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よいこわるいこふつうのこ

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あいにいくよ

12 扇風機(喜三太女体化)


足柄山はいつも湿った緑の匂いがする。年中雨でも降っているみたいだ。それとも、喜三太が身を寄せるリリイばあちゃんの家が山の麓に在るからだろうか。庭の土もいつも湿って黒々している。喜三太は雨の降ったあとのような湿った匂いは好きだから、足柄山は大好きだ。
喜三太は夏休みの間ずっと、暇さえあれば縁側に出てごろごろ寝そべっていた。ばあちゃんはクーラーが苦手だから、ばあちゃんの家には扇風機しかない。首をうなだらせて首振りのボタンを押すと、縁側に当たるように設置して喜三太はそこで本を読んだり宿題をしたり携帯で友達と喋ったりした。ばあちゃんちの庭は、そんなに広くはなかったが、紫陽花の垣根とか背の低い青苔だらけの石灯籠とか小さな蓮が浮かせてある手水鉢とか、植え込みの八手と熊笹とか、見るべきものがたくさんあって一日中眺めていても飽きないのだった。喜三太は大切な蛞蝓も、帰郷とともにその庭へ放った。蛞蝓たちは、好きな時間にちゃんと喜三太に会いに来るから、喜三太も別段寂しくはなかった。
夏休みも一週間を過ぎた頃、金吾から暑中見舞いが来た。朝顔の絵が書かれている葉書で、几帳面な筆ペン字で、暑中お見舞い申し上げます、とあった。そうしてその横にブルーグレーのインクで、暑いですがお元気ですか、食中りなど起こさぬようにお気をつけくださいと書かれていた。現役高校生が同級生に送る手紙ではないと思ったけれど、リリイばあちゃんはこの手紙の主をたいそう気に入って、今時なかなかいない礼儀正しい良い子じゃと褒めた。
喜三太は縁側に寝転がったまま、金吾からの葉書の字を人差し指でなんどかなぞって遊んでいたが、それに飽きると、身体を起こしてワンピースを脱いだ。リリイばあちゃんの手作りのワンピースは、もともと母のお古で、綿で出来ていて着心地はいいけれど、柄が古い。喜三太は部屋の置くの箪笥から白いレースのワンピースを掻き出すと、それに着替えた。それから、白い手編みレースの帽子を被って、学園にいるときに兵太夫に選んでもらって買った、フラットシューズを履いた。玄関で鞄の中身を確認していたら、勝手の裏口で漬物を漬けていたリリイが「どこぞへいくのか」と間伸びた声を出した。
「散歩行って来まーす」
「喜三太ひとりか。女がひとりでぶらぶらうろついたらあかん、錫高野の倅に付き添ってもらえ」
「与四郎先輩は忙しいからそんなことで声かけたら駄目だよ、おばあちゃん」
「そんなことじゃなかろがな。与四郎は将来のお前の旦那さまじゃ」
「だからあ、与四郎先輩の気持ちを無視してそういうこと勝手に決めたら駄目でしょ!」
喜三太はそう言葉を放ると、これ以上干渉されないうちに玄関を駆け出た。
錫高野与四郎は、喜三太の幼馴染のお兄ちゃんだ。遠縁でもあるらしく、リリイばあちゃんは勝手に、喜三太の許婚にすると言い張っている。喜三太のほうは、子どもの頃は本気でそう思っていたものだったが、今はもうばあちゃんがそれを言い出すたびに眉をしかめる。もう彼女のひとりやふたりいてもおかしくない与四郎が、この虚言のせいでどんな迷惑を被ってしまうかもしれないと気が気ではない。
それに、喜三太にも与四郎とどうこうする気持ちはあまりなかった。いい先輩だし優しいお兄ちゃんだ。結構かっこいい部類に入る人なんだってことも最近わかってきた。だけど、喜三太には愛だとか恋だとかそういうことがよくわからない。みんなで仲良く出来たらそれが一番いいと思う。
(無理に一番を決めなきゃいけないのかなあ?)
家からバス停までは大きなゆるい坂になっている。夕焼けだんだんと呼ばれていて、ここからの夕日の眺めはとても美しい。バス停に近づくにつれて山陰から日向に出る。日に当たって白っぽくなった道を、喜三太はてこてこと駆けてゆく。
バス停で与四郎に会った。与四郎は単語帳を熱心に捲っていたけれど、喜三太を見つけるとそれを閉じて鞄の中にしまった。与四郎は街へ行くバスを待っているのだろう。大学進学のために街の大きな塾に通っていると聞いた。
「喜三太、どっがいくべか」
「うん。先輩は塾ですか」
「おう」
与四郎は喜三太といるときはいつも、何かとてもうまいものを食ったときみたいな満面の笑みをして、彼女をいとおしんでくれる。
「ひとりでいくべか」
「うん。ひとりで平気」
「気ィつけてけ」
「うん」
街行きのバスが来た。与四郎はベンチから立ち上がる気配を見せない。「先輩、バス来たよ」と喜三太が教えると、いいんだ、と一言言った。
「せっかくこうしておめと話す機会持ててんだあ、なしてバスなんか乗れっかよお。な、」
「うん」
喜三太はいつごろからか、与四郎と話しているととても胸が痛くなるようになっていた。心臓を丸ごとソーダ水に突っ込んだみたいに、なにかがぱちぱち弾けて、それが心臓を刺激して痛いのだ。でもそれは、悪いものでもないらしくて、与四郎と長い間会っていないと、そのぱちぱちがとても恋しくなったりするのだった。ぎゅう、と与四郎の腕を掴んだら、それは太くてとても熱かった。は組の誰もこんな腕は持っていない。
与四郎の腕をさわさわと撫で擦っていると、与四郎が、困ったような笑みを浮かべて喜三太の名を呼んだ。
「喜三太、あんな、そういうことしたらなんねぞ」
喜三太は言われた意味が良くわからなくて、ぼんやりと与四郎を見上げた。与四郎は柔らかい笑みで、左手で優しく喜三太の指を右腕から外していった。
「どうしてだめなの」
甘えるみたいな声が出てしまった。学校に入ってからは、ちゃんと敬語を使って先輩後輩の境界線をしっかりと守っていたのに。与四郎は、喜三太が駄々をこねていると思ったらしい。柔らかな声で、
「今だけな」
と囁くようにいった。そういえば、与四郎は昔はよく喜三太をだっこしていいこいいこしてくれたのに、今じゃ全然触れてもくれない。もっと触れて欲しいのに。喜三太は拗ねたような顔をして、与四郎の指の股を撫でた。
「喜三太、がっこ楽しいかあ」
「うん」
「よがったな」
「うん」
それから、喜三太の乗るバスが来た。喜三太が立ち上がると、もういちど「気ィつけろ」といって、それからさっさと運転手にバス賃を払ってしまった。バスが発車してから、喜三太は与四郎が、喜三太の乗るバスが来るまで一緒に待っていてくれたことに気がついた。慌てて窓から振り返ったら、バス停で、与四郎は街行きのバスを待ってひとり単語帳を捲っていた。
バスがついた頃にはもうすっかり空は夕に焼けていた。真っ赤な街の中を喜三太は歩いた。駅から出て、地図を昔の記憶を頼りに迷い迷い歩いた。住宅地の一角でこのあたりのはずだけど、と、きょろきょろあたりを見渡していると、
「喜三太!」と驚いたような声が背後でした。振り返ったら、金吾が立っていた。胴着姿で竹刀を入れた袋を担いでいた。練習の帰りだったらしい。
「どうしたの、こんなところで」
「会いに来た」
「え、誰に」
「金吾」
「ひとりで来たの」
「ひとりじゃないと駄目だと思ったから。・・・暑中お見舞いありがとう。読んでたら、会いたくなったから、会おうと思ってきたの」
「喜三太」
金吾は名前を読んで、でもそのあとは言葉を忘れたみたいに立ち尽くしていた。だんだんとあたりが暗くなっていったので、金吾は慌てて、「えっと、うちに上がっていって」と言ったけれど、喜三太は首を横に振って「帰る」と言った。
「ばあちゃんに黙って出てきちゃったから」
「え、ご家族の方に断ってこなかったの?」
「なんとなく言いたくなかったから。金吾、会えてよかった。ばいばい」
喜三太が笑顔で手を振った。喜三太はいつまでも言動が幼い。そんな女の子を衝動で抱きしめたりなんかしちゃだめだと金吾は思ったけれど、でも、触れたくて仕方がなかった。喜三太を思い切り抱きしめて自分のものにしてしまいたいと思った。
「喜三太、あの、暑中見舞いにさ、ほんとは、夏休みさみしいねって、書きたかったんだ。会いたいねって。会いに来てくれて、ありがとう」
喜三太はにっこり笑って、「私たち、おんなじこと考えてたんだね。嬉しいね」と言った。そうして、金吾と一緒にバス停でバスを待って、それに乗って帰っていった。バスに乗り込む喜三太の手を握って、握ってしまってから、金吾は、少し顔を赤くした。
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
「また夏休み明けにね」
「うん」
喜三太を乗せたバスが行ってしまってから、金吾は大声で何かをわめきたい気持ちになって、でも何を口にしたらいいのかわからなくて、とにかく走り回りたくて、飛び上がりたくて、弾けそうな思いをどう消化したらいいかわからなくて、走って家まで帰った。
火照った頬に当たる宵風がさやさやと気持ちよかった。
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男の子女の子

雷蔵女体化。途中で終わるけど特に続きは考えていない。
天使な雷蔵ではないので注意。


「雷蔵知ってる、いとこ同士ってね、結婚できるんだよ」
「ふーん」
まるで興味ないような返事を零して、雷蔵は頬杖ついて頭の中で今度応募するエッセイの内容について考えている。テーマ「香り」かあ。何について書こうかなあ。好きな匂いのことなんて、ありふれちゃってて選考なんて絶対通らないだろうしなあ。
雷蔵の尊敬する中在家長次先輩から、エッセイに応募してみないかと誘われた。図書委員長である先輩は強面で無口で無愛想だから、一見すると堅気の男にはとても見えない迫力があるけれど、実際のところはかなりの文章家だ。何度かコンクールにも入賞して、高校生ながら時々雑誌とかに寄稿していたりするらしい。雷蔵は、これまでも何度か誘われて文章を書いているけれど、賞に引っかかったことは一度もない。
「雷蔵、あんた食事中にものを考えるのはやめなさい。みっともないわねえ」
「春子ママさん、雷蔵は今度応募するエッセイのことを考えてるんだよ、許してやってよ」
「まあ、あんたまたコンクールに応募するの。こりないわねえ、文才ないんだから早く諦めちゃいなさい」
「雷蔵にひどいこといわないでよ、春子さん。雷蔵は文才あるよ。俺、雷蔵の文章の第一号ファンだもん」
「まーあ、サブちゃんのほうが文才あるわよ、決まってるじゃない。前に応募したコンクールでがっちり入賞してたじゃないの」
三郎は嫌な顔をした。あのときは、雷蔵に誘われて一緒に応募したのだ。雷蔵とおんなじことが出来るのが嬉しくて何も考えず、ちょいちょいと手慰みに適当なことを書いて応募したら、何故だかしっかり入賞してしまったのだ。雷蔵のは、もちろん選ばれなかった。雷蔵はおめでとうと言ってくれたけれど、三郎は二度とやらないと思った。
三郎は雷蔵のいとこだ。ふたりを知らない人は、初めて見たとき、必ず二人を双子だと勘違いする。それは、雷蔵と三郎が一卵性双生児よりさらに酷似した容姿の持ち主だったからだった。今でさえ男女の性差から区別がつくようになっているものの、昔はまったく区別がつかないほどそっくりだった。
雷蔵は三郎より少しやんちゃだったから、かわいいものが大好きな春子ママさんが買ってきたふわふわレースのワンピースを三郎に着せて、自分は三郎のシャツと短パンを着て、勝手に近所の悪がき男子たちと遊びに行っていた。夏休みが終わる頃には、「三郎、ぼくの宿題もやって」なんて笑顔で言い放って、漢字ドリルとか夏の友とか、面倒くさい宿題は全部三郎に押し付けていた。雷蔵は、あんまり男の子とばかり遊ぶものだから、自分のことを僕とか俺といって、よく春子ママさんと冬馬パパさんから叱られていた。そのたびに雷蔵は泣いて泣いて、泣きじゃくって、当時彼女の逃げ場所だった三郎の部屋の押入れの中に閉じこもった。押入れからひいひいと泣き声が聞こえてくるのがあんまり居た堪れなくって、三郎はそのたびに慰めた。
「泣かないで、ね、雷ちゃん。僕が女の子になってあげる。だから雷ちゃんは男になってもいいんだよ。僕、おじさんとおばさんにそういってあげるね。僕が代わりに女の子になりますから、雷ちゃんを怒らないでくださいって頼んであげるね」
もちろん実際にとりかえばや物語が幕開けるでもなく、雷蔵は女の子として立派に育った。今では憧れの先輩なんてものまでいる始末。三郎はまことさやかにそんなところまで女の子にならなくていいのにと嘯いている。
「雷蔵、ねえ、夏休みふたりで旅行に行こうよ」
「うーん」
隣でけなげにさえずる三郎が疎ましいのか、雷蔵は白米を咀嚼しながら生返事。知らぬ存ぜぬとでも言った様子でテレビのチャンネルを変えている。
「最近クイズ番組ばっか流れてる気がするよね」
「うん、あれだよね、クイズペンタゴンが視聴率取ったから」
「もういい加減飽きるよね」
「そうね。ねえ、雷蔵、沖縄とか、言ってみたいと思わない。俺さあ、今日すごい格安ツアー見つけてね、」
ほら、ほら、と勢い込んでパンフレットを見せつけるも、雷蔵はそれを受け取ると眼も通さずにダイニングテーブルにぱさりと置く。
「三郎もう家帰ったら?」
三郎の家は隣だ。三郎の両親は共働きだから、晩ご飯はいつも雷蔵のところへ食べにくるのだった。
「何でそんなひどいこというの。俺としゃべるの嫌なの」
「女々しいこといわないでよ、気持ち悪いなあ」
「雷蔵の嫌いなところがあったら俺直すからあ!嫌いにならないで」
雷蔵はため息をついてソファに倒れこむ。頭が、隣に座る三郎の腿のあたりに落ちた。その愛おしい重みを、三郎はゆっくりと指で触れる。わっさりとふくらみのあるヘアを指で梳いた。
「あーあ、私じゃない誰かになりたいなあ!」
雷蔵が吐き捨てるように言う。三郎は雷蔵の髪を撫でて機嫌がいいのか、うっとりしながら問うた。
「なんかあったの」
「なんもないよ。なんもないからじゃん」
「俺、そういう雷蔵のこと好きだよ。だから気にしなくていいじゃん」
「三郎さあ、いい加減あたし離れしたら?」
雷蔵がくるりと上を向いた。見下ろす三郎と眼が合った。三郎はぱちくりと大きな瞳をしきりに瞬かせている。雷蔵が三郎の鼻をつまむ。
「めちゃくちゃもててるくせに。いつまで雷蔵雷蔵って言ってるの。あたししってるんだからね、この間、3組の超美人のミユキちゃんに告白されたでしょう。一緒に日曜日デートしよって言ったら、日曜は雷蔵の誕生日だから駄目だって言ったんでしょ。ばっかじゃないの、あたしの誕生日なんかほっときゃいいじゃん。告白断るダシにあたしを利用しないでよね」
「なんで雷蔵がンなこと知ってるの。森下ミユキがわざわざ言いにきたの」
「真相を確かめに来ただけでしょ」
「何だあの女、うぜえな」
三郎がぎりりと歯軋りする。急に視線が鋭くなって、雷蔵は呆れて三郎の頬を叩いた。
「そんなことぐらいで怒るなよ。ミユキちゃんは三郎が本気で好きなんだから仕方ないじゃん」
「だって森下のせいで雷蔵が嫌な思いしたじゃん」
「嫌な思いってほどでもないってば」
雷蔵はむくりと起き上がると、「お風呂入ってくる、」と言い捨てて、下のスウェットを脱ぎ捨ててTシャツ一枚ですたすたと風呂場まで行ってしまった。雷蔵の投げ捨てたスウェットを頭から被った三郎は真っ赤になってそれを畳んで風呂場までもって行った。
「雷蔵、人前であんなかっこうするな!ばか!」
「三郎だから平気じゃん」
「俺だとなんで平気なんだ!」
「だって三郎じゃん」
からからと笑い声が聞こえて、三郎はもう一度「馬鹿!」と怒鳴って脱衣所から出て行った。
 
 
「三郎知ってる、いとこ同士って結婚できるんだって」
最初に言ったのはむしろ雷蔵のほうからだったのだ。三郎はそのとき、雷蔵の隣で扇風機に当たってタオルケットを被ってうとうとしていた。昼寝の時間が雷蔵は大嫌いで、なんとか三郎に喋りかけては彼が寝てしまうのを防いで、暇をつぶそうとしていた。
「ふうん。じゃあ僕たち結婚するの」
「結婚って、一緒に住むことでしょ。今とそんなに変わらないよねえ」
「僕たちいっつも一緒だもんね」
「三郎ぼくと結婚したい?」
「どっちでもいい。雷ちゃんは?」
「ぼくもどっちでもいい」
雷蔵が中学のセーラー服を着たとき、三郎は似合うよと最後まで言わなかった。似合うと思ったけれど、絶対に言わなかった。三郎は不機嫌だった。中学三年生になって雷蔵が、スカートの丈を詰めたいといったときも、頭の隅ではそんものどうだっていいとわかっていながらも、自分でもおかしなくらい必死になって反対した。膝上は校則違反じゃん、だいたい、雷蔵に短い丈なんか似合わないよ!三郎は雷蔵が女の子らしく、綺麗に、可愛くなっていくことに関してはなんでも反対した。理由は自分でもわからなかった。ただ、無性にもやもやして胸が詰まって駄目なのだ。雷蔵の友達とは三郎も何とか友達になろうとした。何人かは三郎に惚れてしまって、関係が崩れて、ひどく泥沼になってしまった。うまくいったのは久々知と竹谷ぐらいだった。
雷蔵は成長するにつれて、少しずつ、三郎を疎ましげに扱うようになっていった。一方で、三郎のほうは、成長するごとにどんどんべたべたと雷蔵に構うようになっていた。

真夏の夜の夢

02 スイカ(タカ丸女体化の綾タカ?)


ほんとに偶然、街で会った。
新しいデジカメが欲しくなってぶらぶらと秋葉原を歩いていたら、大きな電器屋の店先で名前を呼ばれた。びっくりして立ち止まったら、綾部だった。でたばかりのipodの新バージョンを試していたところらしく、イヤフォンを外しながら、「久しぶりですね」と軽く頭を下げられた。相変わらずの能面だったが、相変わらずの美少年だった。ふわふわの髪を軽くセットして、白のジーンズに藤色のシャツ。堅すぎないフォーマルな装いに、タカ丸はすぐに気がついた。
「あ、今日何かあるの」
綾部は少し驚いたように眉を上げて、「なんにもないですよ」と応えた。
「え、でも、ちょっと格好がフォーマルっぽかったから・・・」
「さすがですね、タカ丸さん。本当は、ありますよ、“何か”。なんだと思います」
「え・・・なんだろ、コンサートとか」
「当たりです。滝夜叉丸のヴァイオリンのコンサートです」
「え、すごい!滝夜叉丸、ヴァイオリン習ってるの」
タカ丸の瞳が少し開かれて、瞳がきらきらと輝く。白い頬にさっと赤みが上った。薄くファンデーションが塗られているのだろう、ルースパウダーもはたいているのか、少し肌がきらめいて見えた。長い手足に折れそうな細いからだ。そのくせ胸はしっかりと育っている、完璧なモデル体系だった。金の薔薇の縁取りが施された白いフレアスカートに、オリーブ色のニット。シャンパンゴールドのエナメルのミュール。同級生よりは明らかに大人の女の装いだった。
家が金持ちなのだという。白く細長い指にはネックレスとおそろいで嫌味にならない程度に真珠があしらわれたリングがはめられていた。学生が持っていいものじゃない。だが、彼女をより美しく見せていた。安いアクセサリショップで買えるようなアイテムでは、タカ丸の美貌をうまく飾れないのだろうと綾部は思った。
「時間が空いているなら、一緒に行きますか」
「え、今から」
「18時からです」
「行きたいな、行こうかな」
タカ丸はバッグから携帯を取り出すと、おもむろに電話をかけ始めた。相手はどうやら父親のようで、これから同級生のコンサートに行くのだとはしゃいだ声で告げていた。
「だからね、父さん、夕飯は一人で食べてね。ごめんね。・・・え、だめよう、それは一人で飲んだら。一緒に飲むっていったじゃん。あ、そうか、だったら私、帰りにチーズ買ってくるね。ブルーチーズでいい?・・・ふふ、楽しみ。じゃあね」
父子家庭だといつかに聞いた。本人の口からだったような気がする。今の口調からして、父親がとても好きなのだろうことが知れた。携帯を閉まって、タカ丸が振り返った。
「まだ六時まで少し時間があるね」
「どっかカフェでも入ります?」
「うん。あ、でもその前に、ショッピングに付き合ってもらっていい?この格好でコンサート行くのはあんまりだから、ショールでも買って少しまともにしておかないと」
タカ丸が言うほどおかしいとも感じなかったが、タカ丸はコンサートに行くにしてはラフすぎると気に病んでいるようだった。
「いいですよ、付き合います」
山の手線に乗って、新宿か、品川か。適当に場所を移動することにした。並んで立つと、タカ丸のほうが頭ひとつぶんほど高かった。タカ丸と懇意にしている5年の久々知兵助は、タカ丸より少し背が高い。思い出して、綾部は下唇を噛んだ。くだらないことにまで嫉妬している。愚かだという自覚はもちろんあった。
ふたりして電車に揺られながら、些細な話をいっぱいした。
「綾部も東京の人なの」
「違いますよ。わざわざ出てきたんです」
「滝夜叉丸のコンサートのために?仲がいいんだね」
「っていうか、」
タカ丸がうつむいた。白いうなじが綾部の眼前にぐいっと迫って、綾部は思わず息を呑んだ。半月に切られた西瓜かメロンのように、食いついてしまいたいと思う。噛むといっぱいの水気が出る気がした。そうしてその汁は少し甘くてよく冷えているのだろう。そんな想像をしているうちに、電車は目的の駅で止まった。「ここだよ、」とタカ丸が足を進める。
むわりとした空気が二人を包んだ。タカ丸に従ってついてゆくと、大きなデパートについた。連れてこられた店は品のいい、いかにもタカ丸の好きそうなデザインのものばかりが並んでいて、ここのブランドが好きなのだとタカ丸ははにかむようにして微笑った。
話をしながらディスプレイを見て回ったら、いい時間になってしまった。タカ丸はとっくに買うものを決めていたらしく、ミュールによく合う色のショールを選び取って身体に巻きつけた。
「どう、変じゃない」
「似合いますよ」
綾部は普段から表情に色がない。あっさりと言い放ってもタカ丸は気にしないふうだったが、横で店員が苦笑した。よくお似合いです、そのまま来て行かれますか。にっこりと微笑む店員に、そうですね、とタカ丸が頷くと、値札をお取りしますと身を翻しレジのほうへ向かっていく。それを待つ間に、綾部がショールについたままの値札をひょいと指でつまみあげた。それはちょうどタカ丸のうなじのあたりについていた。綾部はそのまま値札を引っ張ると、歯で噛み切ってしまった。
驚いたタカ丸が振り返る。
「こっちのほうが楽でいい」
「びっくりした」
綾部は噛み切ってはずした値札を無言で店員に渡す。貴族のような仕草だと店員は思った。
「さあ、本当に時間です。行きましょう」
「ごめんね、思わぬ時間を使ってしまったみたいで」
「気にしないでください」
綾部は店から出ると片手を挙げてタクシーを呼び止めた。ホールの名前を短く告げると、あ、と思い出したようにポケットを探った。しゃらっと金に光る細身のブレスレットが出てきた。
「綺麗ね、どうしたの、それ」
「あげます」
「え、でも、」
「今日の格好には似合いませんか。少しごてごてするかな」
「ううん、悪くないと思う」
「じゃあどうぞ」
「いつ買ったの」
綾部は無言で視線を泳がせた。返答を考えているようだった。タクシーの窓には、白んだ街に東京の街並みが流れてゆく。
「魔法で出したんです」
タカ丸はくすりと笑ってしまった。つかみどころのない美少年の、こういうところがタカ丸は好きだった。
「素敵なこたえ」
「お気に召しましたか、お姫様」
「はい、とても」
綾部がうっすらと微笑んだ。白いかたちのよい頬に桃色が広がって、美しかった。タクシーが止まった。タカ丸が降りている間に、綾部は誰かに携帯で連絡を取ったようだった。まもなく、ふたりの前に滝夜叉丸が現れた。藤色のドレスが上品でよく似合っていた。彼女はひどく怒っているようだったが、タカ丸を見ると、微笑んで深く頭を下げた。
「お久しぶりです」
「どうも。今日はコンサートだときいて」
「ええ、そうです。私と、そこの阿呆も」
「え」
滝夜叉丸がタカ丸の隣に立つ綾部を示した。タカ丸が振り返る。綾部は相変わらずのぼんやりした表情で、
「サボろうと思って秋葉原にいたんです」
と告白した。滝夜叉丸がひどく眼を吊り上げて怒ったように言った。
「サボるといったり、やっぱり弾くといったり、なんなんだお前は」
「俺のヴァイオリンどこ」
「控え室に運んである」
「あっそ」
「あっそじゃないだろーうッ!」
綾部はタカ丸に礼をすると、そのまますたすたとビルへと去ってしまおうとする。呆然とするタカ丸を振り返って、「あ、そうだ。俺、がんばりますね」と挨拶した。やっぱりいつもの無表情だった。
「不愉快なやつだ」
ぶつぶつと呟く滝夜叉丸を隣に、タカ丸は、魔法にでもかけられたような面持ちでぱちくりと瞬きを繰り返し、それから堪えきれずちょっと笑った。

プラトニックゲーム

01 夏休み最初の朝

竹谷にょたいかで、ほんのりくく竹。意味のわからん話。


だから早く告白しろっていったじゃん。
耳元で誰かの声がした。久々知かな、三郎かな。恥ずかしすぎて情けなさ過ぎて誰にも言えんわ、あーなにこれ。涙でそう。なんか鼻の奥ツンてするんですけど。でもここで泣くと本気ダサいので絶対我慢する。ここでぽろっと涙流して身を翻して駆け出す、とか、前に雷蔵から借りた漫画にあったけど雷蔵ならともかく俺がそれやると絶対キモいし。っていうか留兄追ってこないだろうし。だから笑え、俺、超可愛いスマイルしろ。笑え、表情筋よ、動け、おらに力を!スマーイル!笑え、笑えってば、笑えよこのやろう。ほら、昨日笑金で爆笑したあのネタ思い出せ。るねっさーんす!あー、あは、いいぞーこの感じだ。何も考えるな。無だ、悟りを開け、ハチ。この世の惨めで情けない俺を哀れに思うな全力尽くして笑うのだ。笑い飛ばしてやるのだ!
「あっは、留兄偶然じゃーん!」
言ってからしまったと思った。偶然も何もここ留兄の家の前だぜ。否がおうにも絶対合うっつーの。っていうか俺会いにきたこともろバレじゃん。ちっくしょ、こんなだったら借りてたジャンプ持ってくるんだった。そんで、それ返したことにしてさ、そしたら自然な感じなのに。留兄超びびった顔してんじゃん。うう、申し訳ないなあ~。伊作先輩も超びびっただろうなあ。だけどさ、家の前で抱きしめあうことないじゃん。ご近所の人びっくりしちゃうでしょ。いちゃつくなら隠れていちゃつけっつうの。
「伊作先輩もこんにちわー。いい天気っすねえ!あはは、あたしですか、あ、あのー、あれです、留兄に、じゃねえや、あの、食満先輩にその、ジャンプを借りててですね、返そうと思ってきたんでーす。でも、聞いてください、これ笑い話なんですけど、ジャンプ家に忘れてきちゃったんすよう、あはは、ドジだー。やだなあ、驚いた顔してえ、どうしたんですか、スマイルでいきましょうよスマイルで♪あ、もしかしてこれからふたりデートかなんかですかあ、いいなあ、うらやましい~。なんちゃってー。あ、じゃあ、俺そろそろ帰りますんで、どうも失礼しましたー」
なんて空笑いで方向転換。やった、よくやったぞ俺。ナイススマイル。したら今度は全力疾走だ、唸れ俺のミラクルフット、逃げてみしょうぞどこまでも。
なッさけない終わりだった。驚くほどなっさけない終わり方でハチの長い片思いは終わった。
 
 
その日ハチが履いていたのは某ブランドのミニのフレアスカートで、ジーンズ地にレースの縁取りがしてあって、スポーティーななかにちょっとしたガーリーさを取り入れたこの夏の新作だった。という説明は、スカートを選んでくれたタカ丸さんがしてくれた。ハチは黙って履いては脱いでを繰り返してただけだ。
「やっぱスカートはやめとく・・・着る機会ないし、似合わないし」
おじけるハチの背中を押してくれたのは雷蔵だ。可愛いよ、ハチ。ハチなら絶対大丈夫だって。ああもう、なんなのこの天使。三郎がメロメロのわけがわかるわよ。タカ丸さんもきらっきらの笑顔を見せて、がんばってね、と微笑む。すごいな、100万ボルトのその微笑。なんちゅうボルト数っすか。街を歩けば人々が振り返り、モデルの勧誘にナンパに声かけられまくりの超美人。兵助がとち狂って恋に溺れたのもよくわかる。ハチはいままで宗教の勧誘と布団のキャッチセールスにしか呼び止められたことはない。
もっと早く告白しとけばよかったよな。
いまさら言ってもほんとにしょうのない話だ。思い立ったが吉日なんて、所詮は慣用句だ。ハチの場合、思い立ったが手遅れで、長年の思い人である食満にところにせいぜい可愛い格好でもして告白しようと勇んできてみれば、食満は学園では美男美女カップと名高い伊作と熱い抱擁を交わしていたという究極のオチだった。
ハチは泣くのを我慢したまま雷蔵の家に飛び込んだ。優しいママさんが、あら、サブちゃんも来てるわよと微笑んで、リンゴジュースをグラスに注いで持たせてくれた。鼻を啜りながら、もうほとんど決壊寸前になった瞳で雷蔵の部屋のドアを開けたら、雷蔵はベッドの上に倒れて、チェックのノースリーブシャツを腹からたくし上げられて、真夏の生ぬるい空気に素肌をさらして、上から圧し掛かった三郎に乳首を齧られていた。
「すいませんでしたあー!」
なんだあれなんだあれなんだあれ。涙も引っ込んだわ。慌てて雷蔵の家から飛び出す。背中から「三郎、馬鹿!この野郎!ぶん殴ってやる!」という雷蔵の怒鳴り声が聞こえたが、ハチは振り返らなかった。「なんで俺が悪いの、合意の上じゃん!不慮の事故じゃん!」と三郎の泣き声も聞こえたが、ハチは気にも留めなかった。ひいひいと咽喉で嗚咽をかみ殺しながら、今度は失敗がないように兵助に電話する。ワンコールで出た。
「兵助んち行っていい?」
「おう、こい、ハチ」
返事は短かった。ハチは兵助の家に行くまで我慢と思って、嗚咽を飲み込んで鼻を啜って涙を振り払って走った。兵助の住む一人暮らし用おんぼろアパートの扉を今度はノック付で開いたら、兵助は一升瓶を抱えてたこのように顔を赤くして酒を飲んでいた。
「男はつらいよ」
「へあ?」
「ひっく、女がなんだってんだ。たった一人の男がなんだってんだ。年下は頼りないかよ馬鹿やろう、だーあから、泣くくらいならあんな男やめちまって俺にしろって言ったんだよ、タカ丸さあん」
酒臭い軟体動物がぎゅうぎゅうしがみ付いてくる。兵助もどうやら辛いことがあったらしい。つらい恋をしているのだ。ハチは兵助を抱きしめて、一緒に畳みの上に転がった。古いい草が背中に刺さって痛かった。
「兵助、おれ、ふられた」
「俺もふられた」
くすん、とハチは鼻を鳴らした。くすん、と兵助も鼻を鳴らした。
「ハチ、なあ、キスしようぜ」
「友達はキスなんてしないんだぞ」
「そんな馬鹿なこと誰が言ったんだ。ここに連れて来い、俺が説教しちゃる」
兵助の舌がべろんとハチの首筋を舐めた。ひゃ、とハチは身を竦めて、兵助を強く抱きしめた。兵助の指がハチのキャミをたくし上げた。イエローのチェックのブラが露になった。一応勝負ブラなのだが、色気がないなあと他人のごとく思った。兵助は酔っ払ったまま、ブラの上から乳を揉んだ。
「ちいさくて揉みにくいな」
「うっせーな」
「ハチ、」
「なに」
「こういうときだから名前のひとつでも呼んだほうが良いのかと」
「じゃ、好きだって言ってくれ」
「好きだ」
兵助の声と、近くを走る総武線の音が見事重なった。ゴゴン、ゴゴンと重い音を立てて電車が走り抜けていく。電車から見えてしまう、と思ってハチは恥ずかしがって身をよじった。兵助がカーテンを閉めようと立ち上がった。部屋の隅に転がっていたハチの携帯がぴるぴると鳴った。兵助が拾い上げた。シャツから透けてわかる身体のラインが、見たことのない男のもののようで、ハチは視線をそらした。
「誰から?」
「食満先輩。どうする?」
「出たくない」
「俺でようか、」
兵助は答えのないうちにハチの携帯の通話ボタンを押した。
「もしもし、俺ですけど。俺って、久々知ですけど。ハチに何の用ですか。え、なんで俺がハチの携帯に出るか?いいじゃないですか、そんなこと先輩には関係ないでしょう、・・・なんだと!?じゃあ言わせて貰いますけどね、あんたハチのことどう思ってるんですか、泣かせといて大切なとかよくいいまあすよほんと。誤解?誤解ってなんだ、だいたいあんたは」
部屋に転がっていた兵助の携帯も鳴り始めた。めんどくさがって着信も初期設定のチャイム音で終わらせているようなやつが、なんの心変わりだか、星に願いをなんてロマンチックな曲に設定しているんだから笑える。「兵助、電話」とハチは声をかけたけれども、へべれけの兵助は食満との電話越しの喧嘩に夢中だった。
コールは留守電に切り替わった。ピーという発信音のあとに、流れたのは綺麗な綺麗な年上の後輩さんの声だった。
「あのね、久々知、くん、さっきはごめんなさい。えと、優ちゃんのことは私がこだわっているだけなので、ほんとに優ちゃんは悪くないっていうか、・・・あ、そういうことが本題じゃなくて、あの、私のために本気で怒ってくれたりとか泣いてくれたりとかしてありがと。怒るのも泣くのもすごく体力がいるので、それをしてくれるひとって、ほんとに、その人のことが好きな人だと思う。あの、私をすきっていってくれて、ありがと」
ずるい人だな、と思う。こんな言葉聞かされたら、生殺しだ。いつまでたったって諦めきれない。どこかたどたどしいような言い方がかわいらしかった。兵助がつくづく羨ましくて、かわいそうだ。
「兵助、携帯かして」
怒鳴っている兵助の肩越しに、ハチは携帯を取り上げると、なにやらわめいているふうの食満に向かってはっきりと言ってやった。
「やっぱり好きです、付き合ってください。オッケーなら兵助んちにいるから迎えに来て」
携帯の向こうで食満が何かをポツリと呟いたようだった。ただしハチはそれを聞かずにぱくんと携帯を閉じた。兵助がきょとんとハチを見ていた。ハチが笑った。
「駄目だ、兵助。叶わない恋でも、辛い恋でもさ、逃げたら駄目だ。がんばろう。俺たちがどんだけ好きか、見せつけてやろう」
携帯はブラックアウトして切られていた。さて、どうなるか。だめでもいい。次のチャンスまで待とうと思う。一度きりの遠ざかりで、失ったとは思わない。続いている。続いている。続いてる、どちらともがやめないかぎり、まだ恋は続いてる。

日はまた昇る

ごめん・・・女体化じゃ・・・ない。
部活ものといったらこいつらだろ!

27 最後の試合(三之助と小平太)


最後の大会だった。
俺らの実力じゃせいぜいが地区大会どまりで、全国なんて目指せるはずもないと知れていたけれど、それでも俺が入部したころから毎日のように全国全国って言ってる先輩をどうにか行けるところまで行かしてやりたくて、俺はその夏、必死だった。
「もう動けないです」
ウーロン茶を一口で飲み干して、金吾は行儀よく呟いた。動けないっす!とか、体育会系らしく言えばいいのに、育ちのいいらしい後輩はいつも丁寧なしゃべり方をする。
部活のあと、俺は大概後輩を連れて帰り道のファミレスに寄った。そうしてそこで、ドリンクバーとシーフードピラフを奢った。シーフードピラフは、メニューの中じゃ一番量があって比較的値段が安い。どうせ育ち盛りの男たちなんか、飯の味なんてなにもわかっちゃいないのだ。
俺が飯を奢るのにはわけがあった。それは、情けないけれども、キツい先輩のしごきから後輩たちを逃げ出させないようにするためだった。先輩は技術があるから、出来の悪い俺たち相手に練習しているとどうしてもカッカするのだろう、練習も後半になってくると疲れてだれてきた俺たち相手に顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「全国いきたくねーのかお前ら!」
先輩がもといた中学は、中学バレーのトップ校で、それこそ、全国なんて当たり前。一位二位を争っていた有名校だったというから、地区大会に出場決定するだけで諸手を挙げて喜ぶような俺たちを率いて、フラストレーションが溜まることはこの上ないだろう。はじめから意識が違うのだ。
先輩が男子バレーの部長になってから、
「俺、部活やめます」
と言いにきた部員は後を絶たなかった。俺と一緒に男バレに入ったはずの同級生も、先輩が部長に決まるだろう噂が流れた春に逃げるようにして部をやめた。今じゃ二年は俺のほかに数人いるだけだ。俺も何度かやめようと思った。部活は全員強制されているこの学校で、男バレを選んだのは、あらゆる運動部の中で一番弱かったから練習もきつくないだろうと思ったからだった。
俺が入ったとき、先輩はイッコ上の二年生で、弱いだらだらした部活のなかで、先輩だけが吠えていた。もっと走れとか、だらけんな、とか、負けたくねーのか!とか。俺たちはそれを背中で受けながら、やっぱりとろとろと走って、「勝ちたきゃ別のガッコ行け、だよなあ」とか零していた。
俺は、みんなが辞めて行くなかで、辞めるタイミングを逃した、いわばトロ組だった。
金吾は家が剣道の道場らしい。うちの学校でもやっぱり剣道部に入るつもりだったらしいが、うちに剣道部はない。親は帰宅部にして、道場での練習に精を出せといったらしいが、部活は強制されているからそれも適わない。だったら一番練習量が少ないという男バレを、と思って選んだのだという。俺たちの部のなかでは筋のいいほうで、先輩から愛されていた。金吾は、年上に気も使えるいい少年だった。
「今年は先輩、いつも以上に張り切ってるんですね」
「ああ、まあ、先輩今年で卒業だからなあ」
なっちゃんを啜りながら頷く俺に、金吾はにやにやと笑う。
「ちがいます。七松先輩もそうですけど、それ以上に次屋先輩が」
「え、俺?」
「すごく張り切っておられますよね」
 
 
部活に残された俺は、参ったなあ、と頭を掻くしかなかった。まあ、半年たったら七松先輩は部活を辞めるし、それまでの辛抱だとだらだら部活に顔を出した。4月の中旬になると新人勧誘が始まって、俺は『男バレでいい汗流そう!』と書かれたプラカードを首から提げて、やっぱりだらだらと新人の間を歩いていた。練習量は少ないよ、俺らの部活弱いから。先輩もやさしー人ばっかだよ、なんて適当な一年生に声をかけていく。そんな声かけだから、集まるのもやる気のなさそうなやつらばっかりだった。明らかに腕のありそうなやつとかは、最初ッから野球部やらバスケ部やらに遠慮して声をかけなかった。それは暗黙のルールになっていた。
そんななかで、先輩だけが能力のありそうな新人に勇んで声をかけていた。先輩が腕を引いていたのは加藤団蔵という一年生で、そいつは中学のときからサッカーがずば抜けてうまいってんで有名なやつだった。
「バレーやらない?」
と先輩が声をかけたとき、どうやら高校ではサッカー以外もやってみたいと思っていたらしい団蔵が、「面白そう」と呟いたことで騒ぎは起こった。最初ッから団蔵を入れるつもりだったサッカー部が、団蔵を無理に言い包めたとかで、先輩に文句を言い始めたのだ。
「なんだよ、やりたいっていったのは本人だぞ!」
騒ぎのなかでよく通る先輩の声だけが憮然としていた。俺たち男バレメンバーは「部長空気読めよなあ」「恥ずかしいよ」なんて頭を抱えてた。俺も知らん振りしたいと輪のはずれでしゃがみ込んでいた。けれど、ぽつんと誰かの呟きが聞こえたのだった。
「小平太、お前調子に乗るなよ。中学で怪我して、使えなくなって学校捨てられたお前がさ。こんなところまで流されて何ひとりでがんばってんの」
そう、俺は知らなかったのだ。先輩が足首を悪くしてから、高校男バレのトップ校への推薦内定を先方から打ち切られていたこと。そうして、こんな僻地まで流されていたこと。
先輩は勝気で負けず嫌いでプライドが高いから、そんなことを言おうものなら掴みかかってぶん殴るだろうとひやひやした。だけど先輩はいつまでたってもそこを動かず、黙って突っ立って、言ったやつを睨みつけているだけだった。首輪につながれたライオンみたいだった。怒鳴りつけるべき唇は歯噛みして罵声を飲み込んでいて、打ち付けるべき拳はグッと衝動を握りこんで耐えていた。俺は何故だか居た堪れなくなって、「そこの一年坊主が自分で言ったんだよッ!」と先輩相手に啖呵を切っていた。
生意気だというんで、帰り道に伸された。部長のきつい練習のあとでくたくただった身体は、先輩からの拳を受けて一発でKOされた。体中に蹴りやら拳やらを叩き込まれながら、あーわりにあわねえなあとか遠ざかっていく頭で考えていた。翌日は学校を休んだ。怪我がひどくて熱が出たのだ。夕方になって先輩が自宅を訪れて、ジャージ姿のままで、「すまん!」と俺に頭を下げた。
「部活の帰りにわざわざ来てくれたんすか」
「わざわざっていうか、」
「着替えもしないでそのまま」
「あー、っていうか、ジャージなのは返り血がついてもいいようにってだけだから、気にとかすんな」
「え、返り血?」
「あ、なんでもない。あいつらには謝っとけって言っておいたから」
言っておいた、とは言うが、おそらくは肉体言語だろう。先輩の赤く腫れた右手を見つけて、俺はなんだか笑い出したくなった。先輩に関して初めて、明るい笑いが零れそうになっていた。
「あのときは暴力耐えてたんじゃなかったんすか」
「今回のは、お前の仕返しだから良いんだよ」
俺は先輩を駅まで送っていった。熱はもう下がっていた。夕日がきらきらと川べりを輝かせている中で、先輩はゆっくり歩きながら、昔のことを話してくれた。ひとりの神童が、何の因果でか足を悪くして、みんなからいらないといわれて捨てられたひとつのよくある話を。
俺はそれから、何でだか「全国を目指そう」と思った。全国なんていけるわけない。だけど、上れるだけ上へ上ろう、と思った。高みへ連れてきたい人ができた。ちやほやされ続けた上に、お前なんてもういらないとみんなから背を向けられた孤独なもとヒーロー。
帰りに金吾とブックオフに寄った。スラダンだのキャプ翼だのを捲りながら、「男バレにもこういう名作があったらなー。うちの部員にやる気が起こるかもしれないのに」と呟いたら、横で金吾が笑った。
「先輩、やる気ですね」
「ま、でも、やってるこたみみっちいよ。スポ根漫画じゃさ、こういうとき、俺が華麗にランク高い技でも見せてさ“お前ら俺についてこいや”ぐらいいってんのに、現実はファミレスで飯奢って、なんとか辞めるな辞めるなって拝んでんだもんなあ」
かっこ悪いよ、と呟く俺に金吾はまじめな顔で、「いいえ、かっこいいです」と言ってくれた。やっぱりこいつはまれに見るいい後輩だ。
 
地区大会で奇跡が起こった。うちの部活が決勝まで残ったのだ。俺は勇んで、金吾と手を取り合って喜んだ。決勝試合の前日、練習が終わっても先輩はなかなか体育館から去らなかった。俺は付き合おうと思って、先輩のぶんのスポーツドリンクを買って体育館に戻った。先輩、やったっすね!そういったら、笑顔で先輩は頷いてくれるだろうと思った。
けれど、どうも様子が違うようだった。
俺が体育館に帰ると、先輩はバレーボールを転がしたまま体育館の中央でぼんやり座っていた。体育座りに背中を丸めて顔を伏せているから、泣いているのかとひやりとした。
「ど、どーしたんすか」
声をかけたら、先輩が顔を上げた。
「三之助、」
スポーツドリンクを差し出した俺の腕ごと、先輩はぎゅっとそれを掴んだ。
「どうしよう、明日負ける」
「どうしたんですか、足が痛むんですか」
「うちの実力なんて俺が一番よく自覚してるよ。運よくここまできたけど、明日はもう、絶対負ける」
「テンション下がることいわないでくださいよ」
「昨日偶然昔の仲間に会ってさ、中学時代の親友で、もちろんそいつも決勝決めてとっくに全国行きの切符手にしてるんだけど、うちが決勝まで残ったの知っててさ、まだがんばってたんだなって笑うんだ。まだがんばってたんだな、またやれたらいいよな、がんばれよって笑うんだ」
俺は何も言えなかった。先輩の痛みは、理解ってやるだけで一緒に感じることはどうしてって出来ないから。
「そいつはただ励ましてくれただけかも知んないけど、俺は岩で頭ぶん殴られたような気がしたよ。ばっかじゃねえの、って笑われてるのかと思った。全国全国っていってりゃ、捨てられた未来の尻尾にまだ掴まっていられるような気がしてさ、もう全国目指せる昔の七松小平太なんてどこにもいないのに、ひとりでずっと騒いでる。三之助、俺怖いよ。明日負けて、夢から覚めるのが怖いよ」
先輩が顔を上げてまっすぐ俺を見た。その視線が縋るようで、だけど俺は何も言えなかった。
先輩が口を開いた。
「三之助、俺に諦めろって言え。お前じゃ全国なんて行けないよ、とっとと惨めな夢なんか捨てちまえって言え」
先輩は明日の試合を最後の試合にする気なのだ。俺は、今までの先輩をずっと思い出していた。まだ俺が入りたての頃。弱小の部活で、ひとりだけ「勝とうぜ、全国行こうぜ」って吠え続けてた。みんなから笑われていた、空気の読めない、馬鹿みたいな先輩。どんな気持ちで笑われてたんだ。周りと一緒に夢から覚められない自分のこと笑いながら、全国、全国って言い続けてきたのだろうか。そんなのダサすぎる。そんな先輩のことあこがれてる俺まで、ダサい奴になる。
「先輩、明日かって全国行きましょう。俺らなら、先輩なら、行けます」
俺の言葉に、先輩はぐっと息を詰まらせた。
「ひどい奴だお前」
と呟いた声が掠れていた。
 
 
結局、決勝戦は敗退した。まぐれで勝ち進んだ俺たちにとって、常に全国行きしている相手校は強すぎて、面白いくらいに点を入れられて、最後は敵ながら笑ってしまった。
「やっぱり俺らじゃ無理じゃん」
と、チームメイトに呟きに、俺も頷くしかなかった。金吾は悔しい悔しいと泣き喚いていて、やっぱりいい男だと思った。俺は先輩が心配だったけれど、吹っ切れたのか、いい笑顔で、金吾を慰めていた。「でも、ま、やっぱバレーっておもしろいよな!」
この負け試合が、先輩の最後の試合だった。
帰り道。いつかのように夕日がきらきらしている川べりを歩きながら、俺は先を行く先輩の背中に声を投げつけていた。
「先輩、これで終わったわけじゃないですよね」
先輩はバレー部のユニフォームも練習道具も全部、試合会場の体育館のゴミ箱に捨ててきていた。身軽になった先輩は俺を振り返って、夕日の中で、いたずらっぽくニッと笑った。
俺はこの笑顔があれば、まだまだ勝ちを狙っていけると思った。バレーが駄目でも、これから起こるすべての勝負事に、俺は俺の力を過信して、挑んでいける。先輩の今日の笑顔があれば。
「ばーか、まだ始まってもいねえよ!」
太陽が沈む瞬間のきらきらが、俺を、いつまでだって生かしている。

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