否する。何もかも放り出して何処かへ繰り出したくなるのを、理性が引き止めて、そのぶん腹の辺りがもやもやする。窓から見える景色は、五月の真っ盛りで空も瑞々しい葉をいっぱいに広げた木々も青々として生命に満ちている。こんな風景を前にして、建物の中に囚われているのは至極不健康な気さえする。
「ああ、遊びに行きたいなあ」
久々知がぼやいた。竹谷はにこにことして、
「うん、じゃあ、遊びにいこうや」
という。これには久々知が呆れてしまって、顔を顰めた。
「試験前にそんなことする勇気はないよ」
「忍者に一番必要なのはきっと勇気と負けん気だぞ」
「だから出かけても好いって?」
「お前の言う遊びって、鉢屋と違って、明るいときのほうだろ?じゃあ、握り飯を持って、何処か遠くへ行こう。俺は裏裏山へ行きたいな」
竹谷は久々知の言葉を耳に入れずに、どんどん話を先へ進めていってしまう。
「呆れた。行きたくばお前だけで行けよ」
「おい、俺は兵助が望むからいうんだぞ」
「俺はハチが俺と机を並べて勉強してくれることを望んでいるよ」
「一緒に握り飯食って太陽の下を走りまわろうや!」
「試験が終わったらな」
竹谷は立ち止まる。久々知は気にせず先に歩を進めた。どんどん距離を離してもいっこうに追いついてこないので、仕方無しに振り向く。竹谷は恨めしい顔でこちらを睨んでいる。
「つれない!久々知がつれない!久々知君はもう俺のことなんて嫌いになってしまったんだ」
「そうだ、勉強をしない竹谷君なんて俺の親友じゃない」
言い返しながらも、久々知は律儀に竹谷のほうへ引き返していく。
「お前が遊びたいだけのくせに」
「う~ん、若い者が狭い校舎に閉じ込められているというのはよくないと思うんだよ」
腕を組んでもっともらしく唸る竹谷に、久々知の表情に笑顔が浮かんだ。それは、苦笑に近い。この男の言動はいつも何処か茶目っ気たっぷりで、傍にいていつも笑ってしまう。
「試験が終わったら、本当に何処か遊びに行こうぜ」
「山がいいな!」
「俺は海がいい」
互いに肩を叩きあいながら、再び歩みを再会する。廊下ですれ違うたびにクラスメイトが近づいてきては久々知を拝んだりわからない問題を尋ねたりする。久々知はそのいちいちに律儀に答えながら、試験が終わるまでの長くて短い三週間を指折りで数えた。その向こうに、彼らの夏がある。
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