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遠い道


七松という家は、紀州では知らぬもののない名家だった。もともと帝に仕えていた、由緒正しい公家の家柄である。このご時勢だから、貴族なんて流行らない、今は屋敷ばかりが大きい貧しい家さと小平太は笑い飛ばすが、それにしても、彼の家柄は、おそらく学園中でも五本の指には入るだろう。
そんなよい家柄のものがなぜ、こんな学園にいるのかと生徒たちは首を捻る。行儀見習いで入ってくる良家の子息子女なら外にもある。小平太もそれかと思ってみると、彼はどうやら本気で忍者を目指しているらしい。
五年の春に、実習がある。そこで人を殺めなければならぬ。忍びになる覚悟のないものは、この実習を前に学園を去る決まりになっている。小平太は学園を去らなかった。血まみれの男の首をひとつ、風呂敷に包んで帰ってきた。教師は、小平太の返り血を咎め、それを叱り付けて実習は終わった。
七松の家に帰らぬのか、捨ててきたのかと、誰も問わない。小平太が七松の家に求められているのならば、彼は実習を前に実家から呼び戻されたはずだ。それが、何の音沙汰もない。つまりはそういうことなのだろう、と同級生たちは無言のうちに納得した。
卒業を前に、それぞれが進路を決める時期になった。潮江はある大きな城に声をかけられて、そこに勤めることになったという。食満は、力を持った村に雇われた。中在家にもいくつか声がかかっていたが、まだ選んでおらず、今度話を聞きに行くことになっている。小平太の進路については、トンと話題に上がらない。決まっておらぬようだが、本人は焦った様子もない。それが不思議だった。
とうとう、ある日、仙蔵が尋ねた。すると、小平太は饅頭を三つばかり食い終えた後で、おもむろに、家に帰る、といった。
「家とは、七松か」
「おうさ、七松の家に帰る」
「帰ってどうする」
小平太はその問いがよほどおかしかったようで、声をあげて笑った。それから、饅頭を掴んで、また食んだ。茶で流し込んでから、しみじみと、
「そうさな、帰って、のんびりしたいな」
と言った。その言い方が、あまりに七松小平太らしくなかったので、仙蔵はきょとんとした。それを見て、小平太はまた笑った。伊作が、君は嫡男かい、とおもむろに問うた。小平太は頷いた。
「おう、俺は長男だ。下には妹が一人いる。今年の春死んだがね」
紀州の七松といえば、もともとは帝に仕えていた名家だった。その昔、力のある武家集団にのっとられて、それから、運営権を半ばとりあげられて寄生されるかたちで、今は在るという。七松という名前は、七松という名前のを持つ者の領分ではなくなっていた。
「帰るのか」
潮江は神妙な表情をした。帰る、と小平太はもう一度頷いた。それで、小平太は何らかの覚悟を決めたのだと知れたのだった。
それから日々はまた単調に流れていった。卒業の前夜になって、長次は片づけをしている小平太の背中に声をかけた。小平太の荷物は少なかった。
「帰るのか」
小平太は黙って振り返って、頷いた。長次も、城勤めをすることに決めていた。彼は長いことふたつの城のどちらを選ぶかで悩んでいたが、そのひとつは、潮江の城と敵同士だった。小平太が、やめておけ、といった。仲間同士で好んで争うことはないさ、小さな城だっていい、もうひとつのほうにしておきなよ。それで長次は、小さな、戦に弱いもう一つの城に就職を決めたのだった。その城の殿様はぼんやりしてつかみどころのない人だったが、なかなか人間が出来ていたので、長次は気に入っていた。
「暇が出来たら、会いに来い」
長次がまた、ぼそりと呟いた。小平太はそれには頷かず、ふ、と口元に笑みを吐いた。
「長次、お前に餞別をやろうか」
「・・・」
「何が欲しい」
「・・・」
「酒か、花か、お前には一等いいものをやりたいな。だけどあいにく持ち合わせがないんだ、私はお前に何をやったらいいかな」
「・・・お前」
小平太は大きな瞳で真っ直ぐ長次を見た。長次も見返した。長次にそう言わせたのは小平太だったが、長次も遠慮していただけでずっと彼を欲しがっていたのだった。だが、小平太は小平太のものだった。長次は、武家の家の子だ。欲しいものを欲しいといってはいけないといわれているし、小平太は欲しがってはいけない家の子どもだった。
長次が捨ててきた中在家の家は、七松の家に寄生して大きくなっている。長次は長い間、自分を小平太の護り役だと思って生きてきた。幼い日は確かに、親からもそうと言い聞かされて生きてきたのだ。それが大人の調落だったにせよ、長次は今日まで小平太を護るためにここまでついて来たのだった。小平太が七松の家に帰るといったときから、長次は家を捨てた。自分も帰る、と言いたかったが、小平太に、「やりにくくなる」と言われてしまえば何も手出しは出来なかった。
呟いた後で、長次は、視線を横に流した。長次にとって、小平太はどこまでも仕えるべき主人で護るべき大切な人だ。家を捨てたからといって、突然なにもかもが対等になるはずもなかった。蒼い月明かりを背にして長次を見つめる、小平太の姿は外と比べようもなく美しい。
「私が欲しいか、長次」
「欲しい」
「ならば、やろう」
小平太は着ていた着物を肩に滑らせた。長次がそこに食いつくと、彼はしなやかに背をそらせた。
「私をお前にやろう」

***

長次に対して暴君、というか、言動が若様な小平太が好きらしい。
小平太は武士の子より貴族の子。しかも名家で、滝夜叉丸もよく知っていたらいいじゃない。
 

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