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だって夏はこれからだから

26 日焼け(佐吉女体化)


清潔的で機能的な大手予備校の教室には、ずらずらと並べられるだけ並べられた縦長のテーブルをびっしりと蠢く頭が埋めている。窓の外を見ても、高い高架を走る線路と電線が見えるだけだ。空調の効き過ぎたなかに一日中押し込まれて、さすがに肌が粟立つ。佐吉はバッグから長袖シャツを取り出すと、他の邪魔にならないようにひっそりとそれを着込んだ。
理数の成績はずっと伝七に負けていなかったのに、先だっての外部模試では生物で点を抜かれてしまった。伝七は文型選択だから、生物はサブ教科のはずなのに。正直、焦る。佐吉はシャープペンシルのへりを前歯で軽く噛んだ。それから、はっと我に返って慌てて黒板にぶつけられるエネルギッシュな講師の授業に集中した。『一日一日の積み重ねが勝利を招く!』黒板の上にでかでかと掲げられたメッセージに、知らず溜息が漏れる。夕方からは、伝七といっしょにとった別の塾の講義がある。昼にもうひとつ、他塾の夏期講習に通っていることを、どうしても伝七に言い出せず、結局秘密で通っているかたちになってしまった。でも、いわないだけで伝七もきっともうひとつかふたつ、塾に通っているのだろう。伝七は親友で、ライバルだ。刺激的でいっしょにいて楽しいし、成長できるけれど、時々疲れる。
夕方からの塾に移動するには、まだ少し時間があった。いつもなら自習室で勉強をして時間をつぶすのだけれど、今日はそんな気になれず、ぶらぶらと街へ出た。寒すぎる校舎から一歩踏み出せば、湿気をはらんだ熱気が佐吉を包んだ。ぽかぽかする。そうしてそのうち、じっとりと汗をかき始めるのだろう。どこか店に入ろうかと思いつつ、そんな気になれない。とぼとぼ歩いていたら、だんだん気分が悪くなってきた。スクランブル交差点で人に押し合い圧し合いされながら流されるようにして歩いていたら、つまずいて転んでしまった。ああ、もう、なにをやっているんだろ、情けない。立とうとしたら、予想以上に自分の体が重くて、自由が利かなかった。びっくりして呆然としたまま交差点の真ん中でへたり込んでしまう。アスファルトが熱い。ブッブーと苛立ったようにクラクションが鳴らされる。いけない、ほんとに、立たなきゃ。白んだ意識で強く思いながら、のろのろと立ち上がる。信号が赤に変わっていて、周りには誰もいなくて、驚いた。立とうとしたら膝が笑っている。人々が口々に何か言うのがわかったが、何を言われているのかわからない。あの、立てないんです、助けて。声を出そうとして、咽喉がからっからに乾いていることに気がついた。
(水が欲しいなあ)
そう思って、ひどく疲れたので瞳を閉じたら、脇からぐいっと身体を持ち上げられたのがわかった。
「すいません、あの、」
「立てる?」
「お水が・・・ちょっと、気分が悪くて、すいません」
「謝らなくていいから、さき」
さき、と呼ばれて、ホッとした。佐吉のことをこんなふうに呼ぶのはひとりだけだ。危なっかしいけど、頼りになるひとだから、そのひとに助けられたんだったらもう大丈夫だ。佐吉は遠慮なく意識を手放した。
気がついたら、どこかの公園の日陰にあるベンチに寝かされていた。慌てて起き上がったら、頭がくらくらした。誰が助けてくれたのだろう、人前でえらい醜態をさらしてしまった。息をついて手元のバッグを持ち上げる。財布も携帯もどうやら手はつけられていなかったようで、ホッと胸をなでおろす。あたりを見渡していたら、向こうから男の子が駆け寄ってきた。見知ったひとだった。
「おーい、佐吉!」
団蔵は両腕にいっぱいペットボトルを抱えて駆け寄ってきた。
「気がついたんだ、具合どう」
「やっぱり、団蔵が助けてくれんだ。ありがと」
「ほんとに偶然でさあ、信号待ってたらどうもみんな騒いでるだろ、みたら佐吉が真ん中でぶっ倒れてるんでびっくりした」
「熱中症かな、突然気分が悪くなっちゃって」
「どれが好きか知らなかったから、買えるだけ買ってきたけど・・・好きなの好きなだけ飲んでいいよ」
団蔵は佐吉の前にペットボトルを並べていく。熱中症なら生理食塩水がいいのだろうな、と佐吉はポカリを手に取った。
「びっくりした。熱中症って初めてだった」
「太陽になれてないんじゃん?夏なのに、なんでそんな真っ白なの」
「ちょっとは焼けたけど」
「どこが!俺なんか、見ろよ、真っ黒」
団蔵がぬっと腕を突き出してくる。面白いくらいに真っ黒で、佐吉は目を丸くしてじっと見つめた。筋肉が張って、触ると固そうだ。無意識に指でつついていたら、団蔵がくすぐったいような表情で、「あのさ、虫触るようなやりかた、やめて」と言った。
「あ、ごめん。珍しくて」
「何が、日焼けが?」
「日焼けっていうか・・・日焼けした、男の、子?」
自分でもよくわからなかったから語尾が疑問系になってしまった。団蔵はからりと明るく笑って、「まあ確かに、い組の男は日に焼けなさそうだよな」とにやにや笑った。
「佐吉、夏休み何してんの」
「塾」
「好きだねえ」
「別に、好きじゃないけど」
「毎日塾あんの」
「うん」
団蔵は眼を丸くして、それから、好きじゃないと続かないよ、そんなん。と言った。佐吉は、そういわれて、好きなのかな、と考えてみる。私は勉強が好きなのかな。よくわからない。だけど、勉強をがんばっておかないと、目指す夢に近づけないから。だけど、こんなにがんばって、将来のために毎日を消費して、じゃあ佐吉の15歳はどこにあるのかなって思ったりもするのだ。未来の自分をつくるための今だけじゃなく、今のための佐吉は、どこにいるのかなとたまに思ったりするのだ。
「佐吉、夏休みなんか予定あるの」
「別に。おばあちゃんは一緒に住んでるし、近所にお墓参りに行くぐらい」
「しけてんなあ」
「うるさいな!」
佐吉はガツンと団蔵の足を蹴った。団蔵は痛い痛いと大仰に痛がって、それから、「でもまあ、俺も似たようなもん。父ちゃんの仕事手伝うばっかでさ、なんにも予定はいってないんだ」といってにっかり笑った。団蔵の実家の仕事は、配達業だったはずだ。じゃあ、腕の筋肉も、日焼けも、炎天下の中汗をかき続けた結果か。
「どっか行きたいんだよなあ」
「行けばいいじゃん」
「じゃあ、佐吉、海行こうぜ」
「なんで私が団蔵と行くの!?」
「別に伝七誘ってもいいけど。でもあいつ、俺のこと嫌いっぽいからこなさそうだけど」
「私、いい。行かない」
「山のほうがよかった?」
「そうじゃなくて!」
団蔵が二本目のペットボトルに手を伸ばした。佐吉は一本目をようよう飲み終える。それを見計らったように、団蔵がぐいっとお茶のペットボトルを突き出した。
「ほら、さき、二本め!」
団蔵が佐吉をさきと呼ぶときは、いつも有無を言わせない。乱暴で、命令口調になる。
「これ以上飲んだらおなかがたぷたぷになる」
と弱弱しく反論すると、「さきははもうちょっと水分とったほうがいいんだ。ゆっくりでいいからちゃんと飲め」とぐいっと押し付けられた。仕方がないから受け取って、キャップを開ける。団蔵ががぶがぶとペットボトルの水を仰ぎ飲んだ。
「別に俺とが嫌なら、誰とだっていいんだ。だけど、佐吉、ちゃんと遊んどいたほうがいいぞ」
「どうして」
「わかんないけど。でも、父ちゃんも清八も俺に言うからさ。大人って、思ってたほど大人じゃないんだってさ。だから、未来のために、なんて思って、そればっかりに苦労してるとあとからあれもしたかったこれもしたかったって結構後悔する、らしい」
「よくわかんない」
「うん、俺も。よくわかんない。だけど、佐吉と話してたら、なんとなく父ちゃんにいわれたこと思い出してさ。言っただけ。えらそうでごめん」
団蔵はこういうことを惜しげもなく言ってさらりと謝ってしまうから、駄目だ。人に、恨ませない絶対的な力をもっているから。
「山なら、行ってもいいよ」
「そっか、じゃあ、山行くか」
団蔵が言うので、佐吉は、うん、と素直に頷いていた。時計を見たらとっくに電車に乗らなきゃいけない時間だったので、慌てて立ち上がった。遅刻すると思って走ろうとしたら、「歩いて行け」といわれた。「さき、そんなん遅れてもいいからゆっくり歩いてけ」
「うん」
団蔵はすぐ、命令する。えらそうなのに、嫌いになれない。素直にしたがってしまうのは何でだろう。
「佐吉、山、楽しみだな。また計画立てておくから」
「うん」
「勉強がんばれ」
団蔵が大きく手を振って送り出した。恥ずかしいからやめてって思ったけれど、心のどこかで嬉しいって思った。小さく手を振り返したら、団蔵がにっこり笑ってくれた。それだけのことが嬉しい。夏は夕方になってもなかなか日が沈まないから、どこまでも白んだような景色のなかで、佐吉はゆっくりと夕焼けを待った。
明日は、空き時間に、服を見に行こう。それから、パンフレットも、探そう。いいのが見つかったらいい。なんだかうきうきと明日を待つ気分に、らしくないと15歳の佐吉がはにかみ笑いを浮かべている。
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