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しょうもない男

唐突に思い浮かんだから文仙。お互いにお互いが好きだけれど、まだ気持ちを確かめ合っていないころの空気が好きですよ。そういう話。


餓鬼大将がそのまま大きくなったような、と綾部が文次郎のことを評した。それはちょうど文次郎が旅先で腹を壊し、蒲団に包まりながらうんうんと唸っているときだった。襖を開けて、文次郎が痛みを堪えて転がっているのを壁にもたれて見下ろしながら、ぼそりと呟いた。
文次郎の枕元に腰を落ち着けて本を読んでいた仙蔵は、綾部の薄情な言葉に遠慮なく吹き出したけれども、当人の文次郎は脂汗が浮いたままの青黒い顔で綾部を見上げたまま、案外大きな眼でぎょろりと睨んだ。
綾部は意に返した様子もない。視線を仙蔵に転じた。
「女将に医者を呼ぶよう頼んできましたよ」
「あァ、すまんな」
仙蔵はにっこり微笑んで、読みかけの草紙を遠慮無しにぱたりと閉じた。綾部はきっちり着込んだ浴衣で懐手をして、相変わらず生真面目な表情を浮かべて仙蔵を見つめ続けている。仙蔵は視線を上げてもう一度微笑んだ。人を小ばかにしたような笑みの得意な人だけれども、素で笑うとそれは小春日和の日の陽光にも似て柔らかな暖かさを持っていた。
「何だ」
「街に行きませんか。女将に聞いたんですが、この季節だと紀ノ川のほとりが花が満開で大変綺麗だそうですよ」
「そうだな」
仙蔵はどっちつかずの返答をして、穏やかな目で文次郎を見下ろした。文次郎は渋い顔をしている。ひとりで寝ていてもつまらない、出来るなら仙蔵には一緒にいて欲しいが、もともとこの旅行は自分が言い出して無理やり仙蔵を誘ったものだ。俺はお前が心配しているようなことをするつもりはまったくない、まったくないけれども、どうしてもふたりきりがいやなら綾部でも誘え、と言って、文次郎のほうで勝手に綾部のぶんまで旅の手配をして、そうして発ったのだ。そうでもなくとも、自分が迷惑をかけている自覚はある、声を大にして「行くな」とはいい難いのだろう。仙蔵はそんな男の心情などすっかり把握していて、わざと焦らすようににやにや笑っていたが、やがて
「やめておこう」
とあっさり返した。綾部はそうした返事が返ってくるのは予め承知していたようで、殊更残念そうな表情も見せず、「そうですか」と頷いただけだった。
「こいつは私が見てるから、綾部は行ってくるといい」
「そうします」
綾部は頷いて、襖を閉めると浴衣を脱いでに衣姿に着替え始めた。準備が終わった後には、いそいそと脱いだ浴衣を丁寧にたたみ始める。最近かわいいこの後輩が執着している髪結いの少年に、脱いだ浴衣はきちんと畳むことを約束させられたらしい。その几帳面が似合わない後輩の小さな背中を仙蔵は団扇を片手ににこやかに眺めている。その様子が、文次郎には自分も連れて行けと訴えているように見えたのだろう、
「仙蔵、お前も行け」
と言い始めた。仙蔵は持っていた団扇を文次郎に向けて揺らしながら、
「行かん」
と軽く答える。頑固な男は、口を真一文字に結びながら、なおも「行け」と声高に命じた。小銭入れを手に取った綾部は振り返って二人の遣り取りを眺めた。
「俺は平気だから行って来い」
と言い張る文次郎に、仙蔵は団扇で親友と自分を交互に扇ぎつつ「ここにいると言っておろう」とのらりくらりと対応している。
「潮江先輩、餓鬼臭いことはお止めなさい」
綾部はそれだけいうと、あとは知ったことかとばかりに部屋を出て行ってしまう。唖然とする文次郎の傍らで、仙蔵は今度こそ声を出して笑った。


(潮江先輩、立花先輩はほんとは私を誘って欲しくなかったんだと思いますよ)

この鈍感男。
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