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嘘と沈黙

兵助は黙って噛み付くようなキスをした。早急な求め方は初めてだった。タカ丸は唇を強く吸われながら戸惑っている。彼のびしょ濡れた身体を抱きしめると、その身体は冷え切って、タカ丸は氷でも抱いているかのように感じた。執拗に求めてくる接吻の合間から、溺れかかったものがするように激しく息を接ぐ。空気を貪る。
タカ丸は理由を聞かなかった。代わりに、彼のしたいままにさせた。
彼はタカ丸の舌を吸いながら、己の身体とともに藁の上へタカ丸を押し倒した。馬の獣じみた匂いがタカ丸の鼻をついた。兵助の唇が彼のそれを離れ、首筋に降りていく。
タカ丸はとうとうそのときが来たことを悟った。タカ丸は、いつか兵助に求められるのではないかと気がついていた。それは、彼の自分を見る視線が時々ひどく思いつめていたからだった。タカ丸は彼の、自分を一切語らないところが、時々とても寂しかったので、彼に求められたら、それがどんなに一時の激情に駆られた末の行為だったとしても自分はとても喜んで受け入れるだろうと思っていた。
理由は知れないが、兵助は深く傷ついている。実習があったのだという、なにか、辛いことを経験したのだろう。兵助はいつも、タカ丸の知らないところで傷を受けて、そうしてそれを決して見せてはくれない。あんたは醜い傷口なんて見なくてもいいよ、ただそこで、何にも知らぬまま笑っておいで、と自分を除け者にする。それがどんなに悔しいか!兵助の愛撫のひとつひとつを瞳を閉じて受けとりながら、タカ丸はすぐさま心の中で決意をしていた。
兵助がどんなに嫌がったって、自分はいつか必ず兵助の傷口を見てやる。そうして必ず癒してみせるのだ。
忍びの恋は、別つ恋だと三郎が言った。決していつも一緒には入られない。兵助が自分より先に卒業てしまって、どこかの城に仕えることになって。そうしたら、自分たちはもう離れ離れになってしまうだろう。いつかそのときが来ても後悔がないように、この恋が一過性のもので終わったとしても、兵助にとってとてもよいものであるようにしたいとタカ丸は思うのだった。いつか分かれてしまっても、いつかどこかで兵助が別の誰かと笑いあうときに、その人と心根から対峙できるように。彼がこの先一人で幸せになっていけるように。
兵助の愛撫は性急だった。荒々しく肌に吸い付き、撫でさすり、膝でタカ丸の足を割った。服を脱がされながら、タカ丸は冷たい空気の中でいよいよ固く瞳を閉じた。
しかし、兵助はそれ以上求めてはこない。
急にそれまでの動きを止めてしまった。訝しく思ったタカ丸はそろそろと瞼を持ち上げる。兵助は瞳を曇らせたまま、神妙な瞳でタカ丸を見下ろしていた。
「…嫌がってくれないと」
寂しそうに笑う。
「勢いに駆られて、自分勝手にあんたを抱いて、取り返しのつかないことをしちまうところだった。俺が無茶したら、ちゃんと嫌がってくれないと」
タカ丸は上体を起こした。夜の空気の中で息を吐くと、冷えた身体が微かな熱を失って小さく震えた。兵助は剥ぎ取ったタカ丸の衣服を手繰り寄せたが、それが水気で湿っているのを知って、眉を顰めた。
「俺がびしょ濡れなせいで、あんたまですっかり冷やしちまった」
すいませんと苦笑して、立ち上がる。
「この時間じゃ風呂は使えないだろうな。部屋に戻りましょう、俺の分の掛け布も貸します。芯まで冷えないうちに寝ましょう」
「いいよ」
タカ丸は初めて口を開いた。何かに焦っているような兵助の、手首をしっかりと握って引き止める。兵助は立ち止まった。
「そんなのどうでもいい。それより、何があったの」
兵助がこちらを振り向く。その瞳が涙を堪えて潤っていた。それを隠すように、手首をつかまれたまま再びこちらに背中を向けてしまう。
「…なんにも」
年下の成績優秀のこの男は、いつも本当のことを言わない。独りで抱えるには重い本心ほど誰にも言わずに心の奥底に仕舞っておく。誰にも見せない。このことがタカ丸を不安にさせ、苛立たせているのだと、兵助自身も気がついている。それでも、自分はこんな生き方しか知らない。今更どうしろというのだ。心の藪の中に秘匿しすぎて、自分でも気付けなくなってしまった本心すらたくさんあった。兵助にとって、本音を零すことは、弱みをさらけ出すことだった。自分以外の誰かの前で傷口をさらけ出せば、そこから毒を塗り込められ、あるいは抉られ、自分は死んでしまうのだ。兵助は、そう思い込んでいる。誰かに自分を見せることは、彼にとって恐怖だった。
タカ丸が好きだと思うのは、彼の前では弱音をさらけ出してもいいと安心している自分に気がついたからだ。初めは、年上だがまるで忍術の心得のないこの男を、どこかで侮り、自分が彼に傷つけられることはないのだと彼の包容力に甘えていたのだろう。彼は、誰のどんなこともおよそ否定し、拒絶したことがなかったから。彼の前ではいつも本当の自分を見せてもいいと思えた。身のうちに隠しているいくつもの本音が姿を潜めることなく、胸にあり、裸のままの自分で彼と対峙することができた。この安心感は、すぐに愛に変わった。
俺はこの男を守りたいと思う。自分の心の平安のために守ってやりたいと思う。
「言えないことかい?」
タカ丸は短く応えた。兵助の下手くそな嘘はすぐにばれていた。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
タカ丸は立ち上がって、兵助を背中から抱き締めた。兵助の背中が小さく震えた。人を殺した、とは言えなかった。返り血は浴びなかったけれど、血のにおいが染み付いているような気がして、頭から何度も冷たい井戸水を浴びてそのままタカ丸と逢瀬したのだった。兵助は、血なまぐさい本心は言わないままにして、代わりに、自分の胸を暖めてくれていたもっと別の本音を喋った。タカ丸には、好いものしか与えたくない。
「俺、あんたが好きです」
兵助の声は震えていた。低く掠れた言葉が、ぽつんと闇の中に吐き捨てられた。それは、兵助がおそるおそる吐き出した初めての“本音”だった。
「知ってる」
タカ丸は頷いて、頬をぴったりと男の背中にくっつけた。己のわずかな体温が男に移って、心ごとかれを暖めればいいと祈った。
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