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瞼の光

「遠い道」の呟き参照で、こへいたとたきやしゃまる。
旧知だったらいいなーって思ったんだよ。


私がその人を最初に見たのは、もうずっと昔のことだ。
忍術学園への入学を決める以前のことであったから、どれほど大きく見積もっても九つにはなっていなかったことになる。詳しいことは何にも覚えていない。その頃の私はまだ、人に傅かれるのを何の疑問にも思っていなかった、実に傀儡のような愚かな子どもであったから。覚えているのは、それがとても温かい小春日和の日で、庭に生っていた柿がぼってりと夕日の色を吸い込んで橙に熟していてひどくうまそうだったことだけだ。私はそれを食いたいと思ったが、そんなことを言えば母に鋭く窘められることを知っていたので、気づかない振りをして見ないように努めていた。目に触れれば、欲しくなる。欲しい欲しいと己の欲望のままに泣き叫ぶのは、みっともないことだと、そう教わっていた。
その人は、萌黄に若竹の着物を合わせていたのだったか、若者らしいさっぱりとした、それでいて温かみのある着合わせをして私の前に座していた。ぴんと伸びた背中や、膝の上の握りこぶしが、凛々しい人だと思った。目が大きくて、よく磨かれた宝玉のように輝いていた。膝元に姫君がよちよちと危なげな風情で歩み寄っていらっしゃったときも、にこにこと笑って、「あにさまのお膝にお乗り」とおっしゃって、抱き上げなされた。姫君はまだ大変小さかったので、涎がひどく零れてその人の美しい着物を汚した。これ、と周りの者は咎め、姫君をお放しなさいませと口々に申し入れたけれども、その人は屈託なく笑って、「よい」と言った。
「よい、着物なぞ、洗えばよいのだ」
七松はとても大きい家だった。平の家なども辛うじて七松の家と並べて口にされる程度の位置には認められていたが、実際の財力には天と地ほどの差があった。私の家は、何度か七松の家から金を工面していた。七松の家にいるときは、父も母も必ず恥じて深く頭を下げていた。私も一緒になって頭を下げさせられ、何を言われても「有難う存知まする」「一生の恩と思うておりまする」としか言わせていただけなかった。七松の主人は人がよく、「いやいや、」とそればかりを言って、「困ったときはお互い様だから」というようなことをいった。
「このご時勢だからなあ、武を持たぬものは駄目なのかもわからんなあ」
七松は少し前に、中在家という小さな武士団を身のうちに引き入れていた。七松の長女を中在家の頭領の甥の嫁にやり、婚姻関係を結んだ。若君にも世話役兼守り役をつけるのだといって、長次という同い年の小さな少年を、いつもその人のそばに控えさせていた。無口で目立つところのない人だったから、その人の記憶はあまりない。七松の主人はよく私の家にも武士を雇い入れることを進めたが、両親はどうしても怖がって、それだけは頑として受け付けなかった。結果として、それが幸いした。
七松の家は、七松の主人の死をきっかけに中在家のものに渡った。のっとられたのだ。私の両親は、七松はもう駄目だろう、ということを何度も言い、それから、若君はどうなるのだろうといった。私は、その人の姿を思い出した。明るいあわせの着物、屈託のない笑顔、うまそうだった柿の木。あの若君はどうなってしまうのだろう。嫌な目に、会うのだろうか。可愛そうな目にあうのだろうか。泣いてしまうのだろうか。あんなふうに、すべてが輝いていた人なのに、そんなことになってしまうのは、よいことなのだろうか。
それからしばらくして、若君が毒を飲まされたということを噂で聞いて、私は息を呑んだ。死んだのですか、と慌てて両親に質すと、滅多なことを言うものでないとひどく叱られた。まもなくして、若君は七松の家をでてどこか遠いところへ行ったのだと聞いた。

七松小平太という男は、ときどき、遠くをじっと見つめる癖がある。大きな瞳を、瞬きもせずに、じっと遠くに向ける。そうしてそれはだいたい、太陽の方向である。きらきらしたものを、眩さに目を眇めて、まるで睨むようにして、じっと見つめる。
「先輩、お止しなさい、目が焼けますよ」
と咎めると、屈託なく笑って、「いい」と言う。「太陽に焼かれるなら、まあ、いいさ」
「よくありませんよ、忍者を目指すものが。御自分を大切になさってください」
あのときの若君は、大きくなってここにある。七松の家にいた頃より、精悍さが増した。泥臭くもなった。だが、あのときの屈託ない笑みは変わっていない。何はともあれ、私はこの人が今日まで変わらないでいてくれたことを感謝する。毒が、人の醜さが、この人を殺さないでいてくれたことを。
「なあ、滝、お前に体育委員会は似合わないよ」
と歌うように嘯くので、私もそうですね、と言ってやる。私だって、こんなに頭を使わない委員会は私にはもったいないと思っている。
「馬鹿だね、お前、私を追ってここまできたのか」
忍術学園に入るといったら、両親には卒倒された。私は両親の言いつけには絶対逆らわない子どもだったからだ。なぜそんなところに訊くので、素直にわからないと言った。七松の若君が入学していると風の頼りに聞いて、つい真相を知りたくなっただけだった。あのきらきらと眩しかった人は今もいるのか。
七松先輩が振り返る。風が流れて、先輩の髪を私へと吹き流す。広げた両手の、その向こうにぼってりと沈んだ夕日が見える。私はいつかの柿を思い出す。あれはうまそうだった。手が入らないからこそ、ひどくうまそうだった。私はずっと、あのときの柿に焦がれていた。今もそうだ。ひどく咽喉が渇く。美しいものを見るたび、あの柿の甘い汁を啜ってみたかった、と思う。
「ここにはないもないよ」
と先輩はいい、私にはそれが可笑しかった。先輩の言葉に反して、とても嬉しそうな笑みを浮かべていたからだった。
「何もないのがあなたにはよいのでしょう」
と頷き、乱された髪を押さえる。、柿ならある、と傍になっていた柿の木に手を伸ばして、それをもぎ取った。
「お前も食うか、滝夜叉丸」
ぼってりと夕日の色の実を差し出され、私はツイ、と横を向く。
「要りませんよ、行儀の悪い」
くだらない矜持とこの人は笑うだろう。けれど私には、いつだって矜持しかない。瞼の奥のいつかの光だけが、私を生かしている。
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