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ぼくらは男の子③

田村三木ヱ門は神崎左門が好きではない。遠慮なくいえば、嫌いである。理由は探せばいろいろあるだろうが、まず第一に、手間がかかる。すごく面倒くさい性格をしている。決断力のある方向音痴とはいったいなんなのだ。間違った解答をずばり導き出して実行に移したところで、それは決断力といわぬのではないか。それがお前の弱点だと何度指摘してやっても、「はあ」と気の抜けた返事をしていっこうに直そうとしない。それどころか、「決断力のよさは僕の長所ですよね」と三木ヱ門の指摘の三十秒後くらいに言ったりする。お前には耳がないのかと問いたい。耳があっても、言葉が脳まで届かなければそれは耳がないのと同じだぞと怒鳴りつけてやれば、また、分かったんだか分からなかったんだかわからないような表情で「ほう」と呟き、その三秒後に「お前には耳がないのかって、見れば分かりますよね」といってひとりであははは、と大声で笑う。終いに三木ヱ門はこいつにかかずらっているのが馬鹿らしくなってきて、「お前は馬鹿だ」と呆れたように刷き捨てる。すると左門はそこで初めてむっとして「先輩人を馬鹿といっちゃいけませんぜ」というので、三木ヱ門はいよいよこいつを殴ってやろうかと思う。夜更けである。実に四徹目の夜であった。一年生はささいな、じつにささいな理由でけんかをして、それがもとでとうとうふたりして潰れた。疲労がピークに達したのだ。「佐吉より俺のほうが背が高いやい!」「いいや、僕のほうが高いや!」というのがふたりの最後の言葉であった。委員長の潮江文次郎は、一年坊主と左門と三木ヱ門のやりとりを尻目に、ひとり驚異的なスピードで算盤を弾いていた。もともと、周りがどれだけ五月蝿かろうがまったく気にならない男である。4年のとき、野戦実習で、教師の講義の最中に近くの戦場から砲弾が飛んできた。さしもの教師もびっくりして口を噤んだ。それから、驚く生徒たちと突然の出来事について語り合っていたら、この男は真剣な瞳で手を上げて、「先生、そんなことより続きを」と講義の続きを促したのだという。そんな伝説が残っている。流れ弾をそんなことといってしまうこの男は、しかし、一年が潰れたことを誰より早く見つけ、顔を上げた。
「四日目か。新記録だな。今年の一年はなかなか根性がある」
頷いて、立ち上がる。潮江は簡単に誰かを褒めたりはしない男だ。一年生が次の日すまなそうな表情を下げて委員会に来たときには、きっと「バカタレ、たるんどる、根性が足りん!」とむちゃくちゃをいって怒鳴るのだろう。潮江は誰も聞いていないときだけ褒める。彼は立ち上がると一年生ふたりの背後に回り、両肩に担いだ。
「こいつらを長屋に持っていく」
「はい」
「まったく、こいつらといいお前らといい、仲がよくて結構なことだな」
とぼやいていったので、三木ヱ門はその意味をとりかねて珍妙な表情を浮かべた。左門は潮江が行ってしまうと、「けんかするほど仲がいいって言いますけど、あれってどうしてですか」とふいに三木ヱ門に尋ねた。彼は説明するのが面倒くさく、「辞書を引け」と一言返すと、左門は、「そりゃそうだ。いいアドバイスだ」と頷く。三木ヱ門はひどく疲れた気分になった。溜息をひとつ吐いて帳簿に視線を落とすと、左門がふいに、
「そういやなんで赤ん坊が出来るか知ってますか」
というので、彼は思わずぼとりと筆の隅を帳簿に落としてしまった。「ああああ!」とすごい声を上げて悔しがれば、「あーあー、気をつけなきゃ」としたり顔で言うのがまた憎らしい。誰の所為だといってやりたい。だがどうせそれも彼には届かないのだろう。三木ヱ門はこめかみをもみしだきながら、ああ、ああ、こうなったら一刻も早く寝たいもんだ、と思う。顔を上げれば、左門はまじまじとこちらを見ている。
三木ヱ門は呆れた調子で、「四年になれば授業でやる」と答えてやった。だが左門は、「それまで待てない」という。
「待て」
「嫌だ!」
「逸るな、三年坊主」
「あんたは興味とかなかったんですか?」
「性交に?」
三木ヱ門は遠まわしな表現は苦手だからずばりとその単語を出した。左門はしっかりと頷く。三木ヱ門はしばらく逡巡した後に、「なかった」と言った。
「嘘だあ!」
「嘘じゃない」
「でも俺、色の話をするのは好きだ。別に女に興味はないけど、なんとなく大人になった気分がする」
「私はまったく興味がなかったな。どうしたら赤ん坊ができるかなんて、そんなこと考えもしなかった。四年になって房中術の第一回目の講義が始まったとき、教師からまったく同じ質問をされて、こうのとりが運んでくるといったら教室中でわっと笑いが起こった」
「あちゃ~・・・」
左門が痛々しい、という表情を浮かべる。三木ヱ門は苦笑いをする。
「大人になったような気分というのは分からんでもない。だが、あせらずとも勝手に大人になる。知るべきときに知れ。そのほうがいいこともある」
「性交はどうして大きくならないと話しちゃいけないんだろうなあ」
左門がぱちんぱちんと珠を弾きながらしみじみと呟く。三木ヱ門はさあな、と首を振った。左門は最後にひとつだけ、といい置いて、質問した。四年生の房術実習がすでに終わっていることは、左門も知っている。
「性交って、やっぱりイイもんですか?」
三木ヱ門は頬を真っ赤に上気させた。それから、来年自分で確かめてみろ、馬鹿、とようやくそれだけ言った。左門は目の前の上級生をまじまじ見つめて、
「あ、今俺、目の前の先輩を可愛いと思った。ひとつ大人になった証拠かな」
と頷いたので、三木ヱ門は今度こそ本当に腹を立てて、後はもう左門が何を言おうが石のように黙りこくった。

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