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水の中の小さな太陽

31 夏の終わり(乱太郎女体化)


夏休みは毎日バイトで忙しいといっていたきり丸が、突然の電話をくれた。
「明日プール行かねえ?」
「突然どうしたの」
「俺、今、監視員のバイトしててさ」
「あ、プールの」
「ああ。明日でお仕舞いなんだけど、清掃があるからさ、チーフが清掃ついでにただで泳いでいいよって。午後から水抜くからさ、午前はほんとに泳ぎ放題なんだ。乱太郎、来ないか」
「行く」
頭の中では、水着どうしようとか広いプールにきり丸とふたりっきりなのかなとか、他のクラスメイトは誘わないのかなとか考えながらも、乱太郎はすぐさまオーケーをした。
「そっか」
受話器の向こうで、ちょっとホッとしたみたいなきり丸の返事が聞こえた。
乱太郎は学校で着るような紺の水着しかもっていなかったから、電話を切ってすぐ戸惑った。やっぱりよくないかなあ、と迷って、それから伊助に電話した。兵太夫に聞けばよいと思ったけれど、兵太夫にスクール水着しか持っていないなんていったら呆れられそうで、伊助にしたのだった。
伊助は電話の向こうで、「買ったほうがいいかもね」と言った。
「やっぱり、スクール水着はナシだよねえ」
「うーんとね、きり丸は別にそういうこと気にするやつじゃないと思うけど、」
伊助の声の向こうからはゴウンゴウンとどうやら洗濯機が回っているらしい音がしていて、乱太郎は なんだか安心した。伊助は夏休みでもいつもの伊助のようだった。
「でもね、きり丸は、ほら、スクール水着しか買ってないと思うのね」
「え、きり丸?」
「そう。わざわざプライベート用の水着なんて買わないでしょ、あの“どけちのきりちゃん”がさあ。乱太郎までスクール水着着てきたら、あいつ気にしないかなあ。乱太郎が気にしてるって、気にしないかな」
きり丸は人に同情されるのをすごく嫌がる。乱太郎は瞳をぱちくりとさせた。全然気がつかなかった、と思った。そんなこと思いもよらなかった。自分のことばっかり考えてた。
「あ、ああ、そっか・・・。そっかあ、さすが伊助、だねえ」
呆然と呟いた。なんだか自分が情けなくて涙が出てきそうだと思った。そうしたら、気遣い屋の伊助はそんなことも見通してしまったのか受話器の向こうで、「こういう考えすぎる性格が、いっつもきり丸に嫌がられるんだけどね。俺、お前のそーいうとこ嫌いっていつも面と向かっていわれる」と苦笑した。
乱太郎が慌ててフォローすると、伊助は明るい笑い声を立てて、大丈夫、と言った。
「大丈夫、気にしてないから。私、きり丸のああいう後ひかないところさっぱりして好きだよ」
夕方からじゃ街に出てファッションビルに入ることもできなくて、乱太郎は母親の買い物についてゆき、スーパーに併設されている水着売り場に行った。
「何、乱太郎、あんたこんな季節にプール行くの」
夏ももうおしまいで、朝や夕に、道行く人が「涼しくなりましたね」なんて挨拶を交わすようになっていた。乱太郎もクーラーのリモコンをしまったばかりだった。
「うん」
「寒くないかい」
「でも午前中だから」
乱太郎はオレンジのストライプのセパレートを買った。安っぽいかな、と思ったけれど、デートってわけでもないんだし気にしないことにした。
朝になってきり丸が自転車で迎えに来た。わりと高いやつで、土井先生が半額は出世払いでいいといって今年の春に進学祝でプレゼントしたものだった。きり丸は土井先生から物をもらうのをことさら嫌がるので、こういう言い方をしないと貰ってくれないと土井先生は苦笑していた。新聞配りのアルバイトなんかでずいぶん重宝しているらしく、よく使い込まれているようなのが見て取れた。
「乱太郎、自転車ある?」
「うん。ボロだけど」
「後ろ乗ってもいいよ」
「でもきりちゃん重くない?」
「ばかな!俺は毎日バイトで運動しないでぶっちょゴールデンレトリバーを荷台に乗せて街を回ってるんだぜ。それに比べたら乱太郎くらい」
乱太郎は声を上げて笑った。きり丸は白皙の美少年なのに、別の国の子どもみたいに真っ黒に日に焼けていた。それに、細い手首があいまって本当に異質なもののように見えた。
きり丸は孤児だ。ずいぶん苦労して生活している。あんまり毎日苦労しているから、みんなは同情もできないくらいだ。その苦労のひとつひとつがきり丸をかたちづくっている。粗野な言動とか、細いけれどしっかりした体つきとか、前を見据える少しきついまなざしとか、本当の優しさとか、厳しさとか、全部。もしきり丸に不幸が訪れなくて、今も両親と楽しく幸せに暮らしていたら、今のきり丸は絶対にいないだろう。そう思ったら乱太郎は、きり丸が今のきり丸でよかった、と思って、でもそんなことを思うのはきり丸に悪い気がして言えないでいる。
結局、きり丸の荷台に乗せてもらってプールまで行った。ぐん、ぐん、と力をこめて踏みつけられるペダルの重みを、乱太郎も一緒になって身体で感じながら、きり丸の身体にしがみ付いていた。少し汗のにおいがした。
水着に着替えてプールサイドに出ると、想像したとおりきり丸と自分しかいなかった。他のクラスメイトは、とは何故だか聞きがたく、「他のバイトの人は?」と尋ねると、「別にいいって」とそっけなく言われた。
「そうなんだ」
「町営のちゃちいプールなんかより、もっとでっかいとこ行くんじゃん?」
「ああ、大学生だもんね」
「うん」
広いプールに潜って、目を開く。ぼんやりした青が視界に広がった。その少し向こうをきり丸の細い身体がくねっている。すうっと、泳いできり丸のほうへいくと、きり丸が黙ってこっちを見ていた。近づくのを待っているんだと思った。近くまで泳いでいくと、きり丸は手首を掴んで、プールの水底から上を見上げた。小さい太陽のようなものが見えて、まわりに光のレースが浮いていた。
「きれい、」
と零したらそれは水の中で音にならず、泡になって上のほうへ上っていった。顔を上げてもう一度綺麗、と言おうとしたら、きり丸がぐいっと手首を引っ張った。身体が傾ぐ。きり丸が顔を覗き込むみたいにして、近づけた。近い、と思ったら、唇が当てられた。驚いているうちに、ぱっと離れた。
ふたりして息が続かなくなって顔を出したら、きり丸は開口一番「ごめん」と言った。
「何で謝るの」
「いきなりだったから」
「謝らなくていいよ」
「うん。あの、つまりそういうことだから」
「うん」
「好きなんだ。・・・これ言うの、初めてだっけ」
「うん」
「そっか。いっつもいってるような気になってた」
きり丸ははにかみ笑いをして、それから、「水着似合うよ」って言った。安い水着なんだけど、と思って、でもそんなこと、きり丸はとっくに気づいているような気がした。本当に水着が似合っているかどうかは知らなかったけれど、きり丸が褒めてくれる余地を作ってきたことをよかったと思った。
夏はもう終わる。涼しいくらいの風が剥き出しの肩を撫でて、乱太郎は、こういうふいのさみしさをきり丸と感じられることの幸福を想った。
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