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春と修羅④

なまぬるい食満竹の性描写ありますんでご注意。


それから三日後に、竹谷は帰還した。
食満は、竹谷が帰ってきたことを食堂の五年生の噂話で知り、慌てて飯を掻き込むと、表へ出た。門のところまで出て行くと、竹谷は、友人たちに囲まれて笑みを零していた。なんだ、心配したほど落ち込んでいるふうでもないな、と食満は少し安堵すると、そのまま竹谷には声をかけず自室に戻った。何とはなしに勢いで作ってしまった虫網と虫籠は、またの機会にでも渡してやろう、そう思った。
夜になって、食満が布団を敷いていると、衝立の向こうから伊作が「行かなくてもいいのかい」と声をかけた。どこに、と問うと、「あの後輩のところへさ、」と言いにくそうなくぐもった声がした。食満はしばらく黙ってから、
「あいつが来たいと思ったら俺は受け入れる。だけど、俺から会いに行くというのは、違うんだ」
と返した。伊作は少しの沈黙の後、「そんなものかね」と溜息混じりに言った。
食満は、竹谷のいない間に、竹谷との距離を測りかねていた。後輩という意識は、やがて、弟のような、という想いに変わった。今は、それとも違うような気がして、それで困っている。弟に寄せるのよりもっとずっと親しい思いがあるような気がする。けれどそれは、友達というのとも違う。ただただ笑い顔が見たいと思う。竹谷の笑い顔は、食満を安心させる。幸せであってくれと思う。けれどもそれは、祈りとは違う、もっと欲望めいた強い思いだ。例えば、誰が彼を幸せにしてもいいわけではないのだ。俺が、と、思う。俺が、幸せにする。俺の隣でなければ駄目だ。俺のために笑っていなければ駄目だ。
食満はそれを、よくないことと思った。あまりにも、自分勝手で、愚かな感情だ。なによりも、竹谷によくない。あれにはもっと、優しい愛情を注いでやって、まっすぐ育たなければ駄目だ。

真夜中になって、ふと目が覚めた。月のある晩で、障子に人影が見えたから、食満は身体を起こして、障子を開けて表を見た。そこには、寝巻き姿の竹谷が立っていた。食満が起きてくるとは思っていなかったらしい、竹谷は、突然顔を覗かせた食満に驚いて肩を揺らした。
「先輩、」
「どうした。何か、用か」
「散歩です。眠れなくて」
「六年の長屋へ、わざわざ散歩に入ってきたのか。度胸があるんだな」
食満の意地悪な物言いに、竹谷は苦笑した。それで、小さく、「会いたくて」と言った。食満は、縁側の草履を出してきて、それを履くと、障子を閉めた。竹谷の手を握ったら、ひどく冷たかった。井戸水で手を洗ったばかりなのだろう、それはしっとりと濡れていた。
「洗っても洗っても落ちないような気がして」
竹谷は俯いて、表情ばかりは食満に悟らせないようにと思いながら、震える声で弱音を吐いた。誰かに弱音を吐きたかった。食満しか、思いつかなかったのだった。覚悟はしていた。後悔もなかった。けれど、人間の身体に刃物を突き刺すその瞬間の感触が、いつまでも手から離れなかった。血の匂いが、身体に纏わりついて消えなかった。飲み込んでいくしかない苦しみだとわかっていても、誰かに今のこの苦しみを分かち持ってもらいたくて仕方がなかった。食満は、ぎゅう、と竹谷を抱きしめた。それから、
「ハチ、」と呼んだ。
「ハチって呼んでもいいか」
「どうぞ」
竹谷は頷いてから、「呼んでください」と言い直した。
「今夜は一晩一緒にいてやる」
食満はそれだけ言って、竹谷の利き手をぎゅっと握った。その力の篭り方が、きっとこの人は、今夜中この手を離さないでいてくれるだろう、と竹谷に思わせた。竹谷はそれが嬉しくて、笑顔を浮かべた。ふたりで手を繋いでとぼとぼと用具倉庫までの道を歩いた。その間ふたりはなんでもないことを一生懸命話した。何が好きで、何が嫌いか、どんな生い立ちで、どうして忍者を目指したか。当たり前のつまらないことばかりを、どうして今まで知らずにいたのか、お互いに不思議な気持ちになりながら、確かめ合うように、語った。用具倉庫は真っ暗闇だった。扉を開けたら、懐かしい、かびと埃の入り混じった匂いがした。食満がそっと松明をつけた。橙色にまわりが明るくなった。食満が、何を話そうか、というと、竹谷が、何も、と応えた。それで、食満は黙った。竹谷は何も言わず、まっすぐ前を見ていた。きっと、この柔らかい心の少年は、大きな重た苦しいものをひとつ、必死で嚥下しようとしているのだと思った。それは、一年前に、食満が通った道だった。あの時は隣に、伊作がいた。ふたりして、やっぱり同じように、咎を行った手のひらをお互いに暖めあいながら、寒い夜を越えた。
豆だらけだった手のひらは、すこしずつ硬く分厚いものに代わり、豆を減らす代わりにたくさんの傷を手に入れた。そうして、昔よりもっとずっと強くなって、大きな手のひらを手にいれたはずだった。それでもまだ、愛しいものを守るには足りないのだなあと食満はぼんやり考える。傍らにある愛しい可愛い存在が、少しずつ心を硬くしていくのを、惜しいことと思いながらそばで見守っていてやるしか出来ない。
この学園で、出会って、分かれていく人たちは、お互いに優しい心を見せつけあいながら、己を殺していくのだと思った。せめて、覚えていて。どうか、俺がこれから殺して行く俺の心の弱く柔らかいばかりの部分を、どうか俺の代わりに覚えていて、と。食満は、いつか消えてしまうのだろう竹谷のそれを、消して忘れるまいと思う。自分の弱さをあのとき伊作に預けたように。そうして、伊作の心もまた、食満が請け負ったのだ。
食満は竹谷を抱き寄せて、そっと口を吸った。竹谷は少し驚いた表情をして、
「俺を、」
と言った。
「ああ。いやか」
「いえ、」
行為の最中も、食満は、律儀に竹谷の片手だけは決して離そうとしなかった。竹谷は、そんなことがとても嬉しく、ああ、このひとは、とてもよいひとだなあとしみじみ思った。行為の最中、食満が、小さく自分を伊作と呼んだことも、竹谷は目を閉じて黙って受け入れた。ただただ、血の匂いのする冷たい右手を、庇っていてくれることが嬉しくて、だからもう、ほかはどうでもよいとさえ思ったのだった。
竹谷の奥に熱情を叩きつけた後、食満がちょっと情けない表情をして、「悪い兄ちゃんだな、俺は」と苦々しく呟いたのがおかしくて、竹谷は声を上げて笑った。
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