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春と修羅②

いつも学園を明るく騒がせている下級生たちは、三日前から、野外宿泊訓練に出掛けてしまっている。
学園の生徒は上から下まで何かと騒がしいやつらばかりだから、学園は相変わらずがやがやと何かしら騒々しいが、それでもどこか寂しいような感じは否めない。食満も委員会の活動を少し小さくした。どうせ、下級生が多い委員会だ、彼らがいなければあまり機能しない。富松と用具確認の当番だけ分け合って、あとは放課後を自分のことに使った。六年ともなれば、卒業試験の勉強に就職活動も平行して進めなくてはならぬから、本当は何かと忙しいのだった。毎日飽きずに委員会ばっかりに専念していた食満を、文次郎や仙蔵は半ば本気で心配していたぐらいだった。伊作だけは、食満の性質をよくわかっていて、彼が用具委員会の活動をようやく縮小したことを知って、
「そりゃ留さん、寂しいだろう」
と労わるように笑った。
生物委員会は下級生ばっかりだから、あいつも仕事にならんだろう、とふと竹谷のことを思った。お互い、下級生がいなくなってしまえば会う用事も見つからなくて、かれこれ一週間ほど姿を見ることもなく過ぎ去った。伊作も最近ではきちんと夜を自室で過ごすことが多くなり、最近では珍しいとからかえば、「そりゃあだって、もうすぐ試験だし」とぼやいた。そんなこんなで、別段竹谷のことを深く想うこともなく何日かを過ごした。


中間試験の前日になった。留三郎が、さっさと終わらせようと手際よく用具倉庫で点検をしていると、ふいに光が差し込んだ。なんだと思って顔を上げると、竹谷だった。食満の、訝しげな視線にぶつかると、彼ははにかんだような笑みを見せた。
「お久しぶりです」
「おう。どうした」
「いや・・・」
「お互い下級生がいなくて、ここ最近は大変だったな。とくに、そっちは世話が大変だったろう。お前一人でやったのか」
「あ、孫兵も一緒です」
「ああ、そうか」
「はい」
「でも明日にはみんな帰ってくるから、」
「はい」
「そしたらまた楽になるさ」
「はい」
「まあでも、下級生ばっかりだからなあ、楽になるというのとはまた違うか?むしろ、余計に仕事が増えるといったほうが正しいかな」
「はあ」
食満の軽口に、竹谷はあいまいに微笑んでいる。借りてきた猫のようだ、と食満は思った。竹谷は、倉庫の扉のところに立ったままだった。
「もっとこっちにこい」
「でも、先輩、お仕事の最中ですし」
「そんなことは構わんが」
「それに、俺も急いでますから」
「そうか?」
竹谷は頷く。それから、食満は、そういえば、と思い立ったように言った。
「何の用だったんだ」
「いや、別にこれといった用はないんですけど、」
「そうなのか。あいつらが帰ってきたらまた遊びに来いよ」
これを言う食満の頬は少し赤かった。言い方がぶっきらぼうになってしまった。本心だけれど、口にしてみるとなんだかすごく気恥ずかしいような心持がしたのだった。けれど竹谷は困ったみたいな表情を浮かべた。それで、おずおずと、遠慮がちに、覗うように、「あいつらがいなくちゃ駄目ですか」と言った。
「あいつらがいなくちゃきちゃいけませんか」
食満は最初、何を言われているのかわからなくてきょとんとした。なぜそんなことを竹谷がこれほどまでに勇気を総動員したような思いつめた表情で言わなくてはいけないのかがよくわからなかったのだった。
「俺が、会いたいからっていうのは、駄目ですか」
竹谷の頬はひどく火照っていた。熱でもあるのかと食満は心配した。眉を潜めて、
「そんなことあるわけないだろう」
と言った。
「下級生がいなくても、お前が来たければ、来たらいいさ」
「はい、」
「そんな当たり前のことを、ひどい勇気を出したふうに言うんだな」
「はは、」
「変なやつだな」
竹谷は、今度はにっこりと微笑んだ。それから、「あの、俺この間うまいうどん屋見つけたんで、いっしょに行きませんか」と言った。食満は、おう、と頷いた。それで、竹谷はまた嬉しそうに笑った。
「明日からの試験が終わったら」
「おう」
「じゃあ、俺行きます」
「もう行くのか」
「はい」
竹谷は名残惜しそうに顔を上げて、まっすぐに竹谷を見つめた。それからぺこりと頭を下げて、用具倉庫から出て行った。竹谷の背中が消えてしまってから、食満はふいに、これではいけないと思って、持っていた矢立を放って倉庫の表へ出た。秋の気配が漂う外は、夕日が澄んだ様子で空を焼き、そこに竹谷の背中が切り取られるようにして収まっていた。ひたひたと迫り来る夜の闇の匂いが、食満の鼻をひくひくと刺激した。
「あ・・・」
と食満は何事かを言わねばならぬと口を開いたが、結局何をいっていいものかわからず、そのままぼんやりと竹谷の背中を見送った。

翌朝になって、食堂へ行くと、朝早く行ったはずなのにさっきまで人がたくさんいた気配があった。味噌汁だの白米だのの匂いがあたりに立ち込めているのに、食満は不思議な表情を浮かべた。食堂のおばちゃんが、「ああ、五年生よ」と言った。
「今日から実技試験でしょう、あの子たち。大変ねえ、握り飯と一緒に、饅頭もふかしてもたせてやったわ。私は、この日の朝はいつまでたっても苦手ねえ。毎年のことだけれど」
「あ、」
と食満は阿呆のように口を開けて、思わず呻くような声を出していた。そうだ、五年の中間試験といえば、暗殺があるのではないか。たいていの生徒たちはそこで初めて人を殺める。食満は、それでようやく、昨日の竹谷の変わった様子に合点がいったのだった。そうか、あいつ、覚悟を決めにきていたのか。よくもわかっておらぬまま帰してしまって、かわいそうなことをした、なにより自分が憎らしい、先輩らしいことをなにもしてやれなんだ。食満が唇を噛み締めると、外できゃあきゃあと高い声たちが聞こえてきた。下級生たちが帰ってきたのだ。
食堂のおばちゃんが、慌てたように米びつを開く。
食満はそれをきっかけに、しおれたような様子で机に向かった。食堂は、試験に関する話題でもちきりである。
学園は今日も朝から忙しない。

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